アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

ぼくたちは英文契約(外国法準拠)のレビューができない

 ぼくたちは英文契約(外国法準拠)のレビューができない

  一部界隈では、外国法を知らなくても、日本法のアナロジーで外国法準拠の契約をレビューできるという言説があるらしい。

 ここでは、「英文」契約の問題(つまり「英語」の問題)はさておき、「外国法準拠」の問題のみを取り上げたい。つまり、「日本語で書かれた韓国法準拠の契約をレビューできるのか?」といった問題状況を設定したい。

 

 なお、本エントリ作成の際、dtk先生(Twitter : @ dtk1970 )のご意見を参考にさせていただき心より感謝している。但し、本稿は完全に私の私見であり、むしろdtk先生のご意見は主に「想定される反論」の部分の参考とさせていただいている。

 

1.「素人」は(日本法準拠の)契約をレビューできるか?

 本エントリの読者は、法務パーソンその他法務に関係が深い人が多いだろう。営業等の人には失礼を承知で書くが、(日本法準拠の)契約レビューの素人といえば、営業が典型的である。イメージしてほしい。営業がやって来て、「先方の雛型に少し本件の情報入れて私の方で修正しておきました。問題ないと思いますが、一応法務確認お願いします!」と言う。これって、死亡フラグの典型ではなかろうか?

 

 営業は素人なのだから、法律のことは何も分からずにビジネス文書として契約書を読んで、その理解に基づきリスクの有無を判断する。しかし、契約書は、「日本語」で書かれているのではなく、法律の世界で厳格に定義された用語を用いて、法令の規定によって「何も書かれていない場合には特定の規律が適用される」ことを前提に、その例外条件等を書き出している(なお、任意規定と同じ内容の「確認規定」もある)。

 

 すると、素人が日本語だと思って読んでリスクがあるかどうか考えることにほとんど意味はない。皆様は、営業等の素人が法務に相談せずに、変な覚書にサインして、トラブルになってから「契約書というタイトルでなかったので、ビジネス文書としてサインしました。あれ、なんかヤバかったですか?」みたいな「アチャー」感のある状況の経験はないだろうか?

 

 

2.法務部門の存在意義

 そもそも、契約が素人の手に余るからこそ、素人に勝手に対応させず、専門的な部署である法務部門がチェックすることこそが、「会社を守る」ことにつながる、だからこそ、我々法務パーソンは雇われている。

 「素人でも契約書がチェックできる」という命題を認めることは、まさに我々「法務部門」や「法務パーソン」の存在意義そのものを否定することである。

 もちろん、法務部門を維持し、法務パーソンを雇うことには費用がかかる。経営資源は貴重なのだから、これを法務なんかに回すべきではない、というのは昔の「常識」であった。しかし、先人の努力により、徐々に、法務部門に経営資源を配分することが、長期的な会社の発展につながる、との理解が広まってきた。もちろん、中小企業では未だに法務部門が存在しないこともあるが、大企業では(「部門」まであるかはともかく)法務担当者を置くことが増えている。

 

注:企業法務戦士(@k_houmu_sensi)先生から以下の貴重なコメントを頂戴した。

 

確かに、法務の成り立ちは各社毎に異なっており、契約書の管理等が法務の成り立ちである会社もあれば、それとは異なる成り立ちの法務部門もある、という視点は重要である。企業法務戦士(@k_houmu_sensi)先生に感謝するとともにこの点を補足させていただく。但し、私の趣旨は、「契約レビュー業務」そのものの重要性というよりは、「法務部門が法律・法務のプロフェッショナルであり、そのようなプロフェッショナル組織の維持のために会社が経営資源を投入すること」の重要性の部分にあったので、その点について誤解があったとすれば残念である。


 

3.外国法準拠の場合には、我々は「素人」である

 ここで「我々」というのは、日本法の知識や実務経験はあっても、いわゆる外国法を知らない、外国法の素人である法務パーソンをイメージしている。

 

 日本法の素人が日本法準拠の契約を取り回すのがリスキーなら、外国法の素人が外国法準拠の契約を取り回すことも同様にリスキーである。例えば、「中国企業との契約で東京地裁管轄に合意する」、これは、日本法のアナロジーからすれば素晴らしい発想だが、東京の勝訴判決は中国では執行できない。準拠法を理解しない素人が取り回すには契約は危険すぎるのである。

 

4.法務のレゾンデートルを守るために
 法務がプロフェッショナルである条件は、プロフェッショナルな仕事ができない案件については手を引く、要するに「やらない」、ということである。素人は、何が自分ででき、何が自分でできないかの判断ができない。しかし、プロフェッショナルな法務パーソンは少なくとも「これは無理だ」と、顧問弁護士に頼むという判断をしているだろう。そして、プロフェッショナルな法務パーソンであれば、外国法準拠の契約については「自分はできない」というべきであろう。

 以下、いくつかの、想定される反論について検討しよう。
 まず、「そもそも日本法で合意できる可能性もある」という点については、日本法で合意できる可能性が90%あれば普通に日本法前提で交渉し、合意できない可能性が増えて来た段階で外部専門家に頼むことは可能であろう。しかし、契約交渉開始時点で日本法で合意できる可能性が高かったからといって、日本法で合意できない可能性が増えて来た段階でもなお自分でできるという理由にはならないだろう。

 次に、「国際契約の汎用スキルを身につけている」という反論も想定される。確かに、FOB条件等、いわゆる「国際取引実務」の知識は別に準拠法がどこの国でも必要である。しかし、それはいわば「私はこのビジネスを長くやっているから、ビジネスリスクを知っている」と豪語する営業と同じであり、そういう知識があるからといって、ただちに「契約」のレビューができることにはならないだろう。

 更に、現在は経営資源の配分についてやっと大企業が国内法務について法務部門に資源を投入することの理解が広まった段階であり、外国法務について外部専門家のコストを負担するということへの理解はまだ広まっていないのだから、将来的な「理想論」はともかく、現時点での「現実論」としては、「やらざるを得ない」という反論がある。これは、一番説得的な反論だと思われる。もしかすると、目の前の仕事に対する姿勢としては、「外部弁護士の起用を提案するが、それは予算がないと言われ、自分で対応する」という姿勢はやむを得ないのかもしれない。しかし、同じ状況を何度も繰り返し、そのような現実を(たとえ消極的でも)肯定すべきなのだろうか。少なくとも長期的対応としてなすべきことは、「まずは試験的に外部弁護士を起用して、どの位専門家のレビューと素人のレビューが違うのかを見てみる」等、できるだけ現実を理想に近づける対応だと考える。

 法律問題、コンプライアンス、そして契約書は専門的だから、社内にプロフェッショナル集団が必要である、これが法務のレゾンデートルなのであれば、そのレゾンデートルを自ら否定するようなことはすべきではない。仮に目の前の仕事では、現実論を無視できない部分があるとしても、長期的対応として理想に一歩でも近くように努力をすることを怠れば、「そもそも、素人が英文契約できるなら、素人が和文契約をレビューしてもいいよね」という話になっても何もおかしくない。

 

 だからこそ、「僕たちは英文契約(外国法準拠)のレビューができない」ことを、正面から認め、それを前提に、予算取り等外部専門家の協力を調達することにリソースを注ぐべきである。

 

追記:

dtk1970.hatenablog.com

dtk先生に補足を頂いた。

基本的には、「米国法準拠契約のレビューについてプロフェッショナルなレベルの知識、経験、能力をお持ちのdtk先生であれば、何の問題もないことには100%同意するのですが、私が想定しているのは、普通の『日本法準拠の契約書ならレビューできます。え、Perfect Tender Ruleって何それ?おいしいの?』という程度の法務パーソンなので、想定される対象が違います」という印象であるが、いずれにせよ、本エントリに対してアンサーエントリーを頂戴したこと自体は極めて光栄であり、深く感謝の意を表したい。