アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

「鬼門! 原作者チェック」〜判例に見るSHIROBAKOの法律問題


注:本エントリは、SHIROBAKOの主に23話(但し、23話までの話も色々と出てきます)ネタバレを含みますので、未見の方は十分にご注意下さい!


1.はじめに
 SHIROBAKOとは、高校時代アニメ同好会でアニメを作り、商業の世界でまた一緒にアニメを作りたいとの誓いを立てた5人が、アニメ業界における新人として、それぞれの立場で奮闘する姿を描き出したアニメである*1
 武蔵野アニメーションという架空のアニメーション制作会社で、「えくそだすっ!」と「第三飛行少女隊(サンジョ)」という2つの架空の*2作品を制作する過程で生じるトラブルと、その解決に奮闘する宮森あおい(新人制作進行→新人制作デスク)、そして悩みながらも自分の居場所を見つけていく安原絵麻(新人原画→作監助手)、坂木しずか(新人声優)、藤堂美沙(新人3Dクリエーター)、今井みどりシナリオライター助手)*3らの姿に涙が止まらない視聴者も多い*4。メインの5人以外のキャラもなかななか魅力的であり、個人的なオススメは、「武装」してても、可愛い後輩のためには一肌脱ぐゴスロリ様(小笠原綸子)ですね


 さて、SHIROBAKOには、色々な法律問題があるが*5王道を行く法律問題として、原作者とアニメ制作会社との関係を取り扱いたい。


 SHIROBAKO23話では、サンジョ最終話のアフレコも終わった後で、原作者が「結論」(結末)にキレてNGを出し、全修正を命じたという恐ろしいトラブルが生じた。これを監督がどのように解決したかは、23話を見て頂くとして、最後まで揉めて裁判沙汰になった場合、裁判所ではどのように判断されるのかを、判例から見てみたい。


2.原作者の意向は尊重される
 まず、一般論であるが、裁判所は、アニメの内容、特にその「結論部分」(結末部分)について、原作者の意向を尊重している。
 この事を示す興味深い事例として、東京地判平成21年4月17日がある*6。この事案は、1月放映のアニメ(1クール、13話)について4月くらいから本格稼働を開始したが、シリーズ構成及びシナリオについて、(当初の)制作会社側と原作者の間で9月段階まで対立が続き、結局折り合えなかったことから、注文者(製作委員会の幹事会社)が制作会社への発注を取りやめ、契約を解除したという事案である*7
 この事案では、原作者側と制作会社がアニメ化自体に合意したのだが、制作会社の連れて来た監督と原作者が「合わなかった」というのに尽きるだろう。原作者が「シリーズ構成は自分でやりたい」と言い出したので、じゃあ、原作者にシリーズ構成を出してもらいましょうということで、原作者に案を作ってもらったものの、監督は「アニメにはアニメのやり方がある」等と言って原作者のシリーズ構成案を没にし、制作会社側で独自にシリーズ構成案を作成した。しかし、原作者は、逆に制作会社側のシリーズ構成案を「原作の世界観にあっていない」等と言って批判した。判決文によると制作会社側が4回、原作者が5回シリーズ構成案を出したとされており、お互いの対立の深刻さが分かる*8
 制作会社の方は、原作者らが、制作会社側のシリーズ構成案に対してキャラ設定やストーリー変更を求めているものの、見解の相違は致命的ではないと甘く考えていたようである。その結果、原作者からの反対があったにもかかわらず、制作会社側の案をベースにシナリオ作成に入ってしまったようである。ただ、そのシナリオ作成は難航したようで、シナリオが締切に遅れたことから、更に原作者側の信頼を失ってしまったようである。シナリオ読み合わせの当日早朝にやっとシナリオができたものの、その場ではそのシナリオについて合意できず、むしろ原作者側からのクレームが入る状況であった。そして、最終的には原作者側は、制作会社側のシナリオが、結論部分(結末部分)において本件原作の世界観を無視している旨を指摘し、制作会社とはアニメを作ることはできないと伝えた。その結果、注文者(製作委員会の幹事会社)は制作会社への発注を取りやめ、契約を解除した。


 裁判所は、

被告において,本件原作の世界観等に配慮し,(原作者側)が本件原作のキャラクター等の使用を許容する内容のストーリーを作成しなければ,(原作者側)の了解を得られないことは明らかであるから,被告(制作会社)は,原告(注文者)に対して本件アニメーションの制作を約束した以上,原告に対して(原作者側)が許容するような本件アニメーションのストーリーの作成をも約束したものと認めるのが相当である

と認定している。


 この事案では、制作会社側がそのアニメーションを作りたいと考えて原作者側と交渉した上で、出資者として注文者(原告、製作委員会幹事会社)を勧誘したという経緯がある。そこで、例えば広告代理店等が中心となってある原作のアニメ化を企画し、出資者を手配した上で、「これを原作するアニメを作ってくれ」と指定してアニメ制作会社に委託するという場合*9にはまた異なる判断になる場合もある。とはいえ、サンジョ制作過程におけるムサニと原作者側の関係を考えると、ナベPが主体的に動いて雀荘で原作者側と交渉して契約にこぎつけているという状況からみると、この東京地判のような判断を食らう可能性が高いだろう*10。そう、企画の時点でアニメ化の許可を得たら後は勝手に進めていいのではなく原作者の了解を得られるような、原作者の許容範囲のものを作らなければならないのであり、特に、アリアが再び飛行機に乗るのかどうかという、ストーリーの「結論」(結末)部分は重要である。


3.原作者チェックの時期
 しかし、いくら原作者が「神様」でも、アフレコ後にダメ出しというのはないだろう、というのは多くの人が思うところではなかろうか。
 この点については、なかなか適切な判例が見つからなかったが、裁判所の考え方を知るヒントになる判決がある。これが東京地判平成20年8月5日である*11

 この事案は、わずか1年くらいで企画から訴訟まで突っ走っているのだが、この期間に
・作業量に関する認識の相違(当初の想定と比べて大幅な業務量の増加)
・報酬の過少見積り(自分のところが受けた単価より低い単価で受けてくれる外部委託先さん*12がいない!) 
・引っ張ってきた人材の能力の問題が顕在化
・作業が遅延し「作業の遅延原因報告書」の提出を余儀なくされる
・注文主が「手を抜け」と言ったかと思えば「クオリティも心配」と言ったりする
・永遠に終わらないリテイクの嵐(リテイク3のカットも。結局多くのカットにつき最終的承認が得られないまま裁判に突入)

といった、数多くの問題が発生しており、最後は訴訟提起で終わっていることから、この事案において、制作会社側で進捗管理をやっていた人*13のことを考える度に胃がキリキリと痛むSHIROBAKOの宮森あおいを見て、制作進行という仕事をちょっとでも「いいかも」と思った方は、自分が原告側の制作進行をやっていると想定してこの判決の事案の経緯を読むと良いのではないか。*14


 さて、既にこれだけトラブルが出てきているこの事案、もうこれ以上トラブルはご免と言う感じだが、現実は厳しい。更なるトラブルとして、著作権者修正があった。この事案は、実は典型的なワンクールアニメの制作ではなく、某有名ロボットアニメ*15の劇場版をパチスロ用の3DCGにする業務であり、当該ロボットアニメの著作権者の承認を得る必要があった。上記のような色々な苦労をして制作会社が制作したカットについて、著作権者である会社の担当者が125カットをチェックし、うち102カットに修正指示が入ったそうである。この修正について、裁判所は「本来的に本件業務の作業としては,疑問の余地のある指示がされたとも窺える」と判示しており、著作権者から、注文者との間で合意した内容と異なる「ちゃぶ台返し」がされた*16という制作会社側の主張をほぼ認めている形になっている。
 しかし、この著作権者修正による追加コストについて、裁判所はこれを注文者が制作会社に追加で支払う必要がないと判断している。その理由として裁判所は、

本件元映像(注:某ロボットアニメの映像)を扱う本件業務の性質上,被告(注文主)としても,(著作権者担当者)氏の意見に一定の配慮をもって対応せざるを得なかったことも止むを得ないと考えられることからして,なお,(著作権者担当者)氏の意見に基づく被告(注文主)の指示が本件各契約の作業範囲を超えるものであったとまでは認め難い

と述べている。要するに、注文主が一部著作権者の追加指示により、「ちゃぶ台返し」的な指示を制作会社にしたとしても、それが本来の契約の範囲(本来の契約の報酬の範囲)を超えないというものである*17



 この判断だけを見ると、カットが一度できた後(サンジョもほぼ同様の状況と言えよう)に著作権者(サンジョの場合は野亀先生)が後だしで「ちゃぶ台返し」をしても、制作会社(ムサニ)は(当初の契約の内容として)これに従わなければならないということになるかもしれない。



 しかし、注目したいのは、実際の作業量である。そもそも、制作会社は報酬として約1億円*18を求めており、判決では一部作業の未完成等を理由に約5000万円弱が認められている*19。このうち、著作権者の指示による追加作業というのは約10人で約10日かけて行う作業で、約300万円相当の作業とされている。100人日の作業は「軽い」作業とは言わないまでも、このプロジェクトにおいて制作会社によってなされた作業全体に占める割合は制作会社の主張によれば3%、判決の認定でも5%強である。この判決の判断は、著作権者の修正指示が仮に「後出し」であっても、その影響範囲がそこまで大きくないならば、その追加作業は制作会社が「原作あり作品」に付随するリスクとして想定すべき範囲だから、これを甘受すべきというものと理解される。逆に言うと、影響範囲が甚大な後だし指示による追加作業まで甘受すべきという趣旨ではないだろう。


 このように考えると、例えば、サンジョについては、「そういう経緯」*20で100カット追加、50カット削除という修正によりなんとか原作者の野亀先生と折り合いがついた訳だが、この件で発生した追加費用*21をムサニが製作委員会*22に対して請求するのはなかなか微妙であり、もしかすると難しいかもしれない*23。しかし、もしも、野亀氏が、当初の主張通り、シナリオ総取っ替えの大修正をあくまでも求め続けたという場合、上記のような裁判例を前提としても、夜鷹出版の承認を得てそのシナリオで作業を進めていたムサニ側がそのような要求を飲まなければならないとはいえないだろう。


まとめ
 SHIROBAKOで描かれたような原作者による修正要求事案は現実のアニメ制作過程でも起こっており、「訴訟沙汰」になったものもいくつかある。
 裁判所は、一般論として原作モノでは原作者の意向を尊重すべきという考えを示しており、原作者の了解が得られないようなシナリオしか作れない制作会社は下ろされてもしょうがないし、一定の範囲では後だしで原作者側が修正を指示しても、その要求に応じなければならないとしている。ただ、そのような原作者の権限も有限であって、裁判所が「原作者は神様」と言ってるとまでは読むべきではないだろう。
 いずれにせよ、現実の裁判沙汰になった事案では、制作進行の仕事はアニメの宮森あおい以上にストレスフルであり、安易に制作進行の道に進む前に、判決文を読んでどんなトラブルが待っているのかを理解しておくことは、これから制作進行になりたいと思った人(特にSHIROBAKOの宮森あおいの姿に憧れを感じた人)にとって重要であろう。

*1:登場人物が一丸となって完成を目指す成果物の「入れ物」の名前をタイトルとしているので、検察アニメにこの命名法を応用するなら「FUROSHIKI」になりますね。

*2:とはいえ、BD/DVD3巻には「えくそだすっ!」第1話がついているので、「全くの架空」ではない

*3:個人的にシンパシーを感じたキャラは、好奇心旺盛で調査をガンガン進めていくディーゼルさん(今井みどり)。私にはシナリオライター方面の才能はないですが。

*4:かくいう私も。。。

*5:例えば、本田デスクがなかなか最終話のコンテを切れない監督を監禁したところとか

*6:以下は、基本的に裁判所の判決の認定に準拠する。

*7:その後制作会社を変えて4月アニメとして放送しているようである。

*8:回数的に言うと、井口祐未ちゃんのキャラデザの時と同じかそれ以上のダメ出しが入っている

*9:内藤篤「エンターテイメント契約法第3版」418頁参照

*10:なお、判決では、原作を今後も発展させていくつもりであることも強調されているが、その観点からも、サンジョはアニメ放送終了後も第6巻以降のストーリーが続いていくという点で、強調できる

*11:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/292/037292_hanrei.pdf

*12:イメージとしてはスタジオカナブンみたいな感じのところ。

*13:判決文からはあまり明確ではないが、各会議における報告者名を見ると、α10ではなかろうか。

*14:「それでもやっぱり制作進行がやりたい!」「自分ならうまく社内と外部委託先をコントロールして、この事案でも裁判沙汰にせずにうまく回せるはず!」と思った方こそが、制作進行に向いていると思います、本当に。

*15:イデポンの元ネタの方とは別の物

*16:「指示は,本件各 契約上の本件仕様に合致せず,これと矛盾したり,これを超えていたりした」

*17:なお、経緯として、注文主側が制作会社側に事前に一定程度著作権者の意向を踏まえないと行けない旨伝えているというのが出てきている。

*18:但し、うち既払い金約1500万円

*19:ただし、既払い金を除き約3327万円の支払いが認められている。

*20:詳しくはアニメをご覧下さい

*21:赤鬼プロダクションに払った坂木しずかの出演料とか。

*22:製作委員会からムサニが元請けしていることは、政治力で声優をごり押ししようとした会社が出てきた第14話「仁義なきオーディション会議!」辺りの経緯から推定される

*23:製作委員会側は上記2判例を根拠に追加費用を拒否するだろう。これに対しムサニとして対抗するとすれば夜鷹出版の承認の話でどこまで押していけるかだろう。