アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

刑訴ガール第9話〜四人だけの花火大会〜平成20年司法試験設問1

実例刑事訴訟法〈1〉

実例刑事訴訟法〈1〉


注:刑訴ガールは、架空のロースクールを舞台にライトノベル調で司法試験を解説するプロジェクトです。ロースクールに進学しても、刑訴ガールはいません。


「現場検証するから、今日の午後7時、Aマンション前に集合よ。絶対浴衣を着て来なさいよ!」


ひまわりちゃんの良くわからない命令によって、僕は、慣れない浴衣を着ている。あれ、左前だっけ、右前だっけ?


「まったくもう、浴衣も着れないなんて、大和男児の名が泣くわ。」お怒りのひまわりちゃんは、集合場所に薄紫の地に赤い金魚を散らした浴衣で現れた。



「あらあら、左前っていうのは、左が『手前』って意味ではなくて?」ピンク色に白い花を散らした浴衣のリサさんが、僕の浴衣の襟を掴むと、慣れた手つきで僕の浴衣を直していく。


「リサさんに抜け駆けされちゃったわね。ねえねえ、私の胸元、ちょっとはだけてないかしら? 直してくださらない?」と近寄って青地に赤い花柄の浴衣の間から胸の谷間を見せてくる、ロビン先生。



「今日は現場検証なんだから、いちゃいちゃしないの!」怒りを爆発させるひまわりちゃん。そう、今日はこんな事件の現場に来たのだった。

1 警察は,暴力団X組による覚せい剤密売の情報を入手し,捜査を行った。その結果,覚せい剤取締法違反(譲渡罪)の前科1犯を有しているX組幹部の甲が,覚せい剤を密売してX組の活動資金を得るという営利の目的で,平成20年1月上旬ころ,Aマンション201号室の甲方において,多量の覚せい剤を所持しているという嫌疑が濃厚となった。そこで,警察は,前記覚せい剤営利目的所持の犯罪事実で,差し押さえるべき物を,本件に関係する覚せい剤,小分け道具,手帳,ノートとし,捜索すべき場所を,Aマンション201号室の甲方とする捜索差押許可状の発付を受けた。
甲方は,5階建てのAマンションの2階にあり,その間取りは4LDKバストイレ付きであって,甲方の玄関ドアの右隣には,共用部分の通路に面して,ガラス窓が設置されており,その窓は,アルミサッシ製で,2枚のガラス(各ガラスの大きさは,縦1.2メートル,横0.9メートルである。)が引き戸になっている。ほかに同通路に面した窓はない。甲方には,常時,X組の組員2,3名が起居している。なお,覚せい剤営利目的所持の罪とは,「営利の目的」つまり,犯人が自ら財産上の利益を得,又は第三者に得させることを動機・目的として,覚せい剤をみだりに所持した罪をいい,その法定刑は,1年以上の有期懲役,又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金である。
2 平成20年1月15日午前8時ころ,司法警察員警部補Pは,前記捜索差押許可状を携帯して,司法警察員巡査部長Qら5名の部下とともに甲方の捜索に赴き,甲方玄関ドア前の通路に集まった。Qが甲方のドアチャイムを鳴らしたところ,甲方内からドア付近まで近づいてくる足音が聞こえ,その直後,「何ですか。」という男の声がした。そこで,Qは,ドア越しに「警察だ。ドアを開けろ。」と告げたが,ドアは開けられることなく,「やばい。」などという男の声がして,ドア付近から人が遠ざかる足音が聞こえ,さらに,室内から,数人が慌ただしく動き回る足音が聞こえた。Qは,ドアノブを回してドアを開けようとしたが,施錠されていたので,ドアを手で激しくたたき,ドアチャイムを鳴らしながら,「早く開けろ。捜索令状が出ている。」と数回にわたり怒鳴ったが,ドアが開けられる気配はなく,また,甲方内からの応答もなかった。そこで,Qは,甲方の玄関ドアの右隣にあるガラス窓を開けようとしたが,施錠されていたので,所持していた手錠を用いて向かって右側のガラス1枚を割って,約20センチメートル四方の穴を開けた。この時点で,最初に警察であることを告げてから約30秒が経過していた。Qは,その穴から手を差し込んでガラス窓内側のクレセント錠を外した上,同ガラス窓を開けてそこから甲方内に入った。Pら5名は,Qに続いて,順次,そのガラス窓から甲方内に入り,「置いてある物に触るな。」と言いながら甲方内の各部屋に散っていった。Qらが,甲方内に在室している人物を確認したところ,甲がリビングルームに,2名の組員がそれぞれ別々の部屋にいて,合計3名が甲方内に在室していることが判明し,Qらは,これら3名の近くで,その行動を注視できる位置についた。そこで,Pは,甲に対し,前記捜索差押許可状を示した。この時点で,Qが最初に甲方内に入ってから約3分が経過していた。その後,Pらは,甲を立会人として,覚せい剤等を探し始めた。Qは,リビングルームに置かれたサイドボードの引き出しの中から赤色ポーチを発見し,これを開けて見たところ,同ポーチ内には,ビニール袋入りの50グラムの白色粉末があった。
3 そこで,Qが,甲の承諾を得て,その場で白色粉末の予試験を実施したところ,これが覚せい剤であることが確認できた。Qは,「被疑者甲は,みだりに,営利の目的で,平成20年1月15日,Aマンション201号室の甲方において,覚せい剤50グラムを所持した。」という被疑事実で,甲を現行犯人として逮捕するとともに,刑事訴訟法第220条第1項第2号により,この覚せい剤を差し押さえた。なお,Qが割った甲方の窓ガラスは,直ちに,業者により修復され,その費用は2万円であった。
4 甲は,逮捕,勾留中の取調べにおいて,「発見された覚せい剤は私のものではない。覚せい剤については一切知らない。」などと供述し,一貫して否認した。警察が捜査したところ,甲がWという女性と交際していることが分かった。Wは,5年前から会社員として働いているが,以前,会社員として働く傍ら,クラブでホステスのアルバイトをしていたことがあり,そのクラブに客として来ていた甲と知り合い,約1年前から甲と交際するようになった。Wは,その直後,アルバイトを辞め,週末に甲方に通って,掃除をしたり洗濯をするなど,甲の身の回りの世話をし,甲も,月に数回の割合で,Wが住んでいたアパートの部屋に泊まりに行くなどしていた。以上の状況から,W方に,本件犯行に関する証拠物が存在する蓋然性が高まったので,警察は,W方の捜索差押許可状の発付を受け,平成20年1月18日,Wが不在であったため,アパートの管理人を立会人としてW方を捜索し,鍵が掛けられていた机の引き出しの中からノート1冊(以下「本件ノート」という。)を発見して,これを差し押さえた。
5 本件ノートは,市販されている100枚綴りのものであり,その表紙には,「平成17年10月13日〜」と記載されている。各ページには,日付とそれに続く数行の記載がある。それらの日付は,平成17年10月13日で始まり,1週間に3日ないし5日程度の割合で,その経過順に記載されていて,平成20年1月15日で終わっている。そして,それぞれの日付の下には,買物に行ったこと,食事をしたこと,友人と会ったこと等の出来事やそれに関する感想が記載されている。これらの記載部分は,日によって,万年筆で書かれたり,ボールペンで書かれたりしているが,空白の行やページは無い。
記載のある最終ページは,【資料】(本問題集8ページ参照)のとおりであり,同月6日,9日及び15日分の文字は万年筆で,同月11日,12日及び14日分のそれはボールペンで,それぞれ書かれている。本件ノートに記載された文字の筆跡は,すべてWのものである。
6 警察は,本件ノートの記載内容についてWを取り調べようとしたが,Wは,交通事故に遭い,平成20年1月20日に死亡していたため,取り調べることができなかった。なお,事故の際,Wは,B社製の茶色ショルダーバッグを持っており,そのバッグの中には,W方の鍵と前記机の引き出しの鍵が入っていた。そして,捜査の結果,C百貨店が,同月6日,前記ショルダーバッグと同じ種類の物1個を,9万8000円で売ったこと,同月12日午前10時18分,W方付近にある銀行に設置された現金自動預払機において,W名義の普通預金口座から現金3万円が払い戻されたこと,Wが,同日,D子と一緒にE市内にある映画館で映画を見てから,ショッピング街でアクセサリーや洋服を見て回ったことが明らかとなった。
7 その後,検察官は,所要の捜査を遂げて,「被告人甲は,みだりに,営利の目的で,平成20年1月15日,Aマンション201号室の甲方において,覚せい剤50グラムを所持した。」という公訴事実で,甲を起訴した。甲は,第一回公判期日において,前記公訴事実につき,「私のマンションで発見された覚せい剤は私のものではありませんし,これを所持したことはありません。もちろん営利の目的もありません。」と陳述し,弁護人も同趣旨の陳述をした。検察官は,「Wが平成20年1月14日に甲方で本件覚せい剤を発見して甲と会話した状況,本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況及びX組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格」という立証趣旨で,証拠物たる書面として本件ノートの証拠調べを請求した。これに対し,甲の弁護人は,「証拠物としての取調べに異議はないが,書証としては不同意である。」との意見を述べた。甲と本件覚せい剤を結び付ける証拠並びに本件覚せい剤の入手状況及び過去の覚せい剤の売却価格に関する証拠は,本件ノート及び甲方で押収された本件覚せい剤以外にはない。


【資料】W方で押収された本件ノートの最終ページ
平成20年1月6日
正月休みも今日で終わり。明日から仕事だ,頑張ろう。でも,休みボケで,仕事のことを考えるとちょっとゆううつ。週末が待ち遠しい。おいしいと評判のイタリアンレストランへ甲に連れていってもらった。確かにパスタがおいしかった。食事の後,C百貨店で前から欲しかったB社の茶色のショルダーバッグを甲におねだりして買ってもらった。9万8000円もしたのに・・・。甲は優しい。
1月9日
今日,甲が来る予定だったのに来なかったので,電話してみた。体調が悪いらしく,甲の電話の声に元気がなかった。ちょっと,心配。週末には元気になっているといいな。もうすぐ午前零時だ。明日の仕事にも差し支えるので,もう寝よう。
1月11日
明日から3連休だ。明日はD子と映画に行く予定。映画を見るのは久し振り。銀行に行くのを忘れた。明日,ATMでお金を下ろさないと。3万円あれば,次のお給料日までは大丈夫かな。
1月12日
今日は,E市に出て,D子と一緒に映画を見た。アクション物で面白かった。最近はDVDを借りて家で見ることが多いけど,やっぱり映画館の大きなスクリーンで見ると迫力が違う。その後,ウインドウショッピングをして帰る。
1月14日
今日,甲のマンションに行った。洗濯物もたまっていて,思ったより時間がかかった。掃除をしているとき,サイドボードの引き出しの中に,見慣れない赤色のポーチを見つけた。女物のようだったので,私のほかに女でもと思って中を見ると,白い粉がビニール袋に入っていた。急に,甲が,「それに触るな。」と言って,私からそのポーチを取り上げた。私は,びっくりして,「何なの,それ?」と聞くと,甲は,「おまえがいた店にも連れていったことのあるY組の乙から覚せい剤50グラムを250万円で譲ってもらった。うちの組では,これまで,0.1グラムを1万5000円で売ってきたんだ。だれにも言うなよ。」と言った。覚せい剤なんて生まれて初めて見た。何だか怖い。甲が警察に捕まったりしないのか心配。私もあんなものを見て何か罪にならないのか心配。正直,あんなもの見なければよかったと思う。不安で今晩は眠れそうもない。でも,もう日が変わるので早く寝ないと・・・。
1月15日
今日からまた仕事が始まった。頑張ろう。甲と連絡が取れない。今日は,ずっと留守電になっている。どうしたんだろう。何だか胸騒ぎがする。


「うふふ、とりあえず2階に上がりましょうね。」リサさんがこの場をおさめる。


1階から2階へ上がる階段を上っている時、リサさんが「うふふ、私はロビン先生のように、人前であからさまなことをする性格ではなくってよ。二人きりの時にしましょうね。」とそっと耳元でささやく。


二階に登ると、すぐに201というプレートのついたドアが見える。確かに、201号室の通路側には大きな窓があるが、この窓は綺麗に直っていた。既に警察の方で修理をしたのだろう。



「今日の現場検証こんなものかしらね。屋上に上がりましょう。」ひまわりちゃんは、検証開始後早々に、終了を宣言する。



屋上にはいったい何があるのだろう。



ヒュルルル〜 ドーン!
ヒュルルル〜 ドーン!
ヒュルルル〜 ドーン!



屋上に上がると、目の前に花火が上がった。


「べ、別に、あんたと一緒に花火を見たい訳じゃないわよ。ちょうど花火が綺麗に見えるAマンションのところに来たからついでよ。つ、い、で!」ひまわりちゃんが弁解を始める。


「あらあら、夜店も出ている河川敷は人が多いから、落ち着いて花火が見られるところを探していたのは、どなたでいらっしゃいましたか?」


「二人とも、喧嘩はだめですよ。」


そんなこんなをしているうちに、花火もクライマックスに近づいてくる。


ヒュルルル〜 ドーン!ドーン!ドーン!ドーン!


大輪の花火の中から二重、三重、四重に、花火が飛び出してくる。



「思い出したわ。故意と営利性のための唯一といってもいい証拠となる、Wのノートなんだけど、これも二重伝聞の問題ね。」ひまわりちゃんが何かを思い出す。



「あらあら、ひまわりちゃんは典型的な『花より団子』タイプね。こんなロマンチックなところで、事件の話をするなんて、無粋ではなくて。」リサさんが正論を述べる。


「二人共、喧嘩はしないの。再伝聞についてはいろいろな議論があるところよね。」ロビン先生が仲裁に入る。


「あらあら、『要するに伝聞過程の登場人物について、それぞれ反対尋問等による信用性テストを経た供述かどうかを検討し、信用性テストを経ていない供述が1個ならば伝聞、2個ならば再伝聞、3個ならば再々伝聞となる』(事例演習263頁)とした上で、『再伝聞のそれぞれの伝聞過程について321条から324条までの伝聞例外の要件が備わっていれば、証拠として許容して差し支えない』(事例演習239頁)と解するだけのことではなくて。最高裁*1も同趣旨よ。」


「具体的に考えてみましょう。たとえば、この書面はWが書いた書面ね。その中に甲、つまり被告人の供述があるわ。そうすると、仮に甲とWの供述の双方が伝聞証拠であれば、甲の供述過程とWの供述過程の双方について伝聞例外に該当するかを判断する必要があるのよ。」


「うふふ、被告人の供述を内容とする伝聞証拠についてみると、324条は『被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人の供述をその内容とするものについては、第三百二十二条の規定を準用する。』としているわね。324条の意味は、Wの供述過程について、伝聞例外にあてはまれば、Wという被告人以外の者が公判期日で供述しているのと同じだから、甲の供述を内容とする供述書として、甲の供述過程についても322条の要件を満たす限り、証拠とできるということよ*2。」リサさんは理路整然と述べる。


「ちょっと、ただの書面なんだから、どこにも『公判準備又は公判期日における供述』なんかないじゃない。勝手に324条を適用しないでよ!」ひまわりちゃんが突っむ。


「うふふ、320条の文言を逆に読めば、『第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合』なら『公判期日における供述に代えて書面を証拠と』していいということではなくて?」涼しい顔でうちわを扇ぐリサさん。


「320条1項はネガティブな文脈で用いているだけで、この文言に公判期日における供述の全面的代替という積極的な意味を与えるのはおかしいわ。そもそも、伝聞過程が増えれば増えるだけ、危険性が増えるじゃない*3。」なお食らいつくひまわりちゃん。


「もちろん、歴史的には全面否定説はあったし、今でも、このバリエーションともいえる、原供述者自身の肯定確認を要求する説もあるわよ。」ロビン先生が仲裁に入る。


肯定、確認?


「あらあら、ここでいう原供述者というのは甲だけど、甲が『Wが記載した私の発言内容はそのとおり間違いない』と確認して署名・押印等をすることが肯定確認よ。この見解は、事実上原供述者の署名押印がない限り証拠能力を肯定しないという意味ね。でも、それは再伝聞の証拠能力の全面否定とほぼ結論は変わらないのではなくて(事例演習261頁)? 今回だって、甲の署名押印はどこにもないし、甲は否認していて、『これが間違いなく自分の言った言葉だ』なんて認めるはずないから、この説からは、少なくとも甲の発言部分は証拠能力が否定されるわよね。」


う〜ん、証拠として用いる必要性があって信用性の情況的保障があれば伝聞例外として認めるというのが刑事訴訟法のスタンスなんだよな。各過程についてこれらの要件が満たされていれば、再伝聞であっても伝聞例外としていいという判例・通説自体はやむをえない結論なんじゃないかな。むしろ、具体的な事案において、本当に必要性と信用性の情況的保障があるのかを検討する方が得策だと思う。


「今回の立証趣旨は、『Wが平成20年1月14日に甲方で本件覚せい剤を発見して甲と会話した状況,本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況及びX組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格』よ。」戦線は具体的な事案に移る。


原則どおり立証趣旨どおりの要証事実だとすると、当日二人が本当はどういう会話をしていたのか、という意味で、Wの供述の真実性が問題となるな。


「あらあら、要証事実をとりあえずそういう前提で考えてみると、甲の供述はどうなるかしら?」リサさんが含みを持たせる言い方をする。


本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況及びX組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格というのは、要するに、甲が覚せい剤と知って乙から購入し、また、営利目的があったということを示そうというのだろう。そうすると、本当に覚せい剤と知って入手し、本当にその値段で買ったのか、という、供述内容の真実性が問題となる、伝聞証拠だ。


「甲に伝聞過程があるとしても、それは比較的簡単に治癒し得るわよね。」ロビン先生が参戦する。


322条により、内容が甲にとって不利であるから任意性があればいいところ、甲とWは親密な関係であって、嘘を言う理由はないし、Wに追求されてすぐに説明をしており、作り話をする暇もない。内容が、サイドボードの引き出しの中の赤色ポーチに50グラムが入っていたという発見状況と一致していることも任意性を裏付ける1事情とも言えるだろう。


「うふふ、Wは交通事故で死亡している訳だけど、信用性の情況的保障はどう?」


Wと甲は婚約中だな。ホステスのバイトもやめて身の回りの世話をするために甲の家に通っている。そんなWが甲に不利な嘘を書く理由はないだろう。特に、ノートが発見された場所は、鍵付の引出内であるところ、Wはこの鍵をいつも持ち歩いている。第三者に見せるつもりがない、とてもプライベートなもの といえ、嘘を書くとは到底思えない。そして、1週間に3日ないし5日程度の割合で時系列に記載されていて、空白の行やページはない。これは、当日ないしはその直後の記憶が明確に残っている時期に、当日発生した出来事を都度記録していたことがうかがわれる。万年筆やボールペンという後で消すのが困難な筆記用具を使っているのも、この点を補強するだろう。実際、裏付け捜査で、ショルダーバッグの販売、3万円の払い戻し、D子との映画等が裏付けられている。信用性の情況的保障はありそうだ。


「ここで問題は不可欠性ね。ただ、この点は、要証事実が何か、ということとも関連するのだけど...。」ロビン先生がメガネを上げる。



『甲と本件覚せい剤を結び付ける証拠並びに本件覚せい剤の入手状況及び過去の覚せい剤の売却価格に関する証拠は,本件ノート及び甲方で押収された本件覚せい剤以外にはない。』ということだからこのノートが営利所持の不可欠の要素である故意と営利性の立証上不可欠だということではないのだろうか。


「うふふ、実はね、私はこのノート、不可欠性が欠けるという結論でもやむをえないと思っているわ。」リサさんが驚くべきことを言い出す。


若い女性が虚実を織り交ぜた日記を書くことは十分あり得るのだから、特信情況まではないわ。でも、不可欠性はあるでしょう。」ひまわりちゃんも、検察側伝聞証拠の証拠能力を肯定する方向の発言をする。


「ここは、説明が必要みたいね。要するに、リサさんもひまわりさんも、『肉を切らせて骨を絶つ』、つまり、証拠能力のところで負けて、本案で勝とうとしているのよ。」


えっと、どういう趣旨かよく理解できないのですが...。


「あんた馬鹿じゃないの? 公訴事実は?」


覚せい剤営利目的所持。


「構成要件は?」


客観的要件としての所持と、主観的要件としての故意と営利目的。


「そうすると、主観的要件の故意と営利目的については、それを立証すべき証拠は他に何もないから、Wのノートに不可欠性はあるけれども、Wのノートに信用性がない*4から証拠不十分として無罪とすべきというのが弁護人の主張よ、」


「うふふ、今回検察官が設定した立証趣旨の意味はわかりにくいけれど、要するに、前段において、1月14日の段階で甲がWに対して表明した(その時点での)甲の認識を立証したいといっており*5、後段において、(1月14日以前の)乙と取引した状況や価格を立証したいとしているのよ*6。」


なんか、この2つだと、後段の乙と取引した状況や価格が重要そうに見えるのですが。


「あらあら、乙と取引した状況や価格は、確かに、情状という意味はあると思うわ。たとえば、どのくらい利益を得ていたかというのは量刑に響く要素ね。でも、1月14日の段階で甲がWに対して表明した(その時点での)甲の認識って、主観的構成要件要素である故意と営利目的そのものではなくて?」


「今リサさんが指摘しているのは、Wのノート中の甲発言から、1月14日の段階で、甲はこれは覚せい剤として譲り受けたものなんだと認識し、これを営利のため所持しているという営利目的を持っていることがわかるってことね。これは、構成要件である故意と営利目的でしょ。この、発言がなされた段階の認識、つまり、現在の心理状態に関する供述って、刑事訴訟法上どういう扱いなんだっけ?」


確か、知覚や記憶という過程がないから、通説はこれを非伝聞としているはず。


「うふふ。つまり、立証趣旨どおり要証事実を認定する場合でも、今回の検察官の主張は、甲の発言当時の心理状態に関する供述として非伝聞的に甲の供述を使いたいというものと、甲の発言どおりの取引が行われたことを立証したいとして、伝聞として甲の供述を使いたいというものの2つがあるのね。」


なるほど。でも、それと、『肉を切らせて骨を絶つ』の関係は?


「より重要な前段の場合、つまり14日の会話当時の甲の認識に関する供述として使う場合についてよく考えてみなさい! これが『不可欠』という意味は、これ以外に証拠はないから、Wのノートに特信情況がない、ないしは信用性がないと判断されれば、必要な主観的構成要件要素を認定できない、ということよ。」


つまり、無罪ってことか。


「うふふ、そして、私が不可欠性が否定されてもしょうがない、というのは、故意については自己の管理下の覚醒剤の存在、営利性については大量(50グラム)の覚醒剤の所持からこれが推定されるということよ。要するに、故意も営利性も、証拠物である覚せい剤そのものが『証拠の女王』であって、Wのノートに立証を頼るような状況ではない、ということよ。」



「ここは、多分、ひまわりちゃんが、どのような故意や営利性を否定する主張・立証をするかにもよりそうね。裁判所としては、とりあえずWのノートの採否を留保することになるのではないかしら。特信情況の存在を前提とすると、例えば、甲の部下が覚せい剤を管理し、販売を担当していて甲は全然知らなかったといった証拠が出てきて、覚せい剤の存在の持つ推認力を覆せば、この段階で、不可欠としてWのノートを採用するということになりそうね。」


「うふふ。要するに、弁護側が無罪を取るためには、覚せい剤の持つ推認力を突き崩すという一段目のハードルがあるし、仮にそれを突き崩す立証ができたとしても、Wのノートが出てきて故意と営利性が認定されてしまうという二段目のハードルもあるってことよ。潔く自白をされてはいかがかしら?」不敵な笑みを浮かべるリサさん。


「そもそも管理下に覚せい剤があることから故意等を推定するのは、利益原則*7違反であって全構成要件要素の挙証責任を検察官が負うという原則に反しているわ。しかも、覚せい剤を管理していないことを示す証拠を提出できれば、覚せい剤の推認力を覆すだけではなく、Wのノートの信用性や特信情況に対する弾劾にもなるのよ。ひまわりちゃんは負けないわ。這いつくばってでも前に出て、最後に勝利を掴んでやるんだから。」



もうとっくに花火は終わっていて、見上げると、満点の星空が広がっていた。地上から見える綺麗な星の裏には、無数の、地球からは見えない星があると聞く。局地的な敗北を繰り返しながらも、最後まであきらめずに勝利を目指す。そんな不屈の刑弁魂が、夜空に輝いていた。

まとめ
刑訴ガールも後半戦です。週に1年のペースで来月中に完結させるつもりですので、何卒よろしくお願い致します。


追記:7月2日深夜に野田先生の貴重なコメントを頂戴し、後半の記載を大幅に変更しました。貴重なご指摘、どうもありがとうございました。

*1:最判昭和32年1月22日刑集11巻1号103頁

*2:詳しくは上口裕「刑事訴訟法」404〜405頁に図が掲載されている

*3:事例演習260頁

*4:信用性の情況的保障がなく証拠能力がない、ないしは、証拠能力はあるが信用性はない

*5:『Wが平成20年1月14日に甲方で本件覚せい剤を発見して甲と会話した状況』

*6:『本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況及びX組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格』

*7:疑わしきは被告人の利益に