アホヲタ元法学部生の日常

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黄昏色の詠使いの刑法的考察〜名詠学舎トレミア・アカデミーの管理責任は?

注:当エントリは、「黄昏色の詠使い イヴは夜明けに微笑んで」のネタバレを含みますので、未読の方は先にお詠みください!

1. 「黄昏色の詠使い」シリーズとは

 召喚モノのアニメ、漫画、ライトノベルの中でも有名なものの1つに、「イヴは夜明けに微笑んで」以下一連の、「黄昏色の詠使い」シリーズがある。

 召喚士が「詠使い」と呼ばれ、召喚対象と同じ色の媒体(カタリスト)を使い、讃来歌(オラトリオ)を詠って召喚対象を讃えると、物体や、名詠生物と呼ばれる生物が名詠門(チャネル)から現れる、そんな世界。召喚術を学ぶ学舎、トレミアアカデミー。そこで生まれる、様々な音楽と色が織りなす物語が「黄昏色の詠使い」である。


2.名詠学舎トレミア・アカデミーでの大事故?
 「黄昏色の詠使い」シリーズに関する法的問題としては、例えば、名詠生物との間の召喚契約の考察も面白い(讃来歌が申込にあたり、名詠生物が名詠門(チャネル)から現れることで、意思実現による承諾(民法526条2項)が認められるという意思実現説や、召喚の予約契約が既に成立しており、讃来歌を詠んだ時に、予約完結権が行使されるという予約説とかがあり得るだろう。)。しかし、今回は、もう1つの問題について検討したい。

 トレミアアカデミー最大のイベントは、競演会(コンクール)。日頃の学習の成果を生かし、できるだけ素晴らしい召喚対象を呼び出そうと、生徒達は練習にいそしむ。

 最上級生ベンドレルは、資料館に秘密の触媒が隠されていることを知り、これを使ってすごいものを呼び出そうと考える。しかし、その触媒、「孵石」は、触っただけで強制的に名詠を発動させ、キマイラを吐き出すヒドラを呼び出してしまう、凶悪な触媒。トレミアアカデミーは大混乱に陥った。この事故によるクルーエルをはじめとする生徒たちの怪我について、トレミアアカデミーにはどのような責任があるのだろうか?


3.学校の責任

 学校は生徒に対し安全配慮義務を負う。要するに、学校の支配下にあ生徒の生命、身体、精神及び財産等の安全を確保しなければならないのだ *1

 トレミア・アカデミーにおいては、授業の一環としてコンクールが行われてるところ、何も対応策を取らなければ危険な名詠生物等が呼び出され、生徒たちが怪我をする等、生徒の生命・身体の安全が危機にさらされる可能性がある。そこで、トレミア・アカデミーは、生徒の安全に配慮すべきであり、トレミア・アカデミーの安全配慮が不十分で、生徒の生命身体等が害されれば、トレミア・アカデミー側は損害賠償義務を負うことになる


4.学校もある程度対策を講じている?

 ここで、トレミアアカデミーは、安全配慮義務のための措置を一定程度講じている。例えば、みだりに召喚をされないよう、学校内の備品を触媒として利用しにくくする*2といった対応をしている。

 そして、この程度の対応でよいと学校が考えたのは、学生のレベルでは、低級の名詠しか詠うことはできず、召喚対象の危険は低い*3

 通常は危険が少ないにもかかわらず、今回のような事件が起こってしまったのは、学校で保管されていた触媒を、生徒の一人が盗んで使った*4という、通常の学生生活では想定できない、意図的な不法行為が行われたことが原因である。このような危険によって生じた生徒の怪我についても、学校側は責任を負うのか?


5.最高裁判例からの考察

 ここで最高裁安全配慮義務に関する判例で参考になるものがある。場所は学校ではないものの、宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事件で、従業員の遺族が会社を訴えたという件である*5

 最高裁は、会社側に安全配慮義務の違反による損害賠償責任があるという判断を下している。夜間に高価な反物、毛皮等を多数陳列保管している事務所であって、夜間出入口にのぞき窓やインターホン等の最低限の安全設備を設けたり、複数宿直体制にするべきであり、それらの対策を講じずに、新入社員一人に宿直させるというのは、安全配慮義務に違反している。これが最高裁の論理である。

 要するに、会社自らが積極的に危険なことをしている訳ではない*6場合でも、貴重品が沢山存在する等、第三者による危険な行為(強盗等)が予見される場合には、その危険な行為に対応した安全措置を講じる必要があり、それを怠れば安全配慮義務の責任を負うというのが最高裁の考えといっていいだろう。

 本件も、外部の犯行か、内部(学生)の犯行かという違いがあるものの、最高裁の事案と類似しているといえる。すなわち、非常に簡単に危険な名詠生物を召喚ができてしまう媒体(カタリスト)である「孵石」を保管していた以上、それを誰かが盗み出して危険な名詠生物を召喚し、生徒たちの生命身体の安全が犯されるという危険が存在していた。そこで、それに対応する安全措置が必要であった。



 しかし、「孵石」を保管している資料室に鍵をかけた位で、資料室内の机の上に無造作に孵石がおかれており、一度資料室への進入を許せば、その利用は容易であった。「孵石」は、それを触っただけで、名詠が発動し、強力な召喚生物が召喚されるという危険なものであったところ、その危険に対応する安全措置が講じられていたとは言えない。



 そこで、トレミアアカデミーには安全配慮義務違反が認められ、生徒の怪我について責任を負わなければならない。

まとめ

学園もののアニメ、漫画では、主人公をはじめとする登場人物が学園内で負傷したり、場合によっては死亡する。

ここで、「教師の暗殺に失敗した生徒が、教師から仕返しを受ける」といった、通常の教育課程の一貫で負傷等が生じる場合はもちろん安全配慮義務の問題になるが、それ以外の、「犯罪」や「故意の不法行為」による事故の場合であっても、その事故が予見できる場合には、学校が適切な安全措置を講じていない限り、学校は安全配慮義務違反の責任を負う。

トレミアアカデミーの事案は、他のアニメ、漫画の学園の経営陣に対し、大きな教訓を残すと言えるのではなかろうか。

*1:東京高判平成19年3月28日等

*2:学校の備品はほとんど「需要者の後罪(クライム)」、つまり、一度触媒として利用したものでできており、その結果、名詠門が開きにくい。

*3:例えば、学生レベルで呼び出せる第二音階名詠であれば、たとえば黄の小型精命の討伐難易度が「易」(2巻89頁)であるとおり、生徒への危険は少ない

*4:使われたというのが正確か。

*5:最判昭和59年4月10日

*6:強盗については会社も「被害者」である。