1.はじめに
- 作者: 宮村啓太
- 出版社/メーカー: 民事法研究会
- 発売日: 2012/10/01
- メディア: 単行本
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刑事弁護入門書のスタンダードとしては、少なくとも従来は、現代人文社の「刑事弁護ビギナーズ」が燦然と輝いていた。
- 出版社/メーカー: 現代人文社
- 発売日: 2008/01/07
- メディア: 単行本
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しかし、もう5年も経ってしまった。刑事弁護ビギナーズは2008年(平成20年)1月に発行された。現在、つまり2013年(平成25年)1月からすると、もう5年前である。当時、裁判員制度は始まってなかった。また、被疑者国選は、その後範囲が大幅に拡大した。更に、例の事件*2によって、法テラスへの報酬請求のための手続が複雑化した。
今も修習生の方等に、刑事弁護の入門書でオススメは何ですかという質問をいただくことがあるが、このような時代の変化に応えた改訂が欲しいぁと思いながら*3、これまでは、刑事弁護ビギナーズを引き続き薦めていた。ところが、今回、この状況を変える1冊が出版された。それが、宮村啓太先生*4の「事例に学ぶ刑事弁護入門」である。
2.薄い本
手に取って頂くと分かるが、約200頁の、本当に薄い本である。これだけ薄いと、逆に大丈夫なのか?と思う向きもあるだろうが、大丈夫である。
この本は刑事弁護の基礎と題する第1編、刑事弁護の現場と題する第2編、そして、刑事弁護Q&Aと題する第3編の3編構成であるが、約8割を占め、また、内容的に極めて有意義なのが刑事弁護の現場である。
そもそも、刑事弁護の世界には、自白事件か否認事件かという軸と、起訴前弁護か基礎後弁護かという軸の2軸がある。
本書の白眉は、この2軸によってできた4つのマトリックスそれぞれについて典型的な事例を1つ作成し、この事例に沿って弁護活動を解説するところにある。
自白の有無 | 起訴前 | 起訴後 |
---|---|---|
自白 | 第1章自白事件の起訴前弁護活動 | 第3章自白事件の起訴後弁護活動 |
否認 | 第2章否認事件の起訴前弁護活動 | 第4章否認事件の起訴後弁護活動 |
第1章で起訴前弁護活動の重要事項を押さえたら、第2章で、これが否認になった場合どのような考慮をしなければならないかが分かる。
第3章で起訴後弁護活動を押さえたら、第4章で否認かつ裁判員裁判の争い方を知るといったように、ステップアップ方式で学べるのが素晴らしい。
3.コンパクトながら最新の実務に基づく基本的事項を押さえている
本書の解説の内容は、コンパクトながら最新の実務に基づく基本的事項を押さえている。当番弁護士の出動要請の際のFAXの読み方*5、起訴前弁護活動のスケジュールの立て方*6、早く供述録取書を作る方法*7、示談交渉の指針*8、「黙秘する、又は、供述した上で署名押印するかを慎重に判断してください」といった抽象的な基準ではダメ*9、取調べの録画の際の注意点*10、模擬取調べの有用性*11、違法取調べへの対応*12、裁判所への証拠保全の請求*13、自白事件のスケジュール*14、公判手続リハーサル*15、保釈を受けている被告人の判決期日の対応*16、 公判整理決定後の打ち合わせの留意点*17、「自白事件」における類型証拠開示の重要性*18、裁判員裁判における被告人調書の扱い*19、自己矛盾供述による弾劾の方法*20等、実務的に重要で、最近*21実務が変わった(変わりつつある)ところをかなり拾って説明している。
もちろん、入門をした後、実際に具体的な類型の事案、例えば、「外国人事件」とか「薬物事件」に当たった場合は
- 作者: 大木和弘,金竜介,児玉晃一,関聡介
- 出版社/メーカー: 現代人文社
- 発売日: 2008/10/07
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- 作者: 東京弁護士会外国人の権利に関する委員会
- 出版社/メーカー: 現代人文社
- 発売日: 2009/10/21
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もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術 (GENJIN刑事弁護シリーズ15)
- 作者: 小森榮
- 出版社/メーカー: 現代人文社
- 発売日: 2012/06/07
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等の類型毎の本を読んで知識を補充する必要はあるだろう。
しかし、「入門」という意味ではこの本1冊でかなり目的を達成できるのであり、その意味で、本書を修習生や、新人弁護士の方にお勧めしたい。
4.頻繁な改訂を!
なお、本書が前提としているのは「現在」の実務であるが、現在も実務は揺れ動いている。
例えば、署名押印拒否に対する捜査側の対応策として、本書は、「起訴後に検察官が、刑事訴訟法324条1項、322条1項により被告人の取調べ時の供述を内容とする取調官の供述に証拠能力が認められると主張し、取調官の証人尋問を請求する可能性はある。」とする*23。しかし、このような対応策に加え、署名押印を拒否していると、(実は本書の事案は単独犯なのであまり関係ないが)共犯者との関係で、 「証人」だとして、起訴前の証人尋問をされる場合等があり、このような場合における対処等は、今後重要性が増す可能性があるだろう。
また、本書では、公判前整理手続におけるスケジュールについて「見通しが立たない段階の期日指定を受けない」ことの重要性を力説している*24ところ、これは弁護人の行動指針に関する一般論としては正しい。もっとも、本書137頁の打ち合わせ例では、「見通しが立たない」という主張を裁判官が受け容れている。こういう風にすぐに矛を収めてくれる裁判官ばかりであれば楽なのだが、実際には、「そこをなんとか」とおっしゃる方もいる。そういう場合への対処等も、今後重要性が増す可能性があるだろう。
これと同様に、自己矛盾供述についての弾劾についても、本書ではかなり詳細にテクニックを披露されており、宮村先生の実例*25を交えた説明は非常に臨場感があるものであるが、「自己矛盾供述の存在を検察官が気づき、検察官が主尋問で先出しにして尋問し、弁護人の弾劾を潰してしまう」という捜査側のテクニックもある。このようなテクニックへの対処法等も、今後重要性が増す可能性があるだろう。
このように揺れ動く実務の中、本書の「現在」における優位性が永続するよう、望むらくは毎年、遅くとも2、3年毎に頻繁に改訂して、その時点その時点の最新の実務を反映すること*26を期待したい。
まとめ
あさひ法律事務所という企業法務系の事務所に所属されているのに熱心に刑事弁護をされている宮村先生に対しては素直に「すごい」の一言である。
その著者による現在の実務を前提として入門者に必須の事項をコンパクトにまとめた「事例に学ぶ刑事弁護入門」は、全ての修習生と新人弁護士の必読の一冊と言えよう。
本書がベストセラーになり、頻繁な改訂が続くことを期待したい!
*1:季刊刑事弁護については、過去に林原めぐみ閣下に関するアナログ調査の効用ー刑事弁護専門書に声優インタビュー掲載 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常というエントリを書いたこともある。
*2:弁護士である被告人が、被疑者国選弁護事件及び被告人国選弁護事件の報酬を請求するに当たり法テラス接見回数等を水増しして弁護報酬をだまし取ったとする詐欺被告事件で、否認する被告人の弁解を排して詐欺罪の成立を認めた事例(岡山地判平成23年4月21日) - ム4ネタ[ム4]参照
*3:きっと少年弁護ビギナーズの方にリソースを割かれたんだろうなぁ、このご判断もよくわかるな等と思っていました。
*4:弁護士列伝 - 学生が直撃インタビュー! | 弁護士ドットコム:<あさひ法律事務所 宮村 啓太 先生>参照
*5:12頁以下。【刑事弁護人あるある:被疑事実に「被疑者は◯◯組所属の暴力団員であるが」とか「『俺は××組のもんだぞ』と凄み」等と書いたFAXが送られてくる。】
*6:23頁以下、【刑事弁護人あるある:勾留を回避しようと頑張ったところ、身元引受け人が残業当たり前のブラック企業に勤務しているので、深夜12時にやっと会えた。】
*7:27頁以下。【刑事弁護人あるある:供述録取書を作ろうと、白紙に手書きで書いて被疑者に示したら、「字が汚くて読めない」といわれた。】これは1つの方法で、ネットプリント等を利用される方もいらっしゃるみたいですね。
*8:44頁以下。【刑事弁護人あるある:被疑者が『お金はいくらでも出します』というのでかなり高い金額になったもののなんとか示談をまとめたところ、『そんなに高い金額、払えません』と言われた】
*9:58頁、【刑事弁護人あるある:被疑者が「大丈夫です。完全に否認の調書になっているので署名押印しました」と言っているので安心していたが、起訴されて開示された証拠を見たら、自白調書ができていた。】
*10:60頁、【刑事弁護人あるある:取調べの録画DVDが最近ブルーレイディスクになったので、PS3を買って経費で落とした。】
*11:66頁、【刑事弁護人あるある:厳しい警察官になりきって「こんな取調べをされたらどう対応する?」という模擬取調べを厳しくやり過ぎたため、被疑者が接見を恐がり、「本当の刑事さんといる方がずっと落ち着ける」と言い出した。】
*12:78頁以下、【刑事弁護人あるある:違法な取調べがされたことに怒って平静を欠き、「通知人」を弁護人とした上で、「貴職は通知人の取調べに際し、通知人に対し以下のような違法な言辞を弄しました。」と書いてしまった。】
*13:80頁以下、【刑事弁護人あるある:この証拠は絶対こっちに有利だと思って証拠保全を申立てたら、実は捜査機関にとって極めて有利な内容だった】(刑事訴訟法180条1項参照)
*14:109頁以下、【刑事弁護人あるある:執行猶予を確実にしようと、保釈を得て期日を2回もらってじっくり立証活動を行ったところ、判決直前に被告人が現行犯逮捕された。】
*15:112頁以下、【刑事弁護人あるある:被告人に対し公判手続きのリハーサルをしたところ、被告人から、弁護人の質問の仕方が下手だと言われ、「話し方」のレクチャーを受けた。】
*16:124頁以下、【刑事弁護人あるある:実刑になり身柄を拘束されると思って、保釈金の追加の手配をして、保釈請求書まで持って判決期日に立ち会ったが、あっけなく執行猶予判決が下された。】
*17:134頁以下、【刑事弁護人あるある:裁判官が早くスケジュールの見通しを言えと強く求め、検察官がすらすらと見通しを述べるので、「検察官が予定通りに請求する全証拠を開示することを前提に」スケジュールの見通しを述べたところ、検察官は証拠開示を渋るのに、裁判官は前提を聞いていない風を装って、スケジュールを守るよう求める。】
*18:150頁、【刑事弁護人あるある:自白事件なので、書記官に結審予定を聞かれて証拠を見る前に「全部同意、1回結審予定です」と言ったが、開示証拠を見たら重要な情状の争いを発見し、証拠開示を求めて大バトルに発展した。】
*19:161頁以下、【刑事弁護人あるある:被告人質問の後必要性を判断して調書の採否を決めるとされていたが、証人尋問の予定が押せ押せになり、身上経歴に関する必要十分な被告人質問をする時間がなくなり、結局調書を出すことになった。】
*20:167頁以下、【刑事弁護人あるある:自己矛盾供述があったので、よ〜し弾劾するぞと意気込んで証人尋問に望んだら、検察官の主尋問の冒頭で、自己矛盾供述が作成された経緯について合理的説明がされてしまった。】
*21:この5年には限らない
*22:よりよい弁護を目指し、弁護過誤を防ぐために〜「もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
*23:宮村啓太「事例に学ぶ刑事弁護入門」59頁
*24:本書135頁
*25:本書170頁
*26:そのことと本書の特長である薄さを両立させるのはなみなみならぬことではあろうが