
マリア様がみてる 5 ウァレンティーヌスの贈り物〈前編〉 (コバルト文庫)
- 作者: 今野緒雪,ひびき玲音
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2000/03/03
- メディア: 文庫
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1. 本ブログとマリみて
私は、マリみてファン(というか、百合ファン)なので、
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等の記事を書いてきた。
このような私の趣味から、お蔵出し記事の中には、2本マリみて記事があったので、こちらを連続更新でアップさせて頂きたい。
2.バレンタインカード窃盗(?)事件とは
リリアン女学園付属幼稚園に在籍していた鵜沢美冬は、同級生の小笠原祥子様にあこがれていた。
美冬は親の転勤でリリアンを去るが、高校生になって、リリアンに戻ってきた。ところが、美冬が祥子様に「お久しぶりです。」と声をかけても、祥子様は、「どこかでお会いしたことがあったかしら。」と冷たい返事が返ってくる。美冬は忘れられていたのであった。悲しい思いを抱えながら、バレンタインデーに祥子にチョコレートを渡そうとした美冬が目にしたのは、チョコレートをすべて断る祥子様の姿であった。高校2年生のバレンタインの日の早朝、あきらめきれない美冬がチョコをかばんに忍ばせて登校すると、祥子様がどこかへ向かっていく。祥子様は、古い温室の土の中に、何かを埋めていた。美冬がついついこれを掘り返すと、それは赤いカード。祥子様とのバレンタインデートをかけた「宝探し大会」の「宝」であった。美冬は思わずカードをポケットの中に入れてしまう。
美冬は、宝探し終了までカードを戻すことができず、温室に来た祐巳は、カードを見つけることができなかった。宝探し大会終了後、美冬はそっとカードを埋め戻した*1。
3. 窃盗罪は成立するのか?
さて、この事件の場合、美冬は窃盗罪で処罰されるだろうか? 答えは、ノーである。
窃盗罪で処罰されない理由は、「最終的には宝探し終了後カードを戻したから」ではない。盗んだものを返そうが返すまいが、盗みをはたらいた時点で窃盗罪は成立する*2。
では、なぜ窃盗罪が成立しないのであろうか? それは、窃盗罪が成立するためには、盗んだ時点の主観として「盗んだものの経済的効用を得たい」という気持ち(不法領得の意思)がなければならないからである*3。
例えば、「5000円札を奪って、これでマリみての1〜10巻を買う」という事案と「5000円札を奪って、これをバラバラに引きちぎる」という事案を比べてみよう。
前者の場合、マリみてを買うことで、5000円札というお札のもっている働き(5000円分の商品と引き換えられる)を獲得している。盗んだ人は、マリみてというすばらしい小説を手にすることができ、大きな満足感を得られるだろう*4。このように、盗む、すなわち取得したものの経済的効果を得る場合には、犯人にとってのメリットが大きく、「盗みたい」という誘惑が大きい。だからこそ、いざ盗んだ場合には、窃盗罪として最大10年の懲役という重い刑で処罰しているのである。これに対し、奪ったお札を単に損壊した場合を考える。壊したら、後は片付けてゴミ箱に捨てるだけであり、何の経済的効果も得られない。この場合、窃盗罪ではなくより軽い「器物損壊罪」で処罰されることとなる。
今回美冬はカードを隠していたが、「カードによる効果を得る」、たとえばこれを提出して引き換えのデートを得るだとか、ヤフオクで高値で売り抜けるといった何らかの用途に利用処分することを狙ったわけではない。そこで、窃盗罪は成立しない。
だが、何の犯罪にもならないということではない。この場合は、カードを破ったのと同じ「器物損壊罪*5」が成立するのである。
しかし、器物損壊は、3年以下の懲役と、刑が軽い。美冬の行為のせいで、祐巳はもちろん、宝探しというイベント自体に大きな影響を与えたことは、どう評価されるのだろうか?
4.イベントを台無しにした罪は?
それでは、美冬は宝探しイベントを妨害したとして、業務妨害罪にならないだろうか。
ここで言う業務とは、「個人的生活以外にもとづき行われる事務」のことをいうところ、山百合会による宝探しイベントもこれに該当するだろう*6。
では、美冬の行動は「妨害した」とまでいえるのだろうか。確かに、宝探し自体は表面上つつがなくおこなわれ、赤いカードについては「聖ウアレンティーヌスのいたづら」((「ウァレンティーヌスの贈り物」前編202頁以降参照))という形で、話は決着しているようにも思える。しかし、裁判所の判例は「妨害」を広くとらえている。業務が秘密のうちに妨害される場合、例えば、電力計に細工して使用量より少ない量を表示させる(福岡地判昭和61年3月3日判タ595号95頁)といった、こっそり裏で業務が妨害されていてそれが発覚するまでみんながつつがなく業務を行う(本来より安い電力料金の請求をする)場合も(偽計による業務の)「妨害」といえるのである。
そこで、今回の美冬の行動について、業務妨害罪が成立する。
まとめ
美冬は、窃盗罪ではないが、器物損壊および業務妨害罪の責任を負う。とはいえ、物語の面白さという意味では「お嬢様学校の箱入り娘による非行事案」よりも「聖ウァレンティーヌスのいたずら」の方がずっと美しいので、真相が発覚しないことを祈りたいところである。
*1:「ウァレンティーヌスの贈り物」後編198頁以降参照
*2:有罪であることを前提にどの程度の量刑になるかという点では、返却することで、刑が軽くなるという側面はありますが。
*3:これまでの判例をもとにより正確にまとめると、「毀棄,隠匿の意思を除外した何らかの用途に利用・処分する意思」といえるのではないか。なお、最近の判例としては詐欺罪だが、最判平成16年11月30日刑集58巻8号1005頁参照。
*4:10巻まで読み進めた時にどうなるのかは、ここでは語らないようにしましょう。
*5:刑法261条は、役に立たなくする行為(効用を喪失させる行為)を広く処罰している。そこで、語感としておかしいかもしれないが、隠してしまって役に立たなくする行為も器物損壊罪なのである。
*6:なお、「街頭で人が偶然集まった」といっただけでは、保護に値する活動とはいえなく、「反復継続して行われる」行為が業務として保護されるところ、継続して清く正しく美しいリリアンの伝統を継受させる努力をする生徒会としての山百合会の継続的営為の一環として保護されるだろう。裁判所の判例も、政党の結党大会や万国博覧会等につき、行事そのものは一回的だが、業務に該当するとしている。