アホヲタ元法学部生の日常

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ビブリア古書堂の事件手帖の民法的考察〜足塚不二雄 『UTOPIA 最後の世界大戦』で曖昧にされた部分を解明する

注意:本エントリには、ビブリア古書堂の事件手帖2〜栞子さんと謎めく日常〜、特に 足塚不二雄 『UTOPIA 最後の世界大戦』の結末に関するネタバレが入ります。未読の方はご注意ください。


1.ビブリア古書堂の事件手帖 とは
 ビブリア古書堂の事件手帖 とは、一話毎に1つの「古書」に関するミステリー仕立ての物語が展開する本読み向けのライトノベルである。


 第1巻については、既に刑法的考察をしているので、
ビブリア古書堂の刑法学的考察〜本読み向けのライトノベル - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
をご参照されたい。


 第1巻で病気療養中だった店主篠川栞子は、第2巻では退院して、ビブリア古書堂での仕事を再開する。


2. 足塚不二雄 『UTOPIA 最後の世界大戦』
 ビブリア古書堂 に突然現れた漫画収集家の男。
 足塚不二雄 『UTOPIA 最後の世界大戦』の初版の評価額を知りたいと言う。
「カバーはあるか」という質問に、男は、カバーはないという「正解」を答える。
 これは、数百万円規模の取引になるかもしれない...。ビブリア古書堂に緊張が走る...。


 この話のテーマになった古書、『ユートピア 最後の世界大戦』であるが、著者はご存知、藤子・F・不二雄藤子不二雄Aという大御所。お二人がまだうら若き頃に「手塚先生よりも劣るから」ということで、「足塚」名義を使って書いていた作品。

UTOPIA 最後の世界大戦 (復刻名作漫画シリーズ)

UTOPIA 最後の世界大戦 (復刻名作漫画シリーズ)

 現在復刊されていて、作品自体は入手できるようになっているが、初版はほとんど残っておらず、一冊300万円とも言われる稀覯本である。


 この話の「謎」は、男の持っている本に「ビブリア古書堂 2000円」という値札がついていたということ。栞子の母親の代に、ビブリア古書堂は、真の価値を知らずに、この男の父親に安くこの本を売ってしまったのだろうか??


 このエントリは、この謎を考察するエントリではなく、あくまでもその先を「法学的」に考察するエントリなので、この謎がどのように解けたのかは、本を読んでいただきたいが、簡単に言えば、

 男の父親はどうしても欲しかった『UTOPIA 最後の世界大戦』を万引きをしてしまい、そのことが栞子の母親にバレた。
 そこで、栞子の母親は、漫画収集家である男の父親から他の漫画を安く買い取る代わりに、万引きをした本にビブリア古書堂の値札を貼り、男の父親が『善意の第三者』としてビブリア古書堂から正当に本を買ったことを装った。


というものである。


3.善意の第三者とは
 さて、ここで法律用語が出てきた。「善意の第三者である。
 ここでいう「善意」に、日常語で言う「親切な気持ち」「優しい心」といった意味は全くない


 善意というのは「知らなかったこと」を意味する法律用語であり、対義語は、「知っていること」を意味する「悪意」である。


 万引きされた本屋をA、万引き犯をBとしよう。AとBという万引きの加害者・被害者だけ(「当事者」)が登場する世界では、万引き後も「本は依然としてA書店のもの」であって、A書店はBに対して「返せ!」と言える(所有権に基づく返還請求権を行使できる)。そんなのは常識、当たり前である。


 ところが、ここにCという当事者以外の人が出てくることがある。例えば、Bから事情を知らずにCが本を買うことがあるだろう。その場合に、常にCとの関係でもAが所有者だというのは、Cにとって酷だろう。
 考えてみよう。今日買ったアイス、あれが本当に店のものなのか確かめた人はいるだろうか。確率論をいえば、お店が、隣の倉庫からアイスをくすねて自分の店の冷凍庫に陳列している可能性も0ではないだろう。でも、誰もそれを確かめて買う人はいない*1。それは、こういうことをいちいち疑っていれば、迅速で円滑な取引が成立しないからである。


 そこで、民法は、「善意」、つまり、本当はAのものであることを知らないでBから買った「第三者」Cを保護するための規定を置く。

民法192条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する

 つまり、*2Cが「善意の第三者」であれば、Aから盗まれたものという来歴があっても、本はCのものになる訳である。
 即時取得と呼ばれるこのような仕組みがあるからこそ、皆さんは、普通に陳列されているアイスについて、「本当にこの店が正当な権利を持っているアイスなのだろうか」ということに悩まされることなくこれを買うことができるのであろう。


4.値札を貼ることが解決になるのか?
 さて、問題は、万引きされた本に値札を貼ることが解決になるかである。
 もちろん刑法的な問題もあるが、これは置いておいて、民法的な問題を考えてみよう。


 値札を貼り、もし、警察等の事情聴取があっても、栞子の母親が「見知らぬ人から買い取った」といって、男の父親を庇い、男の父親も口裏を合わせれば、以下のように装うことができる。

被害店舗(A)→万引犯(B)→ビブリア古書堂(C)→男の父親

そこで、ビブリア古書堂が善意の第三者(上の例でいうC)となり、この段階で本の完全な所有権を取得するから、男の父親もまた所有権を取得できる、こういう考えから、上記のような「取引」が、栞子の母親と、男の父親の間で成立したのだろう。


 ところが、法律には原則だけではなく「例外」がある。本件のような「盗品」の即時取得については特別の規定がある。

民法193条  前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。

 これが何を言っているかというと、「前条」つまり、192条の即時取得については、問題の品が「盗品」の場合には特別の規定である193条が適用され、被害者であるAは、2年間はCに対して返還を請求できるというのである。
 判例は、この規定を、2年間は未だにAのものであり、Cの物にはならないと理解している*3


 つまり、万引き品である限り、いくらビブリア古書堂の値札が貼っていても、万引き後2年間は、被害店舗が、男の父親に対し返せと言えば返さないといけないのである*4。これでは、不確定要素が多過ぎであり、「値札」をつけてもらうことが、漫画コレクションを安価に譲り渡すに値するだけの「取引」になるかは疑問である。


5.商人から買い受けた場合の特例
 しかし、これが「取引」になる契機はある。それが、民法194条が規定する、商人から買い受けた場合の特例である。

民法194条 占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。

 つまり、今本を持っている(占有者)男の父親が『UTOPIA 最後の世界大戦』と同種の物を販売する商人(ビブリア古書堂)から、「善意」で買い受けた場合には、被害者である本屋としては、2年という返還を請求できる期間内であっても、男の父親がビブリア古書堂からの購入時に支払った代金を払わない限り、返せとは言えなくなるのである。
これにより、普通の店で消費者が買うという限りにおいて、返還請求の行使が難しくなり*5、実質的には、普通の店で買っている限りは「善意」の消費者は守られるという意味になる。


 ここで、法律を知らない栞子の母親と、男の父親は、「2000円」というかなり安価な価額の値札をつけることで合意してしまった。その意味は、万引き被害にあった書店はわずか2000円を払うだけで、男の父親から『UTOPIA 最後の世界大戦』を回収できてしまうということである。*6


 これを避けるためには、値札に「50万円」(当時は今より物価が安かったことを考えて)等、 書店が回復を躊躇するだけの(ないし回復請求をしても、書店から受け取ったお金で別の『UTOPIA 最後の世界大戦』を買えるだけの)価格を書き込む必要があったのである。これだけで、取引スキームとしての安定性が大きく変わるのである。

まとめ
 ビブリア古書堂の事件手帖では、栞子の母親も、男の父親も、生半可な法律知識で取引をしてしまっており、取引が非常に不安定になってしまっている*7
 正確な法律知識を持っているか、そうでないとしても事前に弁護士に相談していれば、より安定的な取引スキームが構築できたはずである。
 少なくとも現在の貨幣価値における数百万円規模の取引においては、信頼できる弁護士に事前に相談することを強くお勧めする。*8

*1:外観上怪しい場合を除き

*2:平穏、公然、無過失等の他の要件もあるものの

*3:大判大正10年7月8日民録27輯1373頁

*4:なお、善意取得者からさらに転買した者にも193条が適用されることは、例えば我妻・有泉コンメンタール民法404頁参照。

*5:倉庫内の商品の価値よりも、消費者の購入価格の方が高いのが普通である。

*6:この値札がある以上、それ以上の金額が「占有者が支払った代価」だと立証することは不可能だろう。

*7:2年以内に返還請求がなかったからいいではないかという説もあるが、取引時点では、2年先になにがあるかわからないのだから、「結果オーライ」というのは予防法務の視点からすると認められない。

*8:なお、万引き犯のために値札を貼ってあげてその代わりの対価を得るといった取引がコンプライアンス上認められないことは周知の事実であるので、ひとまずこれを措いてということである。