アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

民訴ガール第7話 「みんそ部 初めての戦い」その1 平成21年その1

民事訴訟法から考える要件事実(第2版)

民事訴訟法から考える要件事実(第2版)


「もしかして、『ごきげんよう』とか言うんですか?」



少女達の園に、男性の声が響く。学園祭で志保ちゃんがミス星海の座を射止めた興奮も醒めやらぬうちに、みんそ部のはじめての対外試合は千石高校弁論部、行政法に強いことで有名な部活だ。千石高校は共学だから、男子生徒もいる。そこで、みんそ部みんなで校門のところに集まって、「お迎え」をする。好奇心を隠さない千石の1年男子には、


「うちはそこまでお嬢様じゃないからね。男子トイレは、新校舎の職員室の横の1つしかないので、行きたい人はいまのうちに行っておくこと。」



と、早速釘を刺しておいた。


「今日は、平成21年になります。設問1は星海が出題、設問2は、千石が出題となります。」緊張した面持ちの志保ちゃんが宣言する。

次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ(なお,本問における賃貸借契約については借地法(大正10年法律第49号)の規定が適用されることを前提とする。)。
1 Xは,父Aの唯一の子であったが,Aが平成19年2月に他界したため,Aの所有する土地(以 下「本件土地」という。)を単独で相続した。本件土地上にはAの知り合いであるYの所有する建 物(以下「本件建物」という。)が存在しているが,Yは,現在,家族とともに他県に居住してお り,2か月に一度程度,維持管理のため,本件建物を訪れている。Xは,以前,Aから,Yが不 法に本件土地を占拠していると聞いたことがあったため,Aの他界後,Yに対し,本件建物を取 り壊し,本件土地を明け渡すように求めた。すると,Yは,Aの相続人が明らかになったことか ら地代を支払いたいとして,30万円をX方に持参したが,Xは,本件土地をYに貸した覚えは ないとして,Yの持参した金銭の受領を拒絶した。
Yが本件土地の明渡しに応じなかったことから,Xは,同年12月25日,Yを被告として, T地方裁判所に建物収去土地明渡しを求める訴え(以下「第1訴訟」という。)を提起した。平成 20年1月29日に開かれた第1回口頭弁論の期日において,Xは訴状を陳述し,Xが本件土地 を現在所有していること,Yが本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることを 主張し,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めた。これに対し,Yは,同期日において, 答弁書を陳述し,Xの主張する事実はいずれも認めるが,Yは,昭和53年3月8日,Aとの間 において,本件土地につき,賃料を年額30万円,存続期間を30年とし,建物の所有を目的と する賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,本件賃貸借契約の効力はな お継続しているから,Xの請求には理由がないと反論した。
第1回口頭弁論の期日において,裁判所は,当事者の意見を聴いて,事件を弁論準備手続に付 した。平成20年2月26日に開かれた第1回弁論準備手続の期日において,Xは,YからAに 対し賃料の支払がされた形跡はなく,AがYとの間に本件賃貸借契約を締結したことはないと反 論した。これに対し,Yは,本件賃貸借契約の成立や賃料の支払に関する書証を提出し,その取 調べが行われた。
第1回弁論準備手続の期日の結果を踏まえ,Xは,本件賃貸借契約の成立を前提とする訴訟活 動を行うことも必要であると考えるに至り,同年3月28日に開かれた第2回弁論準備手続の期 日において,Yが主張する本件賃貸借契約の内容に基づき,仮に本件賃貸借契約の成立の事実が 認められる場合であっても,その契約は訴え提起後に30年の存続期間(昭和53年3月8日か ら平成20年3月7日まで)が満了したので終了したと主張した。また,Xは,同期日において, 平成20年3月1日にYから本件賃貸借契約の更新を請求されたが,その翌日,その更新を拒絶 したと主張した。
同年4月25日に開かれた第3回弁論準備手続の期日において,Xは,本件賃貸借契約の更新 を拒絶する正当事由として,Yは他県に自宅を構えて家族とともに居住しており,今後,本件土 地を使用する必要性に乏しいこと,他方,Xは,現在,築45年の木造賃貸アパートに居住して いるが,老朽化に伴う危険性から建て替え工事が必要であり,家主からも強く立ち退きを求めら れていることから,本件土地を使用する必要性が高いことなどを主張したが,Yは,正当事由の 存在を争った。
その後,同年5月28日に開かれた第4回弁論準備手続の期日において,Xは,以下の事実を 主張した。
「第3回弁論準備手続の期日の2日後である平成20年4月27日,Yから突然電話があり, 本件訴訟の件で話合いをしたいと言われたので,Xの自宅近くの喫茶店でYと会った。Yは,訴えを提起されている以上,Xの主張に対しては必要な反論をせざるを得ないが,Aの長男である Xと長期間にわたり訴訟で争うことは必ずしも自らの本意ではないと述べて,本件建物をその時 価である500万円で買い取ってほしいと依頼してきた。自分としては,弁護士から,建物買取 請求権という制度があるとの説明を受けたことがあり,知り合いの不動産鑑定士から,本件建物 の時価は500万円程度ではないかと聞いていたことから,本来は,Yの費用で本件建物を収去 してほしいところではあるが,Yが本件建物から早期に退去してくれるのであれば,500万円 で本件建物を買い取ることもやむを得ないと考えた。そこで,Yに対し,本件賃貸借契約が存続 期間の満了により終了したことを認めた上で,本件建物を500万円で買い取ることを請求する のですかと確認したところ,Yは,そのとおりであると回答した。このようにして,Yは,本件 建物の買取請求権の行使の意思表示を行った。」
以下は,第4回弁論準備手続の期日が終了した直後に,裁判長と傍聴を許された司法修習生と の間で交わされた会話である。
裁判長:本期日におけるXの主張についてはどのように理解すればよいでしょうか。
修習生:Xの主張は,Yが,Xに対し,平成20年4月27日,本件建物の買取請求権を行使する旨意思表示をしたという主張であると理解できます。
裁判長:そうですね。この主張は,本件訴訟の主張立証責任との関係ではどのような意味を有するのでしょうか。
修習生:本件訴訟において,Xは,所有権に基づく建物収去土地明渡しを請求しています。これに対し,Yは,本件土地の占有権原に関する主張として,建物の所有を目的とする本 件賃貸借契約をYとの間で締結し,それに基づき本件土地の引渡しを受けたと主張して いますが,Xは,更に本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了し,その更新拒絶に ついて正当事由があると主張しています。Yによる建物買取請求権の行使は,本件賃貸 借契約の存続期間が満了し,契約の更新がないことを前提として,借地権者であるYが, 借地権設定者であるXに対し,本件建物を時価である500万円で買い取ることを請求 するものです。
裁判長:建物買取請求権の行使は,本件訴訟のように建物収去土地明渡請求がされている場合 には,いずれの当事者が主張すべきものですか。
修習生:建物買取請求権の行使の事実を主張するのは,本来,借地権者であるYのはずです・ ・・。しかし,本件訴訟ではXが主張しています。
裁判長:Xとしては,本件賃貸借契約が認められるのであれば,とにかくYに建物から早期に 退去してもらい,土地を明け渡してほしいと望むことも考えられますが,Yによる建物 買取請求権の行使の事実が認められると,本件建物の所有権は建物買取請求権の行使と 同時にXに移転することになりますから,少なくとも,XはYに対し建物収去を求める ことはできなくなりますね。ところで,仮に,裁判所が,Yに対し,本件建物の買取請 求権の行使について釈明を求めた場合,Yとしては,どのような対応をすることが考え られるでしょうか。
修習生:Yの対応としては,1Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実 を争う場合,2Xの主張する事実を自ら援用する場合,3裁判所が釈明を求めたにもか かわらず,Xの主張する事実を争うことを明らかにしない場合,の3通りが考えられる のではないでしょうか。
裁判長:そうですね。本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,Yが本件建物の買取 請求権を行使したというXの主張する事実を,証拠調べをすることなく,判決の基礎と することはできますか。あなたが考えた3通りの各場合について検討してください。
修習生:はい。わかりました。
〔設問1〕
前記会話を踏まえた上で,本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実を, (i)Yが否認したとき,(ii)Yが援用したとき,(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときについて,それぞれ,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうかについて 論じなさい。

「じゃあ、私から出題するわね。まずは、(i)Yが否認したときに証拠調べすることなく判決の基礎にできるか答えてもらうわ!」

五月ちゃんが宣言する。

「この事案では、借地法4条の『借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得』が問題となります。借地上に賃借人が立てた建物については、契約終了時に地主に買い取ってもらえるということであり、『YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した』というのは、同条の建物買取請求権の行使を主張したと言えるでしょう。要件事実について、法律要件分類説を取るのであれば、裁判長と修習生の会話にあるように、権利の発生を基礎付ける事実として、建物買取請求の事実は、Yが主張すべき事実といえます。このことを前提に、(i)〜(iii)の各状況において、裁判所が証拠調べをせずに認定できるかという弁論主義についてのいい問題ね。」

すらりとした長身にショートカットの女性が、眼鏡をクイっと上げて、すらすらと述べる。



「今の、千石の弁論部長ですよ。カッコいいでしょ。」


律子ちゃんが耳元で囁く。



「(i)では、否認している訳ですね。弁論主義第1テーゼにより、裁判官は当事者間に争いがある事実については、きちんと証拠調べをしないといけません。主要事実について争いがある場合として、裁判官が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により判断します(民事訴訟法247条)。」

一年男子がしっかりとした立論をする。千石のレベルの高さを伺わせる。



「次は(ii) Yが援用したときになりますね。」


淡々と述べる志保ちゃん。


「これはいわゆる先行自白です。通常の自白は『先に自己に有利な主張をして相手方がこれを認める』という過程を経ます。しかし、本件では、『先に相手に有利な主張をして、相手がそれを援用する』という逆の順番になっています。しかし、Yが主張すべき主要事実について争いがないのでから、自白があったとして、裁判所は証拠調べなくして、判決の基礎にできる(民事訴訟法179条)、これが判例です*1。」


千石の副部長が茶色に染めた長髪をなでつけながら、滔々と語る。


「通説*2の理解からはそういう整理でいいと思うけれど、『どうして自分に不利なことを先行して自白してしまったのか』という点を考察してみないといけないんじゃないかしら? その主張の意味を良く理解せずに陳述してしまっている場合が多いんじゃないの。そのすると、相手が援用したら直ちに自白の効果があると考えるのは、不意打ちになってしまうのじゃないかしら。相手の援用後直ちに撤回すれば自白は成立しないと考えた方が実情に即しているんじゃないかしらね*3。」


五月ちゃんが挑発する。


「この見解に対しては、確かに、争点整理または口頭弁論の過程において、当事者の真意を確認しつつ手続を進めて行くことが重要であることは事実であるが、それは裁判官の訴訟指揮の問題であり、意味を理解していない当事者に対する裁判官の訴訟指揮上の当否の問題が生じることはともかく、先行自白を否定する論拠にならないと反論がされてますよ*4。」


千石の部長が即座に反撃を仕掛ける。


「ふ、深いですね。民事訴訟法学の世界。」


後ろで感嘆する沙奈ちゃん。


「最後は、(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときですね。」


志保ちゃんは冷静さを保っている。


「Yは裁判官が釈明したのに、それでも争うことを明らかにしていないのよね。」


五月ちゃんが罠を仕掛ける。


擬制自白の問題(民事訴訟法159条)だって言わせようとしても、その手には乗りませんよ。民事訴訟法159条は、『当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす』としているところ、ここでいう、『相手方の主張した事実』とは、相手方に立証責任がある事実である必要があるところ、Yはが争う事を明らかにしていない事実は、XではなくYに立証責任があるんだから、民事訴訟法159条は適用されません。」


副部長が巧みに罠をかいくぐる。


民事訴訟法159条には『相手方に立証責任がある事実』とは書いていないのですが、どこからそれを読み込まれるのですか。」


志保ちゃんが疑問を投げかける。


民事訴訟法の条文の各文言には、その背景にある理論等から特別な意味が与えられていることがあります。民事訴訟法159条は、擬制であっても、『自白』の一種である以上、自白、つまり、『自分に不利な事実』についてこれを認めたものと擬制される場面であると解べきです。そこで、『相手方の主張した事実』は相手方(X)に立証責任がある主要事実である必要があり、自分(Y)に立証責任がある事実はこれに含まれないので、擬制自白は成立しません*5。」


千石の部長が、堂々と答える。


「例えば、僕が満員電車で女の人に手を掴まれて『あなた、痴漢したでしょ?』と言われた場合、僕が何も言わずにうつむいて黙っていれば、普通の人は、僕が痴漢を認めたと思いますよね*6。これは、不利な事実を指摘されて、それが事実と異なるのであれば、普通は否定するか反論するだろうという経験則によります。民事訴訟法159条がこの経験則に従っていると考えれば、『不利な事実』でなければ、それに対して沈黙しているからといって、自白を認めるべきではないでしょう。」


千石の一年、面白い事考えるなぁ。


擬制自白の趣旨については色々な考えがありますが、相手が明らかに争わない事実についてわざわざコストをかけて証拠調べをする必要はないという点を強調する見方もあります。この見解を取れば、不利益性があろうがなかろうが、相手方の主張を明らかに争っていなければ、裁判所が拘束されるかはともかく、少なくとも証拠調べを省略する位の効果を認めてもいいかもしれませんね *7。」


志保ちゃんがまとめて、攻守交代を迎える。

*1:大判昭和8年9月12日民集12巻2139頁

*2:重点講義上481頁

*3:重点講義上482頁。

*4:リーガルクエスト234頁

*5:新堂・鈴木・竹下「注釈民事訴訟法(3)」395頁参照

*6:なお、実際の痴漢冤罪の事案では、頭が真っ白になって何を言えばいいのか分からない等の場合もあることには注意が必要である。

*7:重点講義上490〜491頁