アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

民訴ガール第3話「対決!弁論部」その1 平成19年その1

民事訴訟法 第4版

民事訴訟法 第4版

1.ケーキ♪ケーキ♪


「模擬裁判大会に出るのは私たちよ。あなた方ではないわ。」


うららかな春の午後、民事訴訟法の勉強をしていたみんそ部のみんなの黄色い声が、一瞬でかき消される。


午後の授業が家庭科で、1年3組はケーキを焼いた。みんそ部では、紅茶を入れて、弁論主義についてのんびりと話しながら、ケーキを食べていた。


民事訴訟は、私権に関する紛争の公権的解決ですが、紛争の内容は私権に関するものです。そして、私権については私的自治が働きます。そこで、民事訴訟上も、請求を基礎付ける事実の主張、そしてその主張を基礎付ける証拠については、当事者に委ねようと考えられており、これを弁論主義と呼びます。弁論主義には次の3つの内容があります。」

第1テーゼ 裁判所は、当事者によって主張されていない主要事実を判決の基礎とすることができない
第2テーゼ 裁判所は、当事者間に争いのない主要事実については、当然に判決の基礎としなければならない
第3テーゼ 裁判所が調べることができる証拠は、当事者が申し出たものに限られる


「このテーゼっていうのは、どういう意味ですか?」


律子ちゃんが聞く。


「ドイツ語で『定立』とか『命題』って意味だけど、弁論主義にはこの3つの内容があるという程度だと理解すればいいんじゃないかな。」


僕も、補足をする。


「この中で特に重要なのは、第2テーゼで、自白の裁判所拘束力とも言います。例えば、貸金請求訴訟における主要事実は、金銭交付と返還約束になります*1が、原告も被告も、原告が被告に金銭を交付し、返還約束があったことに争いはなく、弁済だけが争点であれば、例えば裁判官が、『本当にお金が被告に渡ったのかな?』と疑問を抱いたとしても、その点については、金銭交付があったことを前提に判決をしなければいけないということになります。」



「この『主要事実』というのは何ですか?」


律子ちゃんが困るのも当然だ。法律学、特に民事訴訟法では、多くの概念が相互に結びついている。これを三角関数を習ったばかりで,微分を習う前に,『正弦(sin)と余弦(cos)の関係は,sinの導関数がcosです』と言ったり,連立方程式や2次正方行列を教えずにいきなりガウス消去法を教えたりするようなもの」と例えた方もいらっしゃる*2。だから、1つ1つの概念を解き明かさないといけない。



民事訴訟法において、事実は、主要事実、間接事実、補助事実の3つに分けられます。主要事実は法律関係の発生等に直接必要として法律が定める要件に該当する具体的事実、間接事実は、主要事実を推認させる働きを持つ事実、補助事実は証拠に関係する事実です。例えば、貸金返還請求なら、主要事実は金銭交付と返還合意で、『金銭交付が主張された日の直後に被告(債務者)の羽振りがよくなったこと』とか『金銭交付が主張された日の直前に原告(債権者)の口座から、貸金と同額の引き出しがされたこと』とかが間接事実になります。補助事実は、例えば、弁済に立ち会ったという証人が嘘つきである事に関する事実などがあげられます。」

主要事実:法律関係の発生等に直接必要として法律が定める要件に該当する具体的事実
間接事実:主要事実を推認させる働きを持つ事実
補助事実:証拠に関係する事実


「この3つの概念を立てることに、どういう意味があるんですか? なんで、主要事実についてしか、弁論主義が適用されないんですか?」


律子ちゃんは、まだ混乱している。


「中学校で勉強した民法では、あまり民事訴訟の場面を意識して説明はされていなかったんだと思うけど、民事訴訟では、裁判官が、『権利という目に見えないもの』(例えば貸金返還請求)の有無を判断しなければならない。目に見えない権利の有無は直接判断できないから、『事実という目に見えるもの』を元に、『この事実があるから権利がある』という方法で、権利の有無を判断することになる。そこで、どの事実があれば権利等の法律関係を発生させ、変更させ、消滅させるのかという点が民事訴訟においてはとても大事になる。例えば、先ほどいった、金銭が交付されていて、返還の約束があれば、貸金返還請求権が発生するというのは、この『事実から権利の有無を判断する』というプロセスの1つの例だよ。まさに、主要事実というのは、こういう事実のことで、これが原告と被告の訴訟活動(攻撃防御)の中心となる。これに対し、間接事実や補助事実というのは、あくまでも、その主要事実を推認させたり、その認定のための証拠に関する事実に過ぎないのだから、重要性は低くなるよね。」



「特に、第2テーゼとの関係で、なぜ主要事実についてしか自白が成立しないのかという問題を考える際には、弁論主義と自由心証主義の間の綱引きと考えると分かりやすいと思われます。先ほどの例では、金銭交付を、羽振りの良さや口座からの引き出しという事実から推認するということで、間接事実には、こういう証拠類似の機能があります。証拠を事実認定に使うか、使わないか、使うとしてどう評価するか、自由心証主義に基づいて裁判所が自由かつ合理的に判断すべきだという話は前にしましたよね。間接事実が証拠と類似する機能を持っているとすれば、弁論主義を適用してしまって、当事者が合意すると自白として裁判所を拘束するとしてしまえば、裁判官は、自由な心証に基づき判断することができなくなります。だから、主要事実についてのみ弁論主義が適用されるということになります*3。」


「あと、主要事実の他に『要件事実』という言葉もあって、実はこの2つの間に違いがあるという人もいるけど*4、原則として主要事実と要件事実を同じとして扱っても問題はないことが多いんじゃないかな*5


「先生、志保ちゃん、ありがとう!」


和やかに進む『少女たちのお茶会』。これが、こんなことになるとは、誰も想像していなかったのだ。



2.まーるいケーキはだあれ?
「模擬裁判大会に出るのは私たちよ。あなた方ではないわ。」


突然法学研究室にやってきたのは、ブロンドといってもいいような薄い茶色をしたふんわりとした巻き毛の女の子。


「せ、生徒会長。」


縮こまりながら驚きの声を上げる律子ちゃん。


「今日は生徒会長として来たのではないわ。弁論部長として、学校代表を決めに来たのよ。」


巻き髪を掻き上げる仕草をする会長。


「弁論部は姉がみんそ部を作ってから、もう15年は模擬裁判大会に出てないはずよ。今更模擬裁判大会に出たいなんて、」志保ちゃんが珍しく穏やかではない。



「みんなが弁論部に入部してめでたしめでたし、って訳には、いかないよね…」見ると、生徒会長の後ろには沙奈ちゃんが控えていた。


「えっと、みんな、状況が読めないんだけど、弁論部はみんそ部にどういう用事なんだい?」


「模擬裁判大会の参加資格は学校側が公式に認める『部』でなければいけないわ。星海学園高等部学則第3458条は第1項で『会員5名以上の同好会からの申請があった場合、生徒会は、部への昇格を許可することができる。』とし、第2項で『部員数が3名を下回った場合には、生徒会は、これを同好会へと降格させる。』としているわ。みんそ部は部員が2名だから、部としての要件を満たしていないわね。生徒会長として、今ここに、みんそ部を同好会に降格させることを宣言するわ。後で書記に理由を付記した処分通知を持ってこさせるわ。15年前にみんそ部に奪われた模擬裁判大会への参加資格を、今こそ取り返す時よ!」


会長は胸を張る。


「降格処分の意図が、会長自身の利益を図るための裁量権の濫用であるという点は別としても、会長は、あえて第3項を無視していらっしゃいます。『前項の規定は、仮入部期間中には適用しない』と記載されております。仮入部期間が終わるまでに、必ずあと一人見つけて、みんそ部を存続させます。みんそ部の伝統を私の代で途絶えさせる訳にはっ…。」


志保ちゃんが食い下がる。


「要するに、弁論部が学校代表になるか、みんそ部が学校代表になるかの問題だよね。それなら、どちらが代表に相応しいか、正々堂々と民事訴訟法の問題で決着をつけたらいいんじゃないのかなぁ。」


大人げなく、生徒間の争いに、ついつい口を出してしまう。


「公平な決定方法であれば、それに従います。」志保ちゃんが応じる。


「弁論部の実力、見せてあげるわ。」会長が不適な笑みを浮かべる。


「えっと、そしたら、平成19年の司法試験の問題を、みんそ部と弁論部それぞれ攻守を交代しながらということでいいかな。」

II 前記IのXY間の売買契約に関して,平成18年6月15日,XがYに対して訴えを提起した ところ,その訴訟は,次のように推移した。
1. Xは,Yに対して,甲の売買契約を解除したとして,原状回復として支払済みの売買代金相当額200万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年6分の割合による 利息,並びに債務不履行に基づく損害賠償として250万円及びこれに対する訴状送達の日の 翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めて,訴えを提起した。なお, 訴状は平成18年6月22日にYに送達されている。
2. Xの訴状には次のような記載があり,Xは第1回口頭弁論期日において訴状の内容を陳述し, また,同期日において甲4号証その他の書証を提出した。なお,甲4号証にはF名義の署名が あるだけで,捺印はされていない。
【訴状】<前略>

第1 請求の趣旨
1 Yは,Xに対し,200万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みま で年6分の割合による金員を支払え
2 Yは,Xに対し,250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで 年6分の割合による金員を支払え
3 訴訟費用は被告の負担とする
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
第2 請求原因<中略>

5 平成17年12月12日,XはYに対して,「どれだけ遅くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。」と述べて,修理済みの甲の引渡しを催告すると同時に,平成18 年2月28日の経過をもって甲の売買契約を解除する旨の意思表示をした。<中略>

8 Xは,Xが甲を購入し美術展に出展する話を聞き付けた同好の美術品収集家Fから,
平成17年11月上旬ころから,美術展終了後に甲を譲り渡して欲しい旨の懇請を受け ていた。そして,同年11月28日,Xは,Fとの間で,美術展終了後の平成18年6 月10日を引渡し期日として,甲を850万円で転売する旨の契約を締結したが,Yが 甲を適時に引き渡さなかったために,購入代金600万円と転売代金850万円の差額 250万円を得ることができなかった。
<中略>
第3 証拠
<中略>
3 請求原因8の事実は,F名義の文書(甲4号証)で証明する。
<後略>
【F名義の文書(甲4号証)】
平成17年11月22日
X様
本日はお目にかかることができず,残念でした。
先日来お願いしておりますように,甲を是非ともお譲り下さい。来年の6月8日までに8 50万円を用意することができる予定ですので,同日以降に代金の決済と甲の引渡しを行う ということで,お願いできれば幸いです。改めて御連絡いたしますので,御検討のほどよろ しくお願いいたします。
F(署名)
3. Yは,第1回口頭弁論期日において,あらかじめ提出していた答弁書に従って,「Xの請求を いずれも棄却するとの判決を求める」との請求の趣旨に対する答弁をした上で,「旧知のFに甲 の購入の事実を問い合わせたところ,『覚えがない』とのことであったので,訴状記載の請求原 因8の事実は否認する」と述べた。そして,(陳述1)「『覚えがない』と言っているFがこのよ うな文書を作成したとは考えられないので,甲4号証の成立も否認する。」との陳述をした。
4. また,Yは,第1回口頭弁論期日において,訴状の請求原因5の記載について「『どれだけ遅 くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。』とのXの発言があったことは認める。」という陳述をした。第1回口頭弁論期日の後,弁論準備手続が開始され,同手続は計3回の期日をもって終 結した。
その後,Fの証人尋問並びにX及びYの当事者本人尋問を行うために,第2回口頭弁論期日 が開かれたが,この期日の冒頭の弁論準備手続の結果陳述に引き続いて,Yは(陳述2)「訴状 の請求原因5記載のXの発言のうち,『支払済みの200万円は返してもらう』旨の発言があったことは否認する。」との陳述をした。そして,(陳述3)「仮に訴状の請求原因5記載のとおり のXの発言があったとしても,それが解除の意思表示に該当することは争う。」との陳述もした。
なお,受訴裁判所は,弁論準備手続における両当事者との協議の結果,この第2回口頭弁論 期日をもって弁論を終結する予定にしている。
〔設問2〕 下線部のYの陳述1から3までに関する次の設問に答えなさい。なお,設問はXが訴 状で採用した実体法上の法律構成の当否を問うものではない。
(1) 陳述1の訴訟法上の効果を,Yが甲4号証の成立について認否をしなかった場合と比較し て,論じなさい。
(2) 陳述2と3の訴訟法上の効果(攻撃防御方法としての許容性を含む。)を論じなさい。

3.まーるいケーキは転がる

「私から行くわよ。甲4号証の成立について陳述1をした場合としなかった場合の訴訟上の効果は?」

会長が口火を切る。

「甲4号証は書証ですから、その実質的証拠価値を問題とする以前に形式的証拠力、つまり、成立の真正が必要となります。陳述1は成立の真正の否認と理解されます。」

志保ちゃんが、素早く反応する。

「そうすると、成立の真正についてYが否認すれば、これを証拠により認定しなければならず、認否を明らかにしなければ擬制自白が成立する、ということ?」

会長の、挑発。


「そのような単純な話ではありません。まず、成立の真正についてYが否認した場合でも、民事訴訟法228条4項は、本人の『署名』があるときは、真正に成立したものと推認するので、本条の適用を検討することになります。」


「二段の推定ってこと?」


会長が、嫌らしい質問をする。


「二段の推定は、印鑑が厳格に管理されているから、その人の印鑑が押されていれば、その印鑑はその人の意思に基づき押されたのだろうという経験則を背景としたもので、署名には適用されません。署名の場合には、『F』と書かれているだけで、Fの意思に基づく署名がされたという経験則はありません。そこで、228条4項の適用を求めるXとしては、例えば、筆跡鑑定によってF自身が署名したことを証明する必要があります*6。もちろん、228条4項を使う義務はありませんから、Fを証人尋問する等して、甲4号証全体がFの思想表明であることを直接立証することも可能です。」

難しいのにすらすら答える志保ちゃん。


「先生、『二段の推定』って何ですか?」

律子ちゃんが僕のワイシャツのスソを引っ張って耳元で囁く。


「結局、なんで書証が証拠として意味があるかといえば、その作成者とされる人の頭の中にあるもの(思想内容)が表出されているからだよね。例えば、偽造文書なら、証拠としての意味はない。だから、その書証、この場合はF名義の文書について、作成者とされるFの思想内容が表明されたものであるということを示す必要がある。これを専門用語で『形式的証拠力』があるとか、文書が『真正に成立した』というんだ。そして本人の印影がある場合には、普通印鑑は慎重に扱うから(経験則)、本人の意思によって押印されたと推定され(第1段の推定)、本人の意思によって押印されたならば、民事訴訟法228条4項によって当該文書が真正に成立したと推定される(第2段の推定)。民訴法228条4項は、本人の意思に基づく印影の場合だけではなく、本人の意思に基づく署名にも適用されるけど、そもそも、『本人の意思に基づく署名』があるかが本件では問題となるよね。」


こういいながら、黒板に簡単に図解する。

前提事実:本書に本人の印影あり
第一段の推定:経験則の適用による事実上の推定
推定事実:印影は本人の意思によって押印された
第二段の推定:民事訴訟法228条4項による推定(法定証拠法則*7
推定事実:当該文書が真正に成立した
クロスリファレンス209頁より


「それで、結局認否をしなかった場合はどうなるの?」


イライラを隠さない会長。

「問題は、擬制自白の成否ということになりますが、文書の成立の真否は、補助事実、つまり、証拠の信頼にかかわる事実*8に過ぎません。弁論主義は主要事実についてしか働かないことから、弁論主義を基礎とする自白を認めるべきではなく、むしろ、自由心証主義を害します*9判例も補助事実に関する自白を認めない立場です*10。」


「この判例には学説上批判が強く、そもそも、Xが証書真否確認の訴え(民事訴訟法134条)を提起すればYは認諾できるという考えから、自白の拘束力を肯定していいと有力に主張されている*11けど、まあいいわ。そうすると、何も効果は発生しないから、否認した場合と同じということね。」

熟練のテクニックを見せる会長に、ついついうなずきそうになる律子ちゃん。


「その手には乗りませんわ。もちろん、実務上は、争いのない場合には何ら認否をしておりませんし、その場合に、わざわざ真正を立証するなんてこともしておりません。つまり、仮に補助事実について擬制自白が成立しないという立場を取ったとしても、裁判所は弁論の全趣旨から真正と認める、ないしは、自由心証主義により文書の真正を認めるということになります*12。」



志保ちゃんが、会長のかけた罠をするりと抜け出す。


4.まーるいケーキは甘い罠
「そろそろ攻守交代でいいんじゃないかな。」

僕が二人に促す。

「陳述2と陳述3の訴訟法上の効果はどうなりますか。」


志保ちゃんが、丁寧に質問を始める。


「陳述2と陳述3の訴訟法上の効果を考えるためには、その前の第1回口頭弁論における、『「どれだけ遅 くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。」とのXの発言があったことは認める。』との陳述の意義が問題となります。つまり、陳述2については、第1回口頭弁論の自白から否認に転換し、陳述3については沈黙から否認(ないし争う)に転換したと言えるでしょう。」


問題点を整理する会長。


履行遅滞に基づく契約解除の要件事実を説明しておこうか。要するにこの5つの事実を、解除を主張するXが立証しないといけないということだね。」

二人の高度な議論にちょっとついていっていない顔をしている律子ちゃんのために、また、こっそり黒板に要件事実を図示する。

1 当該債務の発生原因である契約の成立(履行期限がある場合はその経過)
2 反対債務の履行又はその提供(双務契約の場合)
3 催告
4 催告期限の経過(又は客観的相当期限の経過)
5 解除の意思表示
岡口基一要件事実マニュアル2」第4版25頁参照

「過失のような規範的要件について、過失を基礎付ける社会的な生の事実自体を主要事実と考える見解*13と、医療過誤訴訟における実務運用のように、過失を主要事実として、具体的な事実は間接事実と捉える見解があるようですけど、会長はどのようにお考えですか*14。」


志保ちゃんが質問する。


「規範要件を基礎付ける事実を主要事実と捉える通説でいいんじゃない。この立場からは、陳述2自体が主要事実であり、陳述3はXの発言の法的評価に関する主張ということになるわよね。陳述2は主要事実についての自白から否認への変更であり、いわゆる自白の撤回の問題よ。判例は、反真実と錯誤を要求し、反真実を証明すれば、錯誤は不要とするから、解除の意思表示がなかったことをYが証明すれば、自白を撤回して陳述2の主張をすることができるわね。これに対し、陳述3はあくまでも法的評価という裁判官の専権に関するものである以上、従前の主張に拘束されず、自由に新たな主張ができる。こんな感じかしらね。」


会長が余裕を見せる。


「会長の主張自体が、内在的に矛盾を孕んではおりませんか?」


志保ちゃんの指摘に、会長の目が点になる。


「そもそも、解除が規範的構成要件かという問題は置くとしても、『生の事実』が主要事実に該当するからこそ、その事実を認める陳述が不撤回効のある自白になります。ある法規範を前提に、何が主要事実であるかを考えるのは、裁判所の専権たる法解釈であり*15、当事者のした法律行為の解釈もまた法的評価になります*16。会長が、陳述3を『法的評価』だとおっしゃっていることの趣旨は、この『生の事実』が果たして本件において主要事実に該当するかどうかについては、更に裁判官の判断を仰がなければならず、その判断に資するために、Xが法的主張をしているという趣旨と解されます。すると、会長自身も、陳述3に関する議論において、陳述2が主要事実に該当しない可能性を暗に認めていらっしゃるのにも関わらず、陳述2が主要事実にあたることを当然の前提として自白の撤回の問題として処理すること自体が、論理的に一貫しないのではございませんか。」


「生の事実が主要事実に『相当』するところ、本件の具体的な生の事実が主要事実に『該当』することを前提に、自白の撤回として処理するという趣旨を言ったまでよ。」


相手が言い訳を始めた時が、話を切り上げるチャンスだ。


「それでは、次の論点に移りましょうか。」


志保ちゃんが議論をリードする。


「弁論終結予定の口頭弁論で、突然新たな主張をすれば、それが自白の撤回に当たるかどうかはともかく、訴訟の完結を遅延させる恐れがあるので、時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)になる可能性があるわ。その要件は(1)時機に遅れたこと、(2)故意・重過失、(3)訴訟完結の遅延の3つね。本件では、弁論終結予定であることのみならず、弁論準備手続が既に3回行われて終結していることから、原則時機に遅れたとみなされるし*17、Yは理由説明義務(民事訴訟法174条、167条)を負い、これに対する説明がされていないことから、却下のための要件である故意・重過失があることが推認されるわ *18。最後は、訴訟遅延完結だけど、この期日で、XやYの本人尋問を行う予定よね。新たな証拠調べを要しない主張の追加等は訴訟遅延完結に該当しないと解されている*19ところ、XやYの本人尋問の中でこの点を尋ねることができることを考慮して、『訴訟の完結を遅延させる』かを判断すればいいんじゃない。」

さらりと述べる会長。


「理屈だけ言えばそうでしょうし、実務では、実際に却下する例はあまり多くないとも言われていますけれど、尋問事項書制度(民事訴訟規則127条、107条)については、裁判所における準備や相手方当事者の反対尋問の準備の上で、個別具体的記載をすべきという指摘があります*20。例え、当日本人尋問で質問できるとしても、解除の有無という反対尋問の準備ができていない、尋問事項外の新たな事項を質問するということが適切か、逆に、この事項について質問を認めるならば、反対当事者の利益を守るために、解除の有無の問題について次回期日に別途反対尋問をさせるべきではないか、それが訴訟の完結を遅延させないか等の考慮も必要のように思われます。」


志保ちゃんが果敢に反論して、議論も中盤。最後に勝利の女神が微笑むのは誰だ!?


(続く)

*1:実は、返還時期の問題がありますが、この点は、要件事実マニュアル2巻170頁以下参照。

*2:http://d.hatena.ne.jp/redips/20050929/1128001668

*3:藤田42頁以下。

*4:実務の観点から、機能の違いに着目する見解として岡口基一要件事実マニュアル1』第4版21頁以下参照

*5:田吉弘「民事訴訟法から考える要件事実」6頁参照。なお、民事訴訟法愛好家にとって、「和民」といったら、もちろんこの本のことですよね??

*6:京野哲也「クロスリファレンス民事実務講義」(以下「クロスリファレンス」)209頁

*7:文言上は『推定』とあるものの、推定対象が実体法上の要件事実ではない以上、推定事実についての証明責任とその転換を考える必要がなく、相手方は反証で足りる(伊藤362頁)。

*8:伊藤337頁

*9:伊藤337〜338頁

*10:最判昭和31年5月25日民集10巻5号577頁、最判昭和41年9月22日民集20巻7号1392頁等

*11:重点講義上495頁、497頁

*12:クロスリファレンス206頁。なお、弁論の全趣旨の補充性(伊藤349頁)にも注意。

*13:重点講義上425頁

*14:田吉弘「民事訴訟法から考える要件事実」86頁

*15:重点講義上425頁

*16:重点講義下683頁

*17:伊藤284頁

*18:伊藤285頁参照

*19:伊藤285頁

*20:伊藤381頁