契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説
- 作者: 阿部・井窪・片山法律事務所
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2014/06/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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1.はじめに
さて、連載6回になります。
毎日かなり忙しいながらも、こうやって6週間連載続いているという奇跡的なことが起こっているのは、読者の皆様にご愛顧頂いているお陰であり、大変感謝しております。
さて、何回シリーズか、どのようなテーマにするのかは事前に全く考えておらず、毎回泥縄式に動いているのですが、とりあえず、今回のテーマは、「契約書チェック(実質面以外)」の前編といたします。
ここで「実質面以外」としたのはどういうことかと申しますと、
法令・判例・通説等を踏まえて行為規範として平時に事業部門が当該契約に基づきしっかりと契約を履行でき、実務上迷いが出るシチュエーションが最小限ととなり、裁判規範として有事でも裁判官に自社を守ってくれる契約解釈をしてもらう可能性をあげるため*1の
・売買契約の起案・修正のポイント
・一般条項の起案・修正のポイント
・英文契約の起案・修正のポイント
等のいわゆる実質面については、様々な良書もありますので、この連載では基本的には入らないことを想定しておりますので、それ以外のポイントとして気付いたことの解説のみを行うことになります。1回で書き切るつもりが、長くなってしまったので、2回に分けます。
2/7追記:いわき @s_1wk 様に貴重なコメントを頂き、加筆修正致しました。ありがとうございました。
2.ストーリー
「これ、いったいなんなんすか?」
XYZ社から送られた契約書のチェックをして欲しいと依頼されて転送されたメールの添付ファイルに、正直戸惑った。
現在の日本の企業法務実務においては、Microsoft Wordによって作成された.docxまたは.docという拡張子によるファイルをやりとりし、修正履歴機能を利用して修正を積み重ねる、というのが一般的な対応と思われる。
しかし、今回のXYZ社はPDFファイルを送付してきたのである。
「またXYZ社か。とりあえずReaderじゃない方のAcrobat立ち上げて、名前を付けて保存でワードにしてみたら?」
井上先輩は飄々としてこう答える。
「ダメです、完全な画像ファイルです。」
どうも一度打ち出したものをご丁寧にもスキャンしてきたらしい。ワード形式で保存しても画像が表示されるだけで、テキストにならない。
「OCRを掛けて、できたテキストを画像と照らし合わせて修正する。幸いにも、この画像はかなり綺麗だから、修正にそう時間はかからない。」
井上先輩が素早く指示する。
「えっと先輩、メール本文を見ると、内規により契約の文言を変更できないので、そのままプリントアウトして、押印して返送してくださいとあるんですが、まず契約ドラフトの内容を見て、それから受け入れるか、修正提案をするか決めてはどうでしょう?」
「無駄だと思うけど、やってみれば?」
ぶっきらぼうにそう言われて、契約書を読んでみる。全部の条文が一方的で、自社だけが一方的に義務を負い、XYZ社だけが一方的に権利を持つ形になっている。
「確かにこれはダメですね。先輩、契約の内容読んでないのに、よく分かりましたね。」
「結構合理的な内容のドラフトを送って来る取引先もあるのは事実。その場合はミニマムな修正で終わる。でも、そもそも画像PDFを送りつけるような会社が、合理的な内容のドラフトを送って来るか、という問題*2。」
井上先輩のおっしゃることは大変ロジカルだ。
「そうすると、ワードに落としていつも通り修正履歴付きで修正することになると思いますが、『内規により契約の文言を変更できない』って言っているので、修正を提案してもどうせ断られるんじゃないですか?」
「こういうのはブラフの場合と、本当にダメな場合の2つがある。ブラフの可能性がある限り修正して送るのが基本。ただ、こっちの交渉力が弱く、先方の意向として本当に修正ができない場合には、特約事項、サイドレター、場合によっては議事録等、うまく先方の「内規」等を回避しながら最低限の内容を確保できるような方法を考えるしかない。」
「色々な状況に応じて、それを克服するための色々な方法があるんですね。なんか、井上先輩と話していると、もしかして法務ってクリエイティブな仕事なんじゃないか、と思ってしまいます。」
「クリエイティブな法務パーソンが生き残り、クリエイティブではない法務パーソンが淘汰される、ってことじゃないのか?」
井上先輩の棘のあるフレーズが、僕の心に突き刺さった。
3.解説のようなもの
まず、契約はお互いに合意の上で結ぶので、一方的にPDFファイルを送って、「これを打ち出して押印をして2部返送するように」といった態度は、かなり高圧的で高慢な印象を与えると言えます。それでも、こういう事態はまま出現します*3が、そういう高圧的な相手方だと、公平な内容のドラフトが送られてきている可能性はほぼゼロです。そこで、これに対しては、ストーリーにあるとおり、Acrobatの「名前を付けて保存」機能でワードに戻すか*4、OCRかけて誤変換を修正する等して、ガッツリ直すしかないと思われます。
とはいえ、このような対応をする趣旨は「直されると面倒なので、直さないでそのまま契約して欲しい」ということなのでしょう。特に自社の交渉力がない場合には、その要請をかなり大幅に飲まなければならない場合もあります。その場合どうするかですが、特約事項にしたりサイドアグリーメントを結ぶ。了解事項を記載した議事録に押印してもらうといった奥の手もあります*5。
まとめ
とりあえず、前編となりますが、法務の諸先輩方の御意見を参考に後編も頑張りたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
*1:なおこの2つの両立は必ずしも容易ではない
*2:なお、ヘッダに入った企業ロゴ等をポリシー上ワードのような転用可能な形で送付できないので、PDFで送らざるを得ないといった事情がある場合、PDFを送ることそのものが著しく不合理とはいえない。しかし、それでもテキストを読み取れるpdfで送るのが通常と思われる。
*3:なお、似ていて異なるものに、「手書きで修正・コメントを入れ、PDF化」というのがあります。多分ワードを使いこなせない方なのでしょうが、こちらで反映する手間が増えるので大変困ります。
*4:なお、契約実務ではあまり見かけない気がするが、いわゆる社内説明資料の場合、ワードに「戻す」とかなり変になるパターンは、いわゆる「神エクセル」で作っている事例が多い気がするところ。
*5:ただし、サイドアグリーメントの合意時期(本契約締結直前に結ぶと、完全合意で飛ばされる危険)や契約修正のために契約上どのような手続が必要か(両当事者の権限ある者による記名押印等が要求されていることがある)等を踏まえた配慮が必要です