アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

ガールズ&パンツァーの法的考察〜突然戦車道を復活させた大洗女子学園は、戦車道が嫌で転校した西住みほに対して法的責任を負うか? 


【ご注意】本エントリは、テレビアニメガールズ&パンツァーのネタバレを含みます。テレビアニメを見ていない人も、劇場版の公開前に予習したい人も、ぜひ先にテレビアニメ版を見てから本エントリをご覧下さい。


なお、12月20日0時(19日11時59分が回ったところ)にあわせ、劇場版のネタバレを解禁しました。
憲法9条の解釈における「武力なき自衛論」の再興〜ガルパン劇場版の法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
以下のエントリでは「まあ、それは「設定」ということで、とりあえず置いておこう。」と書いてしまったネタを正面から扱っています。


1.ガールズ&パンツァーとは


 「戦車道」ガルパンの世界において女子の嗜みとして行われる武芸である。法律の世界には、「職質道」がある(相良真一郎ほか『誰にでもできる職務質問―職質道を極める』参照)があるが、それと似た、インパクトのある言葉である。


 西住流戦車道の家元の家に生まれた西住みほは、戦車道の名門黒森峰女学園で戦車道に邁進していたが、ある事故を原因として、戦車道をやめる。そして、戦車道のない学校を探し、茨城県にある大洗女子学園に転校した。


 ところが、文部科学省の方針による統廃合の波は大洗女子学園に及び、大洗女子学園は廃校の危機に瀕した。廃校を免れる唯一の方法は、スクールアイドルの祭典、ラブライブ!で優勝すること。



 ではなく、戦車道の公式戦に参加し、黒森峰女学園を初めとする名門校を押しのけて、優勝することである。この目的を達成するために白羽の矢が立ったのは、学園唯一の戦車道経験者である、西住みほ。必修選択科目に戦車道を復活させると、猛烈な圧力をかけて戦車道を選択するよう要求する。西住みほは最初は断るが、最後は再び戦車に乗ることを決意する、そして、旧式車両に未経験者という極めて厳しい条件の下、公式戦を戦う。これが、ガールズ&パンツァーである。


 2015年11月21日からは「劇場版 ガールズ&パンツァー」が公開される。劇場版公開を祝してガルパンを法的に分析したい。


2.「ええっ!話が違う!」


 ガルパンで一番の法的問題は、やはり大量かつ強力な*1戦車を有する国公立学園艦の集合体は、もはや「実力であって戦力ではない」と言える程度を遥かに凌駕しており、憲法9条に違反するのではないかという点なのだが、まあ、それは「設定」ということで、とりあえず置いておこう。


 この問題を除くと、やはり大きな問題は、かわいそうな西住みほであろう。


 そもそも、西住みほがなんで転校したか、特になんで転校先として大洗女子学園を選んだのかといえば、それはまさしく戦車道がなかったからである。それにもかかわらず、完全な学校側の事情で戦車道を復活させて、しかも、廃校を免れると言う高度な必要性から強いプレッシャーをかけて西住みほに戦車道を選択させた。西住みほにいわせれば、「話が違う!」である。



 このような、学校教育の内容が事後的に変更され、入学(転校)を決定した際のものと大きく異なってしまった場合に、学校は責任を負わないか。


3.教育内容の変更と学校の責任
 もちろん、「教育内容が宣伝・説明と元々違っている」という詐欺的な事案は多い*2が、本件のような「当初は説明どおりだったのだが、その後事情が変化して大きく違ってしまった」という事案はほとんどない。


 しかし、最高裁判例に、本件に一見似ている事案がある。それが最判平成21年12月10日民集63巻10号2463頁である。同判決とその調査官解説*3の内容を簡単に説明しよう。



 この事件が起こったのは、茨城県(残念ながら大洗ではない)のとある高校である。この高校では、前校長が、特色のある論語に依拠した道徳教育を行っており、それを生徒募集説明会等で明確に説明し、原告を含む親権者の中には、このような道徳教育を受けさせたいと考え、子女を同高校に入れさせようとした者が少なくなかった。ところが、前校長が金銭問題等を原因として突然解任されるという事件が起こり、外部から新校長を招へいする必要性が生じた。新校長は、論語に依拠した道徳教育を廃止し、通常の学習指導要領どおりの道徳教育に切り替えた。そこで、原告らが、学校選択の自由を侵害された、ないしは、論語に依拠した道徳教育がなされるという期待・信頼が侵害されたとして提訴したものである。


 原審(東京高判平成19年10月31日判例タイムズ1271号165頁)は、原告勝訴の判決を下した。要するに、このような突然の教育内容の変更が学校選択の自由を不当に侵害したとしたのである。


しかし、最高裁は、原判決を取消し、学校を勝たせた。


 最高裁のロジックはややわかりにくいが、主に2つの議論をしている。
 まず1つ目は、学校選択の自由の侵害の問題である。最高裁は、親の学校選択の自由については,その性質上,特定の学校の選択を強要されたり,これを妨害されたりするなど,学校を選択する際にその侵害が問題となり得るものとした上で、本件では、そのような事情はないとして学校選択の自由は侵害されていないとした。*4


 そして2つ目として、期待・信頼への侵害について検討した。そして、学校による生徒募集の際に説明,宣伝された教育内容等の一部が変更され,これが実施されなくなったことが,親の期待,信頼を損なう違法なものとして不法行為を構成するのは,当該学校において生徒が受ける教育全体の中での当該教育内容等の位置付け,当該変更の程度,当該変更の必要性,合理性等の事情に照らし,当該変更が,学校設置者や教師に裁量が認められることを考慮してもなお,社会通念上是認することができないものと認められる場合に限られるとして、本件においてはやむを得ない変更だったとして、期待・信頼への侵害を否定した


 ここで、留意すべき点が2つあるだろう。
 まず1つ目は、本件と最高裁判決の共通点である。特に最高裁判決が重視したのは、学校設置者や教師の教育内容等における裁量である。入学後、小学校であれば最大6年間の期間があるのであって、その間に諸般の事情が変更し、入学前に宣伝、説明していた内容の教育を行うことがむしろ不合理になることは十分あり得る。そして、どのような教育内容を行うかどうかは、専門家である学校設置者や教師の裁量にゆだねられるべきものとしたのである。この点は、本件と最高裁判決の事案で共通しており、裁量の存在は否定すべくもないだろう。


 次に2点目は、本件と最高裁判決の違いである。調査官解説を参考に最高裁判決を読むと、重要な違いが見つかる。最高裁判決では「親」が教育変更を問題視しているのである。特に、調査官解説では、(私見と付されながらも)中学校以上の場合には生徒が在学契約の当事者と解すべきとの見解が付されており(928頁)、結局、最高裁判決の事案は、在学契約の当事者ではない親がその利益侵害を主張したものであるところ、本来子が在学契約の債務不履行の問題として学校設置者に対し責任追及すべきものであり、それと別個に親の利益が認められるとしても、それは狭い保護にならざるを得ないのは必然だろう(調査官解説918頁参照)。



 そして、実際に、下級審ではあるが、事後的な変更を理由に損害賠償請求を認めた事案がある(東京高判昭和52年10月6日判例タイムズ352号163頁)。この事案は、大学生であった原告に対し、大学側が大学学部と修士の計6年の一貫したプログラムがあると公示し、原告に対して編入を勧めたので、原告は編入を決意して大学4年生まで来たところ、修士課程の募集を突然打ち切ったというものである。裁判所は、このようなプログラムがあるという言明を信じて神学科三年に編入学した原告に対し、大学は信義則上正当な理由なくしてその信頼に違背するようなことをしてはならない義務を負担するとし、その信頼を裏切ったとして、慰謝料の請求を認めた。


そう、在学契約の当事者である生徒本人が学校を訴えれば、勝つ余地はあるのである。


4.西住みほは勝てるか?
 西住みほは、大洗女子学園との間で、在学契約を結んでいる。西住みほが損害賠償を請求する上で、1つ目の課題は、在学契約において、戦車道が存在しないことが契約の要素になっているかである。確かに西住みほ本人の主観としては戦車道がないことが重要な選択な理由だったのだろう。しかし、上記高裁判決のように、「修士一貫プログラムを提供すること」という教育内容として積極的に何かが宣伝・説明された場合と異なり、単に存在しないというだけである。もしかすると、「戦車道はありますか?」「ありません」というやりとり位はあったのかもしれないが、戦車道がないことを積極的な学校の選択理由とする人は、西住みほのような特殊事情でもない限り普通はいないと思われ、在学契約の中に「戦車道が存在しないこと」が含まれたかは、難しい問題である。


仮にこの課題をクリアしても、更に難しい2つ目の課題に引っかかるだろう。それは、学校による教育内容変更の裁量である。最高裁が述べているように、教育期間中に事情が変更し、それに応じて教育内容を変更する必要が生じることは否定できない。
 そして、今回の事情変更は、戦車道をやらないと、いや、戦車道の公式戦で優勝しないと廃校である。このような緊急事態を招く重大な事情変更があった以上、論語に依拠した道徳教育を(論語に依拠しない)学習指導要領に依拠した道徳教育に切り替えことのが正当化されたように、西住みほに対する教育内容を(戦車道以外の)何らかの伝統的な伎芸から戦車道へと切り替えることも正当化されるのではなかろうか。


まとめ
判例の学校による教育内容変更の裁量を念頭に置くと、大洗女子学園は戦車道を復活させて、西住みほに戦車を操らせることが正当化される。
そう、テレビアニメシリーズにおける大洗女子学園の行動は、法律的に分析しても適法だったのである。
さあ、待望の「ガールズ&パンツァー劇場版」公開は明日11月21日。映画館へ、パンツァー・フォー!

*1:12/20修正

*2:詐欺的事案については、平野裕之「教育サービスの債務不履行とその救済」http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php?file_id=12727 が詳細な説明をしている

*3:平成21年度調査官解説民事編(下)907頁以下、西田隆裕裁判官

*4:調査官解説では「教育内容の変更が、当該学校で教育を受け続けることを強制するものではないし、他の学校の選択を妨げているわけでもな」いことを強調している(916頁)。