アホヲタ元法学部生の日常

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大学の授業を無断で録音した学生は服役すべきか?

ネットワーク社会の文化と法

ネットワーク社会の文化と法

 あるブログにおいて、弁護士で大学の教壇に立たれている先生が、大学の授業を無断で録音した学生は「服役させることができ」、その学生からデータを入手し再利用している者についても必要な処罰を考えたいという趣旨の記事を公開されている。
困ったことにも・・・: Cyberlaw
 コメント欄で質問をしたところ、不躾な質問に対しても無視せずにご回答して頂き*1、更に多少明確化(方針転換?)をして頂き、結果として先生も録音行為が流石にグレーである旨をお認めになられたのだが、せっかくの機会なので、この問題について簡単にまとめたい。なお、当然のことながら、私は、行政解釈があればそれが絶対であり、唯々諾々と従うべきという立場には立っていない


 この問題の理解の容易化のために、実際に大学の講義を録音する場面としてよくありそうな、


事例1 学生甲はA教授の授業を自分自身でよりよく理解するために、録音し、これを自分自身で聞いていた。

及び

事例2 学生Xは、A教授の授業を録音し、これを学生Yに渡した。
事例2−1 事例2においてXは録音の際は授業を自分自身でよりよく理解するつもりであった。
事例2−2 事例2において、YはXの先輩であり、その日授業を休むので代わりに録音してもらうよう依頼していた。

 という2事例(実質3事例)を題材に考えてみたい。



1.誰の委託も受けずに自分のために録画する場合
 まず、事例1であるが、確かに甲は、A教授の、学術(法2条1項1号)の範囲に属する言語の著作物(法10条1項1号)である講演を録音により複製しており、(A教授の明示・黙示の承諾がなければ)複製権侵害(法21条)に形式的には該当する*2
 問題は、私的使用(法30条1項柱書)といえるかであろう。以下、法30条1項柱書を引用する。

著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。


 ここで、映画の盗撮の防止に関する法律(盗撮防止法)により、一定の映画の盗撮が違法となったが、その立法趣旨としては、「映画館で映画の盗撮が行われた場合であっても行為者が私的使用目的の複製であることを主張したときは,著作権法ではこれを直ちに著作権侵害と認めることが難しく,効果的な対応ができない」という点にあった*3。おっと、役所のHPばかり引用していると、行政解釈絶対主義という誤解を招くかもしれない。そこで、コンメンタールの記載を引用しておこう。

映画館において小型ビデオ機器を持ち込んで個人的に鑑賞することを目的として映画を録音録画する行為については、従来は、30条1項のもとで何らの著作権侵害を構成しえないものと解しうる余地が存していたところ、本法律の施行によって、一定範囲の絞込みはなされているものの、著作権行使の対象となることが明示的に規定された
小倉秀夫・金井重彦『著作権法コンメンタール』568頁(平嶋竜太執筆部分)


 映画の録画と講義の録音では、行っている行為が録音か録画かと言う点や著作物の内容が違っているが、これらの点は私的使用の成否に直接関係する点ではない。むしろ、映画に関する事例1類似の行為を違法にするためわざわざ特別法を制定したという事は、特別法がない講演の録音に関する事例1が適法な可能性の高さを示すと言えよう。なお、法30条1項柱書のいう「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」に関し、映画館や大学の教室は家庭内やそれに準じる場所ではないものの、私的使用では、「使用」がそのような個人的な、プライベートな範囲かどうかが問題であり、複製をする場所自体はそれに限られない*4


 もちろん、契約や学則で録音禁止とすることで著作権法の権利制限規定をオーバーライドできるか*5等の難しい論点もあるので、事例1の場合が「100%明確に白」とまで言うつもりはない。しかし、事例1は少なくとも「服役」までに至る可能性はほとんどない、白に近い事例であることは間違いないだろう。


2.私的使用のつもりで複製された録音の入手
 事例2−1について、少なくともYには著作権法違反はないものと思われる。すなわち、「動画の視聴は21条ないし28条の支分権に該当する行為ではな」い*6のであって、Yが録音を聞く行為についても、何かの著作権侵害を問うことは困難であろう。なお、Yがこのデータを複製することもありえるだろうが、私的使用の範囲内の複製であれば「友人から借りた違法複製物からの複製も侵害とならない」*7とされている*8


 これに対し、Xについては*9、もし、XがYだけではなく「公衆」に譲渡または貸与していれば、私的使用以外の目的のために、同条の規定の適用を受けて作成された著作物の複製物を「頒布」(法2条1項19号)したとして、複製を行ったとみなされる可能性がある(法49条1項1号)。ただ、この「公衆」(法2条5項参照)というのは特定少数を除く*10ものの、その範囲は微妙であって、具体的なケースに即して、何人が多数であるかということは相対的に決めざるを得ない*11、著作物および行為態様によって相対的に決定される*12といわれる。
 その意味では、少なくとも譲渡の相手がY一人であれば適法だ(or違法とはいえない)が*13、どの程度の人に譲渡ないし貸与すれば公衆に該当するかもグレーとしか言いようがないだろう*14


3.第三者のために行う録音
 よりグレーが濃くなるのが事例2−2である。事例2−2では、Xは自分のためではなくYのために録音(複製)をしているからである。法30条1項柱書が「その使用する者が複製することができる」と書いている以上、Xが複製するのは違法ではないかという問題意識である。上記ブログでは、コメントにおいてやや方針転換した後の段階でも、なお、「他の」「学生」「から委託を受けて録音・録画する場合には明らかに私的利用に該当しないことはご理解いただけると思います」と記載されている。


 もっとも、この私的使用については、使用者の手足として、その支配下にある者に具体的複製行為を行わせる事は許容される*15と言われており、社長が秘書にコピーをとってもらう場合が例示されている*16。おっと、立法担当者の本を引くと、これも行政解釈の一種だというツッコミをされる方もいるかもしれないので、中山先生のご本も引いておこう。

本人と同一視できるような補助者(いわゆる手足)による複製は許されると解すべきである
中山信弘著作権法』第2版288頁

 実務家による書籍においても、例えば親の依頼で子がテレビ番組を録画するような場合、子は親の手足にすぎず、実質的には使用者本人による複製と同視しうると指摘するものがある*17


 さて、このような議論がなされているという前提の下で、手足論の1つの例(決して「行政解釈絶対主義」ということではなく)として、文化庁著作物流通推進室長(当時)川瀬氏の

複製主体については、その実態によって必ずしも実際に複製した人とは限らないということがあります。例として、手足理論と書いていますが、これは、例えば、親の言いつけに従って子供がコピーをする場合の複製主体は、子供ではなく親であるとか、社長の言いつけに従って秘書がコピーする、先輩の言いつけに従って後輩がというような理論もございますし、その他にも利用形態によっては依頼した者が複製主体になる場合もあろうかと思います。
著作権分科会 私的録音録画小委員会(第2回)議事録・配付資料*18


 という言葉を紹介しよう。上記のような立法担当者、学者、実務家の議論等の背景を踏まえてこの発言を吟味すれば、特に行政解釈絶対主義の立場を取らなくとも、事例2−2のXの行為がなお私的使用であるという議論は十分に成り立つだろう。もちろん、「その使用する者」の解釈においては、枢要行為を誰が行っているのかをメルクマールとするような説もあるので、別に先輩の言いつけに従って後輩が録音すれば必ず100%白だとまでいうつもりではないが、白に近いグレーと言ってよいのではなかろうか。


 また、事例2−2をXとYの二人のごく少数のグループが録音を共有する事案とみれば、「サークルのように10人程度が一つの趣味なり活動なりを目的として集まっている限定されたごく少数のグループ」*19で使用することが私的使用になるという議論を使うことができる可能性もある。

まとめ
 私も、決して白黒をはっきりさせるつもりはないが、大学の授業の録音において典型的に見られる場合である、自分で勉強するために録音する、ないしは、先輩が後輩に依頼して録音してもらうといった場合については、講義の録音は(少なくとも)グレーであり、むしろその中でも白に近いのであって、ただちに服役をすべきというような話では全くないことは分かって頂けるのではなかろうか(そしてこの議論は決して行政解釈絶対主義に基づくものではない。)。他人に依頼されて録音するという場合について、先輩が後輩に依頼すると言った場合を含めて常に「明らかに私的利用に該当しない」とまで言ってしまうのも「言い過ぎ」の感を拭えない。
 また、学生からデータを入手し再利用している学生について、これを「処罰」するのは難しく、「処罰を考える」というのは、基本的には立法論と考えるべきであろう。
 もちろん、素晴らしい講義をされている先生について、外部者がその講義を密かに学生に録音させて無断でネット販売や書き起こしを出版するといった超例外的な場合もあるかもしれない(そして、ブログを書かれた先生は、ご自身の講義についてはそのような例外に該当するのだとおっしゃりたいのかもしれない*20。)。もし、こういう極端な場合を想定するのであれば、「服役」等の極端な事態も全くない訳ではないかもしれない。しかし、大学の講義の録音にまつわる普通の状況を想定する限り、「服役」というのはかなり筆が滑った言い方としか評しようがないだろう。
 なお、一般論として、「録音に頼らずノートをまとめる能力がある学生」の方が、「録音がないと授業を聴いた後その内容がさっぱり残っていない学生」よりも優秀であるのは事実であろう。そこで、教育機関として大学が前者を育成しようとし、そのために適切な教育的配慮をするということ自体については反対するつもりはない。*21

*1:この点については感謝している

*2:法109条1項により懲役刑による「服役」の可能性がある。

*3:http://www.bunka.go.jp/chosakuken/eiga_tousatsu.html

*4:例えば岡村久道『著作権法』第3版221頁は「上記以外の場所(例:公園)で複製されても、使用する人の範囲が上記範囲内であればよい」とする。

*5:例えば、岡村久道『著作権法』第3版215頁等を参照のこと。

*6:小倉秀夫・金井重彦『著作権法コンメンタール』579頁

*7:中山信弘著作権法』第2版289頁

*8:本件がそもそも「違法」なのかという問題はともかく

*9:なお、私的使用の要件は行為時で判断するので、録音自体は事例1と同様に解される。中山信弘著作権法』第2版289頁参照

*10:岡村久道『著作権法』第3版153頁

*11:加戸守行『著作権法逐条講義』6訂新版73頁

*12:小倉秀夫・金井重彦『著作権法コンメンタール』211頁

*13:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414/001.pdfも参照。

*14:なお、公に口述した場合には、口述権(法24条)の問題が生じ得るが、少なくとも事例2−1のような場合には該当しないだろう。

*15:加戸守行『著作権法逐条講義』6訂新版232頁

*16:加戸守行『著作権法逐条講義』6訂新版232頁

*17:岡村久道『著作権法』第3版220〜221頁

*18:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm

*19:加戸守行『著作権法逐条講義』6訂新版231頁、岡村久道『著作権法』第3版221頁も同旨

*20:http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-499d.htmlの記載等からも、そのような趣旨を「忖度」できるかもしれない。

*21:ただ、例えば最初の法学入門の講義で、新しい「概念」の洪水に、もう一度聞き直して復習したいといって録音する人が必ずしも法曹適性がないとは言えないのではないかと思われる。録音をしただけで直ちに法曹適性がないと判定することは、やや「即断」に過ぎるきらいがある。