アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

環境ガール19 法と経済学ガール登場!?〜平成18年第1問

法と経済学

法と経済学


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


本講義の内容は約1年前のエイプリルフールにツイッターアカウントで行った「法と経済学たん」のネタを下敷きにしております。質問等を下さったフォロワーの皆様にお礼を申し上げます。


1.環境法の経済学的分析?
「すごい先生が講演に来るのよ。」ほむら先生が興奮気味にまくしたてる。


「どういう方がいらっしゃるんですか。」


「まどか先生といって、私の学部時代の同級生なんだけどね。三年で旧司法試験に受かって、卒業と同時に行政法助教に採用されて、この間までイェール大学で客員研究員をしていて、ちょうどこの夏で留学を終えて戻って来た傑出した才能の持ち主よ。研究テーマは、行政法の経済学的分析。今回は、『環境法の経済的分析』ってテーマで講演してくれるから、楽しみにしてね!」


何日か経ち、講演会の日がやってきた。ツインテールの、一見少女にも見える格好の女性が登壇すると、会場は「え、あの人が講師!?」というひそひそ話でざわつく。


「はじめまして、今日の講師をつとめさせていただきます、まどかです。三年間、アメリカに滞在していました。今日は、法と経済学の考え方の基礎と、環境法への応用についてお話したいと思います。」やっぱり、彼女が噂の先生なのか。


「法と経済学というのは、判例法を含む法制度が、社会にどのような影響を与えるのかを経済学の観点から分析することで、主に政策論について*1の色々な示唆を得ることができるという学問です。例えば、環境を守るためにある規制(規制A)を導入したとしましょう。『規制Aに対して、規制対象者Bがどう反応するでしょうか?』という問題に、皆さんはどう答えますか?」


「あ、言い忘れていたけど、まどか先生はアメリカ流だから、どんどん当てて行くので、積極的に発言してね!」ほむら先生が補足する。


「これまで規制Aに似た規制A’があるのであれば、規制A’に対しBがどう反応してきたかを考えることができます。」すらすら答えるかなめさん。


「規制Aに類似する規制がある場合とない場合があるから、その双方の場合を含む説明をすると『入手できた範囲の事実』に基づき『直感』で判断するという感じになります。これは、我々人類が2000年の間ずっと用いて来た方法です。しかし、経済学の手法を導入することで『科学的』に規制が行動に及す影響を予測することができる、これが法と経済学です。」


「質問で〜す! 経済学って、なんか値段が変わると需要と供給が変わるみたいな話だと思いますが、この方法を使うと、どうして、法規制が行動に及ぼす影響を予測できるんですか?」さくらちゃんが質問する。


「鋭い質問ね。これは、法と経済学の本質であって限界でもある点を示しているわ。法と経済学には色々な前提があるけど、非常に重要なのは、『人は費用と便益に反応し、その費用と便益は金銭評価できる』ということね。例えば、人間は、300円で確率2分の1のくじを引く事ができるなら、あたりが500円*2ならやらないし、あたりが700円ならやる*3という、そういう合理的な人間であることが前提になっているわ。また、ある法政策を取った場合、それによる費用と便益の差が『プラス100億円』とか『マイナス50億円』といった金額で評価できるという大前提があるの。そして、こういう前提があるからこそ、規制に対する規制対象者の反応は価格に対する市場の反応に似ているとして、経済学を導入できるのよ。」


「正直なところ、規制によるメリットとデメリットの差は定性的な場合もあって、定量的に金額算定できるというのはちょっと疑問があります。また、人間は時には不合理な行動もするので、常に合理的だという前提にも疑問があります。」つい、思った事を言ってしまう。



「法と経済学には限界はあるわ。でも、例えば、『物理法則は摩擦のない世界という現実と異なる世界を前提に構築されているから無価値だ』なんていう人はいるかしら。確かに、摩擦を考慮しなければならない場合には、その点に配慮が必要という意味で、常に全ての場面でそのまま適用できる訳ではないわ。でも、そういう限界があるからといって、物理法則が不要な訳ではないわよね。多くの場面では有用性があるわ。法と経済学もこれと同じで、一定のモデルを想定しているから、そのモデルがおかしいという批判をすることは可能だけれど、そういう限界を理解した上で使えば、法政策、特に環境政策を検討する上での有用なツールになると思うのよ。」こういうと、まどか先生はコップの水を飲む。


「今日お話しする環境法との関係で、2つのキーワードを説明するわ。1つは外部不経済(Negative Externality)、もう1つは最安価費用回避者(Cheapest Cost Avoider)ね。例えば、工場が汚染物質をまきちらして生産をしているとしましょう。この場合、汚染物質について一切規制がなかったとすると、工場の生産量はどうやって決まるのかしら。」まどか先生の発音は、流石留学していただけあって奇麗だ。


「例の需要と供給の話で、コストを踏まえて利潤を最大化できるだけの生産をするのではないですか。」かなめさんが答える。


「その『コスト』がポイントね。汚染物質について一切規制がなかったとすると、そのコストは、原材料費や人件費等であって、環境への汚染はコストとして参入されない。コストが『安い』から、たくさん生産がなされ、たくさん市場に供給される事は分かるわよね。市場経済を考えると、この事例では、環境汚染によって周囲の人が被る迷惑という話は取りこぼされている、こういう市場を通さないで他の経済主体に不利に働く影響のことを外部不経済というわ。市場を通さないんだから、市場経済の中で最適な水準に落ち着くことは期待できないわよね。外部不経済を是正して、コストを内部化させるというのは、経済学的にいうと、本来自由であるべきはずの私的経済活動に対して政府が規制をすることができる重要な根拠の1つね。もちろん、損害賠償を払えという規制もあれば、排出基準を守りなさいといった規制もあるわ*4。」


「あれ、取引費用がゼロだったら、規制は不要じゃないのかしら。」ほむら先生が突っ込む。


「これは、これから説明しようとしていたところよ。例えば、ある工場が稼働することで2000万円の利益を得ることができるけど、稼働により汚染された排水が出て、周囲の人に計1000万円の損失を与えることになるとしましょう。そしてその損失は、500万円の浄水設備を導入することで、なくすることができる。この場合、もし、住民に(損失を与えるような)排水を出すなという権利があったらどうなるかしら。」


「それは、工場にとっては、1000万円の賠償を払うよりも、500万円の浄水設備を導入する方が安上がりだから、工場が500万円の費用を負担して浄水設備を導入することになるんじゃないかな*5。」思わずつぶやく。



「そうですね、じゃあ、住民にそんな権利がなかったらどうなりますか。」



「そしたら、住民は1000万円の損失を甘受しなければいけない?」さくらちゃんの頭にはてなマークが飛ぶ。


「私が住民だったら、みんなでお金を出し合って、500万円の浄水設備を買って、これを工場に取り付けてもらいます。」かなめさんが答える。


「正解。1000万円の損失を被るくらいなら、500万円払って浄水設備を買った方が合理的よね*6。だから、結局、住民に排水を出すなという権利があろうがなかろうが、浄水設備が設置されて、社会全体の福利が増大することには変わりない、これがコースの定理といわれる考えね。コースの定理があてはまる場面では、私的な交渉だけで十分に社会的に望ましい状態が実現するわ。」


「でも、住民に権利がある場合でも、その権利を実現するのには訴訟等非常に時間とコストがかかる手続が必要ではないですか。住民に権利がない場合には、工場との交渉が必要で、工場は住民との話し合いなんかに時間を取られるよりも、生産に尽力したいんじゃないんですかね。」さくらちゃんが指摘する。



「そう、コースの定理は、取引コストが0という空想上の世界を想定したもので、現実には取引コストは必ず発生するわ。だから、取引コストが非常に低いといえる場面では、コースの定理を応用できるけど、取引コストが高い場合には、『誰にどう権利を割り当てても私的な交渉で最適な状態になる』とはいえず、誰にどう権利を割り当てるか、法的ルールをどうするかがとても重要になってくるのよ。」


「そうすると、どういう法的ルールにするのがいいのかな。」思わずつぶやく。


「色々な方法があるけれども、重要な方法の1つは最安価費用回避者ね。例えば、リサイクルを推進する場合に、消費者にいくらリサイクルしてくださいねといっても、製品がリサイクルしにくい設計だったら消費者の努力に限界があるわ。そもそも、製品のデザイン等を決めることができるのは製造業者等だから、製造業者は、リサイクルに責任を負わせられた場合には、リサイクルをしやすい製品を作ることで、この責任を軽減させることができる。その意味で、最も安い費用でコストを低減させることができるのは製造業者よね。それなら、消費者に責任を負わせるよりも、製造業者に責任を負わせるのが、社会の福利の最大化につながるわよね*7。」



2.具体的検討
「このような法と経済学の議論を使えば、廃棄物処理法の平成12年改正も説明がつくわ。」こういうと、まどか先生は、司法試験の過去問を取り出した。

産業廃棄物に関して,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(廃棄物処理法)は,1970年の制定時より,排出事業者処理責任を基本的方針としている。ところが,この方針の下で,具体的な 法政策は,変遷している。[資料]は,2000年に改正される以前の廃棄物処理法の,不法投棄に対して原状回復を求める措置命令規定及びその関係条文である。
これを読んだ上で,以下の設問に答えよ。
〔設 問〕
1. [資料]に掲げた措置命令規定に対応する現在の廃棄物処理法の関係規定は,基本的に,2000年改正によるものであるが,それ以前の規定とは,どのように異なっているか。排出事 業者から適法な委託を受けた産業廃棄物収集運搬許可業者が,委託に係る産業廃棄物を不法投棄した場合を念頭において論ぜよ。
2. 2000年改正は,排出事業者処理責任の観点からは,どのように評価することができるか。改正に至る背景に触れつつ論ぜよ。
[資 料]2000年改正前の廃棄物処理
(措置命令)
第19条の4第1項 次の各号に掲げる場合において,生活環境の保全上支障が生じ,又は生ず るおそれがあると認められるときは,当該各号に定める者は,必要な限度において,当該処分 を行つた者(......第12条第3項,......の規定に違反する委託により当該処分が行われたとき, ......は,これらの委託をした者を含む。......)に対し,期限を定めて,その支障の除去又は発 生の防止のために必要な措置......を講ずべきことを命ずることができる。
一 (略)
二 産業廃棄物処理基準......に適合しない産業廃棄物の処分が行われた場合 都道府県知事
(...) (事業者の処理)
第12条第3項 事業者は,その産業廃棄物の運搬......を他人に委託する場合には,政令で定め る基準に従い,その運搬については第14条第8項に規定する産業廃棄物収集運搬業者......に, ......委託しなければならない。
(産業廃棄物処理業)
第14条第1項 産業廃棄物......の収集又は運搬を業として行おうとする者は,当該業を行おう とする区域......を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない。......
第14条第8項 第1項の許可を受けた者......は,産業廃棄物処理基準に従い,産業廃棄物の収 集若しくは運搬......を行わなければならない。

「改正前後で措置命令についての規定はどう変わっているのかしら。」


「改正前は、無許可業者への委託(旧12条3項等参照)等の場合にのみ排出事業者に対する措置命令ができました(旧19条の4『第12条第3項,......の規定に違反する委託により当該処分が行われたとき』)。そこで、排出事業さは適法委託をすれば廃棄物処理法の責任を免れます*8。これに対し、平成12年改正により排出事業者が適正な対価を負担していない時や、不適正処分を知りまたは知る事ができる場合には、措置命令ができるようになりました*9。汚染者負担原則の観点からすると、不法投棄による直接の汚染者は処理業者ですが、これを排出事業者にまで拡大したものといえます。」かなめさんがまとめる。



「いい説明ね。それ改正はどうして必要となったのかしら。」


「は〜い! 適法な委託さえすれば責任がなくなるところ、『眼の前のゴミをできるだけ安く持って行って欲しい、後のことは知らない』という安かろう、悪かろうで委託者が選択される事が多く、不法投棄や不適正処理の問題が多く生じたからです*10。」元気なさくらちゃん。


「そのとおりね。市場原理だと、安い所に頼むというのはむしろ当然だけど、委託コストが安い業者は、不法投棄等をしていることが多く、不法投棄により外部不経済が生じていた訳。だから、それを内部化しなさいというのは重要な改正の目的ね。」


「そもそも、力関係上、排出事業者が有利であって、排出事業者が不合理な値引きを求めるのに対し、処理業者はこれを拒む事ができず、その結果、採算割れの価格で受注して、不法投棄の温床になっていると聞いた事が*11。」


「もしそれが事実なら、排出事業者には、そのような優越的な地位が認められるところ、適切な費用負担をすることで不法投棄等を回避できるという意味で、最安価費用回避者(Cheapest Cost Avoider)といえるかもしれないわね*12。」


「処理業者が、『値引きをしたら適正処理はできません。定価でお願いします。お宅も、排出事業者責任を問われるのはいやでしょ』といって高い価格で受注しておいて、不法投棄をするというのが一番儲かるんじゃないか*13、そんなことをする処理業者がいるとすると、本当に排出事業者は、最安価費用回避者なのかといった問題もありそうね。」ほむら先生が突っ込む。




情報の非対称性の問題は応用問題として重要だわね。ただ、今日は学生向けの講演だから、この点は、また別の機会にじっくり議論しましょう。」まどか先生が講義を終える。



法と経済学の考えは完全に納得はできないけど、環境法政策を考える上で重要だと再認識した。

まとめ
 ということで、まどか先生に法と経済学の観点から解説していただきました。実は、この問題が非常に簡単だというのが重要な原因なのですが、まあそれならばということで、環境法政策において重要な法と経済学についての「さわり」を説明する回にいたしました。

*1:解釈論についての示唆を得ることもできるが、基本的には物理でいうところの「摩擦0の環境における、ものの動きを方程式にしてみました!」といった話なので、直接そのまま解釈論に持ち込むのはやや難易度が高い。

*2:期待値は250円

*3:350円

*4:環境法の文脈だと北村23頁参照

*5:工場は2000−1000の1000の状態から、浄水設備を導入することで1500になり、500のプラス

*6:住民は−1000が−500になり、500のプラス

*7:大塚「廃棄物減量・リサイクル政策の新展開(4・完)」NBL631号41頁参照

*8:北村501頁

*9:Basic264頁〜265頁

*10:北村501頁

*11:北村501頁

*12:北村501頁。なお、違う文脈だが、銀行が融資者として環境問題に責任を負う制度について、銀行を最安価費用回避者とみなせるとする山田真由美「環境問題における融資者責任と環境管理システム」早稲田法学会誌49巻321頁参照

*13:阿部新「廃棄物の処理責任に関する経済学的研究」http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~a_abe/research/thesis.html参照