アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

海未を絶望のどん底へ陥れた穂乃果の責任?ーラブライブ!The School Idol Movieで学ぶ国際私法


当エントリは、映画「ラブライブ!The School Idol Movie」のネタバレを含みます。未見の人は映画館へ急げ!なお、私はアメリカ法の専門家ではありませんので、本エントリを元に行動をされても、何ら責任を負いかねます。


1.簡単な事案の、ような……
 スクールアイドルブームを更に盛り上げるため、ニューヨークはJFK空港*1に降り立ったμ'sの9人。3人ずつタクシーに分乗してホテルに向かうことに。ホテルに着けるか不安がる海未に、穂乃果はホテルの名前を書いたメモを渡す。


 しかし、海未らは、ニューヨークの町外れ、場末の寂れたホテルの前で下ろされる。なんと、穂乃果が軽率にもメモをする際にホテルの名前をミスしてしまい、別のホテルに連れていかれてしまったのである。絶望のどん底に陥る海未。この場合の穂乃果の法的責任はどうなるか?



 実は、この問題は簡単、いや、むしろそもそも論じる価値すらない問題のように思われる。日本では不法行為民法709条)は過失によっても成立する。転記ミスという過失によって、海未に精神的損害を与えた以上、穂乃果は慰謝料を払わなければならない。死の恐怖の慰謝料としては、ヘリコプターの墜落による死の恐怖について50万円の慰謝料を認めた東京地判昭和61年9月16日判タ618号38頁や、土の中に生き埋めとなった者が味わった死の恐怖の慰謝料として150万円が認められた大阪地判平成1年1月20日判タ695号125頁等から考えると、あんなに精神的に追いつめられた海未は、穂乃果に対して不法行為に基づき、数十万円の損害賠償請求権を持つということで終わり、こう考えてみると、あまりにも簡単であって、わざわざ取り上げて法的分析をするまでもない話である。



2.ニューヨーク州法の適用なんて、こんなの絶対おかしいよ
 ところが、本件の大きな特徴は、アメリカで起こっているということである。アメリカで発生した事件を例えば帰国後に東京地方裁判所で裁く場合を考えよう*2



 そもそも、アメリカで、日本人同士の間で行われた不法行為について関係しそうなのは、日本法とアメリカ法の2つである。ただ、日本法とアメリカ法では規律が全然違っている。そこで、このような国際訴訟においては、どちらの法律が適用されるかを決めるルールが必要である。



 それが、国際私法ないしは抵触法といわれる問題である。日本の裁判所で裁かれる案件で適用される、法の適用に関する通則法*317条はこのように規定する。

不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。

 要するに、結果発生地を原則として、例外的に加害行為地を考慮する。本件の場合、精神的ショックを受けた場所はニューヨーク州、そして、加害行為地もニューヨーク州であるから、いずれにせよニューヨーク州となる*4



 ニューヨーク州法では、過失による精神的加害(Negligent Infliction of Emotional Distress)が認められる条件は厳しい。要するに、
・精神的損害だけではなく、物理的損害を伴う場合(physical injury)
・後一歩で物理的損害が生じた場合(near miss cases)
・危険区域で近親者が死傷するのを目撃した場合(bystander cases)
等の非常に特殊な場合にしか過失によって、精神的被害が生じた場合にこれを不法行為として認めてくれないのである。


 これに対し、故意による精神的加害(Intentional Infliction of Emotional Distress)は比較的緩い
 これは、極悪な行為(outrageous conduct)の結果*5、重大な精神的損害(severe emotional distress)が発生することが必要である。

 このうちの、「重大な精神的損害」については、海未のあのショックの受け方を見る限り、この要件を満たすと思われる*6


 また、「故意」とはいえ、この故意による精神的加害の場合には、軽率な行為(reckless conduct)を含む。そして、本件の穂乃果の行為は、生徒会長とは到底思えないような非常に軽率なものであり、これに該当すると言ってもよいのではないか。


 問題は、「極悪な行為」である。ここでいう、極悪な行為というのは「脅し、嫌がらせ又はちょっとした圧迫、又はその他の現代生活において予想され、随伴するたいしたことのない出来事(threats, annoyances or petty oppressions or other trivial incidents which must necessarily be expected and are incidental to modern life)」を含まない*7。本件では、確かにひどい行為であるが、この範囲であれば、現代生活において予想されるという議論はあり得る。しかも一回限りの出来事である。この点において、海未の主張はなかなか難しいところがある。


 そう、ニューヨーク州法が適用されることによって、海未の法的主張は、日本法と比べて格段に弱くなるのである


3.当事者による準拠法の変更も、明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外も、あるんだよ。



 ここで、まず海未が考えるべきは、穂乃果と「日本法を適用する」ことに事後的に合意することである。通常、契約がある場合には、事前にどこの法律を準拠法とするか合意している(法適用通則法7条参照)。そこで、どの国の法律が適用されるかはあまり問題とならない。そして、不法行為については、事前に合意できないにせよ、法は第三者を害さない限り、事後的に合意を許す。そう、穂乃果が法律にうといことを利用して、日本法を適用するのに合意すればいいのだ*8


 しかし、このような合意をしなくても、海未を救う方法がある。それが、法適用通則法20条である。

前三条の規定にかかわらず、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして、明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。

 要するに、機械的に適用される法律を決めたのではおかしな結論になる場合に、もっと密接に関連し、もっとふさわしい法律があるというのであれば、そちらを適用できるという条項が設けられているのである。


 本件では、ニューヨーク行きは一時的な出張に過ぎない。海未も穂乃果もその常居所は日本である。そうすると、日本法が二人にとって最も密接な関係がある地の法律と言えるので、日本法を適用することができるのだ*9


まとめ
 国際紛争においては、どこの法律を適用するかで結論が全然違ってくる事がある。過失によって精神的な損害を与えた場合は、アメリカ法(ニューヨーク州法)と日本法の間で大きな相違が存在する。
 そして、どの法律を適用するかを決めるのが、国際私法・抵触法であり、日本の裁判所では法適用通則法が適用される。
 そして、法適用通則法には、個別の事案に応じた柔軟な解決を認める条項も設けられているので、国際弁護士等の専門家に依頼することで、合理的な解決を図ることが可能である。

 

*1:実はこれがニュージャージー州ニューアーク空港だったら法的に全く異なる話になる。一応特定班の皆様によれば、JFKらしいので、それに従うことにする。

*2:ニューヨークの裁判所で裁く場合、アメリカ国際私法を考えないといけません。

*3:昔、「法例」と言われていたものが改正されたもの。

*4:そして、だからこそ、ニューアーク空港が加害行為地だと、「その地における結果の発生が通常予見することのできないもの」かどうかを判断するという必要が生じる訳です。

*5:Murphy v American Home Prods. Corp., 58 NY2d 293, 303

*6:身体的症状(physical symptom)は不要

*7:Zimmerman v. Carmack, 292 A.D.2d 601 (N.Y. App. Div. 2d Dep't 2002)&Lincoln First Bank v Barstro & Assoc. Contr., 49 AD2d 1025, 1025-1026

*8:ただ、穂乃果の「真姫ちゃん! 電車賃貸して!」は法的に考え抜かれた非常に「うまい」方法。未成年である穂乃果が消費貸借契約を取り消せば(民法5条2項)、現存利益を返還するだけでよい(民法121条但書)。電車に乗って消費してしまえば、もはや返す必要はなくなるのだ。

*9:なお、ニューヨーク州法の結論が非常におかしい時には公序違反(法適用通則法32条)等を使うこともできる。