アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

分かりやすい具体例で法学のフレームワークを身につけよう!〜「キヨミズ准教授の法学入門」

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)


1.法学入門の類型
法学入門には、いくつかの類型がある。
1つ目は、オーソドックスに、法学のエッセンスを抽象化したもの。
一番有名なのは伊藤正己・加藤一郎編「現代法学入門」か。

現代法学入門 (有斐閣双書)

現代法学入門 (有斐閣双書)

例えば、法解釈には、文理解釈、論理解釈、拡大解釈、縮小解釈がある等と、一般に使われている解釈の類型を網羅的に説明する*1
どんな法分野でも通用する基礎を網羅的・体系的に学べるが、ただでさえ抽象的な法律を更に抽象化するものであり、この点に抵抗感を感じる学生もいる。


2つ目は、全部の事項を網羅するのではなく、具体的な事例等を元に法学の考え方の要点を学ばせるものである。例えば、道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門」が代表的であり、

自分で考えるちょっと違った法学入門 第3版

自分で考えるちょっと違った法学入門 第3版

拙著「アニメキャラが行列を作る法律相談所」もその1つである。
アニメキャラが行列を作る法律相談所

アニメキャラが行列を作る法律相談所

どうしても網羅性に欠ける*2が、面白さという意味では最初の類型を超えることが多い。


ところが、木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」は、このいずれの類型でもない。
本書は、あえていえば「メタ入門書」とでも言えようか。法学を学ぶにあたって理解しておくべきフレームワーク(枠組み)を、実定法、法解釈等の取っ付きやすい分野だけではなく、法学の社会科学における位置づけ、法哲学、法学史等のいわゆる「取っ付きにくい分野」も含めて1冊にまとめているものである。


2.「キヨミズ准教授の法学入門」の内容
本書の主人公「キタムラ」君(組長)は、高校2年生。喫茶店で近くの大学のキヨミズ准教授と、ワタベ先生に出会い、法学の世界へ導かれるという話である。


試し読みをされたい方は、
http://ji-sedai.jp/works/book/publication/kiyomizu/01/01.htmlをご参照されたい。


基本的には、身近な事例を用いて解説しており、「プリキュアごっこ』の見方に見る社会科学の各分野の違い」「学園祭の『ウォーリーを探せ』企画に見る法解釈」等、興味をそそる事例が集まっている。

何%の女の子がキュアハッピーをやりたがるのだろう、とか、キュアサニーキュアピースをやりたがるのは何%だろう、という形で統計分析をしますね
木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」67頁

等、前著「憲法の急所」でも見られる事例選択の妙味を味わうことができる。


本書で学べるフレームワークとしては、例えば、「法的三段論法」「法体系」「良い法解釈の条件」等がある。これらは、優秀な実務家であれば自然に身に付いているものだが、本書を使えば、入門段階で身につけることができるのである。


印象に残った記載を2つほどあげよう*3

法的三段論法が直感的な生の価値判断を離れて一度法源に戻ることで冷静になるという効果があると述べた後、

法律家は、ある事実関係で判断を示すときに、嫌でも法源を根拠にしなきゃいけないんですね。ここで、無理やり、法源という自分とは違う存在と向き合わせられるから、法的判断というものは深みが出るんですね。法律家個人の判断を相対化するわけです
(中略)
確かに、法源を一見しただけでそこで適用すべき法命題が定まって、そこから自動販売機的に結論が出るかのように見えることもありますね。だから、しばしば裁判官は、自動販売機にならなきゃいけないんです。
でも、裁判官は、自動販売機的な判断と同時に、自分なりの価値判断もするはずでしょう。それと法源との間には、多かれ少なかれ齟齬がありますね。『法律の文言からすると、当然、この人は死刑にしなきゃいけないけど、それはやり過ぎだと思う』とか
(中略)
法的判断の中では、法律家の判断と法源、それぞれが相対化されるんですね。
法源は、先人の知恵の積み重ねだったり民主制という優れた決定方法のアウトプットだったりしますね。だから、それと向き合うことは、法律家が自分の判断はおかしかったと反省するきっかけになりますよね。
とはいえ、法源が常に正しいとまでは言えないわけで、法律家の違和感が、法源を相対化するきっかけになることもあるでしょう
(中略)

ですから、法源を権威的に崇めて、それを疑わない自動販売機は、正しい意味での法律家ではないですね
木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」37〜39頁

と述べる。



「法律を適用するコンピュータ」というのはいろいろと試行錯誤されているが*4「価値判断」ができるようになるまでは、法解釈はしばらく人間の独壇場になりそうである。



また、法体系の重要性についても、以下のように述べる。

最後に、法学が、なぜ体系思考にこだわるのか、についてお話しします。時代の移り変わりなどにより、これまでの法体系では適切な結論が得られない新しい問題に直面することがあります。そういう場合、近代的な法律家は、その問題を法体系の中に位置づけて解決しようとしますね。これはわずらわしい思考方法ですし、何かと前例にこだわる『お役所仕事』に見えます。
しかし、こういう思考は、『公平』という価値と深く結びついているんですね。様々な問題を統一的な原理と体系の下で処理して初めて、公平な判断ができるわけです。『公平』の実現にはコストが必要だ、まどろっこしい思考方法にも意味があるんだ、という側面にも目を向けて頂ければうれしいですね

木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」121〜122頁


このような「法体系」の意義を公平に求めるところも、意外と気づかず、「ハッ」とさせてくれるところである。


上記のとおり、本書は、「骨太のフレームワークの理解」を身につけることを目的としているので、「法解釈手法の類型論」「法源の類型論*5」等のオーソドックスな法学入門書に載っていることは、かなり省略されている。Epilogueに推薦図書が掲載されているので、これらの本を手に取り、補う必要があるだろう。


なお、本書には、「イングランドでは、判例は、議会の立法に拠らない限り変更できないとされています」(本書248頁)等*6、やや疑問に思われる記載もあり*7、この辺りは、てにをはレベルの誤植を含め、増刷の際に改めて頂きたい。


3.高校生・法学部生にお勧め!
進路に迷ってる高校生や、大学で法学の勉強を始めたような人にとっては、本書のChapter 2で 法律学が他の社会科学とどう違うかを意識すると、法律学のものの考え方」*8が分かる。高校生であれば、これが自分にあっているかという観点で進路を検討をすればいいだろう。

特に、以下の法学部生の売り込み文句も参考になる。

「法学部生おススメです」
一 法律の知識があることは、普通に仕事で役に立ちます
二 法的思考の能力は、組織内部で、公平で納得のできる判断を導くのに使えます
三 しっかり法的思考ができることを示せば、取引先から信用を得られます
四 様々な社会問題とその解決法に精通しているので、視野が広くきめ細かい判断ができます
木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」203頁


法学部生にとっても、法学を勉強する上で本書のフレームワークを体にしみ込ませることは、正しい法解釈に近づくための重要なプロセスであろう*9


4.法科大学院生や修習生、実務家の方にも!
法科大学院生や修習生、実務家にとっても、いわゆる法哲学や法学史等、いままであまり触れてこなかった面*10を面白く学べる本である。
強い野球部を作るには、バッティングや紅白戦みたい(ママ)実践練習だけじゃなくて、走り込みとか、筋力トレーニングとかが必要でしょ。(略)基礎をしっかりやらないで、いきなり不動産売買の契約のやり方とか、窃盗犯をつかまえて有罪にするやり方とかを教えても、法学部生として、力がつかないんですね」*11という言葉に共感を覚えたら、本書は買いだろう。


しかも、本書については、玄人筋好みの「穿った」読み方もできて面白い。
例えば、エピローグにある「法学に関する面白い参考文献」は、「なぜこういう選択をしたのか」という点を考察するのが興味深い。
例えば、「法社会学」については、入門書はない*12とされているが、川島武宜「日本人の法意識」といった古典をあえて外されたのはなぜか、興味深いところであろう。また、長谷部恭男先生の本は「憲法と平和を問いなおす」「憲法とはなにか」を例示されているが、「法とは何か---法思想史入門」を外されたのはなぜかも興味深い。
更に、刑事訴訟法については、刑法とあわせて山口「刑法入門」を紹介されている。確かに同書にも刑事手続の概要は触れられているが、ほとんどが刑法の解説であり、なぜ刑事訴訟法プロパーの本を選ばれなかったのかも興味深いところである。

まとめ
本書は、「メタ入門書」というべき、「他の入門書で触れられている項目が触れられておらず、逆に他の入門書にない項目が充実している」という特色がある。
表面的な法解釈に留まらない深い解釈ができるようになるための「フレームワーク」を押さえられる本書を、高校生、法学部生、ロースクール生、そして実務家とその卵に推薦したい。
木村先生の次回作憲法の創造力」も楽しみである!

*1:伊藤正己・加藤一郎編「現代法学入門」77頁以下

*2:とはいえ、道垣内先生の本はかなりいろいろな分野を網羅されている。

*3:ほかにも、仕事を怠ける「ダメ法学者」や、「行政法学者は、季刊教育法とか、近代農業とか、月刊コンクリートとか、月刊廃棄物とか、いろんなジャンルの雑誌買わないといけないのに、何で研究費が憲法学者と同じ額なんだよ」(同書92頁、ただし、近代農業、月刊コンクリートは、それぞれ「現代農業」月刊誌「セメント・コンクリート」のことと思われる。)等いろいろ面白い。

*4:例えば、pdfだがhttp://research.nii.ac.jp/~ksatoh/juris-informatics-papers/kbs92-ksatoh.pdf参照

*5:よく法学入門に出てくる明治8年太政官布告103号裁判事務心得3条の「条理」が法源か等

*6:田中英夫「法形成過程」62頁によれば、1966年の貴族院の声明(Practice Statement)で先例拘束性の原理が廃止され、先例を変更することが妥当であると考えられるときは、そうすることができるとなったはず。

*7:キヨミズ准教授の「冗談」なのかもしれないが

*8:どういうルールに基づいて決めているのかという辺りに焦点があたるが、詳しくは本書を参照されたい。

*9:特に法的三段論法が冷静に議論をしてから結論を出すためのものであるという本書28頁は興味深い。

*10:それなので、法学入門(法学言論)講義の受講生が0人だという設定になっている

*11:本書10頁

*12:同書272頁