アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

環境法ガール第1話 平成24年第1問設問1

環境法Basic

環境法Basic


環境法ガールは、大島義則『憲法ガール』にインスパイアされて、司法試験環境法過去問について小説形式で解説するものです。え、選択科目が廃止されるかもしれないって? そ、そんな話は聞かなかった事にするわ!!


重要:環境法ガールの設定、特に場所やキャラクターに関する「モデル」は存在しません。偶然実在の人物、団体、場所等に似ている部分があるとしてもそれはあくまでも「たまたま」に過ぎないということをご承知置き下さい。



1.記憶
キラキラと輝く記憶の欠片(かけら)が真っ暗な空から落ちてくる。手で掴むと、そのシーンが、あたかも今経験しているかのように蘇る。


突如として始まる発作。何か言いたいのにできるのはゼイゼイという息づかいだけ。



両親に連れられた傍聴席。部屋の隅では、遺影の持ち込みで廷吏と揉めている人がいる。




地裁の前で「不当判決」の垂れ幕を掲げる老弁護士の姿。下を向き、今後どうなるか不安が渦巻く原告団




高裁で和解が成立し、弁護士とハイタッチを取り交わす原告団



突如として暗転する視界。


2.プロローグ
四月。始まりの月。僕は、法科大学院に進学した。
地元の国立大学の法学部を卒業し、そのまま同じ大学の法科大学院既習者コースに進学した。
東京の大学に通うことも考えなかった訳ではない。でも、少人数のロースクールで学ぶ方が、自分にあっている。こう感じたから地元に残った。
今日から、環境法のゼミが始まる。「環境法総合演習」というゼミは、司法試験の環境法過去問を題材に、環境法の理論と実践を学ぶとともに、行政法・行訴法・民法・民訴法という関連科目の基礎知識を確認するという演習で、ある意味、「お得」なゼミである。今年から学部の准教授に着任されたほむら先生が担当されている。


ロースクールは1つの建物の2つの階に集中している。指定された演習室のとびらを開くと、ふわっと、春の風が漂う。
「あ、かなめさん。」
そこにいたのは、白いワンピース姿の同級生、かなめさん。同じ学部を出て、一緒にロースクールに進学した。窓が少し開いていて、そこから吹き込んだ春風に、黒く長い髪がさらさらと揺れる。
「やっぱり、あなたもこのゼミなのね。」
「環境訴訟をする弁護士になるなら、このゼミでしょう。」
「私も、環境法の研究者になるため、ゼミで指導してもらおうと思って。」
学部時代から、環境法というマイナー分野に興味を持っていることで意気投合していた二人。かなめさんなら、このゼミに必ず参加するだろうと、どこかで確信していた。


「もしかして、僕たち二人だけ?」
「もう少しで時間になるから、そうなってしまうかもしれないわね。環境法はマイナー科目だし、ローの規模が小さいからね。後は、3年生が何人参加してくれそうか、ということではないかしら。」
かなめさんは、少し寂しそうだ。
司法試験の選択科目の中で、一番人気はなんといっても、労働法、その次に倒産法、知財と続く。これに対し、環境法はおおむねビリから2番目の人気だ*1。平成25年の出願者中のわずか6%しか選択していない*2。しかも、ロースクール自体が既習・未習あわせて1学年40人という規模なのだ。2年生は最初の飲み会で全員と会って話をしたが、かなめさん以外に環境法に興味がある人は見つからなかった。環境法ゼミを開講しても、参加者が2人だけというのは十分にありえる人数だ。


3.シンク・ライク・ア・ローヤー
 急に扉がガラガラと開き、ショートカットの女性が入ってきた。3年生の先輩だろう。
「はじめまして、2年のかなめと申します。既習コースに今年から入学しました。よろしくお願いします。」折り目正しく挨拶をするかなめさん。
「はじめまして、僕も今年既習コースに入ったばかりです。先輩にいろいろ教えてもらえればと思います。」間髪入れず僕も挨拶する。


「先輩」という言葉を聞くと、彼女は、一瞬えっという顔をして、その直後、あちゃーという顔になった。
「実は、私、学生ではないの。法学部で行政法の准教授をしているほむらです。この間まで博士課程の学生みたいな身分だったから、学生っぽく見えちゃったのかもね。」
「す、すみません。」
ほむら先生の姿をよく見ると、白のブラウスに、紫色のストレートスカートなのは、スーツを着て来たが、初夏をも思わせる暖かさに、上着を研究室に置いてきたということなのだろう。
「まあ、細かいことは気にしないで。時間だし、そろそろゼミを始めましょうか。二人とも、資料は読んできましたか?」
「「はい」」
二人の声がシンクロする。


第1回のゼミでは、平成24年第1問設問1を検討する。事前に問題を法務省のウエブサイトからダウンロードして、これまで学んだ行政法民事訴訟法の知識を総動員して検討してくるようにとシラバスに書かれていた。

A県B町に所在するC社の工場の近隣に住むDは,自分がぜん息に罹患したのは,同社工場に設置されているばい煙発生施設から排出される窒素酸化物が原因であると考えている。同施設は,大気汚染防止法の規制対象であり,C社はA県知事に届出をしている。この場合において,以下の設問に答えよ。なお,各設問の事例はそれぞれ独立している。
〔設問1〕
C社は,昭和55年(1980年)の操業開始時に,B町との間に公害防止協定を締結している。この協定においては,大気汚染防止法に基づく窒素酸化物の排出基準よりも2割厳しい基準が定められ,その基準に関して,「C社工場内のばい煙発生施設の排出口において,本協定に規定する排出基準に適合しないばい煙を排出してはならない。」と規定されていた。Dからの相談を受けたB町役場では,C社工場に職員を派遣して窒素酸化物の濃度を測定させたところ,大気汚染防止法に基づく排出基準値は辛うじて遵守していたことが同社の測定記録からは確認できたものの,協定に規定されている値は実現できていないことが判明した。D以外にもぜん息症状を訴える住民が出てきたことから,B町は,C社に対して,このままでは協定の履行を求める訴訟を提起せざるを得ないと伝えた。C社は,協定値不遵守の事実は認めたものの,「協定に規定されている値は,あくまで目標値にすぎない。また,窒素酸化物に関する規制は,大気汚染防止法のみにより適法になし得るのであって,協定により法的義務を創出することはできないはずであるから遵守義務は発生しない。」と主張している。これに対してB町は,どのように反論できるか。なお,窒素酸化物に関する上乗せ条例は制定されていないものとする。


「まず、問題を読んでみてどう思ったかな。」
「C社は一度は窒素酸化物の排出量を協定の排出基準まで下げると約束しておきながら、その約束を自ら破っています。そんなC社は許されません!」
つい、熱くなってしまう。ただの仮説事例だとは知っているが、環境保護のことになると、どうしても何かが心の奥底から湧き上がる。


「ばい煙被害を避けたいというB町や、町民側の問題意識としては良い考えね。でも、ロースクールに来たのだから、法律家らしく考えましょう。素朴な問題意識を法律論に乗せる方法を身につけましょう。熱い思いは重要だけど、クールヘッドとウォームハートの双方を持つことが大事ね。君の問題意識だけど、法律論として構成するとどうなるかな、かなめさん?」
「B町とC社の間に公害防止協定という契約が成立しており、協定の排出基準を超える窒素酸化物を排出することは、この契約に違反している、という感じでしょうか。」
「いい議論ね。ここでいう『契約』だけれども、講学上は何と呼ばれているか、わかるかしら。」
行政契約、または行政上の契約です。」
学部時代に行政法を学んでいるから、このくらいはすぐに答えられる。


4.ロースクールで判決文を読む意味
「じゃあ、行政法の議論に引きなおしてみましょう。今回のC社は、行政契約に違反しているようだけれども、本当に行政契約で窒素酸化物の排出を制限してもいいのかしら。行政法で、何か議論はなったかしら?」
「… ….」
答えられない。環境法を使って環境を守りたいと思っても、基礎となる行政法の知識がしっかりしていないと、きちんとした議論ができない
「はい! わかりました!」
かなめさんが手を上げる。
「じゃあ、かなめさん、どうぞ。」
「たぶん、侵害行政・規制行政における行政契約の利用の適否という問題だと思います。確か、学部の授業では、法律の留保の原則が強く働く侵害行政・規制行政の分野では、行政契約は適切でなく、行政行為が適切と教わったはずです。」
「そうね、税金を法律でなく、契約で決めるなんていうのは認められないわよね。例えば、憲法で勉強しているはずの京都市古都保存協力税条例事件*3では、こう言われているわよ。」
ほむら先生は、用意していたパワーポイントを使って、判決の抜粋を示す。

原告らは、(略)すなわち、旧税をめぐる一大紛争を解決するため、原告ら社寺側が、全面的に五年間旧税の特別徴収その他旧税の適正円滑な施行に協力し(前文及び一項ないし五項)、被告らが、旧税について期限を五年とし、期限後はこの種の税をいかなる名目でも新設または延長しない(六項)ことを内容とする双務契約(その具体的条項は、本件覚書のとおり)が成立したのであるから、本件契約(確約)は、有効であつて法的拘束力があり、被告市は、六項二文の「この種の税はいかなる名目においても新設または延長しない」との合意に拘束され、その履行義務、すなわち、旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならない義務があると主張する。
(中略)
市が、私人との合意によつて課税権の一部を放棄すること(市議会の議員によつて条例案の提出がされたとき以外、旧税と同種の税を新設できないとすること)は、地方公共団体に法律に従つた地方税を賦課徴収する権能があるとする地方自治法二二三条*4地方税法二条*5の法意に照らして許されない
(中略)
市長が私人との合意によつて議案提出権の一部を放棄することは、地方自治法地方公共団体の長の権限と責任について詳細に規定している趣旨に照らして許されない

学部時代は、判例は、要旨くらいしか読んでいなかった。信教の自由との関係の裁判例だと思っていたが、こうやって、きちんと判決文にあたると、こういう重要なことが書かれているのだなぁ。

ロースクールでは、ケースブック等で判決文を読んでもらうことが多くなるわね。百選に載ってるあれを読んで『判例を読んだ』なんて、ローでは通用しないわよ。これは大変だし、その時はあまり意味のない作業に見えるかもしれない。でも、きちんと判決文を読んでおけば、後で別の議論をするときに『確か、この判決にこんな感じの記載があったはず』といって思い出すことができるわ。こういう効用があるから、大変だけど、頑張って読んでみてね。」微笑みかけるほむら先生*6
ほむら先生はロースクールのことをよく知っている。昔、通っていたのだろうか?
「なるほど。」かなめさんが膝を打つ。「問題文に、『窒素酸化物に関する規制は,大気汚染防止法のみにより適法になし得るのであって,協定により法的義務を創出することはできない』というC社の主張が載っていたのですが、こういうことだったのですね。」


5.判例をはしごにして解く
「ほむら先生、ところで質問です!」
かなめさんが元気に手を上げる。
「そうすると、環境政策の実現手法として公害防止協定等の『契約』を用いてはいけないということになるのでしょうか。実際にたくさんの協定があるように思えるのですが。」
ほむら先生の瞳が、輝きを増す。
「いい質問ね。今では3万以上の公害防止協定が締結されている訳だけど、そもそもどうして公害防止協定という行政手法が選択されたのかは、わかりますか。」
難しい質問だ。確か、昔は環境を規制する法律がほとんどなかったはず。法律がなければ、行政行為はできないはず…。
「法律が、なかったからですか。」
正解としましょう。」
ほむら先生の笑顔に、癒される。
「最初の本格的な公害防止協定といえば、横浜市電源開発株式会社の間で昭和39年に締結されたものが有名だよね。一言で言えば、その時代は、産業振興の時代で、特に基礎的地方自治体には環境問題についての規制権限がほとんどなかったという感じ。具体的には、ばい煙規制法が知事にしか権限を与えていないところ、県の条例では、電気事業のような公益事業が除かれていた。市独自の条例制定も不適法とされる可能性があった。そこで、公害防止協定が結ばれた。」
権限が、ない…?
「つまり、苦肉の策ということですか。」
いい言葉が思いつかない。
「まあ、そういう言い方もできるかもね。住民の理解を得ながら住民の健康安全を確保するとう柔軟かつ実践的な措置*7等と、好意的に評価する見解もあるけどね。」
「今は、法律が整備されていますよね。」かなめさんがポイントを突く。「もう、公害防止協定は不要なんでしょうか?」
「不要とはいえないわね。例えば、国レベルで法律が整備されても、立地自治体に規制権限がないこともある。また、法律の内容を先取りする協定を結ぶという側面もある。」
「なるほど、現代的意義もあるんですね。」


「じゃあ、これを前提に問題を解いて行きましょうか。要するにB町の反論を考えるということだけれども、ゼロから、反論を考えるのは大変よね。そういう場合、どうやって反論の骨格を形作っていけばいいのか、わかるかしら。」
反論の骨格を形作る方法…。
「はい!例えば、公害防止協定の効力についての主要な学説を参照するとかでしょうか!」
なるほど、学説か。さすがかなめさんだ。
「学説、も悪くはないんだけど、実務家的じゃないわ。司法試験は実務家登用試験なのだから、実務家が使いそうなものを使わないと。」
そうか、実務家か! 憲法の問題の解き方が思い浮かぶ。
「実務家といえば、判例を使うのですか。」
「そう、そのとおり。」満足そうなほむら先生。「これは、いわゆる『判例をはしごにする』という方法で、関連する判例を挙げて、これを基礎にして、事案をつかめばいい。じゃあ、どんな判例があるかしら。」
「平成21年の最高裁判決があったはずです!」
かなめさんはよく判例を調べている。
「そう、最判平成21年7月10日ね。行政法・環境法双方の判例百選に掲載されている、最近の重要判例*8。この事案は、産廃処理の事案だったけど、かなめさん、簡単に説明してくれる。」
「はい。簡単に言えば、産廃処分上の許可を受けた業者に対し、町との間で公害防止協定を結び、平成15年までの期間限定で操業すると合意しました。ところが、期間が経過した後も、業者が操業を続けたので、町が処分差し止めを求めて訴えました。高裁は、協定の期限条項を無効としたのですが、最高裁は、これを破棄し、差し戻しました。」
「よくまとまっている説明ね。ただ、実は、この判決の文言だけを見ても、あまりこの判決の意義はよくわからなくて、この判決の本当の意味を理解するには、この判決が必要としなかったことは何かを探り、また、別の重要判決とあわせて読む必要があるのよね。」
この判決が必要としないことは何か。まるで、指の組み方から、映し出される影絵を想像するような作業だなぁ。
「まあ、とりあえず、判決の要点だけを、まずは、読んでみて。」
スライドが表示される。

[廃掃法の各]規定は,知事が,処分業者としての適格性や処理施設の要件適合性を判断し,産業廃棄物の処分事業が廃棄物処理法の目的に沿うものとなるように適切に規制できるようにするために設けられたものであり,上記の知事の許可が,処分業者に対し,許可が効力を有する限り事業や処理施設の使用を継続すべき義務を課すものではないことは明らかである。そして,同法には,処分業者にそのような義務を課す条文は存せず,かえって,処分業者による事業の全部又は一部の廃止,処理施設の廃止については,知事に対する届出で足りる旨規定されているのであるから(略)処分業者が,公害防止協定において,協定の相手方に対し,その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは,処分業者自身の自由な判断で行えることであり,その結果,許可が効力を有する期間内に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても,同法(注:廃掃法)に何ら抵触するものではない。したがって,(略)本件期限条項が本件協定が締結された当時の廃棄物処理法の趣旨に反するということもできない。

何を言っているのかまったく理解できない…。横をみると、かなめさんも、苦しんでいるようだ。
「これだけを読んでもわからないのが普通なのよね。要するに、この期限の定めは、生活環境の保全のために合意されたものだわね。そして、原判決は、期限を定めることは一般的には生活環境保全という目的を実現するのに適切な手段ではないから、廃棄物処理法の定め以上に自由を制限する合理的な理由がなく(比例原則違反)、また、当時の廃棄物処理法が生活環境保全上の必要性は不許可事由ではなく、附款(条件)を付す理由にとどめていたところ、このような期限を定めてしまうことは、廃棄物処理施設設置や変更許可の附款として一般的には認められないだろうから、許可の本質的な部分に抵触するといった議論をしていたのよ。このような原審の論理のうち、必ずしも明晰でない部分を否定して、事業者が一定期間経過後事業を廃止するとの約束は有効だとしたというのが、本判決の文言だけを見た場合の本判決の意義ね*9。」
「いわゆる法律による行政の原理の一内容である、法律の優位原則の観点から、原審は法律(廃掃法)に協定が違反すると考えたが、最高裁は、同法について原審と異なる解釈をして、協定が法律に違反しないとした...。こういうことですかね*10。」まだ、良くわからないが、かろうじて理解した事を言語化してみる。
「先生! この判決と、平成24年の問題の事案との関係がよくわかりません。この判決は、民集に登載されていないこともあって、単なる事例判断のようにも見えます。」かなめさんが元気に発言する。
「確かに事例判断っぽいのは事実。でも、まずは、文言の中だけで、1つ目のポイントがある。本件のC社の主張に対するB町の反論になるものなんだけど、何か、わかるかな?」いたずらっぽい微笑みを浮かべるほむら先生。


廃棄物処理法の問題だけではなく、ばい煙防止の問題にも適用されるもの…。個別の法令に限られない特徴を探す。
「難しいようだから、ヒントね。問題文の『協定により法的義務を創出することはできないはず』に対する反論はない?」
このヒントに、パっと反応するかなめさん。
「ほむら先生のヒントでわかりました。判例『約束することは,処分業者自身の自由な判断で行えること』という部分ですね。」
「そう、事業者の任意の合意によるのだから、協定によって法的義務を創出できるんだ、この判例の文言だけから、こういう反論を考えられる*11問題文はヒントの宝庫だから、じっくり読んで、ヒントを見つけるとよいわね。じゃあ、もう1つ、この判決が明確には言っていないけど、前提にしていることがある。それは、この判例が、公害防止協定が有効でありえるという結論を導いた際に、『理由付けにしていない』ことなんだけど、何かわかるかな。」
理由付けにしていないこと。していることを探すのは簡単だが、していないことを探すのは至難の業だ。
「じゃあ、ヒントをあげましょう。『なお,窒素酸化物に関する上乗せ条例は制定されていないものとする。』というなお書きを見てご覧なさい。」
あ、そうか。
最高裁は、条例があるかどうかを問わず、事業主が任意に同意していることを重視して、公害防止協定が有効である可能性を認めている、そこで、法律や条令上の根拠なしに、法的拘束力を持ち得るという趣旨を言ったものと解することができる。こういうことですか。」
「いい議論ね。公害防止協定に対しては、具体的な行為規範の定めがある場合において、事業者に対して法的拘束力を持つかについて、大きく2つの考え方があったわね。1つは、紳士協定説といわれる考えで、長い歴史がある主張なんだけど、要するに、法治主義や民主主義という観点から、法律ないし条令の根拠なしに、公害防止協定が規制行政分野において行政行為や行政強制と同様に機能するのは危険だとして、単なる紳士協定であり、法的拘束力はないという考えね*12。C社の主張のうちの「目標値」という言葉は、このような趣旨と解されるわ。もう1つは、契約説といわれる考えで、法律や条例の根拠がなくても、公害防止のために、事業者自身が任意に経済的自由を放棄することは認められるとし、特に、保安警察立法は、行政のできるマキシマム(最大限)を定めているのに対し、公害防止規制立法は、行政の行うべきミニマム(最小限)を定めているに過ぎないのだから、法治主義違反といった問題は、公害防止協定にはあてはまらないと議論しているわ*13。そして、通説は、契約説に立っている。」
「つまり、この判例は、最高裁も通説である契約説に立っていることを確認したのですね!」
「かなめさん、よく理解できているね。まさに、この判決はそういう趣旨のものと理解されているわ*14。まあ、この先にはもう少し難しい議論があるんだけど、それは今日は割愛しておくわ*15。さて、この契約説なんだけど、公害防止協定すべてに法的拘束力があると主張するものなのかしら。」


ほむら先生がこういう言い方をする場合は、たぶん、答えはNOだろう。
「たぶん違うと思います。」小さな声で、言ってみる。
「そのとおり、一番わかりやすい制限は、もうすでに2つ今日の議論の中で出たけど、何かな?」
「えっと…。任意性とか…。」自信はない。
「そのとおり、まずは、任意の合意に基づく必要があるわね。そして、もう1つは、具体性。抽象的な規定では、それに基づく法的義務は発生しない。さらに、もう1つは、最高裁判決の末尾に載っているわよ。」

本件期限条項が公序良俗に違反するものであるか否か等につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする

公序良俗に違反しないことですね! 内容が実質的に操業を禁止するに等しいような協定はだめとかかでしょうか。」
かなめさんが、すばやく答える。
「そう、公序良俗等の強行法規に違反する場合や、比例原則、平等原則などの条理上の限界を超える場合にもダメということになる。こうして、この判決以降の実務は、問題となっている条項毎に3要件が満たされているかを個別に判断することになるわね*16。じゃあ、具体的には、どう考えられるのかしら。」
「はい。」意を決して手を挙げる。
「操業開始時に、立地自治体の理解を得るという趣旨で協定を結ぶことは合理的であり、任意性は認められます。そして、排出基準において、具体的な数字を定めて『C社工場内のばい煙発生施設の排出口において,本協定に規定する排出基準に適合しないばい煙を排出してはならない。』と測定方法を明確にした規定を設けており、十分具体的です。さらに、大気汚染防止法に基づく窒素酸化物の排出基準から、2割厳しいだけの基準であり、これならば、公序良俗に反するとはいえません。」少し早口になりながらも、精一杯説明する。
「あら、よくできているじゃない。これこそ、法律家らしい議論ね。」
ほむら先生が微笑む、かなめさんも一緒に微笑む。少しは、環境法の専門家に近づけたかな。


6.最も不人気な行政法判例

「時間もあれだし、この判例を理解するために必要な、もう1つの判例の話をして終わりにしましょうか。」
あっという間に時間が経ち、ゼミの終わりの時間も近づいている。高かった太陽も、だいぶ西の方に沈みかけている。
行政法判例で、最も人気がない、学者からそっぽを向かれている判例って、何だかわかりますか。」
最も人気のない、行政法判例
「自動車一斉検問を組織規範と思われる警察法を根拠に認めた自動車一斉検問事件でしょうか*17。」
かなめさんが、指摘する。
「それは、発想としては正しいけど、どちらかといえば刑事訴訟法判例かもしれないわね。行政事件訴訟法にないかな。」
宝塚市パチンコ店建築中止命令事件*18ですか?」ほむら先生のヒントで思いつく。
「そう、この事案は、基本的には、市が条例に基づく同意制を設けたところ、その履行確保措置を条例に書いていなかったため、不同意となったのに建築を強行した事業主に対し、市が工事続行禁止の訴えを提起した。それを最高裁は不適法と言った。」
パワーポイントが出てくる。

国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって,自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから,法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく,法律に特別の規定がある場合に限り,提起することが許される[ところ、法律上]行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって,国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず,これを認める特別の規定もないから,不適法というべきである。

「この判決の重要なところは、『専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟』という文言で、これは、広く解そうと思えば広く解せるわよね。この文言を広く解し、公害防止協定に基づいて行政が義務の履行を求めて訴訟を起こすことも禁止されることになるのではないかという学者の先生もいらっしゃる*19。しかしその後に出された本判決が、行政による出訴を認めていることからは、少なくとも最高裁の考えによれば、宝塚市パチンコ店建築中止命令事件が公害防止協定に基づき行政が義務履行を求めて提訴する場合にはあてはまらない(射程外)といえるわね*20。原審の議論を参考にした1つの整理としては、環境保護のために住民団体等の私人が事業者と公害防止協定を締結した場合には、これは明確に民事訴訟として法律上の争訟に該当するところ、行政との公害防止協定も私人間の公害防止協定と連続性があるから*21と言えるのではないかしら。」
「そうすると、一般論として、行政契約の履行を求める行政からの訴えについて、宝塚市パチンコ店建築中止命令事件の射程からはずしたというものではないのですね。」
かなめさんの指摘に、ほむら先生はほほえむ。「もちろん、『行政権の主体』という判例の文言の反対解釈から、行政権のうち行政が財産権の主体といえる場合にはそもそも、宝塚市パチンコ店建築中止命令事件の射程外だった訳だけど、かなめさんのような理解を取れば、公害防止協定以外の類型の行政契約については、平成21年判決が出ても、なお、今後の判例の発展にゆだねられているということになるわね。それでは、今日はここまで、また、次のゼミで会いましょう。」わずかな柑橘系の香りを教室に残して、ほむら先生は颯爽を教室を出て行く。


たった1回のゼミ。でも、僕は、何か、かけがえのないものを得られたような気がしたのだった。

まとめ
 ということで、民訴ガールの準備が諸事情によりなかなか進まないこともあり、新連載は、『環境法ガール』になりました。商法ガールと刑訴ガールと共に、環境法ガールもご愛顧賜れば幸いです。

*1:圧倒的ビリは当然国際公法ですが、国際公法は大変面白い科目ですよ。

*2:http://www.moj.go.jp/content/000109445.pdf

*3:昭和59年3月30日判タ521号71頁

*4:注:普通地方公共団体は、法律の定めるところにより、地方税を賦課徴収することができる。

*5:地方団体は、この法律の定めるところによつて、地方税を賦課徴収することができる。

*6:なお、最判昭和49年9月2日民集28巻6号1033頁も参照のこと。

*7:北村「自治体環境行政法」59頁

*8:ご指摘を受け、修正させていただきました。どうもありがとうございました。年齢(少なくとも「いつローにいたか」)がバレますね。

*9:以上につき、山本隆司判例から探求する行政法」208頁

*10:「溢れるまでは使い続けろというのが法の趣旨だから協定で期限を設けるなんてとんでもない!」という原審vs.「いや、別にいいんじゃないの?」という最高裁という構造

*11:なお、採点実感によれば、「協定による法的義務の創出はできないという主張に対する反論として,事業者の任意の合意によることが明記されていた答案は,意外に少なかった。」とあり、これをかけた人はすくなかったようである。

*12:山内一夫「行政指導の理論と実際」180頁以下参照

*13:原田尚彦「環境法」170ページ以下

*14:山本前掲書209頁参照

*15:例えば、山本前掲書209頁以下では、上記のような見解の対立と本判決の議論を前提に、条例に根拠を求めることの意義が再度論じられており、条例に根拠を定めることが望ましいと論じられている。

*16:採点実感によると、「契約と評価できるとはしつつも,抽象論に終始し,問題文に引用された条項の文言を吟味しない答案が,意外に多かった。」

*17:最決昭和55年9月22日刑集34巻5号272頁

*18:最判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁

*19:斎藤誠自治体の法政策における実効性確保ー近時の動向から」地方自治660号8頁

*20:山本前掲書209頁

*21:山本前掲書214頁