アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

「中世古先輩がソロを吹けないのは許せません!」吉川優子の訴えは法的に通るのか〜響け!ユーフォニアムの法的考察


本エントリは、「響け!ユーフォニアム」第11話までのネタバレを含みますので、まだ未見の方は、ぜひご視聴下さい!13話まで筆者は見ていますが、本エントリに関する限り12、13話のネタバレは含みません。



1.響け!ユーフォニアムとは
 「ダメ金」で金賞は取ったものの関西大会への出場権を得られなかった中学時代。マジ泣きするトランペットの高坂麗奈に、「本気で全国行けると思ってたの?」と突っ込んでしまった主人公の黄前久美子は、高校から新たなスタートを切ろうと、中学時代の友達がほとんどいない上、吹奏楽でもパッとしない北宇治高校*1に進学した。ところが、北宇治には、あの高坂麗奈がいた。麗奈は、北宇治に新たにやってきた吹奏楽部顧問の滝昇先生を慕って、吹奏楽の名門校の推薦を断ったのだった。ユーフォニアムをまた担当することになった久美子は、同級生でコントラバス担当の川島緑輝*2や同じく同級生で、吹奏楽は初心者でチューバ担当の加藤葉月らの低音パートの仲間とともに、パートリーダーで三年生の田中あすかの指導の下、全国を目指して練習に邁進する。そんな高校生活を描いた小説・アニメである。個人的には、噂となっている二期が大変楽しみである!


2.ソロパート問題、発生!
 滝先生は、全国大会出場という目標達成のため、55人という大会の出場枠を学年順ではなく、オーディションの結果、つまり実力で選ぶことを決定した。吹奏楽の「華」であるトランペットのソロも、実力主義で選ばれる。
 三年生でトランペットパートのリーダーである中世古香織は、吹奏楽部のマドンナとして、吉川優子*3らに慕われていた。香織は、二年生の時は、部で一番トランペットがうまかった(吉川談)が、学年順という当時の顧問の方針で、たいしてうまくもない(吉川談)三年生がソロを担当し、今年こそソロを吹こうと、頑張って練習を積んだ。しかし、オーディションの結果、高坂麗奈がソロを担当すると発表された。
 これで収まらないのは優子の方である。優子は、麗奈と滝先生が知り合いという噂を滝先生につきつけて、オーディションが不公正ではなかったのか、滝先生に直接問い糾した。滝先生は、親同士が知り合いである関係で、中学時代から麗奈を知っていたことを告白するが、オーディションに不正はないとして、優子の疑惑を突っぱねた。しかし、部内の滝先生に対する不信は広がっていった。そんな中、滝先生の提案で、ホール練習の日に、高坂麗奈中世古香織が全員の前でソロパートの演奏を披露し、どちらがソロにふさわしいかをみんなで決めるという再オーディションをすることになった。


 結果として、再オーディションにおいて、高坂麗奈の演奏を聴いた中世古香織は、技量の差に納得し、麗奈がソロを担当することに決まるが、もし、この決定にも優子が納得しなかったら、どうなるのだろうか? 優子は、裁判でこれを争うことはできるのか?


3.司法審査の限界
 裁判所で争うというのは、国の機関において、裁判官(公務員)等の時間と費用(税金)をかけて審査をするということである。また、裁判所で判断者の役割を果たす裁判官は、事実を認定(証拠から発見)し、法律を適用することに関するプロではあるものの、学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断のプロではない。そこで、どのような争いでも裁判所で争うことができるのではなく、「法律上の争訟」(裁判所法3条1項*4)、つまり、「法令を適用することによつて解決し得べき権利義務に関する当事者間の紛争」*5についてのみ裁判所は判断(司法審査)をすることができ、それ以外の訴えは許されない。
 例えば、技術士国家試験の合格、不合格の判定の当否についての訴えは、法律上の争訟に当らず、裁判所で審査することは許されない(最判昭和41年2月8日民集20巻2号196頁)とされている*6
 麗奈と香織のいずれがトランペットを吹くのがうまいのかという問題は、技術上*7の能力の優劣の判断であり、法令を適用する事によって解決はできず、司法審査の範囲外であると考えられる。



4.部分社会の法理
 もう1つの問題は、この決定が、府立高校(の吹奏楽部)内の出来事だということである。
 自律的規範を有する団体の内部における法律上の紛争については、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる場合には、原則として、当該団体内部の自治的、自律的な解決に委ねられるのを相当とし、「法律上の争訟」に当たらないものとして、裁判所の司法審査権が及ばない。これを部分社会の法理という。要するに、議会、学校等の団体では、それぞれの「決まり(校則等)」があり、その団体内部の判断・紛争解決プロセスが存在するのだから、団体内においてなされた判断を裁判所は尊重するということである。例えば、国立大学の単位認定は司法審査の対象にならないとされている*8
 その意味でも、府立高校(の吹奏楽部)という自律的な団体における紛争である、トランペット・ソロにふさわしいのは誰かという問題は、仮に法令を適用する事によって解決できても、裁判所はそれについて判断することを控えるべきであるとも考えられる。


 そこで、二重の意味で、「中世古先輩がソロを吹けないのは許せません!」という問題は、裁判所の司法審査の範囲の外であって、優子がこれを訴えたところで、裁判所はこれを取り上げず、門前払いする可能性が高いのである。



5.判例を追え!
 一見絶望的な状況。法律問題を検討する場合には、よくこのような状況に直面する。ここで諦めるのも1つの選択である。しかし、諦めないという選択肢もある。諦めずに進む場合のヒントは、過去の判例にある。


 まず、部分社会の法理は、「一般市民法秩序と直接の関係を有しない」場合に判断を控えるというものである。一般市民法秩序と直接関係する場合には、裁判所は判断をすることができる。
 この、一般市民法秩序というのは分かりにくい概念であるが、例えば、
・団体の行為が名誉毀損に該当する(ないしは個人の社会的評価を低下させる)場合*9
・団体内部の処分が個人の資格や業務に一定の制約を及ぼす可能性のある場合*10
・一般市民として享有する権利と関係する団体からの除名等の場合*11
 等が該当するとされる。その観点からは、この問題が純粋に「中世古先輩が吹奏楽部内の内部手続としてソロに選ばれるかどうか」だけの問題ではないと言えれば、これを裁判所の審査の範囲に持って行くことができる可能性がある。


 次に、問題となっている紛争の内容が実質的に技術的・技術的な優越に関するものであることに関しても、克服の余地がある。例えば、実質的に芸術家(茶道)の家元が誰かが問題となっている事案において、いずれが家元であるかを判断をするためには、流派、流儀、技能等に対する価値判断をする必要はなく、ただ、当該家元の選任に関する事務的な手続の適否を判断すれば足りるとして司法審査が可能とした事案(大阪高判平成3年2月22日判タ756号204頁)があるように、手続的な内容であれば、裁判所による判断の余地がある*12



6.島根大学事件を「梯子」にする
 このような双方の観点から参考になるのは、島根大学事件(松江地判平成14年3月6日)である。この事件は、要するに、某大学の助教授が教授に昇任できなかったのは違法だとして裁判所に訴えた事案である。
 裁判所は、確かに、教授会が業績(=学術上の優劣)等を踏まえ最終的に教授に昇任できるかを決定することができるとされており、この教授会の決定権について裁判所が審理判断することができず、教授会の決定の当否という問題そのものは「法律上の争訟」に当たらないとした。
 しかし、原告である助教授の請求には、教授昇任手続が適正になされず、そのような適正な手続を享受できなかったこと自体に対する精神的苦痛を理由とした慰謝料請求をする趣旨を含んでいるところ、裁判所はこの精神的苦痛について審理判断することが可能としたのである。


 この「手続の正しさ」というのは、「遠山の金さん」*13とかが好まれている日本社会ではなかなか理解されにくい話なのであるが、(1)正しい手続で判断されなければ、その判断の内容も誤ったものになる可能性があるし、(2)手続自体が正しければ、負けた方も納得し易い等という意味で、純粋に手続の正当性自体にも意味があるのであって、実はかなり重要なものである*14


 本件において、島根大学事件を活用すると、
・滝昇先生によるソロの決定そのものは裁判所は審理判断することができない。
・しかし、ソロの決定の過程が適正になされなかったのであれば、そのような適正な手続を享受できなかったこと自体に対する精神的苦痛を理由とした慰謝料請求をすることができる
・その手続、決定過程の正当性については、裁判所は司法審査をすることができる

 という立場も取り得ない訳ではないだろう。
 

 このように考えると、本件で裁判所が審査すべき問題は、
再オーディションが適切な手続で行われたか
 という点であり、そこに尽きるということになる。


 本件においては、滝先生によれば、2度目のオーディションは「来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します」(第10話)という決定方法であった。


 それが、当日突然「両者が吹き終わった後全員の拍手によって決めましょう」という決定方法に変わった。(これ自体を単体で違法というつもりはないが、この事実自体、滝先生が手続を重視していないことを示唆する事情と言える。)


 両者が吹き終わった後香織がいいと言う拍手は、優子と部長(確認できた限り)、麗奈がいいという拍手は久美子と緑輝(確認できた限り)であって、両者一歩も引かなかった。


 このように極端に「投票率」が低い場合、「全員の拍手」という方法が、「全員で聞いて決定する、これなら異論はない」(第10話滝昇発言)からこそ選択されたという観点からは、残り49人(55人−6人)全員に促して香織か麗奈かどちらかを選択させ、全員の決定の形を取るべきであったのではなかろうか。


 それにも関わらず、滝先生は、香織本人にソロパートを吹くかを尋ねるという、当初の手続で示されておらず、かつ、「全員での決定」という当初の方向性とは異なる方法でソロパートを決定した。この点において手続上の違法があったと解釈する余地があるように思われる。


5.当事者適格の欠缺
 このように、香織本人が未だに異議があれば、裁判所に訴え出ることで、手続の違法を主張することができる余地がある。


 しかし、今回香織は納得しており、問題視するのは、「別人」である優子の方である。


 その人の権利が侵害された場合、裁判所に訴え出ることができるのは本人だけである。例えば、恩師の名誉が毀損されたとして、死亡した恩師の名誉回復のための謝罪文の提出を求めた請求について、指導を受けた学生*15であったというだけで原告になって請求することはできないとして請求が棄却された事案がある*16


 香織が納得している限り、いくら大好きな先輩の夢が絶たれたとしても、優子が代わって請求することはできないのだ。

まとめ
 吹奏楽部のトランペットのソロパートを誰が吹くかと言う問題は、原則として司法審査の対象にならない。
 しかし、その決定手続の違法により精神的な苦痛を受けたという請求を立てた場合に、その決定手続の適正について裁判所が審査できると解する余地がある。
 もっとも、そのような請求をできるのは、ソロパートのオーディションに落ちた本人であり、「中世古先輩がソロを吹けないのは許せません!」という優子の思いは、残念ながら、現在の司法制度では通じないのである。





 

*1:京都府立北宇治高等学校

*2:さふぁいやと読む。なお、もう15歳なので、家裁に改名を申請すれば普通に通るだろう。「みどり」という通称も相当程度通用性が高いし。

*3:頭につけた大きなリボンが可愛い2年生。艦これの島風とか咲の天江衣にも似ている。

*4:「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する」

*5:最判昭和29年2月11日民集8巻2号419頁

*6:それ以外に法律上の争訟に該当しないとされた例として、スポーツ競技における順位(東京地判平成6年8月25日判タ885号264頁)、2つ以上の研究の前後(東京地判平成4年12月16日判タ832号172頁)、大学の卒業制作の合否(名古屋地判昭和58年3月29日判時1083号61頁)、物理学会が会員の論文を機関誌に掲載するか否か(東京地判昭和56年12月15日判タ470号144頁)、宅地建物取引主任者資格試験の合格、不合格の判定(大阪地判昭和48年7月26日訟月20巻4号81頁)等参照。

*7:もしくは芸術上

*8:最判昭和52年3月15日民集31巻234頁参照

*9:この類型は多いが、最近の高裁レベルのものとして「名誉が侵害されたとする点は、団体内部で生起した問題ではあるけれども、個人の権利侵害の違法性の問題として、市民法秩序の中で判断されるべき事柄である」東京高判平成27年2月12日

*10:例えば司法書士への注意勧告に関する高知地判平成24年9月18日判タ1395号343頁やタクシー協同組合の個人タクシー運転手へのタクシーチケットの換金停止処分等に関する神戸地判平成22年4月22日判タ1337号155頁参照

*11:国公立大学における専攻科修了認定行為は、司法審査の対象になるとした最判昭和52年3月15日民集31巻2号280頁等参照

*12:なお、政党が党員に対してした処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則つてされたか否かによつて決すべきであり、その審理も右の点に限られるとした最判昭和63年12月20日判タ694号92頁も参照。

*13:適正手続とは全く無縁、むしろ「真逆」の世界

*14:よくある例としては、ケーキをAとBで2つに切り分ける際、「Aが切って、Bが選ぶ」という方法をとれば、もしかすると最終的にAとBのケーキの大きさは違うかもしれないが、AもBも納得できる「適正」な切り分け「手続」だというものがある。

*15:正確には「満州開拓青年義勇隊内原訓練所准幹部養成所第一区隊第一小隊の訓練生」

*16:東京地八王子支判平成1年11月9日判時1334号209頁。なお、訴え却下ではなく請求棄却にしたことには疑問はなしとしない