法務の機能論と組織論ー「事業部門と独立した法務部門」論再考
スキルアップのための企業法務のセオリー 実務の基礎とルールを学ぶ
- 作者: 瀧川英雄
- 出版社/メーカー: 第一法規株式会社
- 発売日: 2018/07/13
- メディア: 単行本
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1 はじめに
某弊社でも購読しているらしい某誌に望月治彦「『機能』か『組織』か─組織論なき機能論を憂う」という文章が載っており、ふむふむ(「ほむほむ」ではない)と読んで、それっきりだった。
ところが、最近インターネット公開(以下のリンク参照)されたからか(鶏と卵のどちらが先かは分からない)、比較的話題になっている。
例えば、
昨晩来の法務を巡る議論に某二次元妻帯者の人が如何なる反応を示すや示さざるや興味有之
— 経文緯武 (@keibunibu) September 12, 2019
等とのお言葉もいただいた。正直なところ、「二次元妻帯者」(ほむほむは俺の嫁!)としての認知度が上がったことがうれしいことがメインの動機であるが、以下、雑感をまとめてみたい。
結論としては「本コラムに傾聴すべき点はない」となる。共感できるところは「当たり前」であって、特段特筆すべき点ではなく、それ以外の部分は読み方にもよるが賛同できない。
2 機能論vs組織論の対立構造
望月氏は、*1、機能論vs組織論の対立構造を強調し、その上で、組織論において「事業部門と独立した法務部門」の重要性を強調しようとされているように思われる。望月氏の論考の趣旨を正確に捕らえられているかは分からないが、望月氏の論考は大体以下のようなものである。
まず、これまでの法務役割論が「事業部門から独立した法務組織」の存在を所与の前提としていたが、「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」報告書*2において、法務部門等と経営層・事業部門との一体となった取組み等、「法務部門を超えた法務機能が示唆された」とした上で、そのうちの構成員の一人が、「法務」という仕事を定義することなく、無限定に考えるという意見を示しているところ、望月氏としてこれらが過激であると疑義を呈した上で、「法務という専門知識にこだわらず、経営でも事業でも、何でも自らの能力のままに発揮すればよいのでは、という「素朴」な意見を、主としてスタートアップ業界の法務を担当している若い世代から聞くことがある」とし、このような論調が「さまざまな機能を持った複数の組織からなる会社における企業法務の危機を招かないか」と警鐘を鳴らす。その上で、法務担当者にとっての「ゆりかご」等としての事業部門から独立した法務組織の重要性を指摘する。
インターネット上では、(必ずしも全面的賛同ではないにせよ)経験の豊富な法務パーソンの先生方がこのような望月氏の議論に対し賞賛を示すことが多いようにお見受けした。
3 属人的な「法務力の強いヌシ的存在」だけへの依拠に対する疑義
どこの会社でも、「この人が『法律的に難しい』といえば、みんなしょうがないと思う」という人がいるものであり、*3そういう人の役割が実務上大きいのは確かである。
しかし、望月氏の指摘するとおり、そういう個々人の属人的な度量や技量、パーソナリティにのみ依拠したのでは「持続可能な法務機能」は果たせないのではないだろう。その意味で、望月氏の指摘されるとおり、組織ないしは「仕組み」の重要性は否定できない。とはいえ、それはある意味で当たり前のことであり、これをもって本コラムを賞賛する論調には賛同できない。「当たり前のことを当たり前に言っただけのもの」には「ふむふむ」以外の評価の余地はないだろう。
4 「事業部門から独立した法務組織は素晴らしい論」への疑問
このように、組織ないしは仕組みをきちんと作って、属人的な要素へ過度に依存すべきではないという限りでは、望月氏の見解を支持することができる。しかし、望月氏は「(法務部門等の)経営層・事業部門との一体となった取組み」に対して疑義を呈したりと、「事業部門と密接な関係を有する法務部門」に違和感を示し、「事業部門から独立した法務組織」の意義を強調しているように読める。
組織や仕組みが重要だ、ということは、ここで望月氏が唱えているように読める「事業部門から独立した法務組織は素晴らしい論」を支持するのであろうか?
確かに、「営業担当者等事業部の一人一人が法務力を磨くことは重要だが、それに加え、それとは違う『法務部門』が存在することに独自の意義がある」という程度であれば、私も賛同できる。
法務部門は、新規事業の計画があるとか、契約を結ぼうとしているといった情報を集めてきて、それに対し「雛形+あらかじめ想定された範囲の修正で契約するなら、現場でやって大丈夫ですよ」「法務部門でチェックします」「顧問弁護士先生に頼みましょう」等という「切り分け」を行い、その切り分けの結果として、法務部門が対応する場合にはそこで対応し、また、顧問弁護士先生等の外部の専門家とのリエゾンを行う。このような活動の中で、情報を活用して企業全体の法務・コンプライアンスのレベルをあげ、企業価値の向上に資するというのは重要な役割である。
また、法務部門の専任者が存在するというのは、様々な会議に「法務の観点から意見を言うことを主に期待されたメンバー」が出席するということであって、このような観点の意見が必ず出る(はず)というのは、企業全体の法務・コンプライアンスレベルアップには必ず役に立つだろう。
これらに対しては、各事業部に法務担当の専任者を置けばいいだけ、という意見もあるだろうが、法務担当者が(その時々において事業部や子会社等に所属しているとしても)何かあった時にいつでも相談できる「母艦」としての法務部門の意義はなお存在するし、特に強い意見を言いたい場合に、法務部門長の「オーソライズ」を得て、(単にペーペーの私が反対というのではなく)「法務部門長としてこのプロジェクトに反対である」等と言えることで交渉力を獲得するという意義もあるだろう。
とはいえ、そのような「(事業部門と一線を画する)独自の法務部門の意義」は、必ずしも「法務部門の事業部門からの独立性」を意味しない。私は望月氏の所属される会社の少なくとも現在の状況を知らない*4ので、もしかすると、本当に独立しているのかもしれないが、以下のような疑問がある。
・法務部門の予算はどのように決まるのだろうか? 法務が必要という予算が自動的に受け取れるのか? 多分NOだろうが、そうすると、事業部門がどの程度法務部門の意義を評価するかで予算が変わってくるのではないか?
・法務部門のスタッフの人事評価は法務部門内でできるかもしれないが、幹部になると少なくとも二次評価権者が法務部門外になるだろうし、少なくとも法務部門長の評価を法務部門内で(お手盛りで)やっているとは思えない。事業部門の法務部門に対する評価が少なくとも法務部門の幹部の評価に反映されるのではないか?
・法務部門長のレポートラインはどこなのか? いわゆるGCのように「社長に直接レポート」するのか?
・法務部門のキャリアパスはどうなるのか? 結構多くの会社では、法務部門長は「広義の経営陣」の中ではかなり下のレベルで、その上に「(経理、人事等を含む)バックオフィス(管理部門)のトップ」みたいな人がいたりするし、実はその人も「狭義の経営陣」の中では下のレベルだったりするように思われるが、もし「広義の経営陣」の中ではかなり下のレベルが一番トップを務めるとすると、そのような部門が「事業部門から独立しています(キリッ」というのはどういうことを意味するのだろうか?
望月氏の賞賛されている「事業部門から独立した法務部門」の現実は、上記各点を踏まえてもなお「事業部門から独立した」法務部門と言えるのだろうか? これらの点を踏まえれば、単に事業部門と違うバックオフィス部門があり、そのバックオフィス部門の中に法務部門が存在する、というだけの会社が多いのではないか? *5仮に「高度の独立性」を求めるなら、それを社内に置くことにどのような意味があるのか、むしろ外部法律事務所にその役割を譲ればいいのではないか? 等々、疑問は尽きない。
むしろ、法務部門は事業部門とは完全には独立できないし、むしろ、「事業部門と同じ方向」を向きながら、「この方法は短期的企業価値向上には繋がるかもしれないが、長期的企業価値にはマイナスだからこうやっては?」等と一緒に協働していく関係であることが、法務部門がその重要な役割をより良く果たすための前提条件なのではなかろうか。その意味では、「(法務部門等の)経営層・事業部門との一体となった取組み」については、むしろ肯定的に考えるべきである。
もし、望月氏が法務部門と事業部門の一体となった取り組みを否定するという意味において、「事業部門からの独立」を提唱するのであれば、それを支持することはできない。
もちろん、そのように「法務部門が事業部から完全には独立できないこと」というのは、必ずしも、法務部門が事業部のラインにおけるいわゆる「会社の論理」に堕することを意味しない。法務部門は、顧問事務所の先生等の専門家とも意見交換しながら会社外の「社会常識」等に敏感に反応し、いわば「会社における外に開かれた窓の1つ」として、「独自の意義」を持ち続けるべきことは常に忘れてはならない。ただ、だからといって、法務が事業部から「独立」するということにはミスリーディングな印象をぬぐえないのである。
5 まとめ
冒頭であげた望月氏の論旨に戻れば、そもそも、機能論と組織論は対立するものではない。要するに法務については、組織も大事だし、機能も大事なのである。そして、そのうちの組織論を扱う際に、「事業部門から独立した法務部門」をお題目のように唱え、事業部門と法務部門が手を取り合って取り組みを行うことに反発を示しても、何の意味もないだろう。むしろ法務部門は真の意味では事業部門からは独立できないことを前提に、「事業部門との適切な距離の取り方」を常に模索し続けることが重要なのではなかろうか?
以上のとおり、私の読後感はたんなる「ふむふむ」であって、そもそも時間を割いて論評する意義や価値を感じなかったものの、多分望月氏の論考が時流*6には乗っていることから、(全員ではないものの)比較的多くの方が望月氏への支持を表明されていたので、(個人の主観としては)「普通のことを書いているに過ぎないエントリ」になってしまったものの、「本当に望月氏の主張は全面的に支持するに値するのか」という疑問を表明する意味で、上記の雑文をまとめさせていただいた次第である。
追記:本エントリ作成後に、関連する議論を少し読んだ。
いつも通り、鋭い指摘をされているのは、企業法務戦士先生である。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
ただ、「「法務組織」の存在、あり様を核とする議論の再構築を求める本コラムの提言には傾聴すべき点が多い。」という部分については、「役割論と組織論が両輪というのは当たり前のことなのであって、組織論も重要だというだけの本コラムに何ら新味はない」という意味で、敬意を表しながら反対(respectfully disagree)させていただく。
dtk先生の論考も「立ち位置」の重要性を指摘されるところはなかなか良い指摘である。
なお、「僕自身は、企業法務の担当者としては件の会の会員企業にいた期間が長いので、読んでいて特に違和感はない。」という部分は、むしろ、単に本コラムが当たり前のことを言っているだけであり、本コラムに対しわざわざ時間を割いて論評する価値がないことを裏付けるだけのような気がしてしまった。