M&Aの「総合力」をアップさせてくれるM&A関係者の必読書〜「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」
- 作者: 四方藤治
- 出版社/メーカー: 中央経済社
- 発売日: 2013/02/23
- メディア: 単行本
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私は「M&A支援部」といったM&A専門部門にいたことはないが、法務的な観点から複数のM&A案件(含クロスボーダー)に携わらせていただく中、必要に迫られていろいろな本を読んで勉強して来た。私は、もう古くなっているが北地・北爪「M&A入門」
- 作者: 北地達明,北爪雅彦
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2005/12
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- 作者: 藤原総一郎,大久保涼,宿利有紀子,笠原康弘,大久保圭
- 出版社/メーカー: 中央経済社
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- 作者: 石井禎,関口智弘
- 出版社/メーカー: 日経BP社
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- 作者: 長島・大野・常松法律事務所
- 出版社/メーカー: 中央経済社
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本書をアマゾンで見かけた際、「企業内プロフェッショナルのための」という副題が目を引いた。著者は、日産前M&A支援部長で中央大学大学院の先生をされている四方藤治先生*1である。M&Aの現場にいる筆者が単なるM&A技術ではなく、企業内でM&Aの「プロフェッショナル」になるために必要なものを教えてくれる本、これは楽しみだということで、本書をポチった。
2.「はじめに」でファンに
これは、私だけなのかもしれないが、M&A実務に携わることになってからずっと思っていたのはM&AのためのM&Aって成功しないよねってことであった。「M&A自体が自己目的になっている」ということの例を挙げるのは難しいが、仄聞したエピソードを1つ挙げると、かつてインターネット系の上場企業が、システム開発系上場企業の子会社を買った時、その意図をこう説明したという。
「おたくの会社の下だと、システム開発系企業ということで、PBRは2倍にしかならない。でも、うちの会社の下に入れば、インターネット系だからPBRが10倍になる。だから、同じ会社をおたくの会社からうちの会社の傘下に移すことで、企業価値を5倍にできる」。
M&Aの実務に入門した頃に「こんな話もある」といった程度のニュアンスで聞いた話であり、数字はうろ覚えだし、時期も不明*2なので、そういうものとしてご理解頂きたいが、このようにM&A自体が自己目的になると、なかなかうまくいかないなぁというのが私が常々感じていたことであった。
本書を読んで、2頁目でこの本と著者のファンになった。本書の「はじめに」の2頁目にはこういう記載があった。
事業法人(注:である日産自動車)が、M&A専門部署を設立することは当時まだ珍しく、他に参考になる事例も少なかったため、作業的にはまったく手探りからのスタートでした。(略)
ただ、業務の目的(ミッション)において
「M&A活動自体は、日産自動車にとってのコア事業戦略の核心的機能になりえず、あくまでも策定された個々の事業戦略を実現する手段・方策」である
との枠組みは、当初より明確なコンセプトでした。
四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」ii頁
あくまでも個々の事業戦略が先にあって、それを実現する手段がM&A。このようなコンセプトを明確に打ち出し、クロスボーダーを中心に200を超える案件をこなされてきた*3四方先生の本であれば、これについていけば間違いはないだろう。こう感じたのである。
3.「総合格闘技」としてのM&A
四方先生は、M&Aを総合格闘技として捉えている。定型的・教科書的なルールに従った従来の格闘技のようなものではなく、個別具体的で事前に予見できない問題を広範な知識と経験に基づき、チームワークを活かして利害衝突を解消し勝利を導く点に特色があるということであろう*4。
本書では、その総合力を高めるため、何のためM&Aをするのかという問題を提起し、M&A担当者の心得、効率的M&Aのための実務プロセス、企業価値、そしてコーポレーションガバナンスの関係と説明していく。
最初の問題意識が鋭い。M&Aの動機は、本当に「時間を買う」ためかという問題を提起され、時間を買うだけで長期的企業価値の向上にはつながらないのであり、「単に効率と効果を混同しているだけでは」と指摘される*5。また、シナジーについても、同じ人達が、これまでと同じように、同じ場所で、同じ事業や業務をやっても、全体の価値は増加しないはず*6と鋭い指摘をされ、
M&A提案の理由付けにシナジーが登場したら、要注意! 過度に収益シナジーに依存した、M&A提案は、より一層注意! 実現可能性についての検証が必要です。
四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」38頁
シナジーとは、美しい響きの言葉ですが、その実質は曖昧模糊として抽象性に富んだ名称でしかないのです。実現過程が具体的な行動計画に分解されていないシナジーは、幻想に終わりやすいということです。
四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」64頁
等として、事業のモジュール化等の方策を説明している。
実務プロセスについては、事業戦略を重視した上で、三次元グラフでM&Aの手法の最適選択を説明する*7、少数精鋭のチーミングの重要性を力説する*8、結果の評価が難しく「PDCAが回らない!」と悲鳴が出ている状況でどうすべきか*9、失敗率が高いので大技を狙わずに小技で細かくポイントを稼ぐ、つまり中小規模の案件を連続して成功させることに注力する*10等うなずかされるところが多い。
わからない事業はやらない
既存事業との関連性が低く、事業の収益基盤や競争条件が十分に理解できていない道の事業には手を出さない
四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」79頁
には、「 そう、そうなんですよ!」と強くうなずいた。
また、守秘義務の関係でやや抽象性が高かったが、過去の7案件を通じた課題と教訓が説明され、その中には日産自動車が培って来た「ノウハウ」的なものも盛り込まれており、自動車業界の状況を念頭に置きながら行間を読むと非常に面白い*11。
企業価値論については、企業価値は「株式価値」「株式価格」とは違うとして*12、上記で紹介した「株価が5倍になるから企業価値も5倍」という考えを一刀両断している。
コーポレートガバナンスについても、M&A活動の帰結が会社統治に与える影響や、M&A活動自体に利益相反やエージェンシー等の企業統治上の問題があるとした上で説明をしている*13。
4.M&A実務に関わる人全てにおすすめ
このように、本書は、四方先生が日産自動車における30年を超える職務経験の中得たノウハウを、様々な理論から体系化したものと言え、M&A実務家としての総合力を上げる上ではもってこいの参考書である。
ただ、本書がその冒頭に記載しているとおり*14、基本的なM&A実務の知識を身につけていることを前提に、専門用語や数式等が使われているし、また、守秘義務の関係で抽象化されている事例や記載をキチンと理解するには、ある程度の実務経験が必要であろう。その意味で、本書は、M&A実務を知りたい人のための1冊目の本ではない。自分の経験から何かをいうことがどこまで一般化できるか分からないが、多分入門書を読んで、実際に実務を経験してM&Aの実務を実感する中で、「このままでは伸びない、どうしよう!?」と成長への渇望を感じた辺り、が最も本書が役立つ時期であり,必ずやM&A実務家としての総合力をアップさせてくれるだろう。
しかし、その段階を経た後であっても、M&A実務家であれば誰しも本書の中に、「自分が日頃感じていたが言語化されていなかったもの」や「取り入れるべき日産自動車のノウハウ」等を見つけられるのではないかと思う。だからこそ、私は本書をM&A実務に関わる全ての人におすすめしたい。
まとめ
四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」は、30年以上の実務経験を元にノウハウを理論化した、総合格闘技であるM&Aの総合力を高めてくれる本である。
M&Aのことは何もわからないという場合には、入門書等で先に基礎知識を入れる必要はあるが、M&A実務に関わる全ての人におすすめできる良書である。
*2:いや、そもそもこういう発言が本当にあったのか、それとも私にその話をしてくださった方の創作なのかも不明
*3:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」ii頁
*4:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」iii, iv頁参照
*5:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」3頁
*6:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」32頁
*7:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」74頁
*8:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」76頁
*9:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」86頁
*10:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」89頁
*11:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」95頁以下、なおhttp://www.esri.go.jp/jp/mer/kenkyukai/050218-01.pdf参照
*12:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」152頁
*13:四方藤治「企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術」250頁以下。ただ、相対的に他の章に比べ記載が薄い印象。