アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

ゾンビ法律学研究序説〜未開拓の新たな法律分野

1.経済学、国際政治、行政学、法学の中で、仲間はずれは?

私は、未だ誰も研究していない法分野を開拓するのが好きだ。
判例史学
コクリコ坂の時代背景を教えてくれる「蛇足」審判〜「判例史学」という新たな地平 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
オタク法制史
日本オタク法制史〜日本近代BLの父ボアソナード - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
時際私法
時際私法の世界への誘い〜国際私法とのアナロジーから - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
「署名押印できない理由」
署名押印できない理由〜極めて特殊な法ヲタの1分野 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
カノン法学
あゆあゆの「鯛焼問題」に関する法的考察〜Kanon法学の形成と展開I - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
と、これまでにいろいろな法分野(法律オタクのサブカテゴリー)を開拓してきた*1


ところで、冒頭の仲間はずれの問題の答えは明白である。法律学である。しかも、その理由は、ゾンビなのである。


経済学では「ゾンビ経済学 」

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想


国際政治では「ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える 」

ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える

ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える


行政学では「天下り“ゾンビ” 法人 」

天下り“ゾンビ” 法人 「事業仕分け」でも生き残る利権のからくり

天下り“ゾンビ” 法人 「事業仕分け」でも生き残る利権のからくり


と、既に他の社会科学では、ゾンビを研究することは常識になっている

それは、「これはゾンビですか?」「さんかれあ」「あるゾンビ少女の災難」「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」「屍鬼」「ZOMBIE-LOAN」等、ゾンビ物のアニメが多く放映され、直接ゾンビを扱っていなくとも、Hellsingのようにゾンビが多く登場する漫画作品も多いという「立法事実」があることから、それぞれの分野から、ゾンビへの対応を研究することが必要だということによる*2。 このような観点からは、法律学でもゾンビを研究するべきである。



ところが、私が調査した限り、ゾンビ法律学に関する先行研究はなかった*3


そこで、誰もやっていないなら、私がやってしまえということで、ゾンビ法律学を研究してみた。


2.ゾンビの扱い
魔法少女まどか☆マギカのさやかの台詞に

仁美に恭介を取られちゃうよ…。でも私、何も出来ない。だって私、もう死んでるもん。ゾンビだもん。こんな身体で抱き締めてなんて言えない。キスしてなんて言えないよ…
魔法少女まどか☆マギカ第7話

というのがある。


ゾンビ=死体であって、「人間」として扱われないという理解は、社会常識であるように思われる。


ところで、法律学は、*4死体か生きている人間かを、三徴候説で判断する*5。要するに、心臓の停止、呼吸の停止、瞳孔拡大・対光反射の喪失の3要素が認められれば、人は死んでいる、そうでなければ、人は生きているということになる。



ここで、例えば、「これはゾンビですか」の相川歩は、連続殺人鬼に殺され、ネクロマンサーのユーが蘇生してゾンビ化している。このように、一度殺され(三徴候説の要件が満たされ)、その後ネクロマンサー等によりゾンビ化された事案は、社会通念どおり、ゾンビ=死体として扱うべきである。



これに対し、上記のさやかのように、魔法少女になっても、心臓も動いている、呼吸もしている、瞳も普通という場合には、法律上は生きているということになる*6


多分、死体を黒魔術師、ネクロマンサー等がゾンビにする事案が多いので、今後はゾンビを原則死体扱いするが、個別の事案検討においては、この点が問題となることに留意すべきだろう。



3.黒魔術師の罪責
よく問題となり得る事案を想定しよう。

事例1 黒魔術師Xは、Yの死体をゾンビ化させた(Y’)。Y’は、Zを襲って、Zを殺し、Zもゾンビ化した(Z’)。

さて、このような場合、ネクロマンサーの罪責を考えてみよう。



まず、Zが死んだことについてであるが、Xは、殺人罪(199条)の罪責を負うか。
この点、Xが具体的にZを殺すことを意図していた場合はもちろん、そうでなくとも殺人罪を認めて差し支えない。刑法は、具体的な被害者を意図しない場合でも有罪にできる。群衆の中に手榴弾を投げ込むように、誰でもいい、殺してしまってもかまわないという一定の範囲の概括的認識(概括的故意)があれば十分なのだ*7。ゾンビが人を襲う危険な存在なのは誰もが知っている。そこで、群衆の中に手榴弾を投げ込むのと同じで、Zの死につき、Xは、殺人罪(199条)の罪責を負う



次に、YとZをゾンビ化させたことである。ここでは、XとY、Zの間には血縁関係等がないとしよう。
まず、Xが(Yの)墓を掘り返したのであれば墳墓発掘罪(刑法189条)が使える。しかし、Zの場合のように、墓を掘り返さなければこれが使えない。


1つの解決は、ゾンビを意のままにコントロールしたとして、死体領得罪(刑法190条)とすることだ。死体を自分の支配に入れることが死体領得罪として違法とされた事案として、宮崎地判平成14年3月26日判例タイムズ1115号284頁等がある*8。これに対し、コントロールが効かなければ、ゾンビ化には必然的に場所的移動が予定されていたとして、死体遺棄(刑法190条)を成立させるしかない。通常は、遺棄は犯人が動かすことが想定されており、死体がスタスタ歩く場合は想定されていないが、これを死体遺棄罪とできなければネクロマンサーは不可罰になりかねないだろう*9


4.ゾンビの責任
さて、上記事例1のY’の責任であるが、現行法の解釈では無罪である。
刑法199条は、「人を殺した『者』は〜」としているが、このは、人を意味しており、人間ではないゾンビをこれに入れるのは、罪刑法定主義に反する。もし、処罰したければ、立法をするしかないが、ゾンビを刑務所に収容すると、囚人を食べてゾンビ化させるだけでは?等、悩みは大きい。



5.ゾンビへの反撃

事例2 黒魔術師Xは、Yの死体をゾンビ化させた(Y’)。Y’は、Zを襲ったので、Zは反撃し、顔を潰してY’を「殺」した。

 次に、この場合のZの罪責である。この場合、Y’は死体なので、殺人罪は成立しない。
しかし、Z確かに死体であるY’を破壊しているので、死体損壊罪(刑法190条)の構成要件にはあたるだろう。ここで、Xがけしかけていることが、Zの反撃の理由だから、Zとしては、正当防衛(刑法36条)を主張したい。しかし、死体損壊罪は、Xの利益を守る法律ではないというのが問題である。つまり、Xが襲わせたのがY’ではなく「Xの所有する犬」であれば、犬という「器物」はXのものであり、これを壊すことは、Xの利益を侵害するものの、Xは不正な攻撃をしている以上、犬を殺してXの器物を損壊する行為をしても、それは諦めないといけない(違法性がなくなり、Zは処罰されない)というのが、正当防衛の基本構造である。しかし、今回は、国民の宗教感情及び死者に対する敬虔・尊崇の感情という社会法益が問題となっている*10攻撃者であるX自身の法益が問題となっていないので、それを侵害することは正当化されないのではないかという問題である。


 この点については、いろいろな考え方の筋があるが、1つの考えは、Y’はXによる不正の侵害の一部を構成しているとして、正当防衛の成立を認める考えである*11。つまり、防衛行為の際たまたま第三者の所有物を利用したといった場合には、まさに、防衛行為者Z側の理由で第三者の利益が害されているが、本件のように、侵害者XがY’を使っている場合には、防衛行為者Z側としては、X自身の犬をけしかけて来た場合と同様に防衛がやむを得ない。そこで、事例2についても同様に正当防衛として扱うことができるのではないか。


 この点、防衛行為として社会的法益を侵害していいのかという問題もあるが、西田先生等、社会法益を正当防衛によって侵害することを認める見解もある*12


6.ゾンビとの共生
これはゾンビですか?の歩とユーのように、ゾンビと共同生活をしたいというニーズがある。しかし、ゾンビと生活を共にしたいとの希望を叶えるのは法律上難しい。


まず、ゾンビとネクロマンサーの間に家族等の関係がある場合、葬祭義務者が葬祭をしないと、不作為の死体遺棄罪となる*13
 そうでない葬祭義務者以外の場合には、ゾンビをコントロールする、つまり、死体を支配下に置くことは上記のように死体領得罪となる。
 支配下に置かずとも、死体遺棄罪の可能性があるのは上記の通りであるし、家等の自分が占有している場所にゾンビがいるのに通報しないと軽犯罪法1条18号違反だ。

まとめ
以上、ゾンビ法律学の主な論点について検討をしたが、これはあくまでも、試論、ゾンビ法律学研究の「序説」に過ぎない。上記の議論が正しいとは断言できないし、具体的適用は、各状況によっても異なり得る。法学会で活発な議論がなされることを期待したい

謝辞
本エントリは、サークル員patRIOTさん、そして、フォロワーのKarel III,král českýさんとの有益な議論の成果である。ここに感謝の意を表したい。


(追記)
谷口功一先生から

が出版されるとのご紹介をいただきました。法哲学的考察が掲載されているとのこと、期待です。

*1:なお、先行研究があるがマイナーな分野として「遺言の読み方」(「いごん」「ゆいごん」論争の到達点〜遺言の言語学的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常)、ファウスト裁判(ドイツでまじめに議論されていた「ファウスト」裁判 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常)がある。

*2:なお、ゾンビになった場合は「ゾンビの作法」

ゾンビの作法 もしもゾンビになったら

ゾンビの作法 もしもゾンビになったら

で対応を学びましょう。

*3:あえていえば、ゾンビ法律 | 春夏秋冬 - 楽天ブログだが、これは、もはや当初の目的を失った法律を指しており、ちょっと違う。

*4:脳死等の例外はあるが

*5:例えば、山口厚「刑法」(第2版)206頁

*6:なお、Hellsingのセラスは、ゾンビに襲われ、瀕死の重傷を負い、ゾンビ化する前に吸血鬼になっているが、もし、三徴候が失われる前にゾンビになったのな、こちらの「生きている」方になるだろう

*7:山口「刑法」(2版)103頁

*8:親から治療を依頼された者が、医学的治療をせず、子どもが死亡した事実を否定し、当該死体を置いている部屋に立ち入らせないようにするとともに、施錠するなどして、親の当該死体に対する事実的支配を完全に排除し、被告人両名のみによる支配の下に置いたことを死体領得とした

*9:なお、同居して生活する場合は後述のとおり軽犯罪法でしょっぴける。

*10:浅井和茂他「新基本コンメンタール刑法」404頁

*11:大塚裕史他「基本形法I」198〜199頁参照

*12:西田「刑法総論」(第2版)159頁、但し、対物防衛肯定説から、鳥獣保護法との関係での正当防衛を認めているという文脈であることに注意。

*13:大判大正6年11月24日刑録23輯1302頁、大判大正13年3月14日刑集3巻285頁