「真面目」な企業の特商法対応と、noteへの改善提案
- 作者: 圓山茂夫
- 出版社/メーカー: 民事法研究会
- 発売日: 2014/03/01
- メディア: 単行本
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「真面目」な企業の特商法対応と、noteへの改善提案|QB被害者対策弁護団団員ronnor|note
という、別の媒体に投稿したものの転載である。投稿後に橋詰先生に貴重なコメントを頂戴したので、コメントを踏まえて若干加筆した。
1.真面目な企業は消費者法をきちんと守っている
私が消費者法に関する講演をさせて頂いたり、消費者法に関する論文を寄稿する際、口を酸っぱくして言っているのは「真面目な企業は消費者法をきちんと守っている」ということである。
私が知っている*1のは、一定数のIT系企業の法務に過ぎず、これが全てであるとか、代表的であるというつもりはないが、少なくとも私の知っている「真面目」な企業の法務は、消費者法について、表面上の条文だけではなく、消費者庁の出している本やガイドライン等から、法律の趣旨(法律によって実現したい状態)まで読み込んで、かなり保守的に、ホワイトであることが明らかなゾーンでのみビジネスを行っている。その意味は、ビジネス側がやりたいことを、一定範囲で、法務が「ノー」というということである。そして、現行消費者法は私の肌感覚では「かなり厳しい」。そこで、詳しくはここに書けないが、ある消費者法の規制がネックになって、新規ビジネスの立ち上げが頓挫した事例を知っている(なお、通常は、法務はビジネス側の要求を実現しながら、法務的要求を実現する「解決策」を編み出すので、ビジネスが頓挫するというのは例外的事情であるが、それでも、ビジネスのやりたいことが100%ではなく70%位になってしまうことは十分にあり得る)。
2.Noteの利用規約
ところで、noteというサービスの利用規約が一時期話題になった。これについて法学者の立場から簡単な議論をしているものとして、
消費者と事業者と制度設計と|kfpause|note
を紹介しておこう(なお、後記のとおり平成26年4月18日の規約改訂について、私は賛同しない。)。
このサービスの利用規約及び、よくある質問の内容の要点は以下のとおりである。(転載時に確認したが、少なくとも、本稿が問題とする点について変化は見られない。)
ご利用規約|note
よくある質問|note
・「noteにおけるデジタルコンテンツの取引は、ユーザーとクリエイターとの間の直接の取引となります。」(ピースオブケイクサービスご利用規約―noteについてー取引関係)
・クリエイターは、自身のページに特定商取引に関する法律その他の法令に従った表示を行います。(noteクリエイター規約―3.特定商取引に関する表示)
・デフォルトでは「連絡先」として「省略した記載については、電子メール等の請求により遅滞なく開示いたします。」と設定される。 (よくある質問―7-3. 「販売業者」に当てはまる場合、連絡先としては、どのような情報を記載しなければなりませんか?)
・開示請求については、請求者からクリエイターへではなく、当社宛に郵送にてご請求いただきます。その際、請求者は、当社の定める書類にご記入いただく必要があります。そのうえで当社は、請求内容に基づき、当社法務担当と一緒に協議の上、ご対応させていただきます。販売業者ではないと判断できる場合、当社のほうで開示をお断りさせていただくこともあります。また、断りもなく、当社からクリエイターの個人情報を請求者に開示することはありません。(よくある質問―7-4. 「販売業者」に当てはまり、かつ、連絡先の掲載を省略した場合で、氏名、住所、電話番号等の開示請求があった場合、どのように対応すればよいですか?)
3.関連する特商法の規定
さて、ここで問題となる特商法について見てみよう。同法11条(柱書本文)は、「販売業者又は役務提供事業者は、通信販売をする場合の商品若しくは指定権利の販売条件又は役務の提供条件について広告をするときは、主務省令で定めるところにより、当該広告に、当該商品若しくは当該権利又は当該役務に関する次の事項を表示しなければならない。」とする。要するに、インターネット等を通じた通信販売をする場合には、一定事項を表記せよということだ。そして、特商規則8条1号で「販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号」が、その一定事項の1つとして表記することが義務付けられている。
特商法上の表記義務について、note運営側は「クリエーターは匿名で発信をしたい人も多いから、クリエーターの匿名性を守りたい」と思ったのだろう。このことは、運営者のノートに
noteをはじめて11日目|加藤貞顕|note
「クリエイターが、安心して利用(製作、販売)できるようにする」ことから推察できる。そして、この発想自体は間違っているとは思わない。
しかし、その対応として使ったのが、特商法11条但書だ。これは、簡単に言うと、購入者の請求を受けてこれらの情報を遅滞なく交付するなら、11条で義務付けられた記載事項の一部を表記しなくていいというものである。なぜこういう規定があるかといえば、例えば、新聞広告の広告欄が狭い場合に、「こんな商品があります、興味がある人はこの番号までカタログを請求してください!」と言って、カタログにおいて必要事項を全て記載することを認めようという趣旨である。 どうも、note運営は、この条項を本件にも使えると考えたらしい。そこで、上述のとおり、デフォルトでは連絡先を省略し、その上で、郵送で請求書を送らせるという形を取ろうとしたのである。特にその請求書のフォーマットは、
https://note.mu/pdf/specified.pdf
であり、請求者の個人情報及びそれを証明する免許書等の写しを要求していることから、萎縮効果は抜群である。
4.「真面目な企業」の対応との関係?
私がここでいいたいのは、この対応は、上記の「真面目な企業」の対応とはかなりかけ離れているということである。
確かに条文上はnoteのやり方がおかしいということを明確に定める規定はない。しかし、消費者庁の見解は、
http://www.no-trouble.go.jp/search/what/P0204003.html
にあるとおり、「広告の態様は千差万別であり、広告スペース等もさまざま」であることから、遅滞なく、つまり、「販売方法、申込みの有効期限等の取引実態に即して、申込みの意思決定に先立って十分な時間的余裕をもって提供される」ならば、これを例外的に認めるというものである。
主務官庁の見解に法的拘束力はなくとも、「真面目な企業」は保守的であるから、消費者庁の考えを忖度するだろう。
その結果、以下のように考えるのではなかろうか。
・そもそも、11条但書が省略を認めた本来の趣旨は、スペース等の理由で全ての情報を記載するのが現実的でないという場合のためであり、売主の個人情報保護のためではない。そこで、スペース的に問題ないのに売り主の個人情報保護のために11条但書を使う事自体が脱法的である。
・更に、「遅滞なく」についての上記の消費者庁の解釈に鑑みれば、「旬」の話題が多く、ポストされてから数日ないしは1週間くらいの間に内容が古くなるものも多いnoteについて、郵送をした上で、法務部が審査して開示の許否を決めるなんて態勢を取れば、「十分な時間的余裕をもって提供される」とはいえない可能性が高い。
・そもそも、原則は情報の公開であり、例外が遅滞なき提供のはずで、本来自発的に提供すべき情報が「欲しい」という請求者に対し、請求者の本人確認書類を渡せというのは法の趣旨にそぐわない。
・デフォルトで「メール等」と表記していれば、普通はメールを一本送れば開示してもらえると誤信するはずで、それが「一定のフォームを郵送しないとだめ」といわれるのは、請求者の期待に大きく反する。
このように考えれば、普通の「真面目な企業」はnoteのような方針を選択しないだろう。
繰り返すが、noteの、「クリエーターの匿名性保護」という方向性自体がおかしいというつもりはない、ただ、私が問題視しているのは、それが特商法の解釈論としてどうかということだ。
noteの対応の背景は、そもそも匿名言論の発展した現代のネット社会において特商法の要求が時代遅れだという「立法論」なのではないかと推測され、それ自体は面白い見解だが、少なくとも、現行特商法の「解釈論」から見る限り、この法的判断には大いに疑問が残るとしかいいようがない。そして、もし万が一noteのような、ビジネス上の判断を優先させ、コンプライアンスについては法務的グレーゾンに踏み込んでもいいという発想をする企業が多数でてくれば、消費者庁が特商法の改正(ないしはガイドラインの作成)を行い、(今の時点でも既に厳しい)特商法の規制を強化するという未来は容易に予見可能である。その意味で、これは、noteだけの問題ではなく、消費者法の規制を一生懸命遵守している「真面目な企業」にも影響のある問題である。
また、川村先生のご指摘の点
川村 哲二 - 「note」による一般の人でも広く集金できるシステムが話題になりつつありますが、個人の単発的なものは別... | Facebook
も重要な問題であろう。
5.建設的提案はできるか?
ここで、元のエントリでは、noteがプラットフォームではなく「売主」となれば、特商法上の責任を負うのはnote側であり、クリエーターではなくなるという提案を試みた。
これに対しては、要旨、既にcakesというBtoCサービスがあり、noteがCtoCサービスだからこそ、cakesに加えて新しいサービスとしてこれを開始する意味があるというご批判を頂いた。このご批判はもっともである。ただ、私の狭い法務経験からは、クリエーターの匿名性を守るためにリスクを取るのか、それとも、クリエーターに(特商法上の表示義務を含む)リスクを負わせるのかの問題は2つに1つの選択であって「いいとこ取り」はできないように思われるのだ。
ここで、BtoCになれば、noteの独自性はもはやなくなるのかは法務ではなく、ビジネス課題として検討の対象であろう。例えば、厳正な審査の上で、月額課金の方法を採用するcakesと、審査なしで、個別コンテンツ課金のnoteといった棲み分けの余地もないではないと思うが、ここは、ビジネスの専門家の方の方が詳しいだろう。
まとめ
法クラでも、例えば、大山定伸先生が優れたnoteを多数書かれている。この問題は一過性の問題ではなく、noteが運営を続ける限り常に問い続ける問題であり、残念ながら、現在も私には、全てを解決する「銀の弾」はないものの、半年後の再掲にも一定の意味があるのではなかろうか。
*1:信頼できる同業者から聞いた話も含む