アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

例の紐の法的分析、、、ではなく「ダンまち」の例のシーンの法的分析

注:本エントリは「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」第一話のネタバレを含みます。ご了承下さい。



1.はじめに
 今期のアニメの話題を突然かっさらっていたのはダンまち、つまりダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかである。女神が現世に光臨して人間と契約を結ぶ世界において、女神ヘスティア様と契約してヘスティア・ファミリアの一員となった主人公、ベネ・クラネルが祖父の遺言に基づき、女性との「出会い」を求めてダンジョンに潜る、そんな物語。下馬評が他のアニメに比べて特に高い訳ではなかったが、「例の紐」と呼ばれるヘスティア様の胸部に結ばれている青い紐(乳紐)がオタク達の琴線に触れ、人気が沸騰している。


 最近は、色々趣旨が違ってきているが、当サイトは一応「アニメを法律的に分析する」サイトなので、例の紐の考察をしようと思った。ただ、原価がほぼ0の紐を1000円で売ることが「暴利行為」として公序良俗違反(民法90条)で無効になるかという事くらいしか思いつかなかった。



  それでは、ということで、本編の「あるシーン」の法的分析をしようと思う。




2.ベネ・クネラル「トマト事件」
 主人公は、ヘスティア様と同居できている(しかもボディータッチも)という客観的には超幸せな人生を送りながらも、ヘスティア様にはとんとなびかず、女剣士アイズ・バレンシュタインにご執心である。その理由は、地下5階層でミノタウロスに襲われているところを彼女に助けられたからである。



 さて、この話には続きがある訳である。アイズと同じロキ・ファミリアに所属し、ミノタウロスの返り血を浴びたまま町に戻った主人公を「トマト男」と呼ぶベート・ローガ(犬男)等の説明によれば、ロキファミリアが地下17階層で狩りをしていた際に、ミノタウロスに逃げられ、暴走したミノタウロスが普段はいない5階まで上がってきたという。



 そうすると、そもそも、ベートらのミスでベネが死にかけたって話ではないのか?これは法的にどうなのか、分析をしてみよう。


3.冒険者の義務?
 民法709条は、不法行為、つまり、故意過失によって他人の権利を侵害する行為をした場合の損害賠償責任を規定する。例えば、この文脈に関連して比較的多く見られる例では、ハンターが誤射をする例であり、人間を獲物だと思って銃を撃ってしまうといった例は、過失(ミス)により他人の生命や身体を侵害したとして損害賠償が認められている。
不法行為の要件として「トマト事件」で問題となるのは、注意義務である*1


 そもそも、ロキ・ファミリアは、ベネを殺そうと思っていた訳ではなく、故意はない。そこで過失、つまりミスがあったかが問題となる。
 何を持って過失とするかは色々議論があるが、一般には、注意義務に違反することと考えられている。誤射の例であれば、「獲物が人間であるかを確認する注意義務があるのに、(軽率にも)確認せずに引き金を引いてしまった事」が注意義務違反の内容となる。
 例えば、「加害者の行為→動物の行為→被害者の被害」という事例の関係では、最判平成元年10月27日集民158号117頁が参考になる。要するに自転車で走っていた加害者が、犬を連れていた被害者を追い抜いたが、犬が加害者に驚いて不規則な動作をしたため、被害者が転倒したと言う事案である。


 最高裁は、

犬の性癖等は様々であって、ことに自転車で接近したときの犬の反応動静を予測することは一般的に困難であり、特段の事情がない限り、犬が驚いて不規則な動作をすることによって歩行者が転倒するということを予見することも困難である(から)本件事故につき不法行為法上責められるべき注意義務違反はない
最判平成元年10月27日集民158号117頁

として、加害者の責任を認めなかった。要するに、犬が変な動きをするという結果が発生するとは予測できない(予見可能性がない)ことから、それを避けるために近くを追い抜かない(またはもっとゆっくり追い抜く)という注意義務も発生しないということである。


 ここで問題となるのは、冒険者に、獲物に逃げられないよう注意する義務があるかという点であろう。一般論としては「ない」であろう。獲物のレベルが高ければ確実に仕留められるとは限らないし、もし絶対に逃げられないように仕留めなければならないとすれば、憧憬一途(リアリス・フレーゼ)発現後のベネのように、分不相応な高難度階層に降りていって短期間で急成長なんてこともできなくなるだろう。


 しかし、よく考えてほしいのは、ロキ・ファミリアが「巨人殺し」のファミリアであり、女剣士たった一人でミノタウロスを八つ裂きにできる位の実力差があるという点である。彼らに取っては、ミノタウロスごときであれば、逃げられないような布陣を敷いて仕留めることも不可能ではないだろう。
 反面、ミノタウロスは、ベネのような駆け出し冒険者にとっては「出会い」がそのまま死を意味するような怪物でもあり、このような怪物が暴走して低階層に上がっていったら、どんな被害が生じるかは容易に予想できるだろう。



 このような点に鑑みれば、この具体的な状況下においては、特別にベートらに対し、「戦いにおいてミノタウロスが低層階に逃げないようにする」という注意義務を認めることも可能なのではなかろうか。


4.自ら危険なところに来た?
 ここで、ロキ・ファミリアとしては、ロリ巨乳一家に賠償金を払うのはシャクであろうから、色々と難癖をつけるだろう。その中で考えられるのは、こういう議論だろう。


 そもそも、ダンジョンというのは危険である。例え低層階であっても、「爪っぽいアイテムをゲットしたらそれがトラップで大量のモンスターに襲われる」といった命の危険にあふれている。そうすると、危険なのを分かっていてあえてそこにやって来たベネにとって、ミノタウロスに教われるのはその予想された危険が予想通り現実化しただけではないか、それをもってロキ・ファミリアに責任を転嫁するべきではない。このような議論であろう。


 この点については狩猟に関する文脈で似た先例がある。東京高判昭和49年5月21日判タ316号254頁は、100メートル程先に人がいるのにその方向に向けて散弾銃を発射して狩猟したという鳥獣保護法違反の事案であるが、弁護人は、ハンター相互間には、銃猟は「許された危険」として行為の違法性を阻却すると主張した。しかし、裁判所は、

猟仲間に向つての銃猟行為が、所論の如くいわゆる「許された危険」として違法性を欠く、というが如きは、とうてい賛同することのできない
東京高判昭和49年5月21日判タ316号254頁

としてこの考えを一刀両断した*2


5.アイズに助けられているから損害がない?
 ロキ・ファミリアの最後の主張としては、「結果的にアイズに助けられたから損害はない」というものがある。しかし、この主張は受け入れられないだろう。


 ベルは、ミノタウロスに教われ、今まさに命を奪われるという恐怖を感じた。死の恐怖については有名な例として、ヘリコプター事故の事案において被害者が死の恐怖による極度の精神的苦痛を被ったことに対する慰謝料を50万円とした東京地判昭和61年9月16日判タ618号38頁(新日本国内航空ヘリ墜落事件判決)がある。その後の慰謝料相場の上昇*3に考えれば、ベルはもっと慰謝料をもらえるだろう。

まとめ
 ベートらのロキ・ファミリアは、ミノサウルスを暴走させベルを死の恐怖に陥れたことにつき、不法行為として慰謝料を支払わなければならない。
 これにより、ベルはヘスティア様との貧乏暮らしを脱出することができそうである。例の紐の色のバリエーション等も増えるかもしれない。
 なお、公衆の場で「トマト男」と呼んで侮辱した件については、別途問題となろう。

*1:細かいことをいうと因果関係だが、予見可能性のところの議論と概ね軌を一にするだろう。

*2:この事案が猟仲間であることが、判決の射程を限定することにつながるかは各自ご検討頂ければ

*3:例えば、林道建設の際に投棄された残土による盛土が台風に伴う集中豪雨によって崩壊し、それによって生き埋めとなった者が味わった死の恐怖の慰謝料として150万円が認められた大阪地判平成元年1月20日判タ695号125頁