アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成18年過去問その1

M&Aの契約実務

M&Aの契約実務

1.テトラちゃん
「あ、先輩」
いつもの席で笑顔がこぼれる。
「今日は会社法の最後かな。」
「はい。平成18年です。」
「忙しい中で、レベルの高い問題に真摯に取り組んで、ついに6年分を検討し終わる。これは並大抵のことではないよ。」
「ありがとうございます。でも、私をそんなに褒めても、何も出ませんよ?」
「何かを出そうとして言っている訳じゃないから、大丈夫だよ。さて、平成18年はどういう問題?」
「P社がQ社にその事業部門の一部を譲渡するという事案について、手続や、対価が不当な場合が問われています。」
「そうだね。設問をみてみよう。」

〔設問1〕この段階で,P社法務部の担当者が弁護士であるあなたのところに,本件に関する会社法上の手続の進め方について相談に来た。Q社がスポーツ施設の運営事業を承継する場合と,当該スポーツ施設をショッピングセンターに転用する場合とに分けて,回答すべき内容を検討しなさい。なお,後記2記載の事実は,ここでは考慮せずに解答すること。
〔設問2〕上記の事実関係について,会社法上の問題点を検討しなさい。

「まず前段なんだけど、事業部門を移転させる場合、大きく2つの方法が考えられるね。」
「事業譲渡、ですか?」
「条文は?」
会社法467条です。」

   第七章 事業の譲渡等
(事業譲渡等の承認等)
第四百六十七条  株式会社は、次に掲げる行為をする場合には、当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。
一  事業の全部の譲渡
二  事業の重要な一部の譲渡(当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えないものを除く。)
三  他の会社(外国会社その他の法人を含む。次条において同じ。)の事業の全部の譲受け
四  事業の全部の賃貸、事業の全部の経営の委任、他人と事業上の損益の全部を共通にする契約その他これらに準ずる契約の締結、変更又は解約
五  当該株式会社(第二十五条第一項各号に掲げる方法により設立したものに限る。以下この号において同じ。)の成立後二年以内におけるその成立前から存在する財産であってその事業のために継続して使用するものの取得。ただし、イに掲げる額のロに掲げる額に対する割合が五分の一(これを下回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えない場合を除く。
イ 当該財産の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額
ロ 当該株式会社の純資産額として法務省令で定める方法により算定される額
2  前項第三号に掲げる行為をする場合において、当該行為をする株式会社が譲り受ける資産に当該株式会社の株式が含まれるときは、取締役は、同項の株主総会において、当該株式に関する事項を説明しなければならない。

「そうだね。事業の重要な一部の譲渡には、株主総会の決議が必要だ。本件で重要性は満たすのかな?」
40パーセントとあるので重要性は問題ないのではないかと思います。」
「そうだね、では、本件の目的を達成するための事業譲渡以外の手段は?」
「えっと、後は…。」
「いわゆるM&A関係の問題は、整理の視座がある。これが特定承継と一般承継だ。」
「特定承継と一般承継、ですか?」
「例えば、民法でも、友達にプレゼントをあげるなんていう財産の譲渡は、その特定の財産だけが動く。これに対し、相続は、被相続人の債権債務が相続人に全部承継される。」
「あっ。そういえば、震災でお亡くなりになられた方の相続放棄の話が話題になったことがありました。」
「そうだね。相続では、財産を選んで切り出すことができず、債務も全部承継してしまうから、その原則を貫くと、被相続人に莫大な借金がある場合に、当該借金を相続人も引き継いで大変な目にあう。そこで、相続放棄の申述といって、債務を引き継がないし、債権も引き継がないという制度を作ったんだ。」
「その、相続と譲渡は、特定承継と一般承継の例なんですよね。」
「個別財産の譲渡が特定承継。特定財産だけを譲渡するから、後で『その財産に瑕疵があった』系の問題は出ても、基本的にはその財産以外が問題になることは少ない。もちろん、権利移転のために、譲渡対象1つ1つについて第三者対抗要件の具備が必要。ところが、一般承継と呼ばれる相続は、『債権債務を包括的に引き継ぐ』のが特徴。相続の際には現金○円、預金×円、不動産△円と財産目録を作って、被相続人間で分ける訳だけど、こういう目に見えるもの以外に、『実は個人が負っていた債務』まで引き継いでしまっているんだね。奥さんに隠れサラ金で大きな借金を負っていたといった場合、相続には、サラ金の借金も入る。まあ、過払いが出ていることも少なくないから、誰にも相談せずに相続放棄を即断するよりは、信頼できる弁護士に相談するのがいいね。」
「今回の問題とはどういう関係にあるんですか?」
特定承継が事業譲渡だ。会社の財産を選んで、欲しいものだけもらっていける。雇用契約のように、第三者の意向がからんでいるものについては、当然には承継できないから、きちんと本人から同意をもらわないといけない。これに対して、会社法は一般承継、つまり、その会社の権利義務を包括的に譲渡する手法を用意している。典型は合併と会社分割。」
「この2つは同じ一般承継なんですよね、どう違うんですか?」
M&Aの現場では、いろいろとテクニックが生み出されているけど、ある法人が営んでいる事業全てを、第三者と合併させるのが合併。一部の場合は分割と考えるのが理解しやすい。」
「会社分割は、支店とかを独立させる時にも使われると聞きました。」
「そうだね。分割をして事業を切り出す。切り出した事業を、既存の会社等と一緒にするのが吸収分割。これに対して、切り出した事業体がその後は独立独歩歩んで行くのが新設分割だね。」
「あっ、分かりました! 今回は、事業譲渡以外に、吸収分割も使えるってことですね。」
「そう、会社分割と事業譲渡がオプションだね。ところで、Q社内の事情で選択肢が狭まってるのは分かる?」
「えっ?あっ!」

Q社は株式買取請求権の行使を懸念し、これが問題となる手続は利用しないこととした。

「そうだね。事業譲渡はどう?」
「469条です。」

(反対株主の株式買取請求)
第四百六十九条  事業譲渡等をする場合には、反対株主は、事業譲渡等をする株式会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。ただし、第四百六十七条第一項第一号に掲げる行為をする場合において、同項の株主総会の決議と同時に第四百七十一条第三号の株主総会の決議がされたときは、この限りでない。
(後略)

「会社分割は?」
「条文を見る限りなさそうです。」
「775条は?」

(反対株主の株式買取請求)
第七百八十五条  吸収合併等をする場合(次に掲げる場合を除く。)には、反対株主は、消滅株式会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。
一  第七百八十三条第二項に規定する場合
二  前条第三項に規定する場合
(後略)

「これは、吸収合併ですよね。」
「吸収合併『等』だよ。」
「えっ、吸収合併とは違うんですか?」
「条文をよく探してご覧。」
「えっと、えっと…?! ありました!

(吸収合併契約等に関する書面等の備置き及び閲覧等)
第七百八十二条  次の各号に掲げる株式会社(以下この目において「消滅株式会社等」という。)は、吸収合併契約等備置開始日から吸収合併、吸収分割又は株式交換(以下この節において「吸収合併等」という。)がその効力を生ずる日(以下この節において「効力発生日」という。)後六箇月を経過する日(吸収合併消滅株式会社にあっては、効力発生日)までの間、当該各号に定めるもの(以下この節において「吸収合併契約等」という。)の内容その他法務省令で定める事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録をその本店に備え置かなければならない。
(後略)

「そうだね。782条1項柱書で、吸収合併等には『吸収合併、吸収分割又は株式交換』が含まれるとされている。『等』がついている場合は通常と違う意味だと思って、警戒した方がいいかもしれないよね。」
「分かりました。勉強になります。」


「さて、そうすると、今回はどの手続を検討すべきかな。」
「どっちも株式買取請求権の問題が生じるので、検討すべき手続はない、ということですか? これじゃあ、中身の検討をする前に答案が1行で終わってしまいます。ど、どうすればいいんでしょう?」
大丈夫だ、問題ない。なんで買取請求が嫌なのかな。」
「最後は裁判で争うことになって面倒くさい、とかですか?」
「それもあるね。こういう点に加え、大株主が株式買取請求権を行使したらどうなるかな。」
「たくさん買取の対価を払わないといけません。」
「そう。現金が流出しちゃうね。ところで、785条はどちらの会社を問題にしているのかな?」
「吸収分割株式会社、P社です。」
「Q社には株式買取請求権の問題はないの?」
「797条です。」

(反対株主の株式買取請求)
第七百九十七条  吸収合併等をする場合には、反対株主は、存続株式会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。

「そうだね。もう『吸収合併等』という言葉に騙されなくなったね。吸収分割承継会社であるQ社でも、株式買取請求権が行使される。じゃあ、事業譲渡は?」
「469条は『事業譲渡等をする会社』とあるので、P社です。」
「Q社は?」
条文がありません。
「469条でいう『事業譲渡等』は、何?」
「468条1項により、467条1項各号の行為を総称します。」

(事業譲渡等の承認を要しない場合)
第四百六十八条  前条の規定は、同条第一項第一号から第四号までに掲げる行為(以下この章において「事業譲渡等」という。)に係る契約の相手方が当該事業譲渡等をする株式会社の特別支配会社(ある株式会社の総株主の議決権の十分の九(これを上回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)以上を他の会社及び当該他の会社が発行済株式の全部を有する株式会社その他これに準ずるものとして法務省令で定める法人が有している場合における当該他の会社をいう。以下同じ。)である場合には、適用しない。

「そうだね。『等』にセンシティブになっているね。じゃあ、467条1項3号は?」
「あれ、譲り受けって書いている…。」
「条文をよく読んで。」
「あっ、事業の『全部』を譲り受ける場合なので、本件で適用はない、ですか?」
「そうだね。もし、P社の事業の全部を譲り受ける場合には、Q社でも買取請求が認められる。でも、今回のような一部なら、買取請求が不要だ。まとめると、このようになる。」

P社 Q社
事業譲渡 必要 不要
吸収分割 必要 必要

「そこで、だ。Q社はP社の事業の一部だけを買う訳だけど、P社で株式買取請求権が発生して困るのは?」
「P社、ですね。」
「そう。Q社は基本的に関係ない。だから、本問のように、Q社内の事情で株式買取請求権の発生する手続は取らないとある場合、通常はQ社に株式買取請求権の発生する手続かどうかを考えればいいんだ。」
「なるほど、難しいですね。」
「まあ、無駄な混乱を発生させないよう、問題文に『Q社』と明示すべきだったと思うよ。決していい問題はない。でも、本番では問題のせいにはできないから、その場で合理的に考えて解釈していくしかないね。」
「分かりました。じゃあ、事業譲渡を検討するんですね。」
「そう。事業譲渡の手続の進め方について、Q社がスポーツ施設の運営事業を承継する場合と,当該スポーツ施設をショッピングセンターに転用する場合とに分けて検討するんだけど、なんで、この違いがあるのかな?」
「えっと…。問題を検討してみたんですけど、ここが良く分からなくて…。467条から470条を読んでも、全く出てこないんです。」
「事業譲渡の定義は。」
一定の目的のため、有機的一体として機能する財産の移転です。」
「事業譲渡をした後の両社の関係について、条文はなかったかな?」
「えっと、えっと…。ありました!21条、ですか。」

(譲渡会社の競業の禁止)
第二十一条  事業を譲渡した会社(以下この章において「譲渡会社」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(東京都の特別区の存する区域及び地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。
2  譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、その事業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、その効力を有する。
3  前二項の規定にかかわらず、譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。

「そう、会社法総則だね。21条には、競業避止義務が規定されているね。なんでだろうか?」
「それは、P社がQ社にスポーツ施設事業を移した後で、再度同じ事業をやると、Q社に失礼だからです。」
「失礼というのは?」
「例えば、P社が『パシフィック・フィットネスクラブ』という名前でスポーツ施設を運営していたとしよう。このパシフィックフィットネスには、長い間多くの顧客に優良なスポーツ環境を提供することで、名声や信用が蓄積される。もしかすると、P社のホテル、まあ例えばパシフィックホテルとでもしようか、パシフィックホテルに宿泊するVIP御用達というイメージも持たれているかもね。『パシフィックフィットネスは、(実質的)親会社のQ社が直接運営し、老朽化した施設設備を最新化します!』とか広告すれば、この信頼をそのままQ社は利用して商売ができるんじゃないかな。そんな時、P社が『トランス・パシフィック・スポーツクラブ』とでも名前をつけて新たな施設を近くに開業し、
『歴史と伝統のスポーツクラブ運営会社P社が、最新フィットネス科学を元にした新たなスポーツ施設をオープン。パシフィックホテルの宿泊客は今後はこちらを利用します』
なんてことになったら?」
「なるほど、築き上げた信頼をそのままQ社が引き継げなくなりますね。」
「こういう信頼をgoodwill、日本語ではのれんと言う。こういうgoodwillを承継させる事業譲渡をした以上、一定範囲で競業をするな、これが21条だ。」
「なるほど。でも、これがこの問題と、どう関係するんですか?」
「スポーツ施設をQ社が運営する場合、まさに21条がそのまま適用される。でも、ショッピングセンターをやる場合に、21条が適用されるのかな。」
「確かに、P社がスポーツ施設を新設してもQ社は困りませんね。」
「そう、ここが問題で、こういうgoodwillが承継されない場合も事業譲渡なのかというのが本問で問題となっている。判例はどういっているの?」
最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁があります。」

一定の有機的一体として機能する財産(得意先関係等の事実関係を含む。)の全部又は一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法25条(注:会社法21条)の定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいう

「そうだね。判例の考えだと?」

「スポーツ施設をQ社が運営する場合、事業の重要な一部の譲渡として、P社で総会の特別決議(309条2項)が必要です。P社では、株式買取請求権も発生します。でも、ショッピングセンターにするなら、事業譲渡等ではないので、株主総会の決議は要らない。」
「そうだね。株主総会決議が不要ということは、代表取締役限りでできるの?」
「う〜ん…。なんか、それも変ですね。」
「平成20年を思い出してご覧。」
「あっ、362条4項2号、です。」

(取締役会の権限等)
第三百六十二条4項取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一  重要な財産の処分及び譲受け
(後略)

「そうだね。多額の借財の前の号には『重要な財産の譲渡及び譲り受け』がある。P社では、事業譲渡でなくても、『重要な財産の処分』なのかを検討する必要がある。なお、『譲り受け』とあるから、Q社でこれにあたるかも要検討だね。」
「重要な財産かについては、判例上は、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様およびその会社における従前の取扱等の事情を総合的に考慮します*1。10億円は高いですし、Pの40パーセントを占めるので、重要です。」
「10億円はどこからきたの?」
「別紙の3条です。」
「ここは、設問をよく読んで。『後記第2記載の事実はここでは考慮せずに回答すること』とある。別紙は2の話だから考慮しちゃだめだよ。」
「確かにそうですね。」


「最後に、P社は、競業避止義務を免れたいみたいだけど、どうすればいい?」
「ショッピングセンター目的なら、事業譲渡にならないので、問題ないです。スポーツ施設目的なら、事業譲渡になるので、競業避止義務が発生します…。」
「21条の条文をよく読んでごらん。」
『当事者の別段の意思表示がない限り』ですね。」
「そう。これは任意規定だから、競業避止義務を負わないことを合意書に盛り込んでおく必要があるね。」


「さて、設問2にいこうか。ここでは、何が問題かな。」

「不当に安い価格で譲渡をさせられています。」

「そうだね。会社法上、どんな問題が考えられるかな。」


「総会決議取り消しでしょうか。」

「条文は?」

「831条1項3号です。」

株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条 次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより取締役、監査役又は清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一  株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二  株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。
2  前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。

「今回は『特別の利害関係を有する者』というのは?」
「Q社です。」
「そうだね。この価格で譲り受けることで、Q社が利益を得られ、反面P社が損する関係にあるね。」
「そうすると、事業価値や資産価値よりも半分ないし3分の1以下なので、著しく不当です。取り消し訴訟を提起して決議取り消しを求められます。」
「取消の効果は?」
「取り消されると、遡って無効です(会社法839条、834条17号)。」
「決議が無効となった場合、事業譲渡契約の効力は?」
「有効にすると、総会決議を要するとした法の趣旨が全うされないので無効です。」
「そうだね。最判昭和40年も同旨だ。他には。」
「取締役の責任です。」
「何条?」
「423条です。」

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

「そうだね。P社の取締役に任務懈怠はある?」
「やはり、大株主の利益のため、会社にとって損失を出す取引をしているので、任務懈怠はありそうです。」
「ところで、Aとの関係で別の問題があるんじゃないかな。」
「あっ、利益相反取引です。」

(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2  民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。
(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
第三百六十五条  取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
2  取締役会設置会社においては、第三百五十六条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

「平成20年の問題を十分に検討しているね。この場合の役員の責任の特則なかったっけ?」

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(委員会設置会社においては、当該取引が委員会設置会社と取締役との間の取引又は委員会設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)

「423条3項で間接取引について任務懈怠の推定規定を置いています。」
「ところで、今回は利益相反取引といえるのかな。」
「難しいかもしれません。」
「具体的には。」
「まず、Q社の取締役Aが、P社の代表取締役として、契約を結んでいます。これは、私見では、本来Q社に忠実義務、善管注意義務を負うAが、同時にP社の代表取締役として取引を行うことから、この忠実義務、善管注意義務を全うすることができず、Qの利益にならない契約を結ぶおそれがあり、Q社との関係で利益相反取引と言えます。」
「そうすると、利益相反取引規制違反で違法行為なのかな。」
「そうではなく、Q社の取締役会決議があります。特別利害関係人のAを排除しているので、問題はありません。」
「そうだね。Aを排除しているのはそういう趣旨だろうね。」
「問題は、P社です。P社の取締役Aは、Q社の取締役でもあります。これが利益相反取引になるかが問題です。」
「直接取引になりそうかな。」
「356条1項2号ですが、AはQ社の代表者ではないので、直接取引とはいえません。」
「なるほど、じゃあ、間接取引は?」
「ここが難しいのですが、私は、356条1項3号が保証等の信用供与行為を規定していることを重視し、間接取引の辺縁を明確にするため、信用供与類型以外は同号に該当しないと考えます。」
「なるほど、そうすると。」
利益相反取引の問題ではなく、単にP社の取締役が、Q社の圧力に屈指て不相当な価格で売ったという任務懈怠だけの問題です。」
「うん、よくできたね。理屈としては429条とか利益供与とかいくつかあるけど、この2つを検討できれば十分だね。」

「分かりました。司法試験は難しいけれど、条文と判例で、かなり書けるんですね。少し自信がつきました。」

「6回の演習で、423条や429条がすっと出るようになったね。こうやって『条文と仲良く』なれれば、もう合格レベルだよ。」

「私も、少し先輩に近づけた、かなっ?」

「えっ?」

「あ、いや、何でもないですっ!?」
顔を真っ赤にして駆け出すテトラちゃんの姿を僕は小さくなるまで見つめていた。


2.ミルカさん
「この1枚っぺらの別紙が、10億円のM&A契約書ね」
後ろから突然声がする。
「いや、1枚と9行あるけど。」
「そういう細かいことは関係ない。出題者の意図は、契約書の内容については価格以外特に問題にしなくていいというものだと思うけど、実務的に言えばこんな契約書で契約したこと自体が任務懈怠ね。
 試験委員の作った契約書を正面からおかしいといえる法科大学院、そんな人一人しかいない。
「ミ、ミルカさん、また極論を…」
「極論ではない。」


目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:最判平成6年1月20日民集48巻1号1頁