アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

環境法ガール4 電車の中の個人レッスン〜平成24年第2問設問2

実務 環境法講義 (実務法律講義)

実務 環境法講義 (実務法律講義)

注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


 駅前でカラオケに興じた後、僕たちは家に帰る。ほむら先生と僕は一緒の電車。かなめさんとは逆の方向。


 ほむら先生と突然二人になり、何を話そうか。生じる、とまどい。


「ほ、ほむら先生、そういえば、平成24年第2問は、設問2もありましたよね。」

〔設問2〕
本件事業に係る計画道路の供用開始後,当該道路の交通量が増加し,C町では当該道路を通行する自動車の騒音が激しくなり,Xの居住地では,昼夜の各環境基準を5デシベル超える騒音が毎日のように測定されるようになった。Xは,生活妨害による精神的苦痛を感じているため,訴訟を提起して,損害の賠償を受けたいと考えている。
(1) Xは,誰に対してどのような請求ができるか。

(2) 当該訴訟において予想される争点について,Xがどのような主張をすべきかを,予想される被告側の反論にも言及しつつ,論ぜよ。

 
「あらあら、よく覚えているのね。でも、これは、主張する環境利益が設問1の景観利益とは違うから、訴訟態様もそれに応じてまた違っているわね。だから、あえて今日の授業では取り上げなかったんだけど。」明るい電車の中で、近くで見るとほむら先生は少し酔っているのか、顔が少し赤くなっているのが分かる。


「確かに、騒音公害は、騒音規制法がいわゆる『基本10法』に入っていないため、手薄になっているところが多いですが、大事な問題ですね。」


「別に騒音規制法の法的仕組みを知っている必要はないわ。環境基準があることは、試験問題にも書いているしね。超有名判例を知っていれば、そこから規範を導いて、あてはめをすればいいの。」アルコールが入っていることもあってやや饒舌なほむら先生。


「あ、あれですね。国道43号線訴訟上告審判決(最判平成7年7月7日民集49巻7号1870頁)。国道が国賠法2条の営造物であり、騒音等が『設置又は管理の瑕疵』に該当するとした事案ですね。」


「そうそう、結局、普通の2条の事案と、国道43号線訴訟の事案の違いって、どこにあるのかしら。」


判例上、『設置又は管理の瑕疵』は営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態、すなわち他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいうところ、普通の営造物の事案では、例えば、児童公園の遊具が腐っていたとか、道路に穴があいていたというような、営造物自体に危険性が潜んでいるのに対し、国道43号線は、別に道自体が危険な訳ではないですよね。」


「そうね。供用関連瑕疵といって、営造物本来の利用者、例えば車の運転手との関係では安全性を備えているのに、第三者、例えば近隣住民に対して被害を及ぼすような瑕疵については、これが国賠法2条の『設置又は管理の瑕疵』に該当するのかという問題があるんだけど、結論的に言えば、国道43号線判決は、これも国賠法の『瑕疵』だとしているわね*1。まあ、立法者意思が本当にこれを認めるつもりだったかという問題があるけど、結局、国賠法1条*2で処理するか、2条で処理するかという選択の問題に過ぎないんだから、判例の考えに積極的に反対する理由はないわね*3。」


「そうすると、騒音により周辺住民の人格権等を侵害する、他人に危害を及ぼす危険性のある状態がある計画道路には、国賠法の『瑕疵』があるとして国賠請求していけばいい訳ですね。」



「そうね。実体的な問題も、国道43号線が使えるんじゃない?」今日のほむら先生はサービス精神が旺盛だ。


「営造物の供用が第三者との関係で違法な権利侵害になるかについて、(1)侵害行為の態様と侵害の程度、(2)被侵害利益の性質と内容、(3)侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度(4)被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等を総合考慮するという規範ですね。」


「そうよ。この判例の特徴は、公共性について、考慮要素の1つとはするが、それほど重視しないで、総合考慮要素の1つにとどめているというところね。また、公共性の考慮の際には、『受益と被害の彼此相補の関係』、例えば、道路に面した小売店のように『被害の増大には、必然的に利益の増大が伴う』って関係が成り立つなら、公共性が認められやすくなるという点も挙げられるわ*4。さて、国道43号線の基準に対しては、学説上批判があるのは知っているわよね。」


「はい、公共性を考慮しない考え、具体的には、公共性が高い施設により特別の犠牲を払ったなら、国民がきちんと責任を取るべきという考えが有力です*5。道路については、公共性による受益者は道路利用者なのに対し、被害者は周辺住民であって、この二つは必ずしも一致しないことから、『みんなが利益を得ている』からといって、利益を得ているとは限らない被害者に対する賠償を否定すべきではないと指摘できます*6。」


「基本をきちんと把握しているわね。ただ、公共性については、一般に考えられている、『公共性が高ければ賠償を否定する』という方向とは真逆の、『公共性が高ければ賠償を肯定する』という学説も出ているわ。公共性の高さというのは、社会の効用の大きさを意味するなら、それにより利益を得る者(国民全体=国家)が被害者に対して損害を賠償し、これによって負担を調整することが合理的で正義にかなうとして、『損害賠償を積極的に認定する要素として位置づけ』る見解もあるわ*7。いずれの見解を取るにせよ、こういう判例に対する学説の評価を把握しておくのが大事よ。環境法は、現状に満足せず、常に、その『先』を模索する学問なのだから。」今日のほむら先生、ノリノリである


「とりあえず、公共性否定説を取るとすると、(1)計画道路の交通量増加による生活妨害により、(2)人格権が侵害される、(4)そもそも、トンネルを通せば、騒音被害は防げたはずといった辺りですかね。」


「トンネル案でも、トンネル区間以外は、騒音被害が発生し得るから、トンネルと被害防止の関係は不明確だけど、後はこれらを総合考慮して、受忍限度を超える騒音被害が生じているか、ということになるわね。そこで出てくるのが、環境基準との関係ね。公害対策基本法九条に基づく環境基準及び騒音規制法一七条一項にいう指定地域内における自動車騒音の限度の各値を5デシベル超えているということだけど、これをどう考えるかね。」


「環境基本法16条1項は『政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。』とします。これが、いわゆる環境基準であり、行政上の政策目標と解されています*8。環境基準については、一定の安全度を見込んでいる事が多く、これを超過したからといって直ちに健康被害が発生するとは言えません。しかし、環境基準は、科学的知見をもとに定められていることから、環境基準を相当超過すれば健康被害を生じさせる可能性が高いという意味で、受忍限度論において、受忍限度を超えていると判断するための重要な間接事実になると言えます*9


「環境基準は、一種の行政計画として理解されているわね。ただ、特に本件との関係で大事なのは、国道43号線事件が、騒音の環境基準を損害賠償の受忍限度として用いた原判決を維持したことね*10。つまり、行政側は、環境基準を、望ましい基準として、ある程度厳しい数字を定めていたところ、裁判所が、いわば、これを、超過したら法的責任を生じさせる値として読み込んだということね。その意味では、原告は、国道43号線事件の枠組みを使った主張を行い、これに対し、被告は、環境基準の意味が目標値に過ぎないことを指摘して、5デシベルしか超過しておらず、安全度の枠内に留まると論じる感じかしらね。」


「ただ、行政と司法の間で、環境基準の意味についてのねじれが起こってしまえば、行政としては困りますね。どうすればいいのですか。」



「うふふ、1998年(平成10年)に騒音に関する環境基準が緩められたけど、その理由は、まさにこの『ねじれ』解消にあると思われるわ*11。平成24年の問題なのだから、原告としては、このように緩められた後の基準を超過していることを指摘して、国道43号線判決に沿った解決を求めることになるわね。」サービス精神旺盛な今日のほむら先生。


「なるほど、こういう司法と行政の相互関係の理解が、環境法では大事なんですね。」


「うふふ、そに加えて、政治との関係も重要よ。裁判では負けたけれども、訴訟を提起したこと自体が世論を喚起して、政治的な進展を得る事案だってあるんだから。あっ、私の下りる駅だわ。じゃあね!」


ほむら先生が下りた後も、しばらくの間、先生の香水の残り香が、僕の鼻孔にかすかに残っていた。

まとめ
 なんとか、平成24年を終わらせました。次回からは23年に入ります。区切りのいいところで切りますので、年度によっては、1年を2回で解説、回によっては3、4回で解説という感じになりそうです。

*1:道路という本件の事案とは異なるが違い、空港に関しそれ以前にこれを認めた先例としては、大阪空港事件最判昭和56年12月16日判タ455号171頁がある。

*2:大阪空港事件最判の少数意見参照

*3:宇賀II469頁参照

*4:Basic380頁

*5:Basic環境法380頁

*6:実務環境法講義69頁

*7:北村252頁

*8:実務環境法講義25頁

*9:実務環境法講義28頁

*10:Basic142頁

*11:Basic142頁