アホヲタ元法学部生の日常

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環境ガール特別編〜行政法事例問題を解いてみよう


環境法 第2版

環境法 第2版


「環境法ガール」は、小説形式で環境法を学ぶプロジェクトです。なお、登場人物、団体等は実在する人物、団体と一切関係ないという点に十分ご注意下さい。


1.ほむら先生の「プレゼント」
 今日は、いつも楽しみにしている、ほむら先生のゼミがある日だ。かなめさんと一緒にゼミ教室に入ると、満面の笑みでほむら先生が迎えてくれる。
「今日は、お二人に、私からのプレゼントがあるわよ!
これは、悪いフラグだな…。
「先生、プレゼントって言っても、どうせ行政法の問題か何かなんでしょ?」と一応抵抗してみる。贈与契約は、相手方が承諾しない限り成立しないはずだ。
「まあ、その通りだけど。私が別に受け持っている法学部の行政法のクラスの授業で配布した、基本的な問題だから、あなた方にとってはお茶の子さいさいよね。」
こう言いながら、プリントを押し付ける先生の気迫に負けて、自然に受け取ってしまう。黙示の承諾による、贈与契約の成立だ。

〔設問〕 産業廃棄物処分業者Xは,A県Y町において産業廃棄物中間処理施設の設置を計画し,県及びY町の関係機関と事前協議の手続を開始した。右施設の建設予定地は,Y町民の水道水源の1つの上流に位置し,水源の枯渇及び汚染を危惧したY町は急遽水道水源保護条例を制定し公布・施行した。その条例によれば,同町の約8割の地域が水源保護地域に指定され,また産業廃棄物処理業その他の事業が対象事業と定められ,そうした事業を行う工場等の事業場のうち水道の水質汚濁・枯渇をもたらすおそれのある事業場が規制対象事業場と認定されることになり,上記水源保護地域ではこの規制対象事業場の設置は罰則付きで禁止されることになる。
 Xは,上記条例に基づく対象事業協議書をY町長に提出するとともに,廃棄物処理法に基づく産業廃棄物処理施設設置許可申請をA県知事に行った。Y町長は,条例に基づいて水道水源保護審議会の意見を聴取の上,Xの施設は日量95立方メートルの地下水を揚水することから条例の規制対象事業場に該当するとの認定処分を行い,その旨をXに通知した。他方,産業廃棄物処理施設設置許可申請に対してはA県知事の許可がなされた。Xは,[1]同条例は廃棄物処理法によって認められる施設の設置を合理的な根拠もなく禁止する点において同法に違反する,[2]同条例は,もっぱらXの計画した施設の設置を阻止するために狙い撃ち的に制定された条例であって,余目町個室付浴場事件=最判昭和53・5・26民集32巻3号689頁に照らして,「行政権の著しい濫用」によるものである,という2つの理由を挙げて条例の違法を主張し,その違法な条例に基づいてなされた規制対象事業場認定処分も違法であるとして同処分の取消訴訟を提起した。Xのこの2つの主張は妥当か*1


これは、なんとなく、主張1が通らなそうで、主張2はより筋が良さそうという感じかな。


2.主張1
「まずは、主張1から検討しましょうか。かなめさん、どうですか?」ほむら先生の声が小教室に響く。


「これは、条例制定権の問題だと思います。」かなめさんの声はよく通る。
「そうね。これは学部生向けだから、基礎に立ち返って説明してもらおうかしら。」こう言って僕の方を見るほむら先生。
「問題となるのは、憲法94条の『法律の範囲内で条例を制定することができる』の解釈です。法律が条例に優位するので、水源保護条例が廃掃法その他の法律に違反しているとされれば条例は無効となります。」この辺りは、環境法でも、行政法でもない。憲法だ。
「そう、きちんと条文を引いて議論しているのがいいわね。ただ、地方自治法14条1項は「法令に違反しない限り」としているから、同法の文言からは憲法94にある『法律』だけではなく、国の規則等も含む意味になることには留意が必要ね*2。じゃあ、この解釈について、本問ではどう考えるべきなのかしら。」
「代表的教科書では『ある対象について法令が規制している場合でも、法律の規制とは別の目的で条例で規制を加えることは、法令と抵触しない。』*3とされています。本件でも、産業廃棄物処理場については、確かに廃掃法の許可制度(廃掃法14条以下)があるけれども、廃掃法はあくまでも、適切な廃棄物の処分(廃掃法1条参照)等の観点から規制をしているのであって、地方公共団体が、水源の保護という別の目的から規制をすること自体は、問題がないと思います。」かなめさんは、目的の相違という規範を定立し、これに具体的事案をあてはめて結論を導いている。まさに「法的三段論法」だ
「かなめさんらしい簡にして要を得た回答ね。今回水源条例との間で目的を比較すべきは『廃掃法』だというのがポイントね、もし、水質汚濁防止法だったら、目的の相違という点がもう少し問題となるわね*4。では、どうして、法律の規制とは別の目的であれば、既に法律がある領域について、条例によって規制を加えてもいいのかしら?」ほむら先生が笑みを浮かべる。
「多分、これは昔の政府見解で、一時期学説上も支配的見解だった、法律先占論の克服といった問題じゃないですかね。元々は、法律がある領域について規制していれば、条例で規制できないとされていたのが、それでは地方自治憲法が認めた趣旨に反するとして、同じ領域についての規制でも、異なる目的での規制なら条例で行うことが可能だという見解が台頭し、現在で通説的地位を占めるようになった、という*5。」
「そうね、かつての法律先占論については、原田尚彦先生が批判的にこう要約しているわ。」

いったん国が法律を制定して規制に乗り出すと、当該事項は、法律が占拠し国の事務領域に採りこまれたとみなすべきであるから、地方公共団体はもはや条例により国の法律と異なる定めをすることはできなくなる、とする......。一言でいえば、『法律の定めは当該事項における自治立法権の行使を排除する』というのが、その規定をなす考え方ということができる』*6


「現在の福祉国家では、国が規制している領域は国民生活のほぼすべてを占めるのだから、このような考え方を取れば、地方自治なんてあったものではないわよね。そこで、現在では、古い法律先占論は既に克服され、例えば、法律と異なる目的であれば、規制は可能だとされているわ。判例もあるわよね。」
「はい!徳島市公安条例事件(最判昭和50年9月10日)です。」元気に指摘するかなめさん。
「この判例では、目的が異なる場合なら、どんな条例による規制でも可能と言っているのかしら。」ほむら先生の発問にハッとする。
「あ、『特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によつて前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないとき』には国の法令に反しないと言っているので、条例が、国の法令の効果を阻害するか否かも問題になりますね*7。」
「そう。そうすると、廃掃法の許可がされたXについて、条例を理由に施設の設置を禁止するなんて、国の法令の効果が阻害されているのではないかしら。」いたずらっぽく笑うほむら先生、これは、先生が議論を促進するために、『悪魔の代言人』となって、あえて逆の立場から問題を投げかけているということだろうな。
とか、考えていると、かなめさんがスッと手をあげる。
「産業廃棄物処理場がちょうど水源地にあったために事業を継続できなくなるという効果が生じる事があり得るとしても、廃掃法の趣旨は、別に産業廃棄物処理場をどんどん作って行こうといった処理場建設の促進なのではなく、あくまでも、廃棄物について適切な処理をしようという趣旨にとどまるはずです。この観点からすると、水源保護条例が法の効果を阻害するとまでは言えません。また、国の法令の効果の阻害という場合には、廃掃法1つだけを見るのではなく、国法の全体を考慮すべきところ、環境基本法19条により、どのような政策を実行する上でも環境へ配慮することが求められているのですから、環境を破壊する施設ができる場合に、その施設の建築を、環境への配慮という観点から禁止するということ自体は、国法全体の企図する効果を阻害することにはならないと思います*8。」
「かなめさん、環境法ゼミらしい鋭い議論をありがとう。まあ、この条例については、むしろ制定の経緯の方を問題とするべきで、一般的にこういう条例を作ったからといって無効にはなるってことはなさそうね*9。」


3.主張2
「それでは、主張2に移りましょう。Xが指摘する、余目町個室付浴場事件ってどういう事件でしたっけ。」こういって僕の方を見る、あ、ウィンクしなくてもいいですから、ほむら先生。
最高裁は、高裁の事実認定を是認しているところ、高裁によれば、個室浴場、いわゆるソープランドに対する反対運動も巻き起こり、地元の自治体が、どうすれば規制できるかを考え、すぐ近くに児童遊園があったので、(早急にこれを児童福祉施設とすべき具体的必要性は全くなったのに、)これを児童福祉施設として認可し、これを理由に営業を認めなかった、そこで、経営主体が損害賠償(国家賠償)を求めて提訴したといった事案です。」
「そうね、この事案では原審が『現行法上適法になし得るトルコ風呂営業を阻止、禁止することを直接の動機、主たる目的としてなされたものであることは明らか』と言った程、動機・目的が明確な事案だったわね。この事案で、最高裁の判断はどうなったの?」
「元々の児童福祉施設の認可処分が行政権の著しい濫用によるものとして違法だとした上で、この認可処分とこれを前提としてされた個室浴場への営業停止処分によって事業者が被った損害との間には相当因果関係があるとして国家賠償請求を認めた原審の判断を是認しています。」すらすらと答えるかなめさん。
「そうね。行政行為の文脈で、『表面上は適法に見えても不正な動機で処分をしたり、法の目的とは異なる目的で処分をすれば(他事考慮)違法とされる』と言われているわ*10。」
「そうすると、事前協議の手続を開始した段階で、Xの建設予定地が水源地だったことから急遽条例が制定されており、しかもその内容は、Xの建設を罰則付きで禁止するものだった、そこで、条例に基づく認定処分は行政権の濫用として違法、という感じですかね。」
「でも、判例では「行政権」の濫用の有無が問題になっているところ、本件での問題は『条例制定権』の濫用であり、狙い撃ち的な部分はあくまでも「立法権」の濫用の問題に過ぎないのではないですか。つまり、Y町長は、条例に拘束され、Xの施設が条例の要件を満たす限り、認定処分をする他はないから、条例が、例えば平等権(憲法14条)を侵害して無効とでも言えない限り、町長の行為を違法とは言えないということです。」かなめさんの鋭い指摘。
「二人とも良い議論ができているわね。この問題は、紀伊長島町水道水源保護条例事件(最判平成16年12月25日民集58巻9号2536頁)に即したものと考えられるわ。この事案は、本件に似た事案だったのだけど、最高裁は、自治体としては、産廃処理場の申請に先立つ協議の場において、施設の設置の必要性と水源の保護の必要性とを調和させるためにどのような措置を執るべきかを検討する機会を与えられていたとした上で、行政は、事業者側と十分協議を尽くし、地下水使用量の限定を促すなどして予定取水量を水源保護の目的にかなう適正なものに改めるよう適切な指導をし、事業者の地位を不当に害することのないよう配慮すべき義務があったものというべきであって、その義務に違反して処分すれば違法となるとしているわ。」やっぱり元ネタがあったのか
「結局、本件では、95立方メートルだから条例の要件を満たして禁止されている訳で、例えば水を循環再利用する設備を使って日量30立方メートルくらいで済むように計画を改めれば大丈夫といった話であれば、そういう指導をして、Xに配慮すべきであり、そういう配慮をせずに認定処分をしたことが違法、こういうことですかね*11。」予定取水量を改めるという抽象的な判例の言葉を、本問の事案にあてはめると、こんな感じかな。
「そうね。もちろん判例の射程の問題はあって、例えば、ここでいう事業者配慮義務は狙撃ち条例の場合のみに適用されるのでないかといった議論もされている*12けれど、本件は狙い撃ち条例の一種だろうから、この点の問題もないわね。」ほむら先生は、判例の射程といった深い所まで考えている*13
行政指導って、よく批判の対象になるけれども、むしろ積極的に行政指導をしていかなければならない事案もあるんですね。」かなめさんの顔が知的興奮に包まれる。
「そこが行政法の面白いところよ。これからも、環境法の学習を通じて行政法の深淵を極めて行きましょうね!これが私のゼミの目的なんですから!」ほむら先生はキメ顔でそう言った*14
以上

まとめ
「環境法ガール特別編」ということで、行政法の問題を環境法的に解く一例を示してみた。
学部の行政法の試験では、このような突っ込んだ回答までは求められていないのではないか、とも思われるが、ロースクールの環境法ゼミで同じ問題を検討するのであれば、きっとこのような検討をするべきではないかと思われる。
なお、誤解や十分に検討しきれていない点等にお気づきになられた方がいらっしゃれば、コメント、メール、ツイッター等でご連絡を頂ければ幸いである。

*1:人見剛「演習 行政法法学教室2006年9月号(No.312)124-125頁

*2:「条例は法律の委任に基づく命令にも違反できないことを明確にしている(ただし、異論が皆無なわけではない)。」宇賀克也『行政法概説I』9頁参照。

*3:原田尚彦『行政法要論』67頁

*4:元ネタと思われる紀伊長島町水道水源保護条例事件で最高裁は目的について明確な判断をしていないが、原審の表現を借りれば、廃掃法の目的は「産業廃棄物の排出を抑制し、産業廃棄物の適正な処理によって、生活環境の改善を図ること」にあり、水源保護条例の目的は「住民の生命と健康を守るため、安全な水道水を確保する目的」として異なっている。なお、水質汚濁防止法による規制が問題となり、条例が法律に反するとしたいわゆる徳島県阿南市事件(徳島地判平成14年9月13日判自240号64頁)参照。以上につき、@hanten_g様のご指摘を受けて加筆しました。

*5:環境法BASIC25頁参照

*6:原田尚彦「自治立法権の本質―先占理論の再検討」『自治論文集』(ぎょうせい、1988)446頁

*7:この議論は、いわゆる「二段階基準説」(福岡地判平成6年3月18日行集45巻3号269頁等)の見解。なお、いわゆる「単一基準説」という見解を取れば、目的が反する場合には、効果阻害もないと解することになり、特にこの点を別途検討しなくてもよくなることに留意が必要である。この点につき、岩本浩史「紀伊長島町水道水源保護条例事件」総合政策論叢第11号213頁(http://hamada.u-shimane.ac.jp/research/32kiyou/10sogo/seisaku11.data/seisaku1113.pdf)参照。

*8:環境法BASIC88頁「この環境配慮義務には、施策の実施段階だけではなく、施策の策定段階における環境配慮義務が含まれる」参照

*9:環境法と条例の関係について簡単なまとめとして、環境法BASIC25頁以下のコラム「環境公法と環境関連の条例等の関係」参照

*10:原田尚彦「行政法要論」152頁、なお、同頁の『児童遊園地を設置した市の行為』は誤り。当時は「余目町」であり「市」ではない

*11:ただし、このような指導の前提となる、行政の専門的知見については、近時、いわゆる「伊方の定式」への疑義を通じて、原発訴訟ではむしろ事業者の方が知識は上なのではないかとか、新規参入事業につき科学的不確実性がある場合に、行政がなぜ解明の負担を負わないといけないのか行政側だけが負担することになるのは不公平ではないか、との考え方もある。(交告尚史「不確実性の世界の行政法学」法教361号126頁。)

*12:阿部泰隆「判批」いんだすと20巻3号(2005年)42頁注3等参照

*13:もっと深い話をすると、原告の主張は余目町判決に即した「行政権の濫用」であるところ、すでにある法令を利用して狙い撃ち的処分をする余目町判例と、新条例を狙い撃ち的につくるという本事例を比較すると、本事例は同判決の射程外であって同判例のいうところの「行政権の濫用」ではないという議論の方が説得的だと思われる。すると、裁判所が、紀伊長島町水道水源保護条例事件に即した「配慮義務違反」だという心証を得た場合に、心証通り認定して取消判決を下していいのか、という問題がある。取消訴訟についても基本的には弁論主義が妥当する(宇賀克也「行政法概説II」220頁)。司法研修所『行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究』(167〜169頁)によれば、取消訴訟の主要事実は、適法要件ないし処分要件を構成する事実であることころ、これが何であるかは、その処分の根拠となった法令によって決するほかはないとされる。配慮義務違反を基礎づける事実と行政権の濫用を基礎づける事実は(やや似ているところはあるが)異なっているので、そうすると、裁判所は心証通りの認定をしてはならないということになるだろう。もっとも、このような場合には、実務上は民訴法上の釈明権の行使で対応していると思われる(このような文脈ではなく職権証拠調べの文脈であるが、宇賀前掲書220頁参照)。

*14:環境法の民法/民訴法的部分はどこへ行ったのかという点は別論として。