アホヲタ元法学部生の日常

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「誰にでもできる職務質問」〜ラノベみたいなタイトルの「ガチ」な現場警察官への指導書

誰にでもできる職務質問―職質道を極める

誰にでもできる職務質問―職質道を極める



1.タイトルがラノベっぽい、でも立花書房!

 
 立花書房といえば、雑誌「警察公論」等で知られる老舗警察・司法系出版社であり、基本的には出している本は「堅い」内容である。


 この出版社が出した本が、


相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」である。


 タイトルをみてすぐに思いついたのは、なれる!SE 4 誰でもできる?プロジェクト管理」というライトノベルであり、


立花書房もライトノベルっぽい本を出すんだ!


という驚きでいっぱいになった*1


 なお、この本が出版された頃のラノベのタイトルの流行は、文章っぽい感じで、その内容だけで読者の気を引くというものであるが、このタイトルも「誰にでもって、職質できるのって、警官だけやん!」*2といった突っ込みを呼ぶという意味で、その要件を満たしている。


2. 内容はガチ
 このタイトルから受けた印象と、実際の内容はかなり違っていた。


 少しフランクな用語でいえば、「内容はガチ」である。


 本書の企画意図は、日本の治安を守るためには多くの若手警察官の職務質問技術の向上が不可欠という熱い思いから、職質により日本の治安を守り、指導官として職務質問技術の伝承に尽力をされ、そろそろ退職される大阪府警の相良管理官と愛知県警の神部調査官が、職質が苦手な若手の警察官向けに、非常に具体的に職務質問の技能とその経験を語るという、企画的には素晴らしいものである。


著者の、大阪府警の相良管理官という方は本当にすごい方である。

暴力団員を発見すると『宝箱』に見えてしまいます。
(略)
覚せい剤使用の症状の出ている顔をして歩いていれば、発見した瞬間、自分の身体が引きつけられてしまいます。『獲物を見つけたライオンの気持ちってこんな感じだろうな。』と思うのです。
相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」60頁

犯罪者にとってこの方より怖い人はいないといっても過言ではないだろう。



そして、本書は、職務質問を柔道、剣道、茶道、華道、菩薩道のような「職質道」と捉え、全人格を陶冶して職質に当たり、日本の治安を維持せんという強い決意を表明しており、共感できるところも多い。本書によって、このような心と技術を持った若手警察官が多く育成されれば、安全安心な日本社会は守られるだろう、そう感じさせる迫力がある。


この「職質道」という言葉のインパクトはすごく、「戦車道」という言葉を聞いた時のインパクトが半減くらいしてしまったところである。


3.犯罪者による悪用の可能性?
 ただ、本書で気になったのは、この本は立花書房から公刊されている結果、犯罪者も読めてしまうということである。その観点からすると、この内容には疑問がないではない。

 本ブログに内容を詳細に書いた場合には、本ブログの情報自体の悪用の危険もあるので、あえて内容を詳しく書くことは避けるが、職務質問失敗事例、つまり、いかにして不審者が職務質問を突破したかが多数乗っている。これらの失敗事例において不審者が用いた方法は、「職質道」をまだ極められていない多くの若手警官に対しては十分通用し得るだろう。


 また、覚せい剤等の使用者が取りやすい態度、居やすい場所、乗りやすい車(ガタガタ車両*3)等の記載*4や、特殊な隠匿態様*5、証拠隠滅方法*6等の記載もあり、これらの「手口」の悪用も懸念される。


 要するに、この本の中身が犯罪組織において共有されることにより、職務質問の実効性が落ちてしまう可能性があるのである。


4.この職務質問は適法ですか?
 なお視点を変えて、この本を刑事弁護人の視点で読むと、職務質問実務が分かり、その違法性を裁判上主張しやすくなるということで、刑事弁護にとって「非常に有益」な本とも言える。ただ、それも、本書の著者の「本意に反する」かもしれない。


 例えば、パトカー内での職務質問・所持品検査が、実務上どのような態様で行われているのかについて、詳細な説明がある。

パトカーの右後部ドアは内側から開かないようロックしてあります。窓開閉レバーも外して、窓も開かないようにしています。後部座席右側に載せられ、警察官に運転席と左横に来られた(注:状態になる。)
容疑者を後部座席で警察官がサンドイッチで挟まない限り、任意性は確保されています。
相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」96頁

 この状況を具体的に想起していただくとお分かりになると思うが、運転席の警官がドアのロックを外すか、左横の警官がどいてくれない限り絶対に出られない*7。これが本当に「任意性は確保されてい」るのか、むしろ逮捕状のない逮捕なのではないかという疑問が生じる。特に、この状態で何度も被疑者が「帰りたい」といっているのに「荷物を出してからでいいじゃないか」等といって帰してくれなければ、これは違法だろう。


 すると、警察官が職務質問・所持品検査の実務においてこのような位置関係での「実質的逮捕」とも疑われる行為を行っていることが公刊された以上、類似案件で違法性を争う弁護人としては、「このような行為が広く行われており、本件でも同様の違法捜査がされたはずである!」とか「このような行為が実務書にも記載されて広く行われているからこそ、将来の違法捜査の抑止のためには証拠排除が必要である!」という主張を説得的に行うことができるだろう。


 また、職質中に被疑者が弁護士に電話をかけた場合の弁護士に対する話術という項目*8では、以下のような説明が書かれている。

「先生、例えば、服に血のりを付け、『人を殺して来た』という相手を職務質問したとします。その相手が『職務質問は任意でしょ。』と言えば、帰すのですか。情理を尽くして職務質問するのが警察官の努めだと思うのです。覚せい剤も10年以下の懲役の重大な罪です。警察官として情理を尽くして説得しなければならないと思っています。」
相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」96頁

 と説明するのだそうである。


 しかし、服に血のりをつけて「人を殺して来た」と自白すれば、準現行犯逮捕・緊急逮捕が可能であり、適法に逮捕ができる事例における(逮捕手続の前提ないし一環としての)質問と、逮捕の要件が揃っていない段階における純粋な職務質問を混同した議論を弁護士に対する話術として紹介されているということは、それ自体警察官全体の法律知識のレベルが疑われると言わざるを得ないだろう*9

まとめ
 「若手が職務質問をうまくできるようになり、犯罪をより有効に検挙できるようにしよう!」という「誰にでもできる職務質問」の志は素晴らしい。
 しかし、これを公刊してしまったことは、犯罪者に「手の内を明かす」結果になり、逆に志に反することになっているという点で残念である。
 もっとも、同書が公刊されたおかげで、刑事弁護人としては、職務質問・所持品検査実務をつぶさに知ることができる。その意味で、刑事弁護人にとっては、必ず入手すべき本である。
 本書の続編である、「誰にでもできる職務質問II」*10が警察官限定の発売になったのは、本ブログで指摘する点の反省を生かしてのことだろうが、逆に、入手が難しくなったということを意味するのであり、個人的には残念である。

*1:なお、私は本書の発売直後に買った訳ではなく、時系列的には、本書が先で、なれる!SE4巻が後の出版である。

*2:警察官職務執行法第2条1項は「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」とする。

*3:119頁

*4:114頁以下

*5:140頁

*6:88頁

*7:本書では、助手席側からの逃走について詳論しているが、左側にいる警官がよっぽどボケっとしていない限り逃走は困難であろう。

*8:項目名は「携帯電話と弁護士」だが、要するにそういう意味である。

*9:これに類する、車内の無令状捜索をやってまった事件については176頁等にも記載されている

*10:http://tachibanashobo.co.jp/products/detail.php?product_id=3038