アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

環境法ガール16 2人きりの試飲会後編〜平成20年第2問設問2

環境法入門 第2版 (有斐閣アルマ)

環境法入門 第2版 (有斐閣アルマ)


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


新しい紅茶を持って来たほむら先生は、僕にピッタリと寄り添って座る。


「次の問題は簡単よね。期待してるわよ。」と、耳元でささやくほむら先生。それは、間違えることを期待しているのだろうか、それとも正解することを期待しているのだろうか

Dによるビル2の解体作業が終了したが,Eは,石綿吸入による健康被害の不安を抑え切れないでいる。Eは,C及びDに対してどのような訴訟上の請求をすることができるか。


「えっと、この問題の『解体作業が終了した』ということの意味は、もう差止を請求することに意味がないということだと思います。そうすると、C及びDに対し、損害賠償を請求することになります。」


「そうね、じゃあ、請求原因はどうかしら。」


「えっと、Dに対しては、公害防止協定違反を主張します。後C及びDに対しての不法行為に基づく請求ですかね*1。」


「公害防止協定違反の請求はどうやって基礎付けるのかしら。」


「この場合、債務不履行責任になるので、単純な不法行為と異なり、帰責性(過失)の立証責任がD側にあることにE側のメリットがあります。Eが協定に基づき直接請求権を持つところは、第三者のためにする契約の理論等で基礎付けることができます。」


「そうすると、Eは協定に基づく損害賠償請求を認容してもらえそうなの。」微笑んで小首をかしげるほむら先生。


「直前にCがビル1の解体工事をしていますので、Dの債務不履行行為を単独で取り出した場合の関係の因果関係立証が難しいことから、共同不法行為構成で行った方が勝ち目は高いと思われます。」


「それで、不法行為構成ではどう論じるの。」


「これは、この間やった話と似ています*2。まず、共同不法行為性ですが、隣同士の建物で連続した時期に相次いでアスベストを含む建材が使われた建物を解体するということで、相互の行為が社会通念上1個の行為と客観的に観念でき、少なくとも弱い関連共同性民法719条1項後段類推)は認められます。問題は、その先の強い関連共同性ですが、CとDの間の資本関係や両ビルが一体として利用されているといった、特段の事情がない限り、強い関連共同性(民法719条1項前段)は認められないと解されます。」


「そうね。受験生の中には、強い関連共同性まで認めちゃった人もいたみたいだけど、その答案の評価は低かったようね。」


「違法性ということですが、Dについては、差止と同じように、公害防止協定を『テコ』に受忍限度を最小化する議論ができそうですが、Cについてはそれができないので、一般の基準を1つの参考にしながら、議論をしていくことになると思います。」


「そう、ここがCとの間で公害防止協定等を結べなかったことの残念なところで、結局、Cについて受忍限度の範囲内等となると、Dの行為単独での因果関係を考えることになってしまうため、Eにとってはなかなか難しいことになるわね。」


「最後は、因果関係と損害論ですが、普通は、具体的な健康被害が生じて、それとの間の因果関係があるか、それをどう金額に算定するか(包括慰謝料、ランク別一律請求等)が問題となるところ、今回は、Eはじん肺中皮腫を発症した訳ではなく、『石綿吸入による健康被害の不安』があるに留まります。」


「そんな、漠然とした『不安』なんていうものに対する損害賠償が認められる訳?」


「それなら、Eがじん肺中皮腫に発症するまで待って、それから救済を求めるとかでしょうか。」


「ふふふ、今回は、私の『勝ち』のようね。原告代理人がそんな弱気でどうするの? じん肺中皮腫発症まで何年もかかるのに、その間不安な毎日を過ごすEの救済の扉を閉ざすの?


「そんな事言われても、主観的不安なんかで賠償が取れるんですか?」


「確かに、この問題について問題意識を持って、きちんと損害論を論じることができた受験生は少なかったみたいだけど、一般的な教科書でも紹介されている裁判例、裁定例*3から、CとDの共同不法行為による平穏生活権侵害*4を理由とした慰謝料を基礎付けることができるわ。」


「そうなんですか?」


「試験が出題された頃にはまだ出てなかった裁決だけど、最近の重要な公害等調整委員会の裁決例として、神栖市ヒ素汚染健康被害事件裁定*5があるわね。この事案は、井戸がヒ素等で汚染された事案なんだけど、健康被害が認められない原告についても、平穏な生活を営む利益が侵害されたとして、平穏生活利益の侵害として、一定の慰謝料を認定しているわ。」

身体・健康に関する利益は,人格的利益の中でも根幹をなすものであり,これらに対する重大な不安要素の存在は,平穏な日常生活に動揺を与えるとともに,心身の健全性を害する要因ともなるものであるから,人が身体・健康に関して重大な不安を抱かずに日常生活を送ることは,平穏な生活を営む利益に属する利益として法 的保護に値すると言うべきである。
(略)
(注:ヒ素の情報を受領しながら権限行使を怠った)県は,健康被害の認められない申請人らに対しても,その 権限不行使によって,平穏な生活を営む利益を害したと言えるのであり,そのこと によって生じた精神的損害について,国家賠償法上の賠償責任を負うと解するのが相当である。


「判決ではないと思って読み流していました…」


「うふふ、環境事件では様々なADRが発達しており、一定の影響もあるんだから、きちんと目配りしてないとだめよ。更に、裁判例でも、例えば水俣病関西訴訟一審判決*6では、こんな風に言っているわ。」

行政的解決においては、まず、健康不安を抱く者を救済するための論理が問題となる。水俣病に関する事実経過からみて、メチル水銀を含む魚介類をそうとは知らずに地域住民が摂食していた時期が存在することは間違いなく、これが後に中毒を引き起こすメチル水銀を含んでいたと証明された場合、たとえ加齢により水俣病と同様の症状が出たとしても、そのような住民が感ずる健康不安は、単なる漠然とした根拠のない不安とはいえない。民法上、このような健康不安に対する慰謝料という考え方も解釈上導けないわけではないと考えられる


「更に、豊島産業廃棄物公害訴訟*7でもこういっているわ」続けざまに裁判例を見せるほむら先生。

悪臭、騒音、振動、煙害、交通の危険、健康不安、名誉感情の毀損等による種々の精神的損害が発生しているのであるから、これらの事情を勘案すれば、各原告の精神的損害を慰謝するために必要な金員は少なくとも五万円を下ることはないと認められる。


「これなら、原告は勝てそうですね。」


「もちろん、まだ健康被害が生じていないから、認容される金額は低いけれど、教科書に挙げられている裁判例について、きちんと原文にあたっていれば、こういう議論を構築する際の『ヒント』が見つかるはずよ。」


「はい、先生のおっしゃるとおりです。」


「あら、そうしたら、間違い1つだから、私の言う事を1つ聞いてもらいましょうかしら。」急に真顔になるほむら先生。


「えっと、何をすれば、いいのでしょうか。」ほむら先生は、戸惑う僕の方に屈み込み、両手をメガホンの形にして、ひそひそ話でもするように、僕の耳に当てる。柔らかい、指の感覚。


「……てもらいます。これからは、夜の個人レッスンを受けてもらうことになります。」小さな声で囁くほむら先生。


「えっと…」突然のことに戸惑いを隠せない。


「うふふ、大丈夫よ。初めてなのは知っているから、私が1つ1つ丁寧に教えてあげるわ。ちょうどいいことに、この部屋にはベッドもあるから、朝まででも大丈夫ね。」こう言って、ほむら先生は両手で僕の両手を包む。伝わる、ほむら先生の体温。


「ほ、ほむら先生、そ、それは、ほ、本気ですか?」


「もちろん本気よ。これから、授業が終わった後は、私の指導の下で、初めての論文作成に挑んで頂くわ。提出直前は徹夜になるかもしれないけど、この部屋には仮眠設備も整っているし、執筆環境はバッチリだと思うわ。」こう言うと、ほむら先生は、満面の笑みでウィンクをしたのだった。

まとめ
これを作るにあたり、某大学のアカハラ・セクハラ指針を読み、成人に対して「おじさん、おばさん」などという呼び方をすると性別により差別しようとする意識等に基づく発言としてセクハラになる等の規定がされていることを知りました。えっと、今回のほむら先生の行為は、「僕」が受け入れているから大丈夫ですよね??

*1:なお、工作物責任の可否については、大阪地判平成21年8月31日判時2068号100頁の射程が解体中にも広がるかの問題と思われる

*2:環境ガール10 大波乱の夏合宿その1 平成22年第2問設問1 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*3:以下の3つはすべてBasic環境法掲載のもの。同書421頁以下の判例索引参照

*4:両当事者が複合して相次いで受忍限度を超えるアスベストをまき散らしたために生じた合理的な将来の中皮腫じん肺等罹患に対する不安感、恐怖感と解される

*5:公調委裁定平成24年5月11日判時2154号3頁

*6:大阪地判平成6年7月11日判タ856号81頁

*7:高松地判平成8年12月26日判タ949号186頁