アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

『楽園追放』に見る、「ヒトたるもの」と「ヒトたりえないもの」の境界線〜デジタル世界の「人」と権利享有主体性



注意:本エントリは『楽園追放』の結末までを含んだ完全なネタバレ記事です。楽園追放はまだ映画公開を継続しておりますので、ぜひ映画館へ急ぎましょう! もしくは本日一般発売開始のDVD又はブルーレイを見てから本記事をご参照下さい。



1.「おっぱい」か「お尻」か?
 法学クラスタ(法クラ)に属する方は、よく「おっぱい」と呟かれる。しかし、今年の11月以降の私のTLは「おっぱい」ではなく「お尻」で埋め尽くされた。ご存知、「楽園追放」のアンジェラ・バルザック(マテリアル・ボディーの年齢16歳)のお尻のことである。私も早速鑑賞したが、「2014年最高のアニメ」の座は揺るがないと言える、素晴らしい作品である。


 ナノハザードにより肉体を捨て、電脳世界「ディーヴァ」で暮らすシステム保安要員アンジェラ三等官が、ディーヴァに侵入する謎のハッカー、フロンティアセッターを摘発するため、マテリアル・ボディーを生成して地球へと降り立ち、「地球人」のオブザーバー、ディンゴと共にフロンティアセッターに迫るが、その正体は。。。というのがあらすじである。


 「楽園追放」に関しては、もちろんアンジェラのお尻についてて語る事も可能であるが、当ブログは法律&アニメブログであるところ、この論点は単純に、児童ポルノ法2条3項3号の「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの」の解釈を語るだけになりそうなので*1、この点は、他日を期させて頂きたい。


 今回検討したいのは、「権利享有主体性(憲法でいうと人権享有主体性)」である。ご存知のとおり、今の日本の圧倒的通説によれば、


魔法少女まどか☆マギカキュウべぇがいたいけな少女を騙して魔法少女契約を結ばせる行為」


「妖怪達が人間に対して行う悪さ」


「提督が艦娘に対して行うセクハラ・パワハラ


等は基本的には*2法律による規制が及ばない。それは、人間ではない艦娘等は、どんなかわいそうな目にあっても基本的には*3法律で保護されず、人間との間で「労働契約」も締結することができない反面、キュウべぇや妖怪等が何をしても、それは天変地異と同じであって、法律によってキュウべぇや妖怪等を規制する余地はないのである。


しかし、本当にそれでよいのだろうか。


 大部分のヒトがマテリアル・ボディーを離れディーヴァに行ってしまった『楽園追放』の世界を通じてこの問題について再度検討してみよう。


2.法律が適用される対象についての明確な言及
 『楽園追放』では、ディンゴとの間で「フロンティアセッターを他の保安官に先んじて見つければ、サテライトスキャンした地下資源のデータを渡す」という請負契約(成功報酬制)を締結するように、ヒトは当然に契約(法律)の対象である。問題は、それ以外である。


 ここで、アンジェラが、ディーヴァの法律が適用される対象について明確な言及をしている。


『そもそも独自進化で知性を勝ち取ったAIなんてディーヴァの法律で裁ける相手じゃないし。』


 つまり、ディーヴァにおいて、法律が適用対象となる「人」には、人工知能は含まれないのである。フロンティアセッターが自我や感情を持っていることは、権利享有主体性(法律・契約の対象)であるかとは直接関係がないらしい。


 これに対し、アンジェラが(多分いわゆる「治安維持法」みたいな法律の適用により)反逆罪で強制凍結を受けているように、デジタルデータであるにもかかわらず、アンジェラのようなディーヴァ市民は権利享有主体性(法律・契約の対象)が認められている。


 この間を矛盾なく説明するのが、アンジェラの説明である。ディーヴァの居住者が受精後1300時間は実在の存在として培養され、その後で電脳世界の住民となる。つまり、実際の肉体としてのヒトが存在し、そのヒトの情報をデジタル化した場合には、当該「デジタル情報」(たるアンジェラ・バルザック等のディーヴァ市民)も法律が適用され契約等を結べる権利享有主体性を持つが、ヒトの存在を基礎としないフロンティアセッターのような人工知能は、いくらそれが「人間くさく」ても、人扱いはされない訳である。これは、人間が肉体の枷から解き放されたデジタル世界に住むというパラダイムシフトを経た後の、権利享有主体性に関する1つの「体系」として完成されていると言える。この辺りまで考えているところが流石虚淵アニメというところである。


3.ディーヴァ法理論の帰結
 このディーヴァ法理論をもう一歩進めると、「大事なのは、ヒトから抽出したデータであり、それ以外は重要じゃない」ということになる。


 デジタル化され、貢献度に応じてメモリ等を割り当てられたディーヴァ市民は、「肉体の枷」を外れている。そのようなディーヴァ市民にとって一番恐いのは、自分の唯一のアイデンティティたる「データ」が消されてしまうことであろう。


 このデータの重要性は単なる市民レベルに留まらない。ロックを「有害」として消滅させることができるように、ディーヴァ上層部*4にとっては、データのコントロールによってディーヴァ市民をいかようにでも管理できる訳である*5。そう、データ(やメモリの割当に対する)ディーヴァ上層部による思いのままの管理*6こそが、ディーヴァ上層部*7の権力の源泉であり、その最も重視するところである。


 今回のハッキングは、そのディーヴァ上層部による意のままの管理が、地上からの侵入者によって侵害され得ることを示した事例であり、その動機が善意に基づくものであっても、ディーヴァ上層部がそれに対して多いに警戒し、フロンティアセッターのメインコンピューターの破壊を絶対的な任務として明じ、それに逆らうアンジェラを反逆罪としたのは、「彼らの論理からすれば」当然の結論であろう*8。それが分からず、フロンティアセッター温存説を主張する辺りが、アンジェラが、これだけ向上心を持ちながらも、三等官という比較的低い地位に留まり、十分なメモリ等を与えられていない所以だろう*9


 ただ、このディーヴァの法理論は、我々のようなマテリアルボディーにとらわれた地上の「ヒト」にとっては大きな違和感を感じさせる。


 つまり、「殺人行為が野放しにされる」ということである。


フロンティアセッター『あなたがディーヴァに帰還した後、その身体はどうなるのでしょうか?』


アンジェラ『パーソナリティの転送が済めば、マテリアルボディーは昏睡に入るし、正式に任務完了となれば、テロメア短縮コードを送り込んで処分することになるわ。その時は一方を入れるから、わるいけど埋めるなり燃やすなり後始末を頼むわ。』


ディンゴ『あ〜。毎度ことだが、これだからディーヴァのエージェントとの別れ際ってのは苦手なんだよ。後味悪いったらありゃしない』


『楽園追放』より

 と言っている。マテリアルボディーをまとって地上で任務を遂行した保安官は、その後次の任務があれば、またそのマテリアルボディーを見にまとうが、任務がいわば「完了」した後は、そのマテリアルボディーにテロメア短縮コードを打ち込んで「処分」等している。


 ここで、マテリアルボディーからデータが抜けても、あくまでも抜けたのは「データ」であって、その瞬間に死ぬ訳ではない(つまり、本編でアンジェラがディーヴァに戻った時点で死んだ訳でもなく、その後再度フロンティアセッターの手引きで戻ってきた際に再度「生まれた」訳ではない)。あくまでも「意識を失った昏睡状態で保存されている」に過ぎない。すると、「用済み」になったマテリアルボディーにテロメア短縮コードを打ち込んで「処分」した段階で、身体が不可逆的に死亡するのであり、ディーヴァは日欧的に殺人行為を行っているということになる。


 このような行為をディーヴァが許容するのは、まさに、ディーヴァにおいては、マテリアルボディーについて何らの重要性を感じていないことの所以であろう。


4.フロンティアセッターの権利主体性
 このように、マテリアルボディーの重要性を否定することは、それとの関係で、なぜヒト由来のデータが重要なのかという点に疑問を投げかけることになる。アンジェラ達のような法律で保護/規律される「ディーヴァ市民」と、自我と感情を持つ人工知能フロンティアセッター、この二つの間にある相違点は、「ヒト由来か否か」の一点に絞られるだろう*10


 その説明としてあり得るのは、従来の「法律というものがヒトを対象に専ら適用されれてきた以上は、ディーヴァにおいて『最もヒトらしいもの』としてのヒト由来性を重視するしかない、さもなくば際限なくその辺縁が広がりかねない」というものである。


 ただ、このような説明になったら最後、後は程度問題ですよねという切り返しが可能になってしまう。地球人は幸か不幸か、マテリアルボディーとデータの完全な分離が今はできていない。だからこそ「マテリアルボディーの不可逆的機能停止(=死)」というメルクマール(分岐点)が重要になったのだが、ディーヴァではそのメルクマールが使えなくなる。


 すると、出てくる議論は、当然「どうして自我をメルクマールとしてはいけないのですか?」ということになる。自我の存在はヒトがヒトたる所以とも思われてきたが、フロンティアセッターも自我を持っているのであれば、なぜそのような「ヒトとしての性質」を兼ね備えているフロンティアセッターを人としては認めてはいけないのか、なぜヒト由来かどうかに決定的重要性があるのか、そこが問われるのである。


 むしろ、自我ないしは自由意思を持ち、社会との相互関係の中で、契約によってその自由意思を自ら制約しようとする者であれば、全て権利享有主体性を認めていいのではないか。少なくともディーヴァのような『楽園追放』の世界観の中においてはそのようなことが言えるのではなかろうか。




一人旅立つフロンティアセッターに、ディンゴは言う。


「俺たちが失い、忘れたものを、誰よりも強く受け継いできたのがあんたなんだ。だから胸を張って行ってこい。いずれ旅先で出会ったやつには、堂々と名乗ってやりなよ。地球人類の末裔だってな。」


ディンゴの中では、フロンティアセッターは、既に人間として扱われている。法律は、フロンティアセッターを、どう扱うべきだろうか?

まとめ
 『楽園追放』は法学界に対し、人権享有主体性の範囲という重大な問題を投げかける。


 近時、ロボット法学会立ち上げの動きがあるようであるが、将来どのようになるか分からない*11ロボットの権利主体性*12については、「そんなことを検討するなんて、民法3条1項を根本的に誤解している馬鹿馬鹿しい話だ」なんてつまらないことを言わず、自由闊達な議論を期待したい。そして、『楽園追放』は、このような自由な議論を行う上で参考になる素晴らしい映画と言っていいだろう。


 確かにアンジェラちゃんの「お尻」も大注目であるが、「おっぱい」と呟いている法クラにとっても大注目のアニメ映画である!

*1:なお、現行法だと三次元のモデルがいなければセーフです。

*2:もちろん、ワルプルギスの夜が登場すれば、災害対策基本法により避難を命令したりすることはあり得るが、これは、「台風」や「地震」と同じである。

*3:なお、「愛護動物」等の限定列挙された非人間に対する例外的保護があるが、艦娘はこれにはあてはまらない。

*4:あの仁王様達は単なる保安部上層部という「中間管理職」であって、本当の「ディーヴァ上層部」に対する報告・説明ができなければ、自分自身が凍結させられる立場なのだと想像する。

*5:そして、向上心がなければアーカイブ・凍結してしまう訳だ。

*6:誰が優秀で社会に有益な人材なのかや、何が有益な情報かを選択できる権限

*7:ディンゴのいうところの「社会」

*8:繰り返すが、多分仁王様はその上層部の意向を忖度しただけの中間管理職であり、彼らは「本物の悪役」ではない。

*9:まあ、ここで「フロンティアセッターを破壊しましょう」といったら最後、もはや「虚淵ストーリー」ではなくなってしまう訳ですが。

*10:なお、フロンティアセッターが「自我」を認識するに至る過程では、違う意味のマテリアルボディー(ロボットの身体)が重要であったが、現在既に自我を獲得した以上、データを別のロボットにそのまま移転することは容易であり、ヒト由来のアンジェラのように「遺伝子を同じくするクローンの精神マトリクスでないと完全にはシンクロできない」という状態にもならない訳である。

*11:最近ではチューリングテストに通過した人工知能があるとの報道もある

*12:ただ、この動きを考えている人達は、メインとしてロボット自身の権利主体性を考えるのではなく、自己の肉体の拡張としてのロボット等の側面から検討を進めているようである事には留意が必要だろう。