アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成19年過去問その1

魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむらメガネ

魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむらメガネ

1.テトラちゃん
 いつもの席に、小さな背中が見える。
「今日も過去問かな。だいぶ慣れてきたかな。」
と声をかける。
「わっ、わわわっ!?」
驚いた様子で振り向く。
「ごめん、驚かせちゃった。」
「あ、先輩。私こそ、全然気づかなくて。」
「集中していたのかな。」
「はい。やっと検討が終わったところです。」
「大分、自分で分析できるようになったんだね。前に比べればすごい成長だ。」
「ありがとうございます。でも、きちんと検討できたのか、自信がなくって。」
「じゃあ、今回の問題はどういうものか、簡単に説明してもらえるかな。」
「この問題は、簡単に言えば、上場企業甲社のお家騒動です。MBOをしようとするB1一派に対抗してA1一派が乙社に第三者割当増資をしたという事案です。」
「そうだね。ネットバブル崩壊が平成12年だから、その後の平成15年に上場できたことはすごいと思うけど、初値が一番高く、その後は3分の2程で低迷し、最後は5分の1、そして10分の1以下というのが、結構リアリティがあるね。」
「昔は、司法試験でも景気のいい話が多かったと聞きました。」
「そうだね。昭和50年の司法試験商法第1問はこんな感じだ。」

額面株式のみを発行している株式会社(ただし、定款では額面株式のみを発行するものとはされていない。)において、その株式の時価が著しく高騰した場合、これを引き下げるには商法上、どのような方法が考えられるか。それぞれの方法について論ぜよ。

「もう今は額面株式なんて概念はないけど、昔は5円とか50円とか500円といった『金額(額面)』のついた株式を発行しており、これが日本経済の拡大と共に、『額面5円なのに時価は500円』といった事態が起こっていたんだよ。いってみれば当初の発行価額から価値が100倍になっているとか、そういうこと。インフレ率も考えないといけないけど、こういう景気のいい問題はなくなってきているね。」
司法試験は時代を反映しているんですね。」



「じゃあ、設問を見てみようか」

〔設問1〕
甲会社の乙会社に対する募集株式の発行が行われた後において,B1はどのような法律上の措置を執ることができるか,あなたの意見を述べなさい。
〔設問2〕
Y1及びY2の乙会社に対する責任について,あなたの意見を述べなさい。

まず、設問1だ。B1の法律上の措置が聞かれているけど、まず検討すべきは?」
「その前提としての、募集株式の発行の問題点の検討です。」
「そうだね。実は、募集株式の発行については、既にやっているよね。」
「あれ?やってましたっけ?」
「平成23年だよ。取得した自己株式を処分しているよね。会社法は新株発行と自己株式の処分をあわせて『募集株式』の発行等として規律しているから、平成23年の問題と同じように考えればいい。」
「なるほど、司法試験って、全く同じ問題は出ないけど、似たような問題は出るんですね。」
「実務家に必要な能力はあんまり変わらないから、長いスパンでいうと、同じような問題が何度でも繰り返し出ることになるね。例えば、平成20年の問題と、平成15年の旧試験商法第1問の問題は結構似ている。」

次の各事例において,商法上,A株式会社の取締役会の決議が必要か。ただし,A会社は,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律上の大会社又はみなし大会社ではないものとする。
1 A会社の代表取締役BがC株式会社の監査役を兼任する場合において,A会社が,C会社のD銀行に対する10億円の借入金債務について,D銀行との間で保証契約を締結するとき。
2 A会社の取締役EがF株式会社の発行済株式総数の70パーセントを保有している場合において,A会社が,F会社のG銀行に対する1000万円の借入金債務について,G銀行との間で保証契約を締結するとき。
3 ホテルを経営するA会社の取締役Hが,ホテルの経営と不動産事業とを行うI株式会社の代表取締役に就任して,その不動産事業部門の取引のみを担当する場合。

「あ、本当ですね。」
「確かに旧試験は事実が端的なので、いろいろな事実から必要な情報を引っ張ってくるという新試験とは大分傾向が違う。でも『法律を解釈してあてはめる』という聞きたいことの基本は同じだ。だから、余裕ができたら、旧試験問題について検討するのもいいね。」
「平成23年の予備試験の商法も、一部は平成19年の問題とよく似ている。」

次の文章を読んで,〔設問1〕から〔設問3〕までに答えよ。
1.Y株式会社(以下「Y社」という。)は,取締役会及び監査役を置く会社法上の公開会社でない会社であり,かつ,株券発行会社でない会社である。Y社は,昭和59年に設立された会社であり,その発行済株式総数は1000株で,A及びAの弟であるBがそれぞれ400株を,Aの長男C及びAの妻Dがそれぞれ100株を有していた。Y社の取締役にはA,B及びCの3人が,代表取締役にはAが,監査役にはDがそれぞれ就任している。
2.AとBは,平成16年頃から,Y社の経営方針についての考え方の違いが生じたため,互いに話をしなくなり,Bは,その頃から,Y社の取締役会に全く出席しないようになった。
3.Bは,平成23年1月頃,自らの有するY社の全ての株式を処分しようと考え,知人が経営するY社と同業のX株式会社(以下「X社」という。)に対してY社の株式の買取りを打診し,X社の承諾を得た。そこで,Bは,X社に対し,「譲渡等承認請求に関する一切の件をX社に委任する」という内容の委任状(以下「譲渡等承認委任状」という。)及び「株主名簿の名義書換請求に関する一切の件をX社に委任する」という内容の委任状(以下「名義書換委任状」という。)を交付した。
4.X社は,同年3月15日,Y社に対し,譲渡等承認委任状を添付して,X社がBからY社の株式400株を取得した旨及び取得についての承認を求める旨の通知をした(以下この通知による請求を「本件譲渡等承認請求」という。)。なお,本件譲渡等承認請求においては,Y社又は指定買取人による買取りについては,請求がされなかった。
5.Aは,同月25日,Y社の取締役会を開催した。この取締役会には,A及びCが出席したが,Aも,Cも,X社が株主となることを警戒し,取締役会は,X社の株式の取得を承認しない旨を決定する決議をした。なお,この取締役会の招集通知は,Bに対し,発せられなかった。
(後略)

「あ、本当ですね。」
「だからこそ、司法試験の過去問を完璧にすることは、とても意味があることだ。司法試験の問題はとてもよく練られているから、何度解いても、新しい発見があるはずだ。」
「分かりました。」
「さて、募集株式の発行の問題点はどういうところがありそうかな。」
「えっと、まず、取締役会でやっていいのか、それとも株主総会決議が必要かです。」
「条文は?」

「200条1項と、199条3項です。」

(募集事項の決定)
第百九十九条  株式会社は、その発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集株式(当該募集に応じてこれらの株式の引受けの申込みをした者に対して割り当てる株式をいう。以下この節において同じ。)について次に掲げる事項を定めなければならない。
一  募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び数。以下この節において同じ。)
二  募集株式の払込金額(募集株式一株と引換えに払い込む金銭又は給付する金銭以外の財産の額をいう。以下この節において同じ。)又はその算定方法
三  金銭以外の財産を出資の目的とするときは、その旨並びに当該財産の内容及び価額
四  募集株式と引換えにする金銭の払込み又は前号の財産の給付の期日又はその期間
五  株式を発行するときは、増加する資本金及び資本準備金に関する事項
2  前項各号に掲げる事項(以下この節において「募集事項」という。)の決定は、株主総会の決議によらなければならない。
3  第一項第二号の払込金額が募集株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない。
(中略)
(公開会社における募集事項の決定の特則)
第二百一条  第百九十九条第三項に規定する場合を除き、公開会社における同条第二項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。この場合においては、前条の規定は、適用しない。
(後略)

「そうだね。資金調達を迅速に行いたい会社としては、取締役会限りですませたい。でも、一定の場合には、既存株主の利益にも配慮して、株主総会決議を要求している。この2つの区別基準は?」
「201条に『第百九十九条第三項に規定する場合を除き』とあるので、199条3項の『特に有利な金額』での発行は株主総会決議、そうでなければ取締役会決議です。」
「そうすると、300円で行われている今回の株式発行が、『特に有利』かどうかを判断することになるね。この点、最高裁は何ていっているの。」
最判昭和50年4月8日民集29巻4号350頁は、諸事情を総合して、旧株主の利益と会社が資本を調達する利益の調和を検討するといっています。」

普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社が、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をして有利な資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は旧株の時価と等しくなければならないのであつて、このようにすれば旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達成することの見地からは、原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要請を全く無視することもできない。そこで、この場合における公正発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行ずみ株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。

「そうだね。例えば、1株1000円の会社があったとして、1100円とか1050円で新株を発行して、買いたいと思う人がいるとは思えない。だって、市場において1000円で手に入るんだから。そうすると、株式を発行して資金を調達するという目的を達成するなら、1000円未満にしないといけない。でも、500円とかになってしまえば、市場は当然反応して株価が安くなる。既存株主が損をするということだ。だから、この資金調達の要請と、旧株主の利益を調和させるという観点が必要なんだね。」
判例は、その意味では合理的ですね。」
最高裁判所は、学者の議論も十分に検討した上で、優秀な裁判官が合議して真に適切と考えた結論を出しているから、学生が思ってしまうよりも、意外と最高裁判所の判断は合理的だったりする。まずは最高裁判所の考え方を理解し、その上で批判するなら批判するというスタンスを採った方がいいと思うね。さて、本件は、『特に有利』だと思う、それとも『特に有利』ではないかな。」
「えっと...。300円という発行価額は、『発行価額決定前の当該会社の株式価格』よりもかなり低額です。その意味では、旧株主の利益が害されるようにも思われます。でも、株価が急騰していて、『株価の騰落習性』を考えると、900円台という価格を前提とすると資金調達が円滑にできない気も...。」
「そう、判例は「調和」というけれど、具体的な事案でどのように「調和」させるべきか悩む場合が多いんだよね。この1つの解決は、最近の、いわゆる『法と経済学』の考えを応用した有力説の考え方だ。」
「法と、経済学...ですか?」
「法律問題を数字と数式で読み解く考え方だよ。『数学』と『法学』の醸し出すワルツを楽しんでみよう*1。」



「有力説は、この問題をシナジーと利益移転の問題と見る。シナジーって言葉は分かるかな?」
「シナ、ジー...って、どういう意味ですか?」
「日本語に訳せば相乗効果だね。例えば、販売力が強いけど商品開発力が弱い企業と、商品開発力が強いけど販売力が弱い企業が合併したとしよう。」
「販売力も強いし商品開発力も強い会社になる、ってことですか?」
「現実にはそこまでうまくいかないことも多いけれど、基本的な考えは、企業が結合すると、単に1+1が2にはならず、3にも4にもなる可能性がある。この膨らむ部分をシナジーというんだ。」
「利益移転というのはどういうことですか?」
「ちょっと難しいので、具体的な例を出して考えてみよう。」

発行済株式100株、現在の価値*26000円の甲社は、乙社と資本提携を行い、乙社に3000円の払い込みを受けて新株を発行しようと考えている。乙社と業務提携をすると、(乙社の3000円の払い込みを含んだ)甲社の価値は12000円になる*3

「乙社が3000円を払い込むことで、甲社の価値は6000+3000の9000円になるはずだよね。どうして、120000円になるのかな?」
「甲社との提携による相乗効果、ですか?」
「そう、追加で増える3000円の価値はシナジーだね。甲社株式は、現在、1株あたり60円(6000円/100株)の価値がある訳だよね。例えば、1株60円で新株を発行すると、どうなるかな?」
「乙は、50株(3000円/60円)を取得します。甲社は12000円の価値で総株式数150株ですから、1株当り80円の価値になる訳ですね。」
甲社の100株分の既存株主は、6000円の価値の株式だったのが8000円と、2000円分のシナジーの分配を受ける。乙社は、3000円の払い込みをしたのが4000円と、1000円分のシナジー分配を受ける。」
「6:2と3:1ですね...。」
「そう、この意味は?」
「あ、それぞれが受けるシナジーが、シナジー実現前に持っていた価値に比例しています。」
「そう、シナジーが、既存株主と引受人との間で、それぞれが従前に把握していた価格の比率に応じて分配される*4。でも、上場会社の株価は、会社の価値を単純に株数で割ったものではないよね。」
「といいますと?」
「市場は、需要と供給で動いているからね。例えば、誰かが買収をしようとして株式を買い集めているという噂が流れれば、その分需要が増え供給が減ると考えられて株価が上がるだろう。例えば、資本提携決議時においては甲社株の市場価格は1株90円になっているかもしれない。もし、この90円で発行しなければ有利発行になり、株主総会決議が必要になるとすると、結局、乙社と既存株主の間で、どのような利益配分が行われるだろうか。」
「90円なので、乙は33株*5を得ることになります。甲社は12000円の価値で総株式数133株ですから、1株当りの価値は90円ですね。そうすると、甲社の既存株主は、6000円の価値だったのが9000円と3000円増えているのに対し、乙社は3000円払い込んで3000円の価値を得るということで、1円も増えていません。」
「そう、まさにこの場合には、取締役会限りでやるならば、乙社がシナジーの分配を受けられないということになる訳だ。」
シナジーをどう分配することが公平なのでしょうか?」
「これは一概には言えないね。でも、乙社の提携がなければそもそもシナジーは生まれなかったかもしれないという視点を持つと、高騰した価格(90円)でなければ『有利発行』となり、取締役会限りではできないという考え(=既存株主にシナジーの独占を認める考え)には違和感を持つのではないかな。」
「なるほど、そういう考えもあるんですね。」


「せっかくだから、もう少し突っ込んで考えてみよう。取締役会が『市場価格が高騰しているので、高騰前の価格で発行したい』と考える場合の代表的なものには、2つ*6がある。何と何かな?」
「う〜んと、えっと...。例えば、今回のように提携が噂されて、期待が先行する場合ですか?」
「そうだね。シナジーを期待しての高騰というのはあり得るね。もう1つは?」
「えっと...、MBOとか?」
MBOは少し特殊だけど、典型的には、敵対的買収がしかけられており、経営陣が第三者に助けを求めて株を買ってもらう場合なんかが考えられるよ。この場合の第三者白馬の騎士ホワイトナイトというんだ。」
白馬の騎士ですか。わたしの白馬の騎士は...あ、え、えっと...何でもないです!?」突然ぼっとしたかと思うと、急に顔を赤らめた。表情が豊富な子だ。


シナジーを期待して高騰した場合には、まさに、先ほどの提携がなければそもそもシナジーは生まれなかったかもしれないという考えがあてはありそうだよね。もし、(取締役会限りでやるのに)高騰した価格での発行が必要となれば、割当先が他の提携などの候補を有していれば、それならいいですとなってしまう。そうなると?」
「そもそも提携が実現しないから、シナジーは生まれない。特に、苦境に陥っている会社が割当先と提携して再建に協力してもらい、それによって価値が回復するといった場合には、よりいっそう、高騰した価格を排除して、取締役会限りで株式を発行することを認める方向に行くんじゃないかな?」
「なるほど。そうすると、高騰前の価格での発行をしても、『特に有利』とはいえない、ということでいいんですか?」
「そういう簡単な話ではないよ。例えば、取締役会限りでホワイトナイトへ安く株式を発行することを認めると、敵対的買収はどうなる?」
「失敗する、ってことですか?」
敵対的買収っていうと、悪いものというイメージを持つ人もいるけれど、取締役会が不合理・非効率的経営をしている場合には、敵対的買収が行われて、会社を支配する株主が代わり、経営が効率化されることにはメリットがある。そうすると、取締役会限りでホワイトナイトへ安く株式を発行することを認めるということは、取締役会限りでの会社支配権の変動を決定しやすくするという効果があるんだ。」
『取締役会を信任しません!私が支配権を握って取締役会を交代させます!』といって敵対的買収者が出てきた時に、信任が争われている現経営陣が、第三者ホワイトナイト)に支配権を持ってもらって、取締役の地位を維持するっていうことがやりやすくなる、ということでしょうか。
「有り体に言うとそうだね。そうすると、敵対的買収者が経営権を握ることによって実現したかもしれない高い企業価値は阻害されるし、特に、既存株主と利益相反関係(自分の地位がかかっている)にある取締役会限りで高騰前の安い価格で発行するのは疑問だと批判される訳だ*7。」
「そうすると、シナジーを期待しての高騰の場合には、シナジーを既存株主・引受人の双方に分配し、引受人が引き受ける(=シナジーが生じる)インセンティブを高めるという意味で取締役会限りでの高騰価格の排除に合理性が認められるけれども、経営権が争われている場合には、少なくとも時価と異なる価格での発行は株主総会で決めるべき、ということでしょうか。」
「より細かい議論もされている*8けれど、このように整理される考えは、一つの有力な考えだね。」

シナジーを期待しての高騰 シナジーを既存株主・引受人の双方に分配し、引受人が引き受ける(=シナジーが生じる)インセンティブを高めるという意味で取締役会限りでの高騰価格の排除に合理性が認められる
経営権争い 敵対的買収者が経営権を握ることによって実現したかもしれない高い企業価値は阻害されるし、特に、既存株主と利益相反関係(自分の地位がかかっている)にある取締役会限りで高騰前の安い価格で発行するのは疑問であるから、少なくとも時価と異なる価格での発行は株主総会で決めるべき


「じゃあ、本件はどう考えればいいのかな?」
「えっと、MBOという経営権争いの事案だけど、提携によるシナジーを期待しての高騰もある...。」
「うん、この問題は、1つの類型に入れることが難しい、という点で、クリアな答えが出せない問題だ。でも、それでいいんじゃないの?
「それで、いい、っていうのは?」
「要するに、後は、自分で1つの合理的筋道を立てればいいということ。別に最高裁判決を書く訳ではないんだから、自分なりに筋道だった議論をすればいい訳だ。」
「分かりました。例えば、こういうのはどうでしょうか。元々の価格である300円と高騰した価格の900円の差のうち、シナジーの期待をα、MBOの影響を600ーαと置きます。このうち、αについて減額した上で取締役会限りで発行することは正当化されます。しかし、MBOの影響である600ーαが0とは言えない以上、この部分まで減額してたった300円として発行したことは正当化されず、有利発行として株主総会決議が必要です。」
「うん、1つの筋道だった結論になっているね。この辺りは、受験生レベルではなかなか筋道だった議論ができていない人も多いので、合理的理由付けをして議論ができていさえすれば、相対的に浮き上がる答案になるね。」


「これ以外に問題はないかな。」
「えっと、出張中を狙って取締役会が開かれています。」
「これは何条?」
「368条、ですか?」

(招集手続)
第三百六十八条  取締役会を招集する者は、取締役会の日の一週間(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前までに、各取締役(監査役設置会社にあっては、各取締役及び各監査役)に対してその通知を発しなければならない。
2  前項の規定にかかわらず、取締役会は、取締役(監査役設置会社にあっては、取締役及び監査役)の全員の同意があるときは、招集の手続を経ることなく開催することができる。

「1週間前までに通知がないってことをいいたいのかな?」
「えっと、いや…、あれ?」
「368条は定款の別段の定めを許す。定款には2日前とあり、通知が発せられたのが3日前、つまり中2日あるからこれ自体は適法だ。」
「えっと、中2日というのは?」
「初日不算入だよ。」

民法第百四十条  日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

民法なんですね。」
「そう、重要なのは、会社法民法の特別法ということ。相当会社法自体で条文も多くて体系ができているけど、例えば取締役の善管注意義務とかは民法だよね*9。こういう風に、必要に応じて民法も参照することが必要だよ。」
「分かりました。」
「ちなみに、経営には迅速性が必要なことも多いから、普通は定款で『緊急の必要があるときは、この期間を短縮することができる。』と書いているみたいだね。」
「なるほど。」


「期間が大丈夫だとすると、問題はどこにあるの?」
「えっと、Aらは、Bらが取締役会に参加できない時を狙い撃ちしています。」
「そう、海外出張で戻れない時期に通知をする。これは、素朴に考えておかしいよね。でも、僕たちは法律家、つまり、法律を解釈適用する立場だ。おかしいというだけでは、法解釈にならない。だから、条文か何か、根拠を探さないといけない。」
「う〜ん、どこに根拠があるのでしょうか。」
「答えはないと考えてもらっていいけど、例えば、368条がなんで招集通知を事前に出させているのかってのを考えてみたら。」
「それは…。たしか、取締役に出席の機会を与える趣旨だったかと思います。」
「そうすると、今回のやり方はどう?」
出席の機会が与えられていません。
「そうすると、そのような出席させないための招集通知は、招集通知の制度趣旨に反するもので無効であって、368条違反の瑕疵があるといった議論は1つ考えられる。他には、(代表)取締役A1の持つ招集権(会社法366条)の濫用とか考え方はいくらでもあると思うよ。」
形式的な条文上の理由と、実質的な理由、この2つをつけるんですね。」
「そうだね。条文が書ければ法解釈じゃないし、実質的理由がなければ説得力がないからね。さて、そういう瑕疵があるとどうなるのかな。」
「えっと、取締役会決議は瑕疵があれば無効と聞きました。」
「そうだね。取締役会決議については、瑕疵があれば無効と解されている。その実質的根拠は?」
「えっと…。」
「総会決議と違って法的安定性の要請が低いということ。株主総会は非常に重要な事項を決めるし、それを前提に法律関係が連なっていく。取締役会決議も重要は重要だけど、株主総会程ではないから、民法の原則により、瑕疵があれば無効だ。形式的根拠は?」
「あれ、条文上の根拠なんてありましたっけ? 条文は確かなかったはずですが…。」
「それが、『ある』んだよ。」
その2に続く!?


目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:以下、田中亘編著「数字でわかる会社法」第6章を主に参考にさせて頂いた。

*2:株主価値

*3:田中亘編著「数字でわかる会社法」4頁の設例を参考にした

*4:田中亘「数字でわかる会社法」5頁

*5:33と3分の1株というのが正確

*6:田中亘編著「数字でわかる会社法」第6章は4つの類型を挙げており、更に詳細な分析がされているので、ぜひ参照されたい。

*7:田中亘編著「数字でわかる会社法」143頁参照

*8:ここで紹介したのはあくまでも「さわり」であり、より深い議論は、ぜひ田中亘編著「数字でわかる会社法」第6章を参照されたい

*9:会社法330条、民法644条