アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

僕の価値判断が妹より優れているはずがない〜星野英一先生へ捧ぐ

上記当事者間の平成2●年第●号仮差押命令申立事件について,当裁判所は,債権者の申立てを相当と認め,債権者に
金●円
の担保を立てさせて,次のとおり決定する。
              主       文
 債権者の債務者に対する前記請求債権の執行を保全するため,債務者の第三債務者らに対する別紙仮差押債権目録記載の債権は,仮に差し押さえる。
 第三債務者らは,債務者に対し,仮に差し押さえられた債務の支払をしてはならない。


 やっと人生1件目の事件処理が終わった。


 僕は新人判事補。要するに新人裁判官だ。大学を出た後、ロースクールを出て、司法試験に合格し、1年の司法研修を終えて裁判官に任官したばかり。
 普通は判事補は、合議部といって、部長、右陪席という大先輩裁判官の下で、事案をまとめたメモを作成し、判決の下書きをして、部長や右陪席に添削をしてもらって成長していく。まれに一人で判断することもあるが、5年が経って「特例判事補」という、いわば「中堅」判事補になるまでは、3人で判決を書くのが基本だ。


 なのに僕は、「泳ぎを教える最高の方法? そりゃあもちろん、断崖絶壁から、背中を蹴り飛ばして海に落とすことさ、ガッハッハ!」、というのが口癖の所長の差配で、保全部に配属された。保全部では、新人判事補も一人で判断できる*1。つまり、社会人経験0の、学生に毛が生えたような僕が一人で勝ち負けを判断しなければならない


 僕が担当している仮差押というのは、お金を貸したり、売買代金を払ってもらっていないといった、「債権」を持っている人が、借主、買主等の「債務者」が財産をこっそり処分しないように仮に押さえてしまうという手続きだ。たとえば、借用証書を持っている貸主、債権者がいる。でも、実際に借主、債権者の家屋敷やその他財産を売り払ってお金に換える(競売)という差押手続をするためには、裁判に訴えて勝訴判決をもらう等の複雑な手続きをとらないといけない*2。その間に借主が財産を処分されては大変だ。そこで、仮差押といって、仮に財産を押さえて、処分できないようにしてしまうという、「暫定的」な手続だ。


保全部の部長も、
「仮の手続だし、もし本当の裁判の結果、君の判断が間違っていることがわかっても、債権者に担保を積ませているから、仮に押えてしまったことによる損害は、担保から充填される。だから、心配しないでいいよ。」
と励ましてくれている。


 僕の第一件目の事件は、赤富士クレジットという金融機関が、甲野太郎という会社員に対してお金を貸しており、甲野さんがお金を返さないので、甲野さんの財産を仮差押したい、甲野さんには不動産等はないので、唯一の財産である、給与債権を仮押さえしたいという事件だ。


 全件面接の原則に従い、赤富士クレジット代理人の乙野花子弁護士と面接をした。借用証書の原本も確認して、債権が実在して弁済期がとっくに過ぎていることも確かめたし、甲野さんの家が借家であることも確認した。利率も利息制限法内のまっとうな利率だ。


 そりゃぁ、仮差押を認めるのがセオリーでしょう


 ということで、一件目は認容決定で決まりだ。一つ助かることは、仮差押命令には、長々と理由を書く必要がない。「債権者の申立てを相当と認め」るとだけ書けば認容決定完成であり、別紙の内容は当事者が書いている内容をそのまま引用すればよい。僕の一件目は簡単に終わり、後は書記官にプリントアウトして誤字脱字を確認してもらえば一丁上がりだ。


 「お兄ちゃん、そんなんでいいはずないでしょ!」


 殴られた。ハリセンではなく、仮差押の決定書で。


 「こら! 裁判所では、お兄ちゃんというなって、何度いったらわかるんだ。」


 僕の担当書記官は、僕の妹だ。大学卒業後、事務官として裁判所に入り、書記官研修所で研修を積んで、新人書記官として偶然僕と同じ庁、同じ部に配属された。何度言っても、僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ癖が抜け切れていない。


「だって、このままだと甲野さん解雇されるよ! こんな決定出していい訳ないじゃん!」


え? 解雇? 自分の妹ながら、何を言っているのか、よくわからない。


「研修所で習ったんだけど、給与債権の仮差押ってことは、甲野さんの勤務先に『甲野さんの今月分の給料のうち、甲野さんがサラ金から借りている5万円分は払っちゃだめよ』っていうことになるよね*3。それって、甲野さんがサラ金からお金を返さないでトラブっていることが、勤務先にバレちゃう。勤務先が甲野さんを解雇してもおかしくないよね。お兄ちゃん、そんな結果を招いて責任もてるの? 甲野さんは正社員で、辞めるつもりだっていう情報はないんだから、このまま働き続けるんだよね。そうすると、訴訟になっても、赤富士との間で、給料から何ヶ月かにわたって少しづつ返すとか、そういうことで対応できる訳で、それだったら、赤富士もそんなに困らないんじゃないのかな。」


そ、そういうことだったのか...。「債務者に対し有効な債権を持つ債権者が、当該債権の唯一の引き当てとなるべき債務者の有する金銭債権に対し、訴訟前に仮差押できるか」という抽象的な法律論を繰り広げれば、どうもその答えはイエス、仮差押を認容すべきなように思える。しかし、事件には、「顔」がある。生身の人間が、そこにはいる。具体的な事案に基づきその判断の結果として発生することを具体的に考えれば、抽象的法律論と異なる結論が正しい価値判断になることは、少なくない。


「わたし、法律のことはよくわからないけど、お兄ちゃんの、仮差押を認めちゃうって価値判断がおかしいってことはわかるの!」


僕は、急遽却下決定に書き直すことにした。
後で聞いたことだが、平成22年頃から、東京地裁保全部では、給料債権仮差押えについては、債務者が退職する見込みがなければ、保全の必要性がないとして仮差押命令申立を却下しているそうだ*4。その背景は、サラ金等がみだりに給料債権の仮差押さえを申立て、不適切な結果が多発したところにあるということだ*5


星野英一先生もおっしゃっていた。

利益考量や価値判断の面においては、法律家に特に権威があるのではない。
(略)
利益考量・価値判断については、法律家といえども、一市民として、または一人間としての資格においてすることしかできない。

星野英一民法論集第1巻」7頁


そう、裁判官の僕の価値判断が一般人の妹より優れている、そんなはずがないのだ。

まとめ
民法学の巨星、星野英一先生がおなくなりになられた。
星野先生の「利益考量や価値判断の面においては、法律家に特に権威があるのではない。」という言葉を座右の銘の一つとしている者として、心よりご冥福をお祈りしたい。
この言葉をテーマとした、ライトノベル風の一文を書かせていただいた。法律家の方および法律家志望の方が星野先生の価値判断論に入門するきっかけになれば幸いである。

*1:民事保全法7条、民事訴訟法123条。ただし、民事保全法36条の特例により、保全異議事件については判事補一人で判断ができないことに注意。

*2:強制執行認諾条項付き公正証書等の方法もあります。

*3:第三債務者らは,債務者に対し,仮に差し押さえられた債務の支払をしてはならない。

*4:理論的根拠としては、継続的に給料債権が発生し、そこからの弁済が期待できるので保全の必要性がない

*5:大宮簡決平成13年8月7日判例タイムズ1084号312頁参照