
THE IDOLM@STER MASTER ARTIST FINALE 765プロ ALLSTARS
- アーティスト: 音無小鳥(滝田樹里)
- 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
- 発売日: 2007/10/24
- メディア: CD
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1.はじめに
5月に入ってから、まだ半月も立たないのに6本目の更新です(ご挨拶)。
さて、フォロワー様(@elfte様)から、要旨「iM@S架空戦記シリーズにおける高木順一朗社長の行為って、法律的にどうなんですか?」というご質問を頂きました。そういえば、私は、10年前にこのブログでアイマス&法律のネタ記事を書いていたのですが、せっかくのご質問ですので、10年振りにアイマス(派生作品)の法律問題について検討してみたいと思います*1。
萌え法学シミュレーション〜法学者マスター - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
2.事案の概要*2
音無小鳥は、765プロという弱小芸能プロダクションの事務職員。ある日、高木順一郎社長(愛称「無茶振りに定評のある黒いの」)から、876プロという芸能プロダクションと懇親のためのTRPGに参加することを命じられる。TRPGのど素人である小鳥に対し、PL(プレイヤー)としての参加ではなく、GM(ゲームマスター)としての参加を強制される。シナリオ作成を含めた準備期間は一晩(!?)。小鳥は徹夜でルールブックを読んで勉強をし、TRPGに参加することとなった。頑張れ、ピヨちゃん!
3.そもそも断れるのか?
まず、この高木社長の「無茶振り」は断れるのだろうか。もしも高木社長の無茶振りが、使用者による従業者に対する適法な業務命令ということであればこれを断ることはできない、むしろこれに反したことを理由に懲戒等を食らってしまう。そもそも事務員として採用した従業員である音無小鳥にゲームマスターをするよう命じることはできるのだろうか。
まず、業務命令権の範囲は本来的職務のほかに、出張、研修や健康診断、自宅待機などにも及ぶ*3。業務命令権の根拠は労働契約、労働協約、就業規則等であるが、まあ765プロはしっかりした会社なので、このような規定が存在することを前提としていいだろう*4。
問題は、音無小鳥が、事務職員であり、ゲームマスターとして採用した訳ではないことだが、この点については、例えば医師有資格者が病院との間に「医者」として働くという職務内容を限定する合意(職務限定合意)がある場合には、一般的な配転命令権限に基づき、例えば経理や清掃等の別の職務を命じることはできないとされている*5。もっとも、音無小鳥はいわゆる「正社員」であり、特に明確に職務が限定されていないように思われる。一般に日本においては労働者の職務内容が個別労働契約で特定されず、また、職務内容の特定されたポストに必要な人員を雇い入れるという慣行もないので、使用者に広範な業務命令権が肯定される傾向にある*6。そして実際に、音無小鳥は、CDデビューまでしている訳である*7。そうすると、音無小鳥の妄想力*8を見込んでゲームマスターとしての業務遂行を命じるということ自体は、765プロ(高木社長)の業務命令権の範囲と一応解することができるだろう。
ただ、業務命令を出せるとの規定があっても、その業務命令が、嫌がらせみせしめ等の不当な目的による場合や、肉体や精神に不当な苦痛を与えるなど、人格権を侵害するような場合には無効とされる*9。本件は、単なる「無茶振り」であって、嫌がらせ目的ではないだろうから、問題は、徹夜での準備等による肉体精神への苦痛であろう。この点、これまでの事例では、危険海域への渡航が、労働者の生命や身体に予測困難な危険をもたらすとして無効とされている*10。しかし、危険海域の渡航等と比べるとその危険の程度が大きいとは必ずしも言えず、翌日にTRPG懇親会が控えていて、今準備してもらわないと間に合わないという点*11に鑑みると、これをもって無効な命令とまでは言いがたいのではなかろうか。
4.業務なの?
ゲームマスターとしての活動が、このように会社の適法な命令に基づくものであれば、その活動は「業務」ということになるとも思われる。しかし、この問題はそう単純ではない。上司に言われて得意先の人と接待ゴルフや麻雀をすることがあるだろうが、こういう場合にタイムカードを押したり残業代を請求するということは普通はないだろう。そこで、その行為が業務として判断されるのかという問題は、命令の効力とは別の問題として判断する必要がある。
ここはちょっと分かりにくいので、1つの事例を出そう*12。取引先とのゴルフコンペへの移動中に事故にあった労働者の遺族が、これが業務中の災害であって労災であるとして遺族補償給付等を請求した事案であるところ、裁判所は、ゴルフコンペは親睦目的の会合であるとした上で、
親睦目的の会合ではあつても、右会への出席が業務の追行と認められる場合もあることを否定できないが、しかし、そのためには、右出席が、単に事業主の通常の命令によつてなされ、あるいは出席費用が、事業主より、出張旅費として支払われる等の事情があるのみではたりず、右出席が、事業運営上緊要なものと認められ、かつ事業主の積極的特命によつてなされたと認められるものでなければならないと解すべき
と判断した。要するに、親睦会的な会合への参加が業務になるためには、事業の運営上の必要性と、上司の積極的命令が必要であり、単に上司が親睦目的の会合に参加するよう命じただけでは足りないということである。すると、内容が親睦目的の会合であるTRPGの集いについては、単に上司(高木社長)の命令があったというだけで、それが必ず業務になるということではないように思われる。特に、TRPGの過程においてほとんど業務の話は出てこない訳であり、事業の運営上、TRPGを行う必要性は低そうである。少なくとも、小鳥以外の765プロ所属のアイドル達(プレイヤーとして参加している参加者)については、それがプロデューサー等の命令によるものであっても、業務ではないと理解することが適切なように思われる。
もっとも、最近の裁判例を見ると、いわゆる接待等をしている時間について、これを業務時間だと認めるものが出てきている。例えば、いわゆる過労死事案の判断において接待時間が時間外労働時間かが問題となり、酒も飲めず会食や接待が苦手であったが業務の必要があると判断して接待や会合に参加していたこと等を理由に結果的には接待が業務として認められている事案がある*13。この他にも、接待を業務としたものに、東京地判平成15年9月24日判タ1181号225頁*14があり、懇親会の幹事的雑用を業務とみているらしい裁判例や*15、ゴルフコンペの幹事としてゴルフや麻雀をこなすこと等も業務と見ているらしい裁判例もある*16。なお、上記の前橋地判と類似した事案で、業務性が認められた事案もあるそうである*17。
加えて、少し古いが、「単なる懇親を主とする宴会は、その席において何らかの業務の話題があり、また業務の円滑な運用に寄与するものがあったとしてもその席に出席することは、特命によって宴会の準備等を命ぜられた者、又は、出席者の送迎に当たる自動車運転者等のほかは原則としてこれを業務とみることはできない」という労働局の裁決がある*18。
音無小鳥は、(少なくとも「無茶振り」をされた当初は)特にTRPGが好きな訳ではなく、参加の理由はひとえに高木社長の命令によるものである。また、プレイヤーとしての参加ではなく、ゲームマスターとしてTRPGの準備をし、参加者のためにサービスを提供している。そこで、懇親としての側面が強い会合であるものの、業務性をいわば例外的に認める余地があるように思われる*19。
小鳥が行うGMとしての活動及びその準備作業が業務であることの帰結は、これが労働時間ということである。徹夜でゲームの準備をしている時間*20はもちろん、TRPGのプレー時間も労働時間である。高木社長に残業代を請求できる! これは、プレイヤーとして遊んでいるアイドル達とは異なる扱いであり、プレイヤーの場合には、原則通り業務ではなく労働時間でもないと考えるべきであろう。
また、業務性があるということは、必要な経費は会社が出すべきことになる。例えば、ソード・ワールドのルールブックは会社から支給されているが、これは業務である以上当然であろう。
更に、このような慣れない業務を行ったために、精神を病んだり、病気になった場合には、労災の可能性がある。何しろ、素人にゲームマスターをやらせるなんていうのは「無茶振り」以外の何者でもなく、高木社長は使用者としての安全配慮義務を果たしていないと解される可能性が高いだろう。iM@S架空戦記シリーズではそのような悲惨な結果にはなっていないが、現実にはそういう場合もあり得るので留意が必要であろう。
まとめ
素人にゲームマスターをさせるよう命じるという「無茶振り」を法的に検討すると、いわゆる職種が限定されていない正社員に対する「無茶振り」も、業務命令として有効である可能性が高い。
そして、一般に上司の命令であっても、取引先等と懇親を行うことは業務ではないと解されるが、自分が懇親をするというよりも、他人が懇親できるようゲームマスターとして準備し・奉仕するということであれば、例外的に「業務」と解される可能性がある。
いずれにせよ、こんな無茶振りをして精神を病んだり、病気になった場合には、労災として責任を問われる可能性が高い。「無茶振りに定評のある黒いの」は、765プロが「ブラック企業」という汚名を着ることがないよう、自重すべきであろう。さもなくば、961プロの黒井社長を諌める資格はないだろう。
*1:なお、基本的にはアイマスアニメ+劇場版、デレマスアニメくらいを見ているという程度のアイマス初心者が書いているので、細かい点はお許し下さい。一番好きなのはアイマスだと千早(8歳)、デレマスだと蘭子です。
*2:とりあえず、典型的な「小鳥さんのGM奮闘記」をベースに事案を作りました。
*3:水町「労働法」5版115頁
*5:荒木「労働法」2版351頁参照
*6:荒木「労働法」2版252頁
*7:某クラブでも時々歌っている訳ですし
*8:ちょっと妄想の方向がBL気味に振れているところはゲームマスターの適格性と言う意味では疑問がないでもないが、まあこれは一応捨象しましょう。
*9:水町「労働法」5版115〜116頁
*10:最判昭和43年12月24日民集22巻13号3050頁
*11:そもそも、その前に伝えるのを忘れていたという問題はあるとしても。なお、日本はいわゆる36協定と残業についての根拠規定があれば(水町「労働法」5版271頁)24時間(正確には休憩時間を除く23時間)働かせられる国である(水町「労働法」5版50頁)。
*12:高崎労働基準監督署長事件・前橋地判昭和50年6月24日訟月21巻8号1712頁
*13:大阪地判平成23年10月26日労判1043号67頁。「確かに、一般的には、接待について、業務との関連性が不明であることが多く、直ちに業務性を肯定することは困難である。しかし、亡太郎が行っていた顧客等との接待は、〈1〉顧客との良好な関係を築く手段として行われており、本件会社もその必要性から、その業務性を承認して亡太郎の裁量に任せて行わせていたこと、〈2〉本件会社が協力会社に甲の取引を獲得ないし維持するため、工期の短い工事等の無理な対応をお願いする立場であったため、乙、丙、丁、戊等の協力会社に対してその必要性があったこと、〈3〉亡太郎が前職当時から付き合いのある人脈を利用して営業の情報を収集したり、根回しをし、そのために顧客とコミュニケーションをとることによって問題の解決に当たっていたこと、〈4〉亡太郎が大阪事務所長として必要と判断したものであって、本件会社にとって有益で、必要な業務の一部であったこと、〈5〉亡太郎の後任である乙山春夫もその職責を全うするため重要であると認識していたこと、〈6〉会議終了後等に行われる場合、取引先(甲)関係者との間で、全体の保全会議では議題にしにくい個別の技術的な問題点をより具体的に議論する場であったこと、〈7〉甲関係者にとって、技術的に詳しい亡太郎から本音で込み入った技術的な話を聞く場として、会議終了後の会合を位置付けていたこと、〈8〉亡太郎にとって、得意ではなく、酒も飲めないため、会食や接待が苦手であったところ、業務の必要があると判断して、周囲に気付かれないように接待や会合に参加していたこと、〈9〉その費用を本件会社が負担していたところ、大阪事務所の接待費の月額枠は二〇万円であったが、実際の亡太郎の接待はこれに収まるものではなく、それを超える額についてもケア(保全)やインプリ(建設)の経費処理を行っていたこと、〈10〉週に五回くらいあり、平成一七年に亡太郎から本件会社経理部に対して請求された交際関係のレシートは九か月間で四八回分に及んでおり、亡太郎死亡後、更に五二枚のレシートが発見されたことから、本件会社は原告に対して二〇〇万円を超える金員を交際費として会社経費で清算していることがある。以上の事実を踏まえると、亡太郎が甲の関係者等との飲食は、そのほとんどの部分が業務の延長であったと推認でき、同認定を覆すに足りる証拠はない。」
*14:「接待が行われた日について、原告が研究所を訪問した客を接待する場合、敷地内にある施設「三井クラブ」を利用するのが通例である(証人P7、弁論の全趣旨)ところ、甲111(P2が事後に同僚らから独自に聞き取り調査した結果を記載したノート)の9〜15によれば、昭和62年10月以降で「夜三井クラブ」と記載のある日は、10月が2日、11月が1日、12月が3日、合計6日となっている。他方、会社が労働保険審査会に提出した昭和63年8月23日付けの「お客様等との会食出席状況」(乙41)によると、10月6日、10月8日、10月12日、10月21日、11月13日、12月23日、12月29日(仕事納め)の7日となっており、日数においてさほど差異がないため、乙41に従い、上記の日に接待が行われたと認める。ただし、12月29日については仕事納めなので(甲112)、接待のあった日とはしない。なお、原告は、このほかにも、自己が統括する各グループの忘年会や新年会に参加したり、退勤後部下と飲食することが多くあったが(甲68、証人P7)、これら懇親会的なものは業務とは関係がないから、労働時間とすべきではない。」
*15:大阪地判平成20年5月26日労判973号76頁
*16:名古屋地判昭和56年9月30日労判378号64頁の、特に「その外に秀夫が具体的に担当していた仕事のうち主なものに次のようなものがあった。」参照。
*18:労働局裁決昭和45年6月10日
*19:まあ、その後小鳥自身も楽しむようになっているというのはあるが、仕事を楽しんだからといって仕事ではなくなる訳ではないとは言えるだろう。
*20:深夜労働かつ残業なので、更に割増率がアップする。