環境法ガール18 ぶっつけ本番、試験問題解説会〜平成19年第2問
- 作者: 環境庁水質保全局,水質法令研究会
- 出版社/メーカー: 中央法規出版
- 発売日: 1996/11
- メディア: 単行本
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注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。
1.ぶっつけ本番、試験問題解説会
「私の論文指導を受ける以上は、TAをやってもらうわ。」とほむら先生に言われて、学部生の行政法と環境法のTAもすることになった。
「職権を濫用して、勝手に論文指導教官になり、TAにまでするとは、公正な競争の阻害です。」という良くわからない理屈で、自分もTAになってしまったかなめさん。
僕たちのTAとしての初仕事は、一学期の環境Iの授業のテスト問題の解説だ。「今年は認証評価の年なんだけど、評価委員は、ローの行政法の試験の解答を1枚1枚読んで『なんでこれが60点なんだ』とか聞くんだから、本当やってらんないわ」*1と、認証評価対応に忙しいほむら先生は、「まあ、二人ならこれまでの勉強の成果を出してくれれば大丈夫」と言って試験問題を押し付けると、風のように去って行った。
懐かしい、学部の教室。
「ロースクールは少人数制だから、こういう大きな教室は、久しぶりだね。」
「環境政策といった面を含めると、学部時代の方が環境法に興味を持っていた人が多かったかもしれないわね。」
ガラガラと扉が開いて、学生が集まってくる。
「先〜輩〜♪」さくらちゃんが手を振ってやってきて、一番前の席に座る。「うふふ、特等席です。」微笑むさくらちゃん。
「さくらちゃん、こういう場所で会えるのもなんか新鮮だね。」さくらちゃんの笑顔についつい口角が緩んでしまう。
「それでは、解説を始めます。かなめ先生が急用なので、私たちロースクール生のティーチングアシスタントが解説をします。」僕たちを無視して淡々と解説を始めるかなめさん。
A県に居住するBは,長年,B所有の敷地内にある井戸水を飲料水として使用してきたところ,中毒症状を発症した。Bが平成19年4月に調査したところ,井戸水からは環境基準を上回る高濃度のカドミウム及び鉛が検出された。また,B宅の隣にはCが開設した工場があり,Cは,製造工程中で使用したカドミウム及び鉛を含んだ水を,長年にわたり同工場敷地の地下に浸透させてきたことが明らかとなった。Dは,平成19年1月にCから同工場を譲り受けるとともに,A 県知事に対して直ちに所要の届出をし,平成19年6月から同工場を稼働する予定である。
この場合について,以下の設問に答えよ。
平成19年5月の時点で,A県知事はどのような対応をすることができるかについて論ぜよ。
平成19年5月の時点で,Bは,C及びDに対してどのような訴訟上の請求をすることがで きるかについて論ぜよ。
2.知事の対応
「まず、知事の対応ですが、カドミウム及び鉛という規制物質によって、地下水及び土地が汚染されていることから、水濁法と土対法の2つの法律に基づく対応が考えられます。」法律を挙げるかなめさん。
「先輩、質問です! どうして二つの法律が問題になるんですか。1つの法律で包括的に規制してしまえば分かりやすいと思うんですが。」さくらちゃんが元気に質問する。
「そうしたら、この質問は先輩に答えてもらいましょう。」笑顔で振ってくるかなめさん。目の奥が笑ってない気がするのは気のせいだろうか。
「えっと、なんでだっけかな…。」とっさに答えが出ない。
「土壌汚染と地下水汚染が併存して起こる事が多く、地下水汚染は拡散しやすいから、日本の土壌汚染対策は、水濁法に地下水汚染対策を規定することからはじまりました*2。でも、特定施設の設置者に対する行為規制という水濁法の規制方法では、施設からの流出以外の多様な原因がある土壌汚染を包括的に規制することが困難です*3。そこで、土対法が制定されました。もっとも、土壌汚染と直接関係のない水質汚濁の問題もありますから、水濁法の規制も存続しています。」
「そういう経緯だったんですね。」納得顔のさくらちゃん。
「本件において、具体的には、水濁法上は、Dに対し、改善命令を出して(水濁法13条の2)施設の構造、使用方法、汚水処理方法等を改善させること、そして、井戸にカドミウムや鉛が浸透し『現に人の健康に係る被害が生じ、又は生ずるおそれがある』として、地下水の水質の浄化に係る措置命令(水濁法14条の3)が考えられます*4。土対法では、『土壌の特定有害物質による汚染により人の健康に係る被害が生ずるおそれがある』『土地』として調査命令を行い(土対法5条)、汚染拡散防止のための地域指定(土対法6条)をして、土地の所有者であるDに汚染の除去等の措置を講ずべきことを指示し、命じることができます(土対法7条1項、4項)。」
「費用を払ったDは、汚染の原因者であるCに対し、求償を請求できます(土対法8条)。」これは昔やったな。
3.中毒被害者による対応
「Cに対する関係で、Bは何ができそうですか。」かなめさんは、生徒に振る。
「はい、損害賠償を請求します!」元気に答えるさくらちゃん。
「そうね、請求原因は何だったっけ?」また、僕に振る。
「不法行為がメインになります。また、水濁法19条には無過失責任もあります。」いい加減、いい所を見せないと。
「無過失責任ね。これは、本件で使えるの?」
「えっと、有害物質の汚水又は廃液に含まれた状態での地下への浸透による被害だから、使えるんだよね?」
「ここは、何を損害として立てるかに関係するところよね、さくらちゃん。」ここでさくらちゃんに振るかなめさん。
「あ、19条は『人の生命又は身体を害したとき』とあります。」
「そう、だから、Bの所有する井戸等を汚染したという財産権侵害を損害として立てる場合は不法行為責任のみ、これに対し、Bが中毒になって身体が侵害されたという場合には水濁法19条が使えるという関係になっているのよ。」ぐうの音も出ない。
「次は、確か、受忍限度の問題ですね。」さくらちゃんが指摘する。
「そのとおりよ。『環境基準を上回る高濃度のカドミウム及び鉛が検出された』ということから、環境基準の意味が問題となるけど、これは環境法を学んでいる人なら、みんな知っている重要な問題よね。もし、環境基準を、国道43号線事件のように捉えれば、受忍限度を超えることをより容易に立証できるけど、環境基本法の本来の意味と捉えれば、単に環境基準を上回っただけでは必ずしも受忍限度を超えたとはいえず、『高濃度』がどの位なのかは1つの問題になるわ。でも、結局、隣家で中毒が起こっていることから、健康や身体に対する被害が現に生じているので、受忍限度を超えることは言えそうね。」
「後は、因果関係ですか。」
「因果関係については、本来は、製造工程中で使用したカドミウム及び鉛を含んだ水を,長年にわたり同工場敷地の地下に浸透させてきたことだけではなく、その浸透した水がB宅の井戸まで到達し、この飲料水が原因となって、中毒になったというところまで立証が必要よね。でも、裁判例は、Bが相当程度の立証をすれば、Cが反証しなければならない等、立証責任軽減の方向に向かっているわ。」
「後は、人身損害については、無過失、そして、財産上の損害については、製造工程でカドミウムや鉛を用いるのであれば、それが第三者を害さないよう適正な処理をしないといけないのにそれを怠った等として過失を主張立証することになります。」
「よくできているわね。後は、Dとの関係ではどうすればいいのかしら。」
「これから工場を操業しようとしているので差止が問題となります。」
「差止には、工場の操業そのものを差し止める方法と、『環境基準を超えるカドミウムや鉛を排出・浸透させてはならない』といった抽象的差止の2つがあるわね。」
「差止の場合にはより高度の違法性が必要という考え方もありますが、仮にそのような考えを取ったとしても、今回のように健康被害が現実に生じていることから、適切な処理等をしないままの工場の稼働再開に高度な違法が認められると思います。」
「うふふ、さくらさんは、この授業のTAができるかもしれないわね。後は、通常の訴訟だと、争っているうちに工場が稼働されてしまうから、差止の仮処分にするという位かしらね。」
「お褒め頂き、ありがとうございます。」さくらちゃんは嬉しそうだ。
解説会が終わった後、かなめさんが、僕を体育館の裏に連れて行く。
「私に無断でほむら先生の論文指導を受けるなんて、私のことを何だと思ってるのよ。しかも、さくらさんに対して、色目使ってるなんて、節操ないわ。これ位で許してもらえるだけありがたいと思いなさい。全部基本的な問題なんだから、勉強不足よ。」よくわからないことを言って、怒濤のように去って行くかなめさん。
このあと滅茶苦茶勉強したのは言うまでもない。
まとめ
ということで、かなめさん不機嫌編でした。