バランス論の立場からの「法務の役割論」
いつも殺伐している法クラの中において、企業法務クラスタは比較的激烈な対立が少ない*1。しかし、最近論争になったのは、「法務の役割」論である。
本論に入る前に申し上げるが、私の仕事観は「ゆるゆる9時5時で働いて、それ以外の時間は『嫁』*2との生活を充実させたい、毎月160時間*3以上勤務したくない」というものである。このような価値観を共有しない、例えば、「何よりも会社が優先されるべき。『24時間働けますか?』」みたいな人は、このエントリを見ても全く共感できないと思います。
さて、「ゆるゆる」とツイッターで法務役割論を呟いていたら、
法務から出しゃばる必要はありませんが、「法務」という看板を見て期待してくれた他人が持ち込んでくれる仕事は、役割分担・定義論に逃げずにまず期待に応えようとしてもいいのでは。なお、「法務は黒子」を殊更に強調するのは何の得もない自虐行為なので、御自身の信条に留めておかれるべきかと。 https://t.co/ZbCmRoxrFf
— Takuji Hashizume (@takujihashizume) August 2, 2019
というリプを頂いた。
これをどのように解釈するかは、皆様のご判断に委ねたいものの、私は、
「建設的議論をしたいなら、その限りで議論に乗る」
というスタンスなので、ツイッターで既に呟いたところを中心に私見をまとめてみた*4。
1、法務の役割論はどこから出てくるのか?
議論の対立を鮮明にするため、多少誇張的に述べれば、「役割限定論」は、法務は法律だけやれば良く、「何でもできます」と言えば言うほど、むしろ法務の価値を貶め、仕事と責任を押し付けられる、という議論、「役割拡張論」は、法務が企業の戦略決定から何まで強い影響を及ぼす現代においては、法務はその役割を拡張し、プレゼンスを高めるべき、という議論である。
私はというと、その中間の「バランス論」で考えており、少なくともいずれの陣営にも属さない。この立場は、いずれの陣営からも叩かれる、損な役回りである。
2. 「ビジネスパーソン」であることを忘れない
私は、とある企業の法務部門に所属する現役法務パーソンとして、まずは外部事務所の弁護士の先生のような立場と、インハウスを含む企業法務部門に所属する法務パーソンの最大の違いとして、我々が「ビジネスパーソン」であることを指摘したい。
法務パーソンは法務に詳しいビジネスパーソンなのだから、ビジネスは決して「他人事」ではない。常に「外野」から口を出すスタンスを崩さない、ビジネスパーソンらしからぬインハウスの先生には、「事務所行かれたら更にご活躍されそうですね!(京都弁)」という感想を覚える。 #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
「京都弁」でマイルドに書いているが、同じ会社の社員として、事業部門から「仲間」と思ってもらえなければならない。単に「社員」という立場である、というだけではなく、きちんと「ビジネスパーソン」としてのアイデンティティを持ち、そのビジネスをなんとか前向きに進めるにはどうすればいいか、ビジネスの伴走者として、一緒に真摯に考えていく。そういう案件を繰り返す中で、法務が信頼を勝ち取り、「法務は相談しやすい」「ちょっとこれも法務に相談してみよう!」となってくる。法務が信頼されて、適時に十分な情報が入って来る状況、これこそが、企業の内部統制ないしコンプライアンスシステムにおいて、法務が十分にそのなすべき役割を果たしている状況である。
反対に、「私は単に事業部門が持って来たプランが適法か違法かをジャッジして結論を伝えるだけの仕事です」といったスタンスを取るのでは、単に物理的に会社内部にいるだけの外部弁護士と変わらないし、少なくとも「今時の優秀な外部弁護士」よりも、大分価値が低い。もちろん、インハウス雇用の際には「仕事量がある程度存在することから、外部の弁護士に委託するよりも、ある程度の法務知識を有している人を直接雇った方が安い」という発想はゼロではないと思われる。ただ、だからといって、ビジネスパーソンとして、他の同じ会社の「仲間」の共感を勝ち取れない人は、法務パーソンには向いていないと言わざるを得ないだろう。
もし、「役割限定論」が、このような、狭義の法的リスク検討と書面化に自分を閉ざそうとするものなら、到底そのような議論は取れない。
3. 「何でもやります」でいいのか?
このように、「法務は相談しやすい」「ちょっとこれも法務に相談してみよう!」という形で情報が早め早めに入るようになると、最初は「法務かもしれないが、そうでないかもしれないグレーな案件」が相談として入って来る。その後では「どう見てもビジネスな、法務ではない案件」が入って来る。
人によっては「全てのビジネスは法務に通じるんだから、法務ではない案件なんてない!」というかもしれない。確かに、ビジネス文書も法的観点は重要であり、例えば、(BtoCはもちろんBtoBでも)公にアナウンスする文書であれば、その表現が虚偽だったり、誇大だったり、競合他社を不当に貶めるものではないか等、法務レビューを入れた方がいい。しかし、(法的紛争の可能性が出て来る案件ではない、普通の案件の)「本当に普通のメールやレター」を毎回のように「これでいいですかね?」みたいに確認を求められる等の場合、「なんでもやります」で本当にいいのだろうか? 私は、このような場合には、満面の笑顔で相談してもらったことへの感謝を示すとともに、「メールや文書で法務に相談すべきことが多い場合(揉めている場合、揉める可能性がある場合、製品の品質等について約束したり、約束していると理解される場合等等)を説明した上で、そのような場合ではなければ、普通のビジネス文書として、事業部門の判断で出してくださいね」と言うようにしている。
このように、業務分野を限定する理由の1つとして、私が「ペーペーの平社員*5」だから、というのはあるだろう。もし、私が、法務部門のトップとして、法務部門に必要なリソース(人材や予算等)を確保したいと思えば「どんなことでも相談があれば、きちんと相談に乗って、それをきっかけに法務のプレゼンスをあげてほしい。『私は法務だからやらない』、という言い訳をいうな!」と、部下に対して発破をかけるかもしれない。このような社内政治上のアジェンダを述べる必要がない、というのは大きいと思われる。
そのような前提で、「本音」を言えば、やはり、「現在の限られたリソースを有効に使う上では、法務の付加価値の部分をできるだけ強調できる仕事をしたい」と考えている。
ただ、法務もビジネスの一部だという点を強調し過ぎると、法務パーソンというのは営業もできないし、プログラミングも、製造も、生産管理もできない、数字も経理には勝てないので、あまりにもビジネスに接近し過ぎると「付加価値の無いビジネスパーソン」で終わりかねない。 #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
法務の「付加価値」、つまり「法務に相談して良かった」と思ってもらえる存在意義、というのは、やはり広い意味での法的な書面作成、修正、アドバイス等の部分であり、「法務に強い」ビジネスパーソンという部分は法務パーソンが法務パーソンである以上、常に意識しておくべき。 #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
この辺りでも呟いたが、一部のなんでもできる人とは違い、私のような「法務しかできない*6普通の法務パーソン」にとって、周りの相談者が「ああ、法務に相談してよかったな!」と喜んでくれるのは、法律や法務の部分が「多い」といえる。営業なら営業、製造なら製造、数字なら経理等、それぞれ本来の部門に1日の長がある。
そういう付加価値ないしは「コアバリュー」の部分の価値を高めることに奮闘するのが仕事の仕方として適切だと考えている。そうではなく、自分が得意ではない法務以外のビジネスに奔走するのは、少なくとも「普通の法務パーソン」にとって、最適なリソースの使い方ではないだろう*7。
4.「責任」や「内部統制」の問題
ここで「役割論」、つまり、どのような役割を法務が果たすべきかについて、きちんと述べておきたいこととしては、やはり、内部統制や責任の観点から、どのような分野でも法務がその役割としてしゃしゃり出ていく、というのは適切ではないということである。
内部統制では、きちんと権限を分けてそれぞれに責任を負わせている訳である。もちろん、法務リスクについて適切に相談を受けていれば、法務として必要な検討とアドバイスはすべきであって、それを怠っていれば法務の責任にはなるわけだが、法務で検討した結果、あとは経営判断ですね、となった場合、最終的な「ビジネスディシジョンを行いその責任を取る」のは、やっぱり事業部門である。
法務は重要な意思決定に「参与」するが、ビジネスディシジョンは直接的にはビジネスに影響する。「会社の業績」という形で最終的にビジネスだけではなく法務も関係するが、それは間接的な影響に過ぎない。だからこそ、最終判断権者は事業部門であり、法務ではないはずである。 #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
要するに、責任を取らない/取れない/(内部統制の観点から、権限が分配されていないので)取らせられない法務部門が、少なくとも「前に出て」、これが「法務の役割だ」としてビジネスディシジョンをしてしまうことは許容できない、ということである。
その意味で、少なくとも上記のような意味での「役割拡張論」をとることはできない。
5.実際には「裏方」として働かないといけないことも
とはいえ、最終的なビジネスディシジョンを事業部門がして責任を取ってもらう前提で、法務が実質的に色々なところで動く、というのは実務上はあり得る。もし、「黒子」というのが良くなければ「裏方」でもいいのだが、裏方が積極的・能動的に動かないと、事業部門が動かないという案件は必ず存在する。
自分自身は法務・法律の部分で付加価値を出せる、というアイデンティティを持った上で、それでも同時にビジネスパーソンとして、その案件をビジネスは適切に回せているのかを気にする。うまく回せていなければ、アドバイスしたり、最悪「実質的にコントロール」してしまう。 #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
ビジネスが「火中の栗を拾いたくない」等と押し付け合う等で案件が進まない場合、(進めないことが会社のためのこともあるが)前に進めるべきなら、法務として「お膳立て」をしてあげることができる。それは、法務パーソンがビジネスパーソンだからであり、外部弁護士には難しい。 #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
事業部門としてやらなければならない、でもやった場合に失敗して「バツ」がついてしまってもおかしくないリスクがある案件であるとか、後ろ向き案件である等という場合に、事業部門が二の足を踏んでしまい、法務が「法的リスクからいうと、こういう選択肢がありそれぞれのメリットデメリットはこれです、さあ検討してください!」といっても、事業部門が動かないことがある。事業部門が動かない場合に、事業部門のせいにして法務として何も動かない、というのも全くないわけではない選択肢ではあるが、例えば「今動けばマイナス10、動かないで数ヶ月待つとマイナス20、1年くらい待つとマイナス50になると予想されるところ、今動いてマイナス10が確定することを事業部門が嫌がって動かない」といった場合は、法務の方で「裏方」として、積極的にプロジェクトマネジメントをして、早めに会社のリスクをマイナス10で止めるために奔走すべき場合はあるだろう。
その場合には、まさに「ビジネスパーソンの本領発揮の時」として、法務のコアバリューを超える業務はしなければならないのだが、その場合は、「きちんとお膳立てをする」というのが法務のできる到達点であり、「最終的ビジネス判断は事業部門が行いその責任は事業部門が取る」という点はわきまえておくべきである。
6.企業法務の世界へようこそ!
このような「バランス論」を総括すると、以下のようになるだろう。
法務・法律に付加価値ないしアイデンティティを持ちながら、同時にビジネスパーソンとしてビジネス・業界と自社について外部弁護士が持ち得ない深い知識経験を習得し、必要に応じて実質的に案件を回していく、このような部分に魅力を感じる人は、ぜひ法務パーソンになってほしい! #新人法務パーソンへ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor (@ahowota) August 1, 2019
法務に強みを持つビジネスパーソンで、ビジネスと共にビジネスを回していく、場合によっては、実質的にかなりビジネスにコミットすることもできる、こんな役割を持つ法務の世界はとても楽しい、こう私は考えている。
付記:
本エントリ脱稿後、dtk先生の以下のエントリに触れた。
上記は、自分自身の過去の経験から複数の会社で通用すると思う内容であるものの、確かに会社によりニュアンスは違うだろう。なお、「管理系という意味では黒子,という言い方ができるかもしれない。この点,黒子ということがマイナスになるのではないかという言説にも接したが,そのような言説が,仮にまかり通るのであれば,そのことには違和感が残ることも付言しておく」という脚注3も参照。
付記その2:
本エントリー脱稿後にNakagawa先生の下記のエントリに触れた。
どのように法務業務を拡張していくかについて、バランスの良い観点から、具体的なノウハウを開示しており、特に「どうやればビジネスに信頼されるか」とか「最近『雑業係』に成り下がってないか」等と考えている法務パーソンにお勧めである。
付記その3:
なんか「本稿脱稿後に、●●に触れた」的な付記が多くて申し訳ないのですが、どうしても触れておきたい素晴らしい企業法務戦士先生のエントリが降臨された。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
私見との相違は、「法務をメインで担当する部署の管理職」の視点vs「ヒラの法務パーソン」の視点という観点の違いであって、管理職になれば、基本的にこのような立場になるのだろうな、と強く共感した。
*1:多分「刑事弁護」とか、「法テラス」とかに基本的に縁がないクラスタだからであろう
*2:これが二次元嫁であるところが、比較的多くの皆様とは違っている
*3:なお、単純に定時で帰った場合、8×20で約160時間だよね、というだけで、某弊社の就業規則上の取り扱いは、もしかすると厳密には「160」という数字ではないかもしれないことに留意されたい。
*4:なお、「黒子」という表現にカチンと来たのかもしれないが、これはクラスタの違いによるものである。私は法アニクラスタ。とあるファンなら「お姉様」に一途な白井黒子に思い入れがあるし、「黒子のバスケ」ファンもいるだろう。
*5:実質的に指導をしたり、色々なことを頼める後輩がいるか否かとか、某弊社は特定の資格の有資格者に対して...待遇をすることがあるか否かとか黙秘
*6:いや、法務すらできない
*7:法務部門は突然仕事が大量に来てそれに追われるということもあるのだから、少しくらい暇(=余裕がある)な方がいい。