アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成18年過去問その2

会社法実務解説

会社法実務解説

2.ミルカさん
「極論ではない。10億円が動く契約には、その分だけの慎重さが必要。それがなければ、後で大きなトラブルになりかねない。例えば、スポーツ施設の土地に有害物質が埋まっていたら?
あ…これはあり得るパターン。
「金返せ、ってなります。」
「その請求の根拠は?」
瑕疵担保責任とか..」
「それは請求の根拠の1つ。でも、問題は契約後にどうなるか分からないけど後は瑕疵担保責任等の民法の規定の適用で対応するというのが正しい経営判断なのか、ということ。百万、千万の話であればそういう判断も1つの判断かもしれないけど、10億円もの問題について、そういう割り切り方が合理的かしら。他人のお金を預かってるんだからもう少しリスク管理をするのが正当なんじゃない。」

「なるほど。ただ、そうはいっても、実際にはどう対応すればいいのか…。」

「まず、事前に徹底的に調査をして、問題の有無を確認した上で買う、これはDue Diligenceデューデリといって、一般によく行われる方法。有害物質であれば環境デューデリをすることで発見することは可能。」
「どんな場合でも、M&Aをする以上、必ず環境調査を行う、ということ?」
「環境調査には時間やコストが掛かる。実務的には規模やリスク等を織り込んで判断する。例えば、大規模M&Aであれば、ビジネス・財務・法務・人事等の大量かつ高コストなデューデリが必要であり、環境調査コストは相対的には小さくなる。そこで、環境調査もやっておこうとなることはあり得る。また、小規模のM&Aでも、隣の土地で有害物質が検出されたであるとか、過去の来歴上、その土地で有害物質を扱う工場があったといった場合であれば、リスクが高いので環境調査をしようという考えになることが多い。」
なるほど。
「でも、デューデリをすれば、全ての瑕疵が見つかるの?」
「えっと、それは…。しっかり調査をすれば…。」
「上場企業で巨大な不正が見つかることは多いけど、上場企業はすべて会計監査を受けている。会計監査は継続的かつ会計監査人という機関が行う。単発的かつ部外者が行うデューデリよりも時間を掛けて調査しているといっていい。でも、上場直後に売上の90%が不正であると発覚したり、バブル崩壊後長期間に渡って巨額の損失をファンド経由で隠匿したりといった事件が起こっている。」
「確かに…。でも、調査をしても重大な問題を見つけられない可能性があるならば、怖くて何も買えないんじゃ…。」

だからこそ、それを克服するための方法がある。
「そんな、方法が..。」
「それが表明保証。英語ではrepresentation and warranty。レプワラとも呼ばれる。」
「表明保証というのは、一体?」
「主に*1売主が、買主に対し一定の事項を表明し、これを保証する。1例を挙げよう*2

甲は、乙に対し、本契約締結日及びクロージング日(略)において、別紙◯−1に記載の各事項が真実且つ正確であることを表明し、保証する

「別紙の記載事項は具体的には?」
「これは、交渉で決まる。例えばこういう条項が考えられる。」

甲は、本件土地*3に関して、公害防止、環境保全または労働安全に関する一切の法令を遵守しており、かつ、売主の知る限り、政府機関、裁判所その他の者から法令に違反している旨または当該法令に違反するおそれがある旨の通知または連絡を受けたことはない。甲が本件土地を取得したとき以降、本件土地の如何なる部分も産業廃棄物を処理・処分する事業、または特別管理産業廃棄物を排出する事業に利用されたことはなく、また、禁止有害物質または価値減損有害物質の保管、維持、製造、加工または処分のために利用されたことはない*4

「長いなぁ…。」
「これは環境に関する表明保証の1つの例に過ぎない。財務状況、法令遵守、従業員、資産等々様々な項目で表明・保証の内容が協議され、この違反に対してペナルティが課される。表明保証条項は重要な条項であって、お互いの主張が先鋭的に対立する。例えば、買主が『環境汚染がないこと』を表明保証せよという要求をし、売主が『売主の知る限り環境汚染はない』と表明保証できるが、後で意外な環境汚染が判明することもあるので、一切の環境汚染がないとは表明保証できないと反論し、最後『売主の合理的に知り得る限り環境汚染はない』という条項で合意したりすることもある。どの程度まで表明保証できるか/してもらえるかによって、リスクが売主と買主に配分され、理論上はそのリスクの程度によって価格が決まる*5。」
「違反した場合のペナルティっていうのは」

「典型的には損害賠償。一度M&Aをした後に契約を巻き戻すことは難しい。そこで、契約を解除するのではなく、その分の損害賠償を求める。ただ、売主としても、既に売却した事業に関する責任をいつまでも負いたくはないから、何年以内に判明(請求)した場合とか、いくら以内とかそういう責任を制限する交渉をすることが多い。このあたりの交渉は、かなりシビアになり、契約締結予定日の当日の朝まで掛かることも稀ではない。」


「なるほど…。つまり、平成18年の別紙の契約は…
「そう、表明保証条項はない。。問題があった場合でも、重大な瑕疵があった場合について「協議する」というだけで、違反の場合の補償条項が入っていない。こんなM&A契約は極めて異例。」

第5条(瑕疵担保責任
譲渡資産に重大な瑕疵があった場合は,本契約の趣旨に従い,甲・乙協議の上,その解決に当たる。

「そういうことかぁ。他に問題は。」
「たくさんあるけれども、クロージングの前提条件が記載されていないのはおかしい。」
「クロージングって?」
「第2条の『譲渡日』のこと。契約締結の日に事業が移転するのではなく、事業譲渡契約締結後に例えば総会決議等の諸手続きを経て事業の移転の効力が生じる。これを英語で『クロージング』という。例えば、P社で総会決議がなされたけど、決議取消しの訴えが起こった場合、Qはどうしたい。」
「そりゃあ、決議取消しの帰趨を見定めたい。」
「その場合、クローズしない、譲渡を待ってもらうということはできるの?」
「えっと、2条但書にそんな規定があったはず..。」

第2条(譲渡日)
譲渡日は,平成○年○月○日とする。ただし,法令上の制限,手続上の事由により必要あるときは,甲・乙協議の上,これを変更することができる。

「まあ、PとQは親密な関係だから、協議が整ってクローズを待ってもらうとった合意ができるかもしれない。でも、もし、協議が整わなかったら?
法令上の制限,手続上の事由により譲渡日変更の必要ある時でも、譲渡日に事業が移転する…。
「そう、これがこの契約の危ないところ。そのために、普通のM&A契約では、クロージングの前提条件について合意する*6。」

乙の義務の履行は、以下のすべての条件が譲渡日において成就していることを前提条件とする。但し、乙は、その条件の全部または一部をその裁量により放棄することができる。
1 表明及び補償の正確性・真実性
(略)
2 本契約上の義務の履行
(略)
3 許認可その他手続の履践
(略)
4 訴訟その他法的手続等の不存在
 本件事業譲渡の実行の重大な障害となる裁判所の判決・決定・命令その他政府当局の処分又は訴訟その他の法的手続が存在しないこと。
(後略)

「これによって、不合理なクローズを防止する。これ以外にも問題はたくさんあるけど、新人弁護士が別紙のような契約書をドラフトしたら、先輩に真っ赤にされて原型を留めないんじゃないかしら。」
 こう言って微笑むミルカさんの目を見ていると、司法試験合格というのが単なる一里塚に過ぎず、そのあとの研修所や実務における永久に続く勉強のスタートラインに立っただけなんだということを感じる。
「実務の知恵はすごい。でも、司法試験に合格しないと、いつまでも法曹として実務に出ることができないんだよなぁ...。」
司法試験の勉強と実務は全く違う2つの勉強ではない。2つとも、相互に関連しあっている。最新の実務で問題となる論点は、意外と賞味期限が短い。むしろ、実務において時間を掛けて結実した知恵が、なぜその結論となったかという思考過程を学ぶことが、基礎知識を確実することに繋がる。その確実な基礎知識は、司法試験にも役に立つはず。」
 実務の知恵や、それを語る彼女にときめきを感じながら、実務の知恵に到る思考過程を学び、基礎知識を確実にしていきたい。基礎知識を習得したことを試験委員に示して司法試験に合格し、スタートラインに、立つために


〜第一部完〜

まとめ
 小説なんかを書いたことがない法クラが数学ガールの二次創作という形で平成18〜平成23年の6年分の過去問を小説形式で解説するという試みにお付き合いいただき、ありがとうございます。
商法以外の科目についても、ぼちぼちやっていきますので、どうぞ、よろしくお願いします。

目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
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平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:買主が売主に表明保証することもあります。「きちんと買主側の手続踏んでます」等。

*2:宍戸善一他「会社法実務解説」397頁より

*3:別途定義

*4:http://tochi.mlit.go.jp/tocjoh/chihou_fudousan/pdf/nogata_42.pdfの53頁参照

*5:実務上はトップ同士で「じゃあ◯円で」という合意が事前にできていて、後でこれを覆すのが極めて困難なこともあります。

*6:宍戸善一「会社法実務解説」146頁