アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

刑訴ガール第12話〜偏見か推認か〜司法試験平成19年設問2

刑事公判法演習: 理論と実務の架橋のための15講

刑事公判法演習: 理論と実務の架橋のための15講


注:刑訴ガールは、架空のロースクールを舞台にライトノベル調で司法試験を解説するプロジェクトです。ロースクールに進学しても、刑訴ガールはいません。


本当かどうかはわからないが「人は見た目が9割」と言われる。要するに、人が第一印象で物事判断するという趣旨の台詞だ。「経験を重視する判断者」は、「合理性を重視する判断者」よりも、見た目が悪い人を有罪にする確率が22%高いというアメリカの調査結果もある*1


「うふふ、だからこそ、見た目で判断しない人とお友達になるのに、これが役立つのよ。」と言って、自分の頭についた猫耳を指差すリサさん。


要するに、リサさんのコスプレを見て引いてしまうような人は御免だ、ってことですか。


「うふふ。お父様は、検察庁は頭が固い官庁だから、修習に行ったらコスプレはやめろとおっしゃっているけれどね。」ヒョコヒョコと動く猫耳。脳派に反応しているのかな。


リサさんは、お父様も検察官なんですか。


「あらあら。リサという名前は、秋霜烈日のバッジの菊の花から来ているのよ。」


ルース・ベネディクトの「菊と刀」の原題にあったな。クリサンサマム(Chrysanthemum)。それで「リサ」か。


「うふふ。刑事訴訟法は、こういう偏見に基づく判断を避けるために法的関連性を要求しているわ。自然的関連性があっても、事実認定に誤りを生じさせる危険があると考えられる証拠は、やはり訴訟で用いる資格を認めるべきではないということね*2。」


その典型は、いわゆる悪性格立証禁止ですかね。


「あらあら、よく勉強できているわね。被告人の暴行行為を証明するため、被告人の粗野な性格を立証しようと、粗暴犯前科を立証すると、事実認定者が不当な偏見を抱いてしまい、争点を拡散・混乱してしまう危険が大きいので、法律的関連性を欠くものとして証拠能力が否定されるわ*3。」リサさんの猫耳がピョコピョコ動く。


「ちょっと、公然と不純異性交遊をするのは禁止よ。現行犯で逮捕するわ。」割り込んできたのは、ひまわりちゃん。


「あらあら、不純異性交遊は刑法犯ではないわ。そんなので逮捕したら逮捕・監禁罪よ。」


「もちろん冗談よ。今やってる事件の検察官が悪性格立証禁止を知らないどうしようもない奴だから。」


「あらあら、ひまわりちゃんは、検察官が悪性格立証禁止を知らないと言っているけど、本当は、ひまわりちゃんが、特殊な手口による犯人性の証明のことを理解していないのではなくて?」


「理解してるわよ。こんな事案よ。」

7 同年3月28日午前3時30分ころ,甲方から徒歩約20分の距離にあるS駐車場において,C社製高級外車が炎上した。火は幸い早期に発見,消火されたため,同車両を焼損したにとどまり,他の車両や住宅等への延焼は免れたが,S駐車場には,出火当時,炎上した車両の左右の駐車区画を含め合計10台の車両が駐車中であり,炎上した車両と直近の木造住宅との距離は約2メートルであった。また,同車両の前部バンパー付近からベンジンの成分が検出された。
警察が,S駐車場の2台のビデオカメラで撮影・録画していたビデオテープを再生したところ,同年3月28日午前3時30分ころ,同駐車場に一人の男性が立ち入り,C社製高級外車に近寄ると,折りたたみ式ナイフ様の物で同車両右側ドアに数回にわたってひっかき傷を付けた上,持参した瓶の中の液体を同車両の前部バンパー付近に振り掛け,ライターでこれに点火して逃走した様子が録画されていた。その放火犯人は,帽子をかぶり,黒色ジャンパーと紺色ズボンを着用し,口元に白色マスクを着け,軍手様の物をはめた手に500ミリリットル程度の容量のある瓶1本を持っていたが,帽子やマスクのため,その人相までは判別できなかった。
警察が,甲方前の公道上を撮影・録画していたビデオテープを再生したところ,同年3月28日午前3時7分,甲方方向から公道上に出てきた直後の甲の姿が,同年3月28日午前3時55分,公道上を歩いてきて甲方方向に向かう甲の姿が,それぞれ録画されていた。その際,甲はマスクをしていなかったので,その顔が明確に判別できた上,甲が着用していた帽子,ジャンパー,ズボン等の色・特徴や甲の体格は,S駐車場の放火犯人のそれらと酷似していた。
そこで,警察は,甲方の捜索差押許可状を取得し,同年4月2日,甲の立会いの下,甲方を捜索し,室内から,帽子,黒色ジャンパー,紺色ズボン,白色マスク,500ミリリットルのベンジン空き瓶,折りたたみ式ナイフ及びライター各1点を発見して押収し,さらに,同年4月2日,S駐車場における建造物等以外放火の容疑で,甲を通常逮捕した。
8 その後,警察が捜査したところ,甲は,C社日本法人に就職しようとしたが不採用とされたことを逆恨みして,平成16年3月3日,屋根のない駐車場において,無関係の第三者が所有するC社製高級外車のドアに折りたたみ式ナイフで複数のひっかき傷を付けた上,同車両の前部バンパー付近にベンジンを散布してこれに火をつけて,同バンパー付近を焼損したが,公共の危険の発生はなかったという器物損壊事件により,同年6月10日,G地方裁判所において,懲役1年6月,3年間執行猶予の有罪判決を受けたという前科を有していた。
9 甲は,S駐車場における放火の犯人であることを否認したが,検察官は,甲の勾留中に所要の捜査を遂げて,平成19年4月20日,甲をS駐車場における建造物等以外放火の事実で起訴した。
裁判所で開かれた第一回公判期日において,甲は,「自分は犯人ではない。」旨述べて犯行を否認し,甲の弁護人も同趣旨の主張を行った。


「器物損壊前科の利用は、許されない悪性格立証よ!」きっぱり言い切るひまわりちゃん。


「あらあら、これは、どう見ても特殊手口による犯人性の立証じゃない。」自信たっぷりのリサさん。


確か、最判平成24年9月7日刑集66巻9号907頁は、前科証拠は,自然的関連性があることに加え,証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに証拠能力が肯定され,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合は,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る 犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであるときに証拠能力が肯定されるとしていたな。


「うふふ、今回は、高級車のドアに折りたたみ式ナイフで複数のひっかき傷を付け、かつ、ベンジンを利用して火をつけるという顕著な特徴があるわ。前回は公共の危険がないから器物損壊にとどまったけれど今回は放火になったという以外違いはないから相当程度類似性がある。つまり、(人格を問題としなくとも)それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものとして、最高裁判例からも利用が可能ではなくて?」


最高裁の事案を知ってそんなこと言っているの? 平成24年最判の原審は、窃盗を試みて欲する金品を得られなかったため、石油ストーブの石油を使って放火すると言う手口を10件以上繰り返していることから、これを犯行の推認に使ってよいとしたのだけど、最高裁は、これらの類似点の持つ推認力はさほど強くないとした上で、10件も繰り返したことから被告人にそのような「行動傾向が固着化した」という原審の認定に対して、それこそ、人格を理由に有罪を推認するものとして否定しているのよ。本件はあくまでも前科は1件だけで、しかも、車を傷つけるなんていうのもよくあるし、車に火をつけるのもよくあるわ。前科の持つ推認力は高くない反面、むしろ被告人の行動傾向という人格的なものを理由に有罪を推認しようとしていることになるわ。」


「あら、私が問題にしているのは、車を傷つけたことと火をつけたこと単独ではなくて、傷をつけたことと、ベンジンという珍しい着火罪を使って火をつけたことを同時に起こすことが特異でそのような態様の犯行が偶然の一致により別人によっても行われるといいうことが考えがたいという意味でしてよ*4。」


「最決平成25年2月20日も、裁判員制度が導入された現時点において前科による立証を謙抑的になすべきという最高裁の意図を強く示しているわ。原審は、女性用の物を窃取した際に,被告人本人にも十分に説明できないような,女性に対する複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油を撒いたりするという行動を繰り返してきた被告人について、女性物の窃盗をしていることから、現場に石油を撒いて放火をしただろうという推認をしていいとしたわ。女性物の窃盗と室内に石油を撒く、放火するという2つが合わさる特徴的な事案であるにもかかわらず、最高裁は、特異な犯罪傾向ということは困難である上、このような犯罪性向を犯人が被告人であることの間接事実とすることは,被告人に対して実証的根拠の乏しい人格的評価を加え、これをもとに犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることにほかならないとしてこれを否定したわ。」


「あらあら、平成25年最決の金築補足意見を読まれたのかしら?窃盗犯人が犯行場所に放火するという犯罪類型は、特に珍しいというほどのものではないという判断が根底にあるわ。前科による推認を禁止するのは、あくまでも政策的なものに過ぎないから、『顕著な特徴』という例外の要件について、ある程度幅を持って考えることは、必ずしも否定されないのではなくてよ?」


「これは単なる補足意見でしょ。別の小法廷が近接した時期に同じ判断をしていることが重要よ。『自動車運転中の女性に暴行脅迫して車に乗り込み、盗難ナンバーを取付け全裸にして針金で緊縛し強姦する(水戸地下妻支判平成4年2月27日判時1413号35頁)』まで来れば流石に顕著な特徴といえるけれども、車に対する破壊欲が強ければ、ナイフで傷をつけるのにとどまらず、火までつけるというのは、*5珍しいとまで言えるのかしらベンジンだって、携帯カイロやオイルライターを使っている人なら持っていてもおかしくないわよね。」


「あらあら、決定的なのはC社製というところではなくて? これがC社製のものでなければ、ひまわりさんの議論もありえるかもしれなわね。でも、前科も今回もC社製の車というところに顕著な特徴があるのよ。ひまわりさんは、どうしてそんなにこだわりになられるのかしら?」


「だって、負けたら、リサさんに負けたら、ひまわりが好きな人をリサさんに取られてしまう気がするんだもん!」


「あらあら、そんなことを考えていたの? そんなにいうなら、ひまわりちゃんにチャンスを与えるわ。これを有効活用できるかは、ひまわりちゃん次第だけどね。」猫耳が突然光り出す。


さあ、僕たちの、明日はどっちだ?

*1:Gunnell, Justin J., and Stephen J. Ceci. "When emotionality trumps reason: A study of individual processing style and juror bias." Behavioral Sciences & the Law 28.6 (2010): 850-877.なお、原文を読んだ限り「一般論として陪審員は見た目がいい人よりも悪い人を22%多く有罪にする」といった巷説は不正確であろう。「Despite the lack of a main effect for defendant attractiveness」と明示されている。

*2:リークエ323頁

*3:リークエ333頁

*4:リークエ333頁

*5:たとえそれが「一般的」なものとはいえないとしても