アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

民訴ガール第10話 「閑古鳥の鳴く法律相談会」平成22年その2

新民事訴訟法講義 第2版補訂2版 (有斐閣大学双書)

新民事訴訟法講義 第2版補訂2版 (有斐閣大学双書)

「ちょっとそこのお兄さん、いかがですか? 制服を着た可愛い女子高生がいますよ? 寄って行きませんか?」


若い男が黒い背広を着て、パステルカラーのチラシを配りながら、こんな台詞で客を誘う姿は、どう見ても悪質風俗のキャッチセールスである。


「先生、朝から誰も来ないんですけどぉ…。」


「だめよ沙奈、先生は頑張って下さっているのだから。」


沙奈ちゃんの不満に、五月ちゃんがフォローを入れてくれる。


みんそ部は、伝統の法律相談会を開催していた。


ところが、毎年3000人の規模で増加した弁護士が、テレビやインターネットで無料法律相談等を盛んに宣伝する。高校の部活の無料相談会なんかに興味を持ってくれる人はほとんどいなくなってしまっていた。みんそ部は、昔は地方に出張相談会等にも行っていたそうであるが、地方に行っても弁護士が顧客獲得にしのぎを削っており、高校の部活が入り込む余地はない。そこで、経費節減の意味も含め、事件を抱えた人が多そうな裁判所の近くに拠点を置き、僕が道行く人にチラシを渡して相談に来るよう説得することになったのだが…。朝から一人の相談者も獲得できていない。



ああ、法の光が、世の中の隅々まで照らしていることだなぁ。



「えっと、相談に乗って下さるのですか。」


5時になっても誰も捕まらず、今日はもう解散かなと思ったところで、後ろから、似合わない背広を着た学生風の若い男が声をかけてくる。



「はい、法律相談を無料でしております。」



振り向いて良く見ると、襟元には、赤、白、青3色のバッヂが輝いている。


司法修習生なんですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。依頼者の秘密はお守りします。」


やっと、今日一人目のお客様を捕まえることができた。


「何でも、遠慮なくお話し下さい。」


五月ちゃんがうながすと、その修習生は、重い口を開いた。

1.印刷や製版の工場を個人で営むAとその妻であるBとの間には,昭和58年8月20日にC 男が生まれた。やがて平成5年にBが病没すると,Aは,平成6年2月にDと婚姻した。この時, Dには子としてE女があり,Eは,昭和60年2月6日生まれである*1
Aには,主な資産として,工場とその敷地のほかに,当面は使用する予定がない甲土地があ り,また,甲土地の近くにある乙土地とその上に所在する丙建物も所有しており,丙建物は,事 務所を兼ねた商品の一時保管の場所として用いられてきた。これら甲,乙及び丙の各不動産は, いずれもAを所有権登記名義人とする登記がされている。
2.Cは,大学卒業後,いったんは大手の食品メーカーに就職したが,やがて,小さくてもよい から年来の希望であった出版の仕事を自ら手がけたいと考え,就職先を辞め,雑誌出版の事業を 始めた。そして,事業が軌道に乗るまで,出版する雑誌の印刷はAの工場で安価に引き受けても らうことになった。
3.そのころ,Aは,事業を拡張することを考えていた。そこで,Aは,金融の事業を営むFに 資金の融資を要請し,両者間で折衝が持たれた結果,平成19年3月1日に,AとFが面談の上, FがAに1500万円を融資することとし,その担保として甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を 設定するという交渉がほぼまとまり,同月15日に正式な書類を調えることになった。なお, このころになって,Cの出版の事業も本格的に動き出し,そのための資金が不足になりがちで あった。
4.ところが,平成19年3月15日にAに所用ができたことから,前日である14日にAはF に電話をし,「自分が行けないことはお詫びするが,息子のCを赴かせる。先日の交渉の経過を 話してあり,息子も理解しているから,後は息子との間でよろしく進めてほしい。」と述べ,こ れをFも了解した。
5.平成19年3月15日午前にFと会ったCは,Fに対し,「父の方で資金の需要が急にできた ことから,融資額を2000万円に増やしてほしい。」と述べた。そこで,Fは,一応Aの携帯 電話に電話をして確認をしようとしたが,Aの携帯電話がつながらなかったことから,Aの自宅 に電話をしたところ,Aは不在であり,電話に出たDは,Fの照会に対し「融資のことはCに任 せてあると聞いている。」と答えた。これを受けFは,同日に,融資額を2000万円とし,最 終の弁済期を平成22年3月15日として融資をする旨の金銭消費貸借の証書を作成し,また, 2000万円を被担保債権の額とし,甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設 定契約の証書が作成され,Cが,これらにAの名を記してAの印鑑を押捺した。
6.この2000万円の貸付けの融資条件は,返済を3度に分けてすることとされ,第1回は平 成20年3月15日に500万円を,次いで第2回は平成21年3月15日に1000万円を, そして第3回は平成22年3月15日に500万円を支払うべきものとされた。また,利息は, 年365日の日割計算で年1割2分とし,借入日にその翌日から1年分の前払をし,以後も平成 20年3月15日及び平成21年3月15日にそれぞれの翌日から1年分の前払をすることと した。なお,遅延損害金については,同じく年365日の日割計算で年2割と定められた。
7.同じ3月15日の午後にAの銀行口座にFから2000万円が振り込まれた。これを受けCは,同日中に,日ごろから銀行口座の管理を任されているAの従業員を促し500万円を引き出 させた上で,それを同従業員から受け取った。
また,甲,乙及び丙の各不動産に係る抵当権の設定の登記も,同日中に申請された。これら の抵当権の設定の登記は,甲土地については,数日後に申請のとおりFを抵当権登記名義人とす る登記がされた。しかし,乙及び丙の各不動産については,添付書面に不備があるため登記官か ら補正を求められたが,その補正はされなかった。その後,【事実】9に記すとおり,AF間に 被担保債権をめぐり争いが生じたことから,乙及び丙の各不動産について抵当権の設定の登記 の再度の申請がされるには至らなかった。
8.翌4月になって,甲,乙及び丙の各不動産の登記事項証明書を調べて不審を感じたAは,C を問いただした。Cは,乙及び丙の各不動産について手続の手違いがあって登記の手続が遅れて いると説明し,また,自分の判断で2000万円の借入れを決めたことを認めた。
9.借入れの経過に納得しないAは,弁護士Pに相談した。そして,Aは弁護士Pを訴訟代理人 に選任した上で,平成19年6月1日,Fに対し,平成19年3月15日付けの消費貸借契約(以 下「本件消費貸借契約」という。)に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1500万円を 超えては存在しないことの確認を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)をJ地方裁判所に提 起した。
18.第1訴訟の第1回口頭弁論期日は,平成19年7月27日に開かれ,訴状の陳述などが行わ れた。その後数回の期日を経て,平成20年4月11日に口頭弁論が終結し,同年6月2日にA の請求を全部認容する旨の終局判決が言い渡され,この判決が確定した。
19.平成21年4月23日に,Aは,弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,Fに対し,被担保 債権(被担保債権は,【事実】9に記した本件消費貸借契約上の貸金返還請求権のみであるとす る。)の全額が弁済により消滅したことを理由として,J地方裁判所に,甲土地の所有権に基づ き甲土地に係る抵当権の設定の登記の抹消登記手続を求める訴え(以下「第3訴訟」という。) を提起した。
20.第3訴訟の第1回口頭弁論期日において,弁護士Pは,被担保債権に関し,「本件消費貸借契 約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ,AはFに対 し,平成20年3月15日に500万円,平成21年3月15日に1000万円をそれぞれ弁済 した。」と主張した。
この期日において,弁護士Pは,裁判長の釈明に対し,「平成20年3月15日にされた弁済 が第1訴訟において主張されなかったのは,Aが,同弁済が第1訴訟において意味がある事実だ とは思わなかったので,私に連絡を怠ったためである。」と陳述した。
これに対し,Fの訴訟代理人である弁護士Qは,弁護士Pの被担保債権に関する主張のうち, 平成20年3月15日の弁済については次回の口頭弁論期日まで認否を留保し,その余は認め る旨の陳述をした。
〔設問4〕 【事実】1から9まで及び18から20までを前提として,第3訴訟に関する次の(1)及び (2)に答えなさい。
(1) 第3訴訟の第1回口頭弁論期日後数日してされた次の弁護士Qと司法修習生Sの会話を読んだ上で,あなたが司法修習生Sであるとして,弁護士Qが示した課題(会話中の下線を引いた部 分)を検討した結果を理由を付して述べなさい。
ただし,信義則違反については論ずる必要がない。 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。
Q: 第1訴訟の確定判決の既判力が第3訴訟で作用することは理解できますか。
S: 第3訴訟の訴訟物は,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消 登記請求権ですから,抵当権が消滅したかどうかが争点になります。そして,抵当権 が消滅したかどうかを判断するためには,抵当権の付従性から,被担保債権が消滅し たかどうかを判断しなければなりません。つまり,被担保債権である本件消費貸借契 約上の貸金返還請求権の存否が,訴訟物である抵当権設定登記抹消登記請求権の存否にとって,いわゆる先決関係にあるということになります。
Q: そのとおりです。ですから,第1訴訟の確定判決の既判力の作用によって,私たち は,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論が終結した平成20年4月11日の時点で,本 件消費貸借契約上の元本返還請求権の金額が1500万円を超えていたことを主張で きなくなります。この点は分かりますか。
S: はい。
Q: ところが,Aは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論終結前の平成20年3月15日
にされた弁済を主張してきましたね。このような主張は許されてよいものでしょうか。
S: 確かにそうですね。信義則に反すると思います。
Q: いきなり信義則違反に飛び付くのは,いかがなものでしょうか。最終的には,信義則違反の主張をすることになるかもしれませんが,その前に,Aの弁済の主張が第1訴訟で生じた既判力によって遮断されるかどうかを検討すべきではないでしょうか。
S: すみません。先走り過ぎました。
Q: 第1回口頭弁論期日が終わってから,私なりに既判力について考えてみました。その結果,二つの法律構成が残ったのですが,そこから先の検討がまだ済んでいないの です。第2回口頭弁論期日のための準備書面をそろそろ書き始めなければなりません ので,あなたにも協力してほしいのです。
S: 分かりました。
Q: では,二つの法律構成を説明します。
第1の法律構成(法律構成1)は,第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であっ て,Aの「1500万円を超えては存在しない」ことの確認を求めるという請求の趣 旨は,例えば「1200万円を超えては存在しない」というような,より原告に有利 な判決を求めないという意味において,原告が自ら,請求の認容の範囲を限定したものにすぎない,というものです。このように考えると,既判力の対象はあくまでも, 元本返還債務の全体ですから,第1訴訟の確定判決の既判力によって,「平成20年 4月11日の時点で元本債務は1500万円であった」ということが確定されること になります。
第2の法律構成(法律構成2)も,やはり第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体 であるとするのですが,同債務のうち1500万円についてはAが請求を放棄したた めに,実際に審判対象となったのは1500万円を超える部分だというものです。こ のように考える場合には,第1訴訟の確定判決の既判力の客観的範囲は元本返還債務 のうち1500万円を超える部分だけになりますが,請求の放棄,正確には請求の一 部放棄の既判力により,元本債務の金額が1500万円であったことが確定されることになります。理解できましたか。
S: はい。
Q: それでは,これから,あなたにお願いする課題を説明します。法律構成1と法律構 成2のそれぞれについて,長所と短所を検討してください。ただし,最高裁判所の判 例に適合的であるから良い,あるいは,最高裁判所判例に反するから駄目だ,とい うような紋切り型の答えでは困ります。
S: 分かりました。頑張ってみます。
(2) 審理の結果,被担保債権の元本が500万円残っているとの結論に至った場合,裁判所は, Fに対し,AがFに500万円を支払うことを条件として,抵当権の設定の登記の抹消登記手続 をすることを命ずる判決をすることができるか,Aの請求を全部棄却することと比較しながら, 論じなさい。なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。


「要するに、指導担当の弁護士から課題をもらったけど難し過ぎて私たちの手を借りたいってことかしら。」


五月ちゃんが一言でまとめる。


「せっかくですから、私たちで一緒に一部請求、既判力、そして債務不存在確認について復習いたしましょう。」


志保ちゃんは優しい。


「ありがとうございます。」


思わず感謝する修習生。

「まずは、一部請求からだわ。」


「い、一部請求って、あ、あれですか。」


露骨に嫌な顔をする律子ちゃん。


「そう、金銭その他の不特定物の給付を目的とする債権にもとづく給付訴訟において、原告が債権のうちの一部の数額についてのみ給付を申し立てる行為だね*2。苦手意識があるのは分かるけど、基本的にはシンプルだよ。こういう事例を考えてみようか。」


事例1 XはYに対し、1億円の債権のうち100万円を請求した。


「これ、いつも分からないのは、どうして一部だけ請求するのかなんですよ。本当に1億円債権があると確信していれば、全額請求すればいいのに。」


不満顔の律子ちゃん。


「1000万円の債権を1円ずつに分割するみたいな濫訴が不適法なことには争いはございません*3。実際に争いとなっているのは、Xにお金がない場合には、印紙代を節約するために、まずは低い金額で訴訟を起こす(試験訴訟)必要があるのではないかといった側面になります。」


志保ちゃんが説明する。


「でも、訴訟救助がありますよね*4。」



沙奈ちゃんが加勢する。


「沙奈、訴訟救助では解決できない事案もあるわ。例えば、福島の原子力損害とか、全損害の算定が困難な場合があるわよね*5。その場合に、1回で訴訟をしなければならないとすると、絶対にこれ以上は上回らないだろうという高額を請求することになるけど、その場合に『勝訴の見込みがないとはいえないとき』(民事訴訟法82条1項)という訴訟救助の要件を満たせるのかしら。まずは一部のみを訴えて勝訴した後に改めて残部を訴えるという必要性は高いわよね*6。」


五月ちゃんが沙奈ちゃんをたしなめる。


「確か、一部請求は肯定説、否定説、判例の3つに分かれているんですよね*7。」


律子ちゃんが話を進める。


「一部請求の議論の対立の中心は、原告に訴訟物を分断する権限を認めるかという点になるわね *8。」


「処分権主義って確か、原告が請求を自由に立てられるということで、そうであれば、存在する債権の一部を訴訟の対象にする事も許される気がします*9。実体法的に言えば、債務者にお金がなさそうなので、一部だけの弁済を求めるというのも債権者の権利ですよね*10。」



沙奈ちゃんが素朴な疑問を投げかける。


「これは有力説である、全面肯定説の論拠だね。でも、処分権主義というだけで1つの結論は出ないよ。一部請求否定説の立場からは、処分権主義は、『訴訟を提起するかどうか』の問題で、いざ訴訟を提起するならば全額を請求すべきであり、後で再度訴訟を提起して残部を請求することは許されないと考えられているよ。つまり、処分権主義という言葉をマジックワード的に使おうとしたところで、そこから一義的に答えが出て来る訳ではなく、処分権主義の実質的な内容を考える必要があるというのが大事だね。」



修習生への教育も含め、ちょっと補足する。


「一部請求否定説は、先ほどの、損害賠償請求における試験訴訟の必要性といった点に鑑みると、やや説得力を欠きますね。」


律子ちゃんがつぶやく。


「結局、この問題は、全額について訴える前に、少額についての裁判所の判断を知りたいという原告の利益と、紛争解決の効率性・応訴の煩という裁判所・被告の利益をどう衡量するかの問題と考えることができるでしょう*11。一部請求否定説も、判決が確定してから再度訴訟を提起してはいけないというだけであって、訴訟の途中で勝ち目がありそうだと思ったら途中で請求を拡張すればいいという限りで、原告の利益も考えているのです。」



志保ちゃんが応じる。



「この衡量の結果の1つとして、判例*12。」



「お姉様、どうして、明示をすると、被告の利益が保護されるのでしょうか。」


沙奈ちゃんがついていけない。


明示があれば、被告として、残債務不存在確認の反訴等の対応ができるじゃない。じゃあ、次は既判力ね。」



五月ちゃんが即答する。



「既判力は訴訟物に及ぶ(民事訴訟法114条1項)んですよね。なら、既判力は、前訴で請求した一部についてのみ既判力が生じるというのが自然です。」


律子ちゃんが答える。


「そうすると、例えば、事例1で負けた原告が、9900万円を再度請求してもいいのかな。」


沙奈ちゃんが疑問を口にする。


「具体的に考えてみたらどうかな。例えば、事例1で被告が、100万円の弁済と9900万円の債務の不存在の双方を主張した場合、前訴の裁判所はどういう判断をするのかな。」


民訴を楽しく学ぶには具体例で考えるのが一番だ。無味乾燥な理論ばかり考えても、嫌いになるだけだ。


「100万円が弁済されていれば、100万円の請求はできなくなりますよね。もしも、弁済の有無さえ争いがなければ、9900万円の債務の不存在については判断するまでもなくそこで請求を棄却するってことかなぁ。」


うんうんうなる沙奈ちゃん。


「沙奈、外れよ。もし、1億円のうち100万円が弁済されていても、それだけなら、9900万円が残るのではないかしら。一部請求の『100万円』というのは、少なくとも100万円はあるという趣旨ね、この9900万円が残っている限り、100万円についての認容判決を下すことになるわね。」


五月ちゃんが説明する。


「五月先輩のおっしゃるとおりで、一部請求の当否を判断するためには、おのずから債権全部を判断する必要があります。つまり、一部請求をして敗訴したということは、債権全部が存在しなかったという判断がなされているということになります。そこで、一部訴訟をして敗訴した原告が再訴できるというのは、実質的には一度判断された訴訟の蒸し返しという評価ができるのではないでしょうか*13。ですから、最判平成10年6月12日民集52巻4号1147頁は、一部請求をして敗訴した原告の再訴を原則として許されないとしています。」


志保ちゃんがまとめる。



「でも、判例のように、一部請求を認める考えからは、既判力は100万円の部分についてしか生じていないんですよね*14。どうして、既判力の生じない9900万円について再訴が認められないんですか?」


律子ちゃんが疑問を述べる。


「だからこそ、最高裁は、信義則を使ったわ。信義則により、特段の事情がない限り一部請求をして敗訴した原告の再訴を封じるってことね。」


五月ちゃんが答える。


「あのぉ…、この議論が私の質問とどう関係するのでしょうか。」



修習生が、遠慮がちに質問する。



関係、おおありよ。第1訴訟は、債務が1500万円を超えて存在しないことの確認を求めるという、自認部分がある債務不存在確認請求ね。判例によれば、この事案は、債務不存在確認の訴えの局面における一部請求*15と考えているわ。その意味は、債権者は2000万円の債務のうち1500万円の支払いを請求するという『一部請求訴訟』を提起することができ、また、債務者は、その裏返しとして、問題となっている計2000万円の債務のうち1500万円を超えては存在しないという債務不存在確認の訴えを提起することができるということね*16。」


前提問題についての議論が終わり、五月ちゃんが生き生きとしてくる。


判例は、明示した場合の訴訟物の分断を認める訳ですから、債務者が起こした債務不存在確認請求の訴訟物はあくまでも、1500万円を超える部分(残存債権は1500万円か2000万円か)であって、自認部分は訴訟物ではないと考えられます*17。すると、判例の枠組みを前提として素直に考えれば、第1訴訟の既判力は1500万円自認部分については生じていない(民事訴訟法114条1項)ので、第1訴訟の口頭弁論終結時点における残債務額が1500万円以下のいくらであったかについて、Aは第3訴訟において既判力に縛られず自由に主張することができるということになります。指導担当の先生が検討を求めた2つの法律構成は、判例をどのように克服するかについての試みといえるでしょう。


志保ちゃんが問題の所在を整理する。


「これで、相談との関連が明らかになってきたかな。せっかくだから、みんそ部のみんなと一緒に考えてみない?」


修習生へ、議論への参加を呼びかける。



「えっと、法律構成1は、訴訟物を問題となっている元本債権(2000万円)全体とみる考えです。この考えを取れば、第1訴訟の既判力は、元本債権全体について生じていることになります。具体的には、単に1500万円を超えて存在しないだけではなく、1500万円までは存在することについて既判力が生じているということになります*18。こう考えれば、第3訴訟において、平成20年3月15日の弁済という第1訴訟の口頭弁論終結時(民事執行法35条2項参照)以前に生じた理由をもって、元本債権が1500万円ではなく(弁済により)1000万円になったとの既判力と矛盾する主張をすることは制限されることになります。」


迷いながらも自分の意見を言う修習生。



「あら、問題意識をきちんと理解されているのね。本件のような自認部分がある債務不存在確認請求は明示のある一部請求の裏返しであるところ、この見解は、要するに明示のある一部請求について訴訟物の分断を認める判例と立場を異にする訳だから、この長所も短所もこの点に集約されるってことね。」


五月ちゃんが褒めるので、修習生の顔がほころぶ。


「短所としては、そもそも、判例に反するということでしょうか。」


修習生が饒舌になる。



「指導担当の先生は、最高裁判所判例に反するから駄目だ,とい うような紋切り型の答えでは困ります。』と言っていなかったっけ?」


五月ちゃんと親しげな修習生に対して、沙奈ちゃんは手厳しい。



「指導担当の先生の問題意識に答えるという意味では、判例を前提とする実務における審理の実情に目配りする事が必要になるでしょう。つまり、判例を前提とすると、自認された部分については訴訟物ではない、つまり審理の対象外になりますから、第1訴訟では『1500万円以下』の部分について一切審理がされていなかったといえます*19。つまり、少なくとも第1訴訟は現在の実務に従って審理の範囲を決めていたはずであり、審理されていない部分に既判力をなぜ認められるかという点は、訴訟物を全体と考えるべきだという法律構成1に対して投げかけられる疑問といえましょう。」



志保ちゃんが説明する。


「まあ、この点は、法律構成1を採る論者からは、第1訴訟においても、訴訟物を全体として考えて全体を審理すべきだったのであり、『第1訴訟の裁判官が審理の方法を間違えた』だけだと反論されるところね。この見解の長所は、訴訟物に既判力が生じるという理論から、比較的シンプルに第3訴訟における弁済の主張を封じられるというところにあるわ。あとは、一部請求否定説の論拠を参照すれば、明示さえすれば何度でも訴求できるということが理論的に釈然としない*20判例の見解を克服し、被告の利益を守ることができる議論だということも指摘できるかしら。」


五月ちゃんが華麗にまとめる。


「じゃあ、法律構成2はどうかな。」


修習生に回答を促す。


「法律構成2は、審判対象が1500万円を超える部分であると認める点では、判例と軌を一にします。しかし、1500万円以下の部分については、原告が自認したことにより、請求が放棄されたという構成を取ることで、1500万円以下の部分について審理がされていないという法律構成1への批判に応えながら、第3訴訟における弁済の主張を封じることができる利点があります。もちろん、欠点としては、請求の放棄だというにもかかわらず、調書に記載されていないこと(民事訴訟法267条)をどのように説明するかという点でしょうか。」


まあ、修習生なら答えられるべき最低限のラインは押さえているな。


「そもそも、『1500万円を超える債務がないこと』の判断を求める原告は、1500万円以下の部分について自認しているのかな。むしろ、とりあえず1500万円以下の部分については判断を求めないというだけはないのかな*21。」


沙奈ちゃんが噛み付く。


「この構成2の場合、本当に、第3訴訟での弁済の主張は封じられるかを考える必要がありそうな気がします。請求の放棄に既判力は認められるのでしょうか?」



志保ちゃんが修習生に尋ねる。


判例は、制限既判力説、つまり、既判力を肯定しながら、それは必ずしも確定判決と同様に解する必要はなく、意思表示たる訴訟行為について詐欺、脅迫、錯誤などの取消無効事由がある場合には、既判力の排除を求めることができるという考えに立っています*22。本件の意思表示に瑕疵があることを示す事実はないのですから、既判力を肯定していいのではないでしょうか…。」


修習生がとまどう。


「既判力って、請求の放棄が調書に記載された時点で生じるのではないでしょうか。そもそも、調書に記載されない点を置くとしても、構成2が仮に、訴訟提起か第1回口頭弁論における訴状の陳述をもって請求の放棄とみなすのであれば、その基準時は平成19年6月1日ないしは7月27日。つまり、平成20年3月15日の弁済は基準時後の行為であって、主張は制限されないですよね。」



沙奈ちゃんが追求する。「五月ちゃんに色目を使う人は許さない!」という気概が感じられる。



「結局、調書への記載がない請求の放棄について、どの段階で、調書へ記載したと『みなす』のかという問題かな。もちろん、本件における調書に準じるものは、主文に『原告が被告に対して負う元本返還債務が1500万円を超えては存在しない』と確認した判決書だと考えれば、基準時の問題はないけれど、判決の記載を調書とみなすというのが相当か、そして、そもそも、本件のように何を調書への記載とみなすかで、基準時の前後がずれる事案が生じてしまい、ある意味、『基準時逃れのための恣意的な議論』が可能になる構成2そのものが相当かという問題があるね。」



最後は僕が引き取る。



「ふ、深いですね…。」



修習生が簡単のため息をつく。


「もう大分遅くなっちゃったから、(2)はさくっと行きましょうか? 無条件の給付(登記抹消請求認容判決)を求めている原告に対し、条件付給付判決を下すことができるかだけど。」


五月ちゃんが最後の問題へと進む。


「この問題は、訴えの利益と処分権主義の問題です。訴えの利益の問題というのは、条件がつくことで、一種の将来給付になることから、『あらかじめその請求をする必要がある場合』(民事訴訟法135条)かということですが、訴えの段階で、債務額の確定とその弁済を条件とする抵当権設定登記抹消登記請求をする場合には、この意味の訴えの利益が認められており*23、判決段階でも同様に考えられるということでいいのではないでしょうか*24。より重要な、処分権主義の問題というのは、裁判所が、厳密に言うと原告の求めた物と違う判決を下していいのかということですね。」


志保ちゃんの的確な立論。


民事訴訟法246条は、処分権主義から『裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。』としています。そうすると、条件付き給付判決は同条違反であって、裁判所は、原告の求める、無条件給付判決ができない以上、請求を棄却すべき、こういうことでしょうか?」


律子ちゃんが発言する。



「そもそも、民事訴訟法246条って何かを考えてみてはいかが? 申立て事項は処分権主義から原告の意思によって決められるべきであり、また、何が申立て事項かが明確にされることで被告に対する攻撃防御対象を示し不意打ちを防止するという機能があることからは*25、原告の合理的意思に反せず、被告の不意打ちにならない場合には、原告の申立てと異なる判決をすることが許容されるのではないかしら。」


五月ちゃんが条文の趣旨から議論する。


「全面敗訴よりも、条件付給付の方が原告に有利であるから、原告の意思に反せず、また、被告も自ら500万円の未払いを主張して争っている以上、被告の不意打ちにならない以上、条件付給付判決は認められるということですね*26。」




修習生が嬉しそうに話す。



「きちんと、原告は、条件付給付判決を望んでいるのか、条件付給付判決の場合と、請求棄却判決の場合で、その後どうなるかについて検討しておいた方がよろしいのではないでしょうか。主文に記載された事項について既判力に準じた効力が生じるとする最高裁判例を前提とすると*27、条件付給付判決の場合には、後訴で500万円の債務の存在について争うことができなくなるでしょう。これに対し、全部棄却判決であれば、この点に既判力はもちろんそれに準じた効力は生じない訳です*28。ただし、判例は、前訴で敗訴した原告の蒸し返し的再訴は認められないとしています*29。例えば、全部棄却判決を得た後、500万円につき債務不存在確認の訴えを起こすことは信義則に反し許されないでしょう。」


志保ちゃんがより深い議論を展開する。


「どちらの判決であっても、原告にとって500万円を争えないという結論には違いがない一方、全部棄却判決を得た後に500万円を弁済して改めて抵当権設定登記抹消登記手続を求めて訴えるのはむしろ迂遠であって。本件の原告の合理的な意思としては、全部勝訴できないならば、条件付給付でも良いものと解釈すべきであり、被告も500万円の未弁済を主張して争っており、条件付給付判決であればこの判断に既判力に準じた効力が生じるのですから、被告にとっての不意打ちもない、だから、条件付給付判決が認められるということですね。」



修習生が納得した様子を見せる。


「まあ、大体こんな答えをしておけばいいんじゃないかな。でも、そもそも、被告側の立場をよく考えてみると、抵当権設定登記抹消登記手続訴訟の認容を防ぐためには債務が1円以上残存することを主張すればいい訳で、例えば、被告が『平成21年3月15日の1000万円の弁済についても争うが、より確実な500万円の弁済に力点を置こう』と考えて訴訟遂行をした場合には、500万円を払うだけで抵当権設定登記の抹消を認める条件付き給付判決は、被告側にとっての不意打ちになる可能性も否定できないよね。だから、被告がこの点を自認する等争わない意思を明確にする場合以外は、裁判所は、被告に対し釈明をすることが望まれる、この辺りまで考えられれば、修習生から実務家へと1つレベルアップしたということになるのかな。」



感嘆する修習生。沙奈ちゃんも、修習生と張り合う中で、1つレベルアップできたようだ。

*1:ここは額面通りに受け取ると、この物語が2000年頃の物語になるが、司法改革の進展が速過ぎるので、却下。

*2:伊藤212頁

*3:重点講義上97頁、東京地判平成7年7月14日判タ891号260頁

*4:民事訴訟法82条

*5:この問題についての文献は多いが、取り急ぎ判例時報誌における野山宏「原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解の実務」(連載中)を参照の事。

*6:河野613頁。なお、リーガルクエスト435頁は、シニカルに、試験訴訟や被告の資力を考慮した一部請求訴訟は一部であり、「多くの場合には、むしろ立証の困難や、不合理な請求であるとの外観を回避したいといった動機の方が重要な要因となっている」としている。

*7:なお、リーガルクエスト435頁以下は、「一部請求訴訟が、それ自体適法であることにつては、現在では異論がない」とした上で、一部請求訴訟の訴訟物の問題と、一部請求訴訟確定後の再訴の問題であると、問題を整理していることに留意が必要である。

*8:河野614頁

*9:藤田364頁参照

*10:重点講義上98頁

*11:重点講義上98頁、102頁参照

*12:藤田364頁等。但し、重点講義上100頁は、以下の平成10年最判を念頭に(同106頁)、この立場を「かつての判例」としていることに留意が必要である。なお、明示要件については、最判平成20年7月10日判時2020号71頁等が文字通りの「明示」でなくてもよいとしている。リーガルクエスト439頁参照)。)は、前訴で請求金額が全体の一部であることを明示した場合にのみ、後訴で残額請求をすることが許容されるという立場だわ。一部請求を認める一方、被告の利益の保護のため、一部と明示を要求したという、現実に即した柔軟な立場ね ((河野616頁

*13:藤田365頁

*14:藤田367頁

*15:重点講義下261頁

*16:重点講義下264頁、遠藤賢治「事例演習民事訴訟法」第3版279頁参照

*17:最判昭和40年9月17日民集19巻6号1533頁

*18:なお、これは必然ではない。訴訟物を請求全体として考える立場からも、既判力についてどの範囲で認められるかについて様々な考えが分かれていることについては、リーガルクエスト437頁参照

*19:異なる文脈だが、「留保額(注:自認額)300万円のうちで残債務が200万円であるのか100万円であるのかの審理をすることは無用である。」とする重点講義下265頁参照。

*20:重点講義上106頁

*21:重点講義下264頁、特に「自認しているわけではない」を参考にした

*22:伊藤454〜455頁

*23:大判昭和7年11月28日民集11巻2204頁

*24:この要件は、弁論終結時に訴訟物たる給付請求権の履行期が到来していないにもかかわらず、本案判決を求める地位を認めるためには、それを正当化するに足る利益が原告に存在しなければならないことを意味するところ、(伊藤172〜173頁)。債務者の言動や態度から見て履行期に履行する意思がないと推論できる場合にはこの要件が満たされる(松本・上野148頁) 。

*25:リーガルクエスト405頁

*26:藤田318頁、リーガルクエスト408頁を参考にした。なお、このような単純な議論をすると問題がある例として事例演習141頁参照

*27:最判昭和49年4月26日民集28巻3号503頁。重点講義下243頁参照

*28:実は、「一次的棄却判決」論、「差し当たり棄却判決」論といって、期限未到来等を理由とする棄却判決について特別な既判力を認める見解があり、これを条件未成就の場合に拡張すれば、本文と違う結論になる可能性がある。リーガルクエスト421頁。

*29:最判昭和51年9月30日民集30巻8号799頁