アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

刑訴ガールアンソロジー〜絶体絶命の模擬裁判〜平成25年司法試験刑事訴訟法

実践! 刑事証人尋問技術 ? 事例から学ぶ尋問のダイヤモンドルール(DVD付) (GENJIN刑事弁護シリーズ (11))

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異議あり!!」大声で叫ぶ、ひまわりちゃん。


「弁護人、理由は?」太い声を響かせるのは、裁判長役のシェイカー先生。


「誘導です!」負けじと声を出すひまわりちゃん。


「これは、検事にお尋ねするまでもないですな。異議を却下します。」首振りすらしないシェイカー先生*1


僕たちは、全国刑事模擬裁判選手権に出場していた。この大会は、刑事訴訟における法廷技術向上を目指して、最高裁検察庁日弁連、そして法科大学院協会が後援するイベントである。法科大学院制度設立と共に立ち上げられた後、既に10年以上の歴史を経ており、一流の刑事法曹を目指す若人たちの登竜門としての評価が高い。法科大学院を代表する精鋭、各都道府県弁護士会の若手弁護士のチーム、各地検の若手検事チームらが強豪チームとして毎年優勝を争う。しかし、法教育という趣旨もあって、30歳以下の2人以上4人以下のグループならば誰でも出場できることになっている。弁護士と法科大学院生の混成グループなんてものも出場可能だ。


僕とひまわりちゃんのグループは、一次予選から勝ち進み、決勝戦までたどりついた。破竹の連勝はほとんど議論しているのがひまわりちゃんだったから可能だった訳だが。決勝で当たったのは第一シードのT大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻グループ。要するに、リサさんが率いる、うちのローの学内選考会を勝ち抜いた精鋭グループだ。うちの法科大学院の法廷教室*2で行われる伝統競技であることもあり、T大グループは、前年度、前々年度と並み居る法曹チームを抑えて優勝を積み重ね、今年勝てば三連覇である。決勝の事案は以下のようなものだった。

次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例】
1 平成25年2月1日午後10時,Wは,帰宅途中にH市内にあるH公園の南東側入口から同公園内に入った際,2名の男(以下,「男1」及び「男2」とする。)が同入口から約8メートル離れた地点にある街灯の下でVと対峙しているのを目撃した。Wは,何か良くないことが起こるのではないかと心配になり,男1,男2及びVを注視していたところ,男2が「やれ。」と言った直後に,男1が右手に所持していた包丁でVの胸を2回突き刺し,Vが胸に包丁が刺さったまま仰向けに倒れるのを目撃した。その後,Wは,男2が「逃げるぞ。」と叫ぶのを聞くとともに,男1及び男2が,Vを放置したまま,北西に逃げていくのを目撃した。そこで,Wは,同日午後10時2分に持っていた携帯電話を使って110番通報し,前記目撃状況を説明したほか,「男1は身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪」,「男2は身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪」という男1及び男2の特徴も説明した。
この通報を受けて,H県警察本部所属の司法警察員が,同日午後10時8分,Vが倒れている現場に臨場し,Vの死亡を確認した。また,H県警察本部所属の別の司法警察員は,H公園付近を管轄するH警察署の司法警察員に対し,H公園で殺人事件が発生したこと,Wから通報された前記目撃状況,男1及び男2の特徴を伝達するとともに,男1及び男2を発見するように指令を発した。
2 前記指令を受けた司法警察員P及びQの2名は,一緒に,男1及び男2を探索していたところ,同日午後10時20分,H公園から北西方向に約800メートル離れた路上において,「身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪の男」,「身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪の男」の2名が一緒に歩いているのを発見し,そのうち,身長約190センチメートルの男の上下の着衣及び靴に一見して血と分かる赤い液体が付着していることに気付いた。そのため,司法警察員Pらは,これら男2名を呼び止めて氏名等の人定事項を確認したところ,身長約190センチメートルの男が甲,身長約170センチメートルの男が乙であることが判明した。その後,司法警察員Pは,甲及び乙に対し,「なぜ甲の着衣と靴に血が付いているのか。」と質問した。これに対し,甲は,何も答えなかった。一方,乙は,司法警察員P及びQに対し,「甲の着衣と靴に血が付いているのは,20分前にH公園でVを殺したからだ。二日前に俺が,甲に対し,報酬を約束してVの殺害を頼んだ。そして,今日の午後10時に俺がVをH公園に誘い出した。その後,俺が『やれ。』と言ってVを殺すように指示すると,甲が包丁でVの胸を2回突き刺してVを殺した。その場から早く逃げようと思い,俺が甲に『逃げるぞ。』と呼び掛けて一緒に逃げた。俺は,甲がVを殺すのを見ていただけだが,俺にも責任があるのは間違いない。」などと述べた。
その後,同日午後10時30分,前記路上において,甲は,司法警察員Pにより,刑事訴訟法第212条第2項に基づき,乙と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕1】。また,その頃,同所において,乙は,司法警察員Qにより,同項に基づき,甲と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕2】。その直後,乙は,司法警察員P及びQに対し,「今朝,甲に対し,メールでVを殺害することに対する報酬の金額を伝えた。」旨述べ,所持していた携帯電話を取り出し,同日午前9時に甲宛てに送信された「報酬だけど,100万円でどうだ。」と記載されたメールを示した。これを受けて,司法警察員Qは,乙に対し,この携帯電話を任意提出するように求めたところ,乙がこれに応じたため,この携帯電話を領置した。
3 他方,司法警察員Pは,甲の身体着衣について,前記路上において,逮捕に伴う捜索を実施しようとしたが,甲は暴れ始めた。ちょうどその頃,酒に酔った学生の集団が同所を通り掛かり,司法警察員P及び甲を取り囲んだ。そのため,1台の車が同所を通行できず,停車を余儀なくされた。そこで,司法警察員Pは,同所における捜索を断念し,まず,甲を300メートル離れたI交番に連れて行き,同交番内において,逮捕に伴う捜索を実施することとした。司法警察員Pは,甲に対し,I交番に向かう旨告げたところ,甲は,おとなしくなり,これに応じた。その後,司法警察員Pと甲は,I交番に向かって歩いていたところ,同日午後10時40分頃,前記路上から約200メートル離れた地点において,甲がつまずいて転倒した。その拍子に,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことから,甲は直ちに立ち上がり,その携帯電話を取ろうとして携帯電話に手を伸ばした。一方,司法警察員Pも,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことに気付き,この携帯電話に乙から送信された前記報酬に関するメールが残っていると思い,この携帯電話を差し押さえる必要があると判断した。そこで,司法警察員Pは,携帯電話を差し押さえるため,携帯電話に手を伸ばしたところ,甲より先に携帯電話をつかむことができ,これを差し押さえた【差押え】。
なお,この差押えの際,司法警察員Pが携帯電話の記録内容を確認することはなかった。
その後,司法警察員Pは,甲をI交番まで連れて行き,同所において,差し押さえた携帯電話の記録内容を確認したが,送信及び受信ともメールは存在しなかった。
4 甲及び乙は,同月2日にH地方検察庁検察官に送致され,同日中に勾留された。
その後,同月4日までの間,司法警察員Pが,差し押さえた甲の携帯電話の解析及び甲の自宅における捜索差押えを実施したところ,乙からの前記報酬に関するメールについては,差し押さえた甲の携帯電話ではなく,甲の自宅において差し押さえたパソコンに送信されていたことが判明した。また,司法警察員Pは,同月5日午後10時,H公園において,Wを立会人とする実況見分を実施した。この実況見分は,Wが目撃した犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにすることを目的とするものであり,司法警察員Pは,必要に応じてWに説明を求めるとともに,その状況を写真撮影した。
この実況見分において,Wは,目撃した犯行状況につき,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。司法警察員Pは,この説明に基づいて司法警察員2名(犯人役1名,被害者役1名)をWが指示した甲とVが立っていた位置に立たせて犯行を再現させ,その状況を約1メートル離れた場所から写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙1を作成した【別紙1】。また,Wは,同じく実況見分において,犯行を目撃することが可能であったことにつき,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と説明してその位置を指示した上で,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。この説明を受けて司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置に立ち,Wが指示した甲とVが立っていた位置において司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるかどうか確認した。その結果,司法警察員Pが立
っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員Pは,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。そこで,司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置,すなわち,司法警察員2名が立っている位置から約8メートル離れた位置から,司法警察員2名による再現状況を写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙2を作成した【別紙2】。司法警察員Pは,同月10日付けで【別紙1】及び【別紙2】を添付した実況見分調書を作成した【実況見分調書】。甲及び乙は,勾留期間の延長を経て同月21日に殺人罪(甲及び乙の共同正犯)によりH地方裁判所に起訴された。なお,本件殺人につき,甲は一貫して黙秘し,乙は一貫して自白していたことなどを踏まえ,検察官Aは,甲を乙と分離して起訴した。
甲に対する殺人被告事件については,裁判員裁判の対象事件であったことから,H地方裁判所の決定により,公判前整理手続に付されたところ,同手続の中で,検察官Aは,【実況見分調書】につき,立証趣旨を「犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったこと」として証拠調べの請求をした。これに対し,甲の弁護人Bは,これを不同意とした。
平成25年司法試験*3


冒頭のひまわりちゃんの異議は、リサさんによるPに対する主尋問の冒頭、「証人はH県警所属の司法警察員ということでよろしくて?」に対する「誘導尋問」との異議である。しかし、これは証人の身分、経歴、交友関係等で、実質的な尋問に入るに先だつて明らかにする必要のある準備的な事項に関するときとして許される誘導尋問だ(規則199条の3第3項1号)。


最後に、「甲14号証の実況見分調書は間違いなくご自身で作成したもので、ご自身が当日検証したことを正しく記載したものですね*4」という確認をして、リサさんの尋問が終わると、弁護側の反対尋問ということで、ひまわりちゃんが飛び出す。


「証人は、今回の証言の準備のためこれまで何回検事から証人テストを受けましたか?」証人テスト、というのは、いわゆる尋問準備として事実関係を確認するものであるが、確認のレベルをはるかに超え、50回もすり合わせて想定問答を暗記させたといった告発もある*5


「本職は証人テストを受けたことはございません。」頑固で気真面目という感じの青年はハッキリと述べる。


「じゃあ、『事実確認』は?」証人テストと同じことだが、検察庁で使われている言葉に言い換える。


「事実確認は、ここにいらっしゃる検事から3回程受けました。」


「ま、いいわ。そうしたら、あなたは警察学校とかで、刑事訴訟法は勉強したの?」


「本職は市民生活を脅かす犯罪に立ち向かい、社会の平和を守ることを使命とする警察官であります。警察官には強い権限が認められている半面、その濫用を防ぐため法律ができることとできないことを定めており、それを熟知するのは警察官としての最低限の義務であります!」



「じゃあ聞くけど、犯行が午後10時で、現場がH公園だというのは知っていたのよね。」


「そうであります。」


「20分後、しかも800メートルも離れたところで逮捕して、刑事訴訟法212条2項の『罪を行い終つてから間がない』の要件を満たすと思った訳?」


「甲の着衣上下及び靴に『血痕』という犯罪の顕著な証跡があり、これは、通報があったナイフによる殺人を終えたばかりであることを強く推認させます。また、姿格好が二人共目撃情報と一致しており、乙の自認供述もございました*6。また、発見場所もWが目撃した、犯人が向かった方向と一致しております。このような状況から、準現行犯逮捕の要件を満たすと判断したのです。4キロの路上、1時間40分後でも事情によっては、犯行から間がなく、犯人性が明白といえるというのが判例*7と理解しております。」リサさんによる証人テストを経て、Pは「模範解答」をきちんと覚えていたようだ。2項各号該当事実と時間や距離は相関関係にあり、2項各号該当事実の推認力が高ければ、時間や距離はある程度柔軟になる。


「じゃあ、乙はどうなのよ。乙には血痕はないでしょ。」ひまわりちゃんはイライラしてきたようだ。


刑事訴訟法212条2項の『左の各号の一にあたる者』というのは、同行している共犯者のいずれか一人という意味と理解されます*8。乙と同行している甲について犯罪の顕著な証跡があり、姿格好の一致や乙の自認供述等の他の事情と総合して『罪を行い終つてから間がないと明らかに認められる』として、乙を準現行犯逮捕したところです。」


「あのね、『現行犯』は憲法33条の令状主義の例外なんだから、厳格に解さないといけないの。準現行犯には違憲の疑いもある*9くらいなのだから、こんな緩く解しちゃだめでしょ。」
「あらあら、異議がございましてよ。それは意見を求め又は議論にわたる尋問(刑事訴訟規則199条の13第2項3号)ではなくて?」すっと立ち上がるリサさん。


「弁護人、ご意見は?」鋭い眼光でひまわりちゃんを見つめるシェイカー先生。


「今の質問を撤回します。」ひまわりちゃんの指摘する、無令状逮捕の例外性から、『左の各号の一にあたる者』については、共犯者であっても、一人一人について要件該当性がなければならないという議論もできるだろうが、これは、弁論要旨ですべき議論であって、尋問ですることじゃなかったな。


「弁護人は同行する共犯者に2項各号の要件が満たされた場合に適法な準現行犯逮捕があったとした東京高判昭和62年4月16日判タ652号265頁*10を勉強されてはどうかね。」嫌味を言うシェイカー先生。


「それでは、次の質問ですが、証人は、逮捕に伴う無令状捜索・差押え(220条1項2号)の要件を知っていますか。」それでもめげないひまわりちゃん。


「現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができます*11。」


「今回、携帯電話を押収したのは、現場から200メートルも離れた場所ですよ。それでも『逮捕の現場』ですか。」


「現場には、大学生の集団がおり、現場での捜索は被告人の名誉を害するおそれがありました。また、交通の妨げにもなっており、現に車が通れなくなっていました。このような状況下で、警察署に連行をして逮捕に伴う無令状捜索・差押えをすることは適法です*12。」


「でも、判例がやっていいといったのは警察署での無令状捜索・差押えだけよ。今回は警察署ではなく、道中で差押えをしているじゃない。」


「逮捕と時間的接着性があり、場所的にも合理的といえる場合には、逮捕の現場そのものでなくとも捜索・差押えが許される*13というのが判例の趣旨であると解されます。道中であっても、甲自身が携帯電話を落としており、この場で差し押さえないと証拠隠滅の恐れもある*14という事情の下では合理的な場所と言えるのではないでしょうか。」弁護人の立場からは、路上は平成8年最決でいう「処分に適する最寄りの場所」ではないと反論したいところだが、受験生の圧倒的多数は差押えを適法としているようだ*15


「でも、携帯電話なんていうプライバシーの塊を差し押さえるなんて。」


「すでに乙が、甲に報酬に関するメールを送ったと述べており、乙の携帯に、甲宛のメールがあったことが確認できておりました。甲の携帯電話には、乙からのメールが記録されている可能性が高く、まさに逮捕被疑事実と関連する物件として、甲の携帯電話を差し押さえたのです。」


「実際は、携帯にはメールが入ってなかったじゃない。」


「被疑事実と関連する蓋然性があれば差し押さえていいのであって、結果的に結びつきがなければ『押収物で留置の必要がないもの』(222条1項で準用される123条1項)として還付するというだけです。」


「差押え前に事前に確認しておけば、携帯にはメールが入ってないことはわかったんじゃないの?」


「被疑事実と関連する蓋然性がある以上、差押えは適法であり、携帯電話のメモリーの内容確認は、押収物について留置の必要性の有無を確認するための『必要な処分』(222条1項、111条2項)として、署に到着後に行いました*16。」


事務所に戻ってじっくり書籍を参照して考えれば包括差押えに関する判例*17等で反論することも考えられるが、現場でここまで完璧に答えられると、ひまわりちゃんもどうしようもない。



形成は弁護側に圧倒的に不利なまま、本日最後の証人である、Wの尋問まで来てしまった。「模擬公判前整理手続」をやる時間はないので、この選手権では、関連する証拠の採否を「期日」に決定する。


「うふふ、甲14号証、実況見分調書になりましてよ。立証趣旨は、犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったことだわ。」リサさんがWの尋問との関係で鍵になる証拠の採用を求める。

実況見分調書

平成25年2月10日
H警察署
司法警察員
被疑者甲ほか1名に対する殺人被疑事件につき,本職は,下記のとおり実況見分をした。

実況見分の日時
平成25年2月5日午後10時から同日午後11時まで
実況見分の場所,身体又は物
H公園
実況見分の目的
Wが目撃した犯行状況を明らかにするため
Wが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにするため
実況見分の立会人

実況見分の結果
別紙1及び別紙2のとおり
以上


【別紙1】
司法警察員2名が犯行状況を再現した写真
(約1メートル離れた場所から撮影したもの)
立会人(W)は,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。


【別紙2】
司法警察員2名が犯行状況を再現した写真
(約8メートル離れた場所[Wが指示した位置]から撮影したもの)
立会人(W)は,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と指示し,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。
本職も,Wが指示した位置から司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるか確認したところ,本職が立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。
そこで,本職は,これらの状況を明らかにするため,Wが指示した位置から司法警察員2名による再現状況を写真撮影した。


「もちろん不同意よ!」ひまわりちゃんは、断言する。


「あらあら、それなら、刑訴法321条3項で証拠採用していただくだけではないのかしら?」


「裁判長。」左陪席のロビン先生が、発言許可を求める*18


「うむ。」渋い顔をしながら一応許可はするシェイカー先生。


「別紙1の要証事実は、公訴事実記載日時に公訴事実記載事実があったことという趣旨とも理解できるのですが、そうすると、少なくとも別紙1の写真とWの説明は、伝聞証拠になりませんか。」


「はい! 司法警察員の説明はともかく、別紙1の写真とWの説明は、犯行当日の様子に関する供述を口頭および指示による実演によって行っているものであって、まさに伝聞証拠です!」生き生きとするひまわりちゃん。


「あらあら、甲が犯行を行ったのかは要証事実ではなく、単にどのような犯行状況だったのかを客観的に明らかにしたいだけですわ。」反論を試みる、リサさん。


「被告人が自白した犯行態様と被害者の供述する犯行態様が相違するというなら兎も角、甲は犯行を否認しているのだから、要証事実は甲が犯行を行ったのか否かとしか考えようがありません!」ひまわりちゃんが躍動する。



「伝聞証拠であれば、平成17年最決により321条1項3号の要件が必要だけれども、Wはこれから証言する訳だから、証言不能ではないわよね? しかも、供述部分につき、Wの署名・押印がないんだけど。」ロビン先生も加勢する*19


「あらあら、別紙1の写真とWの説明部分の上にテープを貼った抄本を持ってきておりましてよ*20。」リサさんも、別紙1は伝聞例外にあたらない伝聞証拠ということでやむなしと思っていたようだ。この変わり身の早さも良い検察官に必要な素質なのだろう*21


「テープを貼っただけなら、裁判官がペロッとめくってしまうかもしれないじゃない。そもそも別紙2も伝聞であって、全体全てを証拠とすることはできないわ。」


「裁判官はテープをめくらない。これ以上裁判官を侮辱すると退廷を命じる。」シェイカー先生の怒りが爆発した*22


「うふふ。弁護人は口を滑らせたようね。そもそも、別紙2については、目撃が物理的に可能か、つまり、目撃者が当時目撃位置から犯行現場を見渡せるかという、街灯の位置や障害物といった物理的状況が問題となっているところ、まさに犯行時間頃に、目撃位置から犯行現場を見渡す実験をしているのだから、要証事実は目撃の物理的可能性であって、供述内容の真実性は問題となっていないのではなくて。」


「ちょっと待ちなさい! Wは『私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。』と言って、犯行当時目撃した旨を述べているわ。これは、犯行当時目撃したという供述の真実性が問題となる伝聞証拠よ。」反論する、ひまわりちゃん。


「目撃可能性を検証するには、犯行現場と目撃現場の特定が必要だ。Wのその供述部分は、単なる現場指示で、非伝聞に過ぎない。刑事訴訟法321条3項により、別紙1の一部を抹消した抄本を証拠採用する。」冷徹に宣言するシェイカー先生*23






実況見分調書の証拠調べに続いて行われた、Wの尋問にひまわりちゃんは大苦戦である。


「あんた、メガネを掛けてないけど、2月1日も掛けてなかったの?」ひまわりちゃんは、目撃証言に対する古典的弾劾方法を使う。


「掛けておりませんでした。」


「へえ、それで、視力はいくつ?」


「両目共2.0です。目だけは昔から良かったので。」Wの堂々とした説明に、ひまわりちゃんは一瞬固まる。


「まあいいわ。あなたは、犯人とどの程度の距離まで近づいたの。」


「大体8メートル位です。」


「あなたの目撃した犯行は一瞬の出来事よね。」


「刺したのは一瞬です。」


「8メートル先で起こった一瞬の犯行を行った犯人の身長が190センチと170センチだってわかったっていうのね?」


「そのとおりです。被害者の身長がちょうど2人の真ん中位で、大きい犯人より10センチくらい低く、小さい犯人より10センチくらい高かったのですが、この被害者の身長がちょうど私と同じ180センチくらいだったからです。被害者の身長については、犯行後に被害者のところに近づいた時にも確認しています。」すらすらと答えるW。法壇の裁判官役や裁判員役はみな納得している様子だ。


「身長以外にも、服の色や髪型とか年齢とか体型も通報しているわよね。」


「そのとおりです。何か悪いことでも起きるのではないかと思い、犯行前からじっと注視していましたから。」


これじゃだめだ。ひまわりちゃんがクローズドクエスチョンでイエスかノーかに限定させようとしているのに、証人はその意図を理解した上で、合理的な説明を加えてしまっている。イライラしているひまわりちゃんは、質問にだけ答えるようにと証人を制することすらできていない


「証人には本当に犯行現場が見えたのですか?」ひまわりちゃんは破れかぶれだ。


「はい、深夜でしたが、街灯の明かりでよく見えました。」


こういう反対尋問を上塗り尋問という。主尋問を上塗りして、証言の信用性を強めただけだ。もう、見ちゃいられない。ひまわりちゃんを後ろから抱き止め、耳元にささやきかける。


「何よ? 今尋問中なんだから、邪魔しないで!」ひまわりちゃんは抵抗する。


ひまわりちゃんは、もう一人じゃないんだよ。僕がいるじゃないか。


「一人、じゃない?」キョトンとするひまわりちゃん。今が尋問者交代のチャンスだ。


ゴホン。それでは、相弁護人から質問しますが、証人は、お酒は飲まれますか。


「えっと…。う〜んと..。はい、付き合い程度、ですかね?」突然自信なさげに答え出すW。


2月1日の夜、何のため、現場の公園に行ったのですか?


「帰宅途中で、自宅に向かっていたところです。」


証人の自宅と、公園の間の距離はどのくらいですか。


「えっと…。あまり良く覚えていないです。」


公園から見て、証人の自宅は東西南北どの方角ですか。


「えっと…。わかりません。」


公園は、毎日の通勤経路ではないということですか。


「えっと…。」


毎日通っているのに、公園と自宅の位置関係がわからないなんてこと、ないですよね?


「あ、はい、そうなんですよ。めったに通らないもので、あはは。」作り笑いをするW。法廷の空気が変わる。


証人は、会社員か何かですか?


「えっと、はい、確かそんな感じで…。」


その日は何曜日だったか覚えていますか。


「確か、えっと…。」


金曜日ではありませんか?


「あ、はい、そうだと思います。」


金曜の深夜、めったに通らない公園にいらっしゃったのは、どうしてですか。


「えっと…。それは、き、帰宅を…。」


当日、お酒を飲んでいたのではないですか。


「う〜んと…。」


お酒を飲んでバスがなくなっちゃったから、普段行かない公園のところを通って家に帰ろうとしたのではないですか。


「………」押し黙るW。ここまできたら深追いは禁物だ。


私からは以上です。


………… ………… …………



表彰式も終わり、賞状と優勝杯を持った僕に、ひまわりちゃんが近づいてくる。


「やっと二人きりになれたわね。」耳元でささやくひまわりちゃん。


優勝までできるとは思わなかったよ。これもひまわりちゃんのおかげだね。


「優勝賞金が入ったのは良かったわ。国選中心の刑事弁護専門事務所の経営は苦しいのよ。」


そんなに苦しいのか。それなら、学振の全免が得られるように勉強を頑張らないといけないな*24


「ところで、いったいどうやって、Wの供述を崩したの。あなたにそんな反対尋問能力があるなんて、全然知らなかったわ。」


あ、あれね。あれは、先輩から教えてもらった模擬裁判だけに使えるテクニックで、実務で使えるテクニックじゃないんだ。


「ど、どういうこと?」ひまわりちゃんの顔色が変わる。


模擬裁判では、証人役には、証言すべき情報が何枚かの紙に書かれて与えられる。今回だと、W役に対しては、主要な争点である「視認の正確性」に関する情報は、視力とかを含めていろいろと書かれていた紙が渡されたんだと思う。逆に言うと、そこにない情報は、証人役は何も知らない訳だ。だから、「本物の証人だから当然知っていてしかるべきだけど、証人が持っている紙には書いていないだろう事項」を質問すると、一見証人が崩れたように見えるのさ。


それって、ズルじゃない! ズルして優勝するなんて、ひまわりちゃんの美意識に反するわ! この優勝杯も賞状も、賞金も、今すぐ返してきなさい! こら、待て!」怒り狂って僕を追いかけるひまわりちゃん。


待たないよ! だって、弁護士倫理上の可能な範囲で最大限依頼者の利益を実現するのが弁護人の役目じゃないか。それが「熱心弁護」だよ!


「ごちゃごちゃ言い訳するのも美意識に反するわ。あんたには、教育が必要ね。言い訳なら、あの世で聞くわ。こら、待ちなさ〜い!」


ひまわりちゃんとの追いかけっこはまだまだ続きそうだ。

まとめ
ということで、アンソロジーも含め、当初の予定していた刑訴ガールを一通り書き終えることができました。
小説の能力も、法学の能力もない私を励まし、そしてアドバイスして下さった多くの読者の皆様に、心から感謝しております。
これから、刑訴ガールについて内容の大幅な改訂をするとともに、新企画「民訴ガール」も連載を開始する予定ですので、今後とも、どうぞよろしくお願い致します。

*1:刑事訴訟法309条3項で、証拠調べに関する異議は「裁判所」による決定なので、左陪席及び右陪席の同意を確認する「首振り」が法律上求められています。

*2:第1話と矛盾があるのではといった突っ込みは受け付けません。

*3:http://www.moj.go.jp/content/000111059.pdf

*4:作成名義の真正と記載内容の真正、池田・前田436頁参照。

*5:細野祐二「公認会計士VS特捜検察」参照

*6:いわゆる「たぐる現行犯人」のように、犯罪の発生を捜査機関が認知していないのに職務質問の結果犯人が犯行を自供したという場合は現行犯人として逮捕できないが、本件のように捜査機関が犯罪を認知している場合、被害者の供述や犯人の自白も、客観的状況を補充するものとして認定資料とすることができると解されている。安富101頁参照

*7:最決平成8年1月29日刑集50巻1号1頁

*8:ここは、単に同行すればいいのか、それに加えてそもそも甲と乙とが共犯関係であること及びその共犯関係にも現行犯性があることを認定する必要があるのではないかという問題がある。後述の東京高判昭和62年4月16日判タ652号265頁が、共犯性が明らかな事案だとしていることから、後者の立場に立つ場合でも、乙が自ら指示して甲が実行行為を行ったと自白しており、引き込みの危険等がないことから、共犯性の明白性もありといって良いのではなかろうか。

*9:通説は、時間的接着性を前提とし、犯人として明白性を示す客観的状況が認められる場合に限られるから合憲と解してよいとする。安富102頁参照。

*10:「警察当局は、丙川が乱闘の目撃後直ちにした具体性のある届け出に基づき、本件車両を被疑車両として手配していたところ、同車両は右乱闘の約四〇分後に、乱闘場所から僅か約六○○メートル離れただけの地点で発見され、被告人らはこれに乗車していたのであり、しかも、そのうちの一人の着衣に血痕が付着していたというのであるから、被告人らに罪を行ったと明らかに認められる状況があったことは否定し難く、警察官らが被告人らについて準現行犯逮捕の要件としての犯罪の明白性があると認めたことは、正当として是認することができる。」

*11:逮捕に伴う無令状捜索・差押えについては、いわゆる相当説と緊急処分説という趣旨に関する対立がある点に留意が必要である。ご指摘を踏まえ補足させていただきました。

*12:最決平成8年1月29日刑集50巻1号1頁

*13:安富178頁。

*14:甲に返せばメールを消去したり、通りすがりのトラックの荷台に投げ込むこともあり得る。

*15:なお、大阪高判昭和49年11月5日判タ329号290頁も参照のこと。

*16:安富170頁参照

*17:例えば最決平成10年5月1日刑集52巻4号275頁

*18:規則208条2項

*19:もう1つの問題は、再現をしたのは被害者自身ではなく、まさに再現者が「被害者の指示を知覚し、記憶し、それを表現する」という過程があるのではないかという点であろう。この点については、いわゆるメモの理論を応用して、瑕疵を治癒する余地はあるだろう。ご指摘を踏まえ、補足いたしました。

*20:なお、細かい論点としては、裁判員裁判を見越すと、実況見分調書を細かく分割することが、裁判員の混乱を招くのではないかといった問題意識もあり得るだろう。

*21:検察修習あるあるに、「指導担当検事に言われて直したところを次席に言われて直させられ、更に検事正に更に直され、あれ、これって自分がもともと書いたのと同じじゃね?」というものがあると聞きます。

*22:昔はテープ等で不同意部分を隠していたが、最近では、不同意部分が塗りつぶされた抄本を作ってきて提出している。山内久光「Q&A 刑事弁護の理論と実践」186〜187頁参照

*23:この点は、「犯行はありました、だって、私がここに立って目撃したのだから」という趣旨とまで読み込めば、伝聞という議論もあり得なくはないだろう。なお、採点実感はここはあっさりと切るようである。

*24:http://www.jasso.go.jp/saiyou/shinmenjyo/gaiyou21.html参照。