アホヲタ元法学部生の日常

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調停官制度は衰退しました? 〜現行法と「人類は衰退しました」の調停官制度の比較研究


注意:いつもながら、本エントリは「人類は衰退しました」のネタバレを含みますので、小説未読又はアニメ未見の方はご注意ください。


1.「人類は衰退しました」とは
60億人を超える人口、進化する科学技術と都市文明


一度はこのような威容を誇っていた人類も、既に衰退期。ここ数百年を通じてゆっくりと人口が減少し、今にも消え去ろうとしている。科学技術や都市は失われ、生活圏も縮小した*1


これに対し、平均身長10センチ、高い知能を持ち、好物はお菓子という「妖精さん」が地球を支配している。そんな世界。


「わたし」は、「旧」人類最後の教育機関「学舎」の卒業生。実家のクスノキの里に戻り、仕事に就いた。その内容は、「調停官」。そんな「わたし」と、妖精さんの触れ合いを描く物語。


それが、 人類は衰退しましたである。ライトノベルは7巻まで刊行されており、2012年7月から9月までアニメが放映された。


2.「調停官」の役割
ところで、現代日本においても妖精さんがいて、締め切り間際の原稿を寝ている間に仕上げてくれたりする訳であるが、主人公の職業である「調停官」も、現代日本に存在する。2つの「調停官」の仕事の相違をまとめてみよう。


(1)「人類は衰退しました」における調停官の役割
調停官は国連に所属する、国際公務員である。「人類は衰退しました」における調停官の役割については、調停官服務規律が存在する。

調停官服務規律第三条 調停官は、所属長の監督下で、次の各号に示す職務に従事するものとする。
(1) 担当地域における異種族との円滑な関係構築を試みる
(2)種族災害発生時に監督者にその旨を通報すると同時に、必要な措置をとる
(3)異種族社会に同種間凶悪行為・大量虐殺・戦争等の悪弊及びその徴候が見られた場合、監督者にその旨を通報すると同時に、直ちに諸問題に関する原因・発端の究明にあたる。なお、理事会の支援が得られない状況であった場合、調停官の臨機の判断によって可能な限り事態の平和的解決を試みる
田中ロミオ人類は衰退しました1」223頁


おおむね、引退した人類と妖精さんとの軋轢を解消するためにできた国連調停理事会の下で、妖精さんと人間との間に起こる様々なトラブルを調整する仕事だった*2といえよう。


もっとも、現在では、このような軋轢を引き起こす強い感情のようなものは人類には存在しない。そこで、 服務規律のうち3条3項以外は「生きていない」*3「閑職」であるものの、万が一妖精間で「凶悪行為・大量虐殺・戦争等の悪弊及びその徴候」が見られたら、その迅速な解決に当たることが必要であり、その準備として妖精さんとコミュニケーションを図るのが日常的な仕事といえる。


(2)現代日本における「調停官」の役割
戦前は小作争議の平和的解決を目的とした小作調停法が存在し、「小作調停官」という人がいた。同名の宮沢賢治の詩を知っている人もいるだろう。
小作調停官(下書稿)/『〔補遺詩篇 II 〕』


しかし、小作調停法が戦後すぐに廃止された後、平成16年1月までは、法律用語としての「調停官」という身分は存在しなかった。


ところが、平成16年1月に新しく家事及び民事の「調停官」が導入された。

民事調停法第23条の2  民事調停官は、弁護士で五年以上その職に在つたもののうちから、最高裁判所が任命する。
2  民事調停官は、この法律の定めるところにより、調停事件の処理に必要な職務を行う。
3  民事調停官は、任期を二年とし、再任されることができる。
4  民事調停官は、非常勤とする。
民事調停法第23条の3  民事調停官は、裁判所の指定を受けて、調停事件を取り扱う
2  民事調停官は、その取り扱う調停事件の処理について、この法律の規定(略)及び特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律 (略)の規定において裁判官が行うものとして規定されている民事調停及び特定調停に関する権限(略)のほか、次に掲げる権限を行うことができる

要するに5年以上の中堅・ベテラン弁護士について、民事調停における裁判官と同じ役割を担わせようというものである。非常勤の仕事であるから、弁護士の仕事を継続することも可能だ。非常勤裁判官制度ともいわれる。


裁判官の給源の多様化、多元化という司法制度改革の理念にそって、弁護士から常勤裁判官への任官を促進するための環境整備を行い、調停手続をより一層充実・活性化するというのが、調停官制度導入の趣旨である。


さて、調停は、裁判官・調停官だけで行うのではない*4。調停委員という民間人2人も参加し、これに調停官・裁判官が調停主任として加わり、計3名で調停委員会を構成するのである(民事調停法第6条)。


民事調停委員及び家事調停委員規則1条 民事調停委員及び家事調停委員は、弁護士となる資格を有する者、民事若しくは家事の紛争の解決に有用な専門的知識経験を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い年齢四十年以上七十年未満のものの中から、最高裁判所が任命する。ただし、特に必要がある場合においては、年齢四十年以上七十年未満の者であることを要しない。

調停委員は、弁護士資格者、専門知識を持つ人、人格見識の高い人等から選ばれる。


調停委員の役割は、(1)当事者の主張によく耳を傾ける、(2)当事者によく考えさせる、(3)当事者を説得することにあると言われる*5
要するに、事実関係をしっかり聞いて、両当事者を心理的に安定させ、その上で、もう一度よく考えさせることで物事の本質を踏まえた無理のない合意形成を目指し、必要に応じて積極的に当事者に働きかけて説得する。


ここで、裁判官・調停官は同じ期日にたくさんの事件を抱えており、物理的に全ての事件で調停に立ち会うことはできない。これに対し、調停委員2人は、割り当てられた事件全てに立ち会うことが想定されている。「同一調停期日に同時に数件、時には数十件の調停を主宰する」*6裁判官・調停官は、調停委員が当事者と行った話の内容を、調停委員会における「評議」の場等で聞き、調停委員に対して適切な指示を与えるという形で、調停の適切な運営を確保し、事件の経過に併せて時期を選んで立ち会うことが主な役割となっている*7


3.当事者とのふれあい
(1)「人類は衰退しました」における妖精とのふれあいの重要性
さて、ここで、再度、上掲の服務規律を掲載したい。

調停官服務規律第三条 調停官は、所属長の監督下で、次の各号に示す職務に従事するものとする。
(1) 担当地域における異種族との円滑な関係構築を試みる

妖精さんは言葉がしゃべれるものの、なかなか人類にとって、その生態が明らかにされていない。このままでは、いざという時に、調停官として適切な役割を果たせない。

そこで、もちろん、妖精社会に対しては不干渉が原則*8であるが、妖精の生態を知り、両種族の距離を縮め、よりよい調停を行えるようにするため、調停官は妖精と「なじみ」になり、日頃から地域の妖精と密な対話を行う必要がある*9


そう、調停官は、調停の対象である「妖精さん」とふれあう必要がある


(2)インフォーマルな関係構築の禁止
ここで、現代日本においては、調停委員及び調停官・裁判官は、「わたし」が行ったように、当事者の家に行ってインフォーマルなコミュニケーションを行うことは想定されていない。


むしろ、調停官・調停委員は公平無私であるべきであり、調停事件の当事者と親しくなってはならない


例えば、家事調停官*10には忌避という制度がある。

家事事件手続法11条1項 裁判官について裁判又は調停の公正を妨げる事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる。
家事手続法15条1項 家事調停官の除斥及び忌避については、第十条、第十一条並びに第十二条第二項から第四項まで、第八項及び第九項の規定を準用する


要するに、AさんとBさんが調停をお願いしたところ、調停官のCさんがBさんの友達であったという場合、Aさんは、調停官の忌避を申立て、別のDさんを調停官にするよう求めることができるということだ。これによって、公平な調停官による説得を確保している*11


つまり、調停官・調停委員が担当事件の当事者と関係を構築することは望ましくない、むしろ、そのような場合は、その事件を担当できなくなると考えられているのである。


4.当事者理解の重要性
とはいえ、当事者の生活を知ることが重要であることは否定できない。
例えば、飯田邦男「こころを読む 実践家事調停学ー当事者の納得にむけての戦略的調停ー」37頁では、「生活ー感情ー主張」図式を提案する*12

階層 内容
1番上 主張(行動)
上から2番目 感情
一番下 生活


 これは、いわゆる三段ピラミッドであり、表面上は、一番上の段である「主張・行動」が調停官に見えている。しかし、その下には、「感情」があり、感情次第で主張や行動が変わっていく。そして、この感情がどこから出てくるのかを考えると、一番下にある「生活」に支配されている。
 この「生活」が分かると、当事者の「感情」が理解できるようになり、どうしてこんな「主張」をするかがおのずと分かるようになり、自分勝手な主張がされたり、主張が変転しても、動じずにこれを受け止めることができるのだ*13


家事調停であれば、当事者間の「生活史」がある。それは一本調子とは限らず、時には良い時があり、また、悪い時もあった。そういう生活から、相手に対する複雑な感情が生まれ、それが、「今日は相手を非難したが、明日は相手に配慮する」といった、表面上理解し難い主張行動に結びついている。だからこそ、このような主張を理解するためには、その背景にある生活を理解して、しっかりと受け止めてあげる必要があるのだ。


5.調査官の利用
もちろん、調停委員・調停官が話を聞くことで、この「生活」を理解することは大事であるが、調停委員が話を聞けるのは、(例えば期日が1ヶ月毎に入る場合)月に1回である。しかも、個別に話を聞くとすれば、1時間の期日でも1人につき30分しか話を聞けない。このような限界があることから、現代日本の調停制度においては、家庭裁判所調査官を利用している。


調査官は、心理学、行動科学等の専門的知見を持つ裁判所の職員であり、裁判・審判・調停のサポートのため、調査等を行うことをその任務とする*14


家事調停においては、期日に調査官を同席させるだけではなく、調査官の「機動性」を活かして期日間に当事者を訪問して話を聞く、行政機関等との調整を行う(環境調整)等の様々な調査官による支援が行われている。


調査官は、調停官・調停委員と異なり、説得等の機能を持たない。そこで、当事者の家を訪問する等してその生活実態を把握し、調停委員・調停官に対してよりよく調停できるような情報を提供するという任務には最適である。


つまり、説得者として「公平中立性」を持つべき調停官・調停委員と、 調査者として、当事者の方にもう一歩踏み込んで調査に赴く調査官という役割分担がなされ、その結果、よりよい調停が行われているのである。


6.「人類は衰退しました」への提案
ここで、「人類は衰退しました」の世界を振り返るに、調停者と事実調査者が同一人物という問題を指摘できる。


「わたし」は、調停官という立場でありながら、お菓子作りという特技を活かして妖精さんと近づいている。その結果として、妖精さんの実態をより良く知ることができたというメリットは確かにある。しかし、妖精さん個人と親しくなったということは、いざ調停が必要になった際に、公平に調停できないか、少なくとも外観上不公平に見えるという問題点を指摘できるだろう。


現在、人口の減少に伴い、調停官という仕事が閑職となり、人員が割けない状況であることは十分理解できるが、例えば、祖父、「わたし」、助手さんという人員構成であれば、そのうち一人位調査のみに専従させても問題がないのではなかろうか


「わたし」を調官として、妖精さんとのコミュニケーション、生活実態調査担当として任命することで、「人類は衰退しました」の物語への影響を最小限に抑えながら、より良い調停制度を実現できるだろう。

まとめ
「わたし」を調停官ではなく、調査官とすることで、お菓子作りといった特技を活かしながら、妖精と親しくなりすぎることの弊害を抑えることができる。


「(・ワ・)かみさま しごとやめるですか?」
「(・ワ・)てんしょくするそーです」
「(・ワ・)ちょうさかんって、いってました」
「(・ワ・)ちょうさかん、なにするですか?」
「(・ワ・)いままでどおり、おかしくれるです」
「(・ワ・)おおー」「(・ワ・)やったー」


こんな妖精さん同士の会話がなされる日も近い!?

参考:

*1:田中ロミオ人類は衰退しました1」79頁

*2:田中ロミオ人類は衰退しました1」78、131頁

*3:田中ロミオ人類は衰退しました1」223頁

*4:なお、裁判官だけで調停を行うことも可能であるが(民事調停法5条参照)、ほとんど使われていない。

*5:沼邊愛一ほか「現代家事調停マニュアル」36頁

*6:沼邊愛一ほか「現代家事調停マニュアル」44頁

*7:沼邊愛一ほか「現代家事調停マニュアル」36、44頁。ただ、調停官制度ができてからは、より多くの期日に調停官が積極的に関与するようになったという評価もある。

*8:田中ロミオ人類は衰退しました1」83頁

*9:田中ロミオ人類は衰退しました1」79頁

*10:民事調停官については、民事調停法22条により準用される非訟事件手続法12条ですかね。

*11:なお、調停委員については忌避制度はないが、「調停委員が当事者の知り合い」の場合「前もって、調停委員が辞退」することになっている。http://www.courts.go.jp/otsu/vcms_lf/10401025.pdf

*12:調査官OBの佐竹洋人が提唱された。

*13:飯田邦男「こころを読む 実践家事調停学ー当事者の納得にむけての戦略的調停ー」36〜38頁

*14:裁判所法61条の2