アホヲタ元法学部生の日常

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江頭会社法の第7版と第6版の相違点からこの2年間の会社法の動きを探る(江頭差分)

株式会社法 第7版

株式会社法 第7版


これは
法務系 Advent Calendar 2017 - Adventar
の記事です。

1.本エントリの構成
 某記事でも少し書いたところであるが、


 統計的にいうと、第6版から第7版への変化が10頁増、つまり1%しか増えていないことから、買い替えは不要なのではないかという人もいるかもしれない。しかし、そうではないことを明らかにする、これが本エントリの重要な目的である*1


 この目的を達成するため、本エントリは、まず、江頭会社法がその「はしがき」で改訂の契機として述べる、民法改正及びコーポレートガバナンス改革について簡単にどの部分に影響しているかを要約したい。その上で、それ以外の重要判例や重要改訂点について説明したい。


 なお、文献の入れ替え等*2細かな改訂は多い。新規引用文献では「企業法の進路 -- 江頭憲治郎先生古稀記念」からの引用が比較的多く、同書掲載の論文のうち、江頭会社法で引用されているものとされていないものを比較すると面白いと思われる。その意味では、網羅的に改訂点を説明するというよりは、一個人がその独断と偏見により興味深いと思ったところをいくつかピックアップしたとご理解頂きたい。


2.民法改正
 民法が改正されることで、会社法にはいかなる変化がもたらされるのだろうか。
 会社法民法の特則の部分があるところ、「本則」たる民法が変わることは、会社法にどのような影響を与えるのだろうか*3


(1)時効関係
 まず、 江頭会社法「はしがき」は、「消滅時効に関する「債権者が権利を行使することができることを知った時」(民166条1項1号)とは、株主代表訴訟については、いつの時点なのだろうか。」(江頭憲治郎『株式会社法』(第7版、有斐閣、2017年)1頁)という問題を提起する。


改正民法166条1項は、

債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。


と規定する。


 ここでいう「債権者が権利を行使することができることを知った時」というのは、取引に基づく代金支払請求権等であればその時期について争いはないものの、取締役の責任はどうだろうか、しかも、株主代表訴訟を考えると、誰の認識を基準とすべきだろうか。この点は読者の皆様も興味を持たれるのではないか。


 さわりだけ紹介すると、江頭会社法は481頁で「取締役の責任の消滅時効期間につき、「債権者が権利を行使することができることを知った時」(民166条1項1号)とは、原則として、会社の提訴権限を有する機関(会社349条4項、353条、364条、386条1項1号)が当該取締役に責任があることを認識した時と解すべきである。」という原則を示している。問題は、代表訴訟であるが、会社の提訴権限を有する機関が責任はない(権利を行使できない)と考えているからこそ提訴請求が来るものの、提訴請求を受け取った時点で会社の提訴権限を有する機関は認識したと見るべきと論じた上で、会社法853条1項の類推といった解釈論まで展開している(481頁注16)。


 このように、民法改正によって会社法に生じる影響について論じているところが、第6版から第7版への大きな改訂点であり、やはり第7版を購入すべきである。*4



(2)連帯債務
 連帯債務の免除については、改正民法441条が以下の通り定める。

改正民法441条 第四百三十八条、第四百三十九条第一項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。ただし、 債権者及び他の連帯債務者の一人が別段の意思を表示したとき は、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。


これは、免除の相対効の原則を定めるものである。


ところで、責任限定契約(会社法427条1項)は、業務執行取締役等については結ぶことができないことから、関係する(責任がある)役員の間で「責任限定契約により免除を受けられる者」と「免除を受けられない者」に別れることになる。すると、免除を受けられない者が全額を支払った後、免除を受けられる者に対して求償をすることが可能となる可能性がある。この問題につき、江頭会社法は、長めの脚注で他の連帯債務者の免除を可能とする定款の定め、求償権放棄契約、事後的補償という3つの方策を検討している(480頁注18)*5


(3)債権者代位
 債権者代位権が行使される場合、債務者(代位行使対象債権の債権者)は、当該債権を処分できるのか。改正民法423条の5は以下の通り定める。

改正民法423条の5 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。この場合においては、相手方も 、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。


 つまり、民法の原則としては、債務者は処分ができるということになっている。では、代表訴訟につき、例えばまずいと思った会社は役員に対する損害賠償請求権を役員に対して責任追及の手を緩めることが記載される第三者に譲渡することができるのだろうか。


 ここで、大判昭和14年5月16日民集18巻557頁*6株主代表訴訟のような法定訴訟担当の対象債権の債務者による処分を禁じるのが原則としており、第6版487頁注3もそのような前提であった。しかし、民法改正を踏まえ、江頭会社法第7版では、民法423条の5により、処分は一般に禁じられるわけではないが責任追及回避目的の譲渡は会社法の責任免除の制限規定との関係で無効と論じる(496頁)。民法の原則が会社法では修正されるという議論は注目に値する*7


(4)債権譲渡
 改正民法466条2項、3項は以下の通り定める。

改正民法466条2項 当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。
3 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の 第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことがで き、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。


 つまり、債権譲渡の効力そのものは妨げられないのであって、譲渡制限を知り又は重過失により知らなかった場合でも、履行を拒んだりできるに留まる。江頭会社法第7版は、この点を捉え、金商法における公募と私募の区別等に転売制限の有無を利用しているが、これが問題になるのではないかと論じる(735頁注23)。

(5)その他
・指図証券の譲渡における債務者の抗弁の制限(民法520条の6、178頁)
・代表権の濫用について民法107条を本文で引いた上で(431頁)脚注(433頁注5)で、会社法356条1項3号との均衡を問題視している。
・詐害行為取消(445頁注4、918頁注2)
・錯誤が取消事由となる(755頁)
・免責的債務引受(民法472条)又は更改(民法514条1項)(949頁)
等々についてもそれぞれ言及がある。


3.コーポレートガバナンス
(1)コーポレートガバナンスコード

 本文で独立社外取締役の2名以上の選任等についてコンプライ・オア・エクスプレインが求められていること(388頁)を述べた上で、脚注では、コーポレートガバナンスコードの導入の経緯、内容面における特徴等を述べた上で、独立社外取締役等のコーポレートガバナンスコードの採用する手法が企業の持続的な成長という目的と合致したものであるかは、相当疑わしいと論じている(390頁注9)江頭節がなかなか良買った。なお、より詳しくは、江頭憲治郎「コーポレート・ガバナンスの目的と手法」早法92巻1号109頁を参照されたい。


(2)スチュワードシップコード
 スチュワードシップコード及び議決権行使助言会社等の存在により「経営者支配」に変化の兆しがあるとした上で(310頁)、スチュワードシップコードについて、国際比較を含むその概説がなされている(310頁注6)。


(3)会社補償
 会社補償とは、取締役が職務執行に関して損害賠償請求、刑事訴追等を受けた場合に、取締役が要した争訟費用、損害賠償金等を会社が負担することを言う。コーポレートガバナンスコード策定等に伴いこの問題への関心が高まったことから、項目を立てて約2頁に渡ってこれを論じている(466〜467頁)。
 関連してD&O保険についても本文で取締役が会社に対して負う損害賠償部分の保険料を会社が負担することについて、平成28年以降保険実務の取り扱いは、社外取締役の承認等の一定の手続きを経た場合には可能として処理するとした上で(491頁)脚注で補足している(491頁注32)。


(4)その他
 監査等委員会設置会社に既に移行したか、移行する旨を表明した上場企業の数が平成28年6月までに700社であることについて、コーポレートガバナンスコードの2名以上の独立社外取締役設置の要求を満たしやすい、取締役会による業務執行の決定の委任が広く認められる等が理由だとされている旨の言及がある(582頁)。


4.その他
(1)最新判例

 新規収録裁判例は多いが、最高裁レベルだと
最判平成27年2月19日民集69巻1号25頁(122頁注3)
最判平成27年2月19日民集69巻1号51頁(771頁注3*8
・最決平成27年3月25日金判1467号34頁(19頁注8)
最判平成27年7月17日民集69巻5号1253頁(979頁注1)
最判平成28年3月4日民集70巻3号827頁(401頁注11)
・最決平成28年7月1日民集70巻6号1445頁(162頁)
最判平成29年2月21日判タ1436号102頁(318頁注5)
 の7判例が新規収録である。


 新規収録下級審裁判例で個人的に興味深いのは、
・属人的定めに関する東京地判平成27年9月7日判時2286号122頁及び東京地立川支判平成25年9月25日金判1518号54頁(169頁)
・取締役の実質解任について東京地判平成27年6月29日判時2274号113頁(393頁)
安全配慮義務違反による取締役の第三者責任についての東京地判平成26年11月4日判時2249号54頁(514頁注4)
監査役の任務懈怠責任が認められた大阪地判平成28年5月30日金判1495号23頁(546頁)
・新株発行差し止めが認められた山口地宇部支判平成26年12月4日金判1458号34頁(773頁注4)
・募集株式発行等の無効訴訟の提訴期間経過を会社が信義則上主張できないとされた名古屋地判平成28年9月30日金判1509号38頁(782頁注8)
MBOに失敗した事案につき会社にMBO費用相当額の損害を被らせたとした大阪高判平成27年10月29日判時2285号117頁(835頁注2)
 辺りだろうか。

(2)税制改正
 完全子会社化のための全部取得条項付き種類株式の利用が株式交換等の一種として税制の均一化が図られた(164頁)
 特定譲渡制限付株式というインセンティブ報酬に関する税制改正(455頁注7)
 スピンオフ税制の導入による適格株式分配(688頁注10)や適格分割型分割(900頁注6)。
 その他合併と税制の変更(859頁注7)
 交付金株式交換(937頁注3)
 等の部分に改正の影響があるので参考にされたい。

(3)その他
 少なくとも代表取締役の一人の住所を日本としなければ会社の設立登記申請を受理しない扱いにつき変更があったことをフォローしている(104頁)。
 特別支配株主に対する売渡株主の差し止め請求については、会社に対するものではないので個別株主通知が不要という点はそう言われればそうなのだが、明記してもらえるのはありがたい(282頁)。
 特別利害関係を有する取締役が加わってされた議決であっても当該取締役を除外してもなお議決に必要な多数が存するときは、その効力は否定されないという点を最判昭和54年2月23日民集33巻1号125頁を引いて論じている(421頁注15の末尾)。この判例は、第6版では持分払い戻しの際の価格算定の判例として同19頁注9で引くだけであったので、興味深い。
 ベイルイン(bail-in)債*9について新たに記載が追加されている(726頁)。
 公正な価格につきシナジー分配を織り込むべきではないという議論に対する反論が詳細化している(880頁注4)。


まとめ
 江頭会社法は、改訂前後の「差分」に着目することで、その期間における会社法のトレンドを理解できる、たいへん素晴らしい書物である。
 ただ、例えば第6版315頁注4で「今後、そのような新株予約権の発行を定款の定めにより株主総会の決議事項とした上で行う事例が増えるであろう」という記述を2005年の文献を引用して述べていたところが、第7版では文献のみが消えており、実際に増えたかどうかが明確にされない(318頁注4)等、疑問が残る部分があることは否めない。やはり第8版においてもより良い内容になる改訂を期待したい。


 なお、この企画、毎年やるのはものすごく大変なので、勝手なお願いではあるが、第8版の刊行はあと数年位待っていただけるとありがたい、と思ったところである。


なお、過去のものに

2014年
「江頭会社法第5版」でこの4年間で会社法の変わったところを総さらえ〜「修正履歴付江頭会社法」〜 - アホヲタ元法学部生の日常


2015年
Legal Advent Calendar 2015企画:江頭憲治郎『株式会社法』第6版改正点まとめ - アホヲタ元法学部生の日常

がある。

*1:要するに「ステマ」であるが、私は単なる1ファンとして本書を「布教」しているだけである。

*2:ただし、細かいかどうかは議論があるものもないではないかもしれない。個人的には第6版402頁注4の3段落の野村修也「内部統制への企業の対応と責任」企会58巻5号100頁が第7版407頁注4で削除されているところが気になったところである。

*3:関係する論文としては431頁で引用される青竹正一「民法改正の会社法への影響(上)(下)」判時2300号19頁以下がある。

*4:なお、自己監査の問題に関する言及の際も消滅時効期間は「10年」(第6版561頁注1)から「5年以上」へと変わっている(569頁注1)。

*5:ただしいずれの方法もとても優れた解決とは言えないだろう。

*6:会社関係の事件ではないようである。

*7:なお、特殊な状況につき687頁注9も参照。

*8:判例索引では「772頁」とされているが誤り。

*9:金融機関が発行する劣後債で実質破綻事由が生じた場合に元利金支払いを免除されるもの