アホヲタ元法学部生の日常

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環境法ガール6 ケース研究は当事者になりきって 平成23年第1問設問2

差止請求権の理論

差止請求権の理論

注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


1.理論と実務の架橋
ロースクールは理論と実務の架橋なんだから、ケース研究をしましょう。ちょうど学生二人がいる訳だから、原告側と被告側に分かれて立論してみてね。原告は誰?」今日のゼミは多少法科大学院のゼミっぽい内容だ。



「僕は原告を。」



「私は被告をやります。」



「二人とも、事例はこれよ。原告は、一部住民の立場から、自由な発想で検討してね*1。」

A県は,平成10年に,「産業廃棄物処理施設の設置に係る手続に関する条例」を制定し,これを施行した。その中では,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)の下で許可対象になる産業廃棄物最終処分場に関し,これを計画する事業者に対して,同法に基づく申請の前に,次の諸事項が義務付けられていた。
1 事業計画書の地元市町村への送付
2 地元住民を対象とする説明会の開催
3 地元市町村及び地元住民から提出される意見書の受領
4 意見書に対する見解書の公表
5 見解書に対する再意見書の受領と再見解書の公表
6 これらを踏まえた事業者主催の討論会の開催
7 以上の手続の状況の知事への報告
A県B町において産業廃棄物最終処分場(安定型)を計画しているC社(A県知事から産業廃棄物処理業の許可を得ている。)は,廃棄物処理法に基づく許可申請を目指し,前記A県条例に基づいて,B町や地元住民に対して真摯に対応した。その結果,地下水汚染を懸念する一部の地元住民からは,合意を得られなかったものの,やり取りを通じて,B町及び大多数の地元住民の了解を取り付けることができた。そこで,廃棄物処理法に基づいて許可申請をしたところ,平成11年にA県知事から産業廃棄物最終処分場の設置許可を取得できた。

(略)

C社が建設に取り掛かろうとしたところ,最後まで反対をした一部住民から,処分場の操業により有害物質を含む汚水が漏出し,それによって日常的に飲用している井戸水が汚染される可能性が高いことを理由に,C社に対して,建設の差止めを求める訴訟が提起された。C社は,「A 県知事の許可を得ているし,廃棄物処理法の諸基準を遵守して操業するから問題はない。」,「有害物質を含む汚水漏出,被害発生,因果関係の存在は,住民側で立証すべきだ。」と主張している。この主張に対して,住民の代理人として,どのような主張を展開することができるか。

2.環境法は民法行政法
「原告の立場からは、民事訴訟の差止でいくか、許可取消訴訟でいくかが問題となります*2。民事的に差止で行けば、本案勝負になりやすいので、その意味では良さげですが、最近は原告適格も広がっており取消訴訟も筋はそう悪くないようにも思える。う〜ん、どっちがいいのかなぁ。


「こういうのは、常に、産廃処分場の隣に住んでる人の気持ちになって考えてみなさい。なんとしても建設を止めたいのなら、民事差止も設置許可の取消訴訟のどっちも真剣に検討すべきよ。どっちかじゃない、両方よ*3」微笑みを浮かべるほむら先生。



「環境法、特に環境訴訟は、原告が『どうすれば健康や良好な環境を守れるか』を真剣に考えに考え抜いて模索した結果の蓄積ですよね。」



「そうね、特に戦後すぐの段階では、理論は全く発展していなかった。日本で『環境権』って概念を提唱したのが大阪弁護士会の実務家だという辺りは象徴的だわ。」



「そうすると、きちんと取消訴訟も検討を進めておくべきですね。まず、原告適格についてみると、生活環境保全が許可要件となっているところ、生活環境の保全は、廃棄物からの水質、大気、土壌等の汚染や不衛生の防止であるから、その性質上、住民の個別具体的な利益の保護が含まれると解されます*4。」



「まあ、廃掃法は一般公益たる『国民の健康』を保護するに留まらず個々人に関わる利益としての健康等を保護するとも言われている(名古屋地判平成18年3月29日判タ1272号96頁)し、当該原告の生活環境に具体的に影響が及び得る限り、原告適格を否定するのは難しいところ*5、ここはメインの争点ではないわ。」



「うふふ、今回は、住民が日常的に飲用している井戸に汚染が及ぶという話だから、とりあえず原告適格ありでいいかもしれないわね。」



「本案だと、許可の実体要件に『生活環境の保全への適正な配慮』が含まれているところ、井戸への汚染が生じ得る等、適正な配慮がなされておらず、違法という辺りでしょうか。」



「この点は、許可の前に、『専門的知識を有する者の意見聴取等』を経ているところが大事です*6。要するに、専門家の見解を踏まえた上で、問題がないと判断されている訳です。また、B町及び大多数の地元住民の了解を取り付けることができていることも、配慮の傍証になるでしょう*7。」



「この辺りは、事案の詳細が分からないので、双方がいろいろ言えるところね。例えば、C社は既に他の処分場を持っていることから、ここでの違反行為等を示すことで、その業務に関し、不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由があるとの主張もあり得るわ。*8



「えっと、ほむら先生、C社が既に他の処分場を持っているっていうのは?」



『A県知事から産業廃棄物処理業の許可を得ている。』ですね。」かなめさんがうなずく。



「施設許可を得て建設を完了させないと業の許可を取得できないのよ*9まだB町の処分場は建設されていないんだから、別の処分場を持っているってことでしょう。」ちょっと得意げなほむら先生。



「これもまた、『仕組み解釈』なんですね。」



3.安定型処分場の憂鬱
「じゃあ、民事差し止めに行きます。この場合、人格権を立てて差止を求める感じでしょうか。」



「うふふ、身体的人格権に直結する精神的人格権の一種である平穏生活権で論じる人もいるみたいだけど*10。いかがかしら。」



「ほむら先生、原告側に肩入れし過ぎです。結局、平穏生活権のメリットとして健康被害に至る以前の不安感の状態で差し止められると言われているけれど、主観的な不快感や不安感に留まる限りでは不十分なのであって*11、そこまで大きな差を生じさせるとは思えません。」かなめさんは、ちょっと怒った感じもかわいい。



「体内に摂取しても健康等に悪影響を及ぼすことのない安全な水道水を享受する権利は、人格権の一種として保護されていると解するのが相当とされており*12、井戸水汚染の恐れが高い本件では、人格権構成でも特に問題ありません。」かなめさんに少し譲歩しながら、侵害を受ける法的利益を特定する。



「じゃあ、実体要件について検討してみましょうか。」ほむら先生が議論を進める。



「受忍限度を超えた違法が問題となるところ、一般には、被害の性質と内容、加害行為の内容と程度、加害行為の行政的基準遵守状況、被害防除措置の状況等を総合的に考慮すると言われています*13。」


「損害賠償と異なり、差止では、建設や操業停止等、事業活動に多大な影響を与えます。そこで、損害賠償の場合よりも高い違法性が必要です。」



「かなめさんの主張は違法性段階説ね。原告はどう対応するの?」


最高裁は基本的にこの発想にはよっているものの、純粋に高い違法性が必要という議論よりはむしろ、損害賠償と差止でファクターの重み付けが違うという立場を取っています。具体的な重み付けの違いとして、国道43号線判決*14では、公共性の判断において、より公共性を重視している判断を下しているところ*15、本件では、重要な道路と異なり、処分場に過ぎず、その公共性はそもそもそこまで高いものではないことを指摘できます。また、仮に違法性段階説をとっても、生命健康に対する侵害がある蓋然性が高い場合には差止が認められるべきと考えられています*16。」


「でも、行政的基準が遵守されているとして、許可がされています。許可取得後も、廃棄物処理法上の処理基準・維持管理基準の遵守が命令や罰則の担保の下に義務づけられていますよね。要するに、住民の不安は杞憂に過ぎません。」厳しい指摘をするかなめさん。


「許可を受けているからといって差止ができないとは言えないはず、ですが…*17。」



「裁判実務の扱いはそのとおりで、許可取得は受忍限度の考慮要素の1つにとどまるけど、それを端的に指摘するだけでは、説得的な議論にはならないわよ。なぜそうなのか、をきちんと解明しないといけないわ。」優しい口調で厳しいことをいうほむら先生。


「う〜ん、確か、審査時点での基準クリアは必ずしも操業後の基準遵守を保証するものではないかとかそういう話ではなかったかと*18。」かすかな記憶を思い起こす。


「許可を受けたことは、審査時点での基準のクリアという『瞬間最大風速』ね。でも、これがあるからといって許可後の基準遵守を保障するものとは言えないわよね。基準遵守について具体的に言うと、特に本件のような安定型処分場では、展開検査の関係が重要な問題となっているわね。」ほむら先生が謎めいたことを言う。


安定型処分場と展開検査の関係って?」



「もうっ、これは、安定型処分場と管理型処分場の違いですよね。」被告側のはずのかなめさんがやれやれという感じで手助けをしてくれる。



「安定型は土中で変化しないプラスチック等の無機物(施行令6条1項3号イ)を埋め立て処分する処分場のことよ。これに対し、管理型は、それ以外の廃棄物も処分する処分場(共同命令、施行令7条14号ハ)ね*19。」



「今回は、安定型みたいですが、そこにどういう問題がある訳ですか?」


「最終処分場については、展開検査といって、トラックの荷台から廃棄物をいったん地上に降ろして引き上げ、異物混入をチェックすることが必要よ(共同命令2条2項2号ロ)。安定型だと、本当にプラスチック等の無機物だけなのか、管理型でやらないといけない廃棄物は入っていないか、これを確認するわけ。でも、実際には、こんな作業は非常に大変で、モラルが高く熟練した作業員が選別作業を行わないと、これは担保されないと言われているわ*20。だから、全隅町産業廃棄物最終処分場事件(東京高判平成19年11月29日)は、展開検査で安定型廃棄物以外の廃棄物の混入が判明したとしても、それを排除するのではなくそのまま埋め立てる誘惑に駆られるのはみやすい道理であり、その場合でも水源地が汚染されないという反証はされていないとしているわ*21。」



「この判決の立場は厳し過ぎます。そもそも、展開検査についての基準は、本当に展開検査で異物混入を排除せよというのであれば、技術的にも経済的にもおそらくは遵守が不可能な非現実的な基準と言われているわ*22。結局、非現実的なことを法律で規定しておきながら、法律は建前通りに機能しないんだから、それでも安全性が確保されるシステムを整備しなさい、そうじゃないと、生命身体健康侵害のおそれがあると事実上推認して、安定型処分場に『死刑判決』を下しますっていう訳ですよね*23。これでは、法律が規定している安定型処分場制度を、裁判所が事実上否定するのと同じであって、三権分立上問題があるんじゃないかしら*24。」



「被告の立場からいい反論を提起しているわね。結局、裁判所が処分場制度に対し不信感を提起している*25訳で、今後の処分場制度の設計に関する重大な問題提起と考えるべきね。」




4.因果関係
「因果関係については、原則は原告に立証責任があるものの、裁判例はこれを軽減する方向で、具体的には主に3つの解決があります*26。1つは、伊方の定式を利用して民事裁判でも被告側に立証を求めるアプローチ、もう1つは、原告に相当程度の可能性を立証させ、それに対し、被告が侵害発生の高度の蓋然性がないことの立証ないし反証をするべきだというアプローチ、最後の1つは、汚染物質が到達する経路を分割し、その一部について被告に証明責任を課すアプローチです。」


「伊方の定式は、最判平成4年10月29日民集46巻7号1174頁で示されたものですが、これは、原子炉の安全性に関するデータについて原告側のアクセスが極めて限定されているという特殊事情があってのことです((北村222〜223頁))。そこで、それ以外の類型、特に、本件のように、ミニアセスメントとそれを補充する条例の制度によって原告に対し十分な情報が提供されている事案に適用すべきではありません。」かなめさんの反論は力強い。



「かなめさんは、本事案をよく理解して反論しているわね。」



「続いて、最後の因果関係分節アプローチは、要するに、有害物質が搬入され、流出した有害物質が原告に到達して原告の健康が害されるということは、原告側が立証すべきだが、搬入された有害物質が流出しないことは、被告側に立証をさせるというものですが、これは悪魔の証明を求めることにもつながりかねず、適切ではありません。実際、この考えを示した裁判例は、控訴審で取消されています*27。」



控訴審は、この判断枠組みに触れずに取消しているので、この判断枠組みの評価に対する大きな影響があるとはいえないという見方もできるけれども、流出し『ない』ことの証明としてどの程度のものを要するかという辺りはこの見解を取る場合の1つの重要なポイントになりそうね。」



「最後に、原告が相当程度の立証をすれば、被告が反証ないし立証をせよという考えは確かに近年の裁判例で有力であり、近年主流になっているといわれています*28が、被告がすべきことが反証か立証かはしっかりと分けて考察すべきです。反証であれば、具体的危険性が存在しないことについて具体的根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して反証を尽くすべきであり、これがなされないと具体的因果関係の存在が推認されるというものです。これに対し、立証であれば、被告が侵害発生の高度の蓋然性がないことを証明するべきで、それができないと侵害発生の高度の蓋然性があると扱われるということです*29。前者(反証)は、経験則の1つとして許容できる可能性がありますが、後者(立証)まで来ると、明文なき立証責任の転換は行き過ぎです。」



「確かに、学生に聞くと、『反証ないし立証』と判で押したような解答をする人が多いけど、このどちらかで結論が分かれることもあるのだから、きちんとこの違いを押さえておくべきね。」



「そういえば、疫学的因果関係による立証の軽減なんてのはどうですか。」一応言ってみる。



「原告側を助けるための法理を必死で考えているのはいいと思うけど、本件で疫学的因果関係なんて出したら、主張自体失当ね。疫学的因果関係は、既に被害が発生している場合に、被害と原因物質の因果関係の立証をする際に使われる事案であって、まだ建設もされていない処分場の差止めを求める本件では使えないわ。環境法の基本概念については、『個別指導』が必要かもしれないわねっ。」



ほむら先生は、僕の方を向いてウィンクをした。

まとめ
 廃棄物処理施設の差止関係は色々な議論があるので、全ての議論は当然網羅できておりませんが、これも入れたらというのがあればご教示いただければ検討させて頂きます。よろしくお願いします。

*1:実はこの事案は、平成11年の事案(「平成11年にA県知事から産業廃棄物最終処分場の設置許可を取得できた。」「C社が建設に取り掛かろうとしたところ」「訴訟が提起された。」)なので、純粋理論的に言えば、平成11年以前の法律・判例に従った主張しかできないが、本解説ではそのような見解は取らない(例えば、採点実感のいう「安定型処分場に関する具体的な裁判例」としては全隅町産業廃棄物最終処分場事件東京高判平成19年11月29日を念頭に置いているようにも思われる。)

*2:なお、直接型義務付け訴訟を利用して、許可取消義務付けを求める訴えが認容された例として福島地判平成24年4月24日判時2148号45頁参照

*3:http://twitter.com/kfpause/status/340504642024775681参照

*4:実務環境法講義181頁

*5:実務環境法講義182頁。なお、Basic418頁、東京高判平成21年5月20日参照

*6:実務環境法講義183頁参照

*7:北村478頁参照

*8:実務環境法講義183頁参照

*9:施行規則10条の5第2号イ(1)参照。北村466頁。

*10:平穏生活権から浄水享有権を認めた福島地いわき支判平成13年8月10日判タ1129号180頁参照

*11:最判平成22年6月29日判タ1330号89頁

*12:水戸地判平成17年7月19日判時1912号83頁等

*13:最判昭和56年12月16日判タ455号171号等、北村210頁、221頁参照

*14:最判平成7年7月7日民集49巻7号1870号、2599号

*15:損害賠償の判断においては、当該道路が地域住民の日常生活の維持・存続に不可欠とまではいえないとしているのに対して、差止の判断においては当該道路が沿道の住民とか企業に対してだけではなく、地域間の交通や産業経済活動に対してかけがえのない多大な便益を提供しているとしている。Basic399頁参照

*16:北村221頁

*17:BASIC437頁、北村514ペジ

*18:北村515頁

*19:なお、遮断型もあるが「実務ではまず問題にはならないタイプ」とされていることに注意。北村472頁

*20:例えば、全隅町産業廃棄物最終処分場事件の原審(水戸地判平成17年7月19日判時1912号83頁)は「展開検査についても、限られた時間で大量の廃棄物を適切に検査する必要があり、その検査内容も、例えば、廃プラスチックとして出されたプラスチック容器が十分に洗浄されて付着物が着いていないことを確認しなければならないなど、時には緻密な作業を要求される場合もあるから、熟練した技術者が相当数現場にいないと実効性はない。」とする。

*21:ただ、許可取得は事故がない有力な事情として働くとしていることに留意

*22:北村481頁

*23:北村515頁

*24:なお、本来管理型処分場にしか求められない遮水工を設置しない限り安定型処分場の建築を禁止する仮処分命令を下した熊本地決平成7年10月31日判タ903号241頁参照。

*25:北村515頁

*26:BASIC405頁

*27:エコテック事件、千葉地判平成19年1月31日判時1988号66頁、東京高判平成21年7月16日判時2063号10頁

*28:北村223頁

*29:以上につきBASIC401頁