- 作者: 木間正道,鈴木賢,高見澤磨,宇田川幸則
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2009/10/03
- メディア: 単行本
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1.中国法が「違う」理由は社会・政治にあった!
国際的な契約法務に携わる方は、中国関係の契約が、どの国にもないオリジナリティ(?)にあふれていることにお気付きであろう。
法務部員の方であれば、「詳しい弁護士先生に見てもらえばいいや」という方法でも当面はアリなのかもしれないが、その背景を知りたくはないだろうか?
確かに、典型的な契約の具体的な条文について契約法*1等を解説する本は*2いろいろある。もっとも、それら本は有益は有益でも、個別の条文・条項を超えて、「なんでこんな規制なのか?」という本質的問題の理解ができるかとは別の話である。
ここで、骨太に、中国法の独自性を、中国社会と政治に還元して説明してくれる本がある。それが、本間正道、鈴木賢、高見澤磨、宇田川幸則共著の有斐閣外国法入門双書「現代中国法入門(当代中国法入门)」である。
2.本書の構成
まず、第一章・第二章として、 中国近代史(法制史&政治史)が語られる。近代的立法の前に固有法があった話等がされており、「何で『現代中国法』に近代史?」と思う向きもあるが、実は現代法の随所に固有法的発想が紛れ込んでいる。例えば、死刑には直ちに執行するのと、2年猶予するものの2つがあるが、これは清代の「立決」と「監候」の区別に由来する*3等である。
次に第三章は憲法であり、約40頁を費やして、現在の*4八二憲法を解説する。その後、行政と法、民法、企業活動と法、市民生活と法という順番に説明し、最後に訴訟法、刑法、法曹育成を論じる。
全部で約400頁の中に多岐にわたる中国法を詰め込んでいるので、まさに「大胆な優先順位付」がされている。大胆にカットされているところもあれば、日本との比較、考察等の厚い説明の部分もある。読み手としては、こういう書き方の方が平板に全部中途半端に解説するよりもワクワクしながら読める*5。
なお、必ずしも、中国との契約に携わる法務部員を念頭に置いている訳ではないので、例えば中国における日本の判決の執行の可否等、日本の契約法務に携さわる人が直接知りたい情報が載っている訳ではない。要するに、実務情報は「省略」の方に落とし込まれることがむしろ多いことには留意が必要である。逆にいうと実務書との「住み分け」ができているということである。
また、比較法的に説明しており、日本法の基本概念が随所に出てくる。そこで。法学部を出た人なら問題はないが、「法を切り口に中国社会が分かる」というキャッチフレーズを見て、いわゆる「社会学」の本だと思うと、法学を学んだことがない人にとっては敷居が高いだろう。
3.共著なのに「鋭いツッコミ」
さて、具体的な内容を見てみよう。
まず、中国法の特徴的な制度とその趣旨が解説されるというのが、本書の基本的な内容である。
人代(注:人民代表大会)は国家の権力機関(全国人代は最高国家権力機関)として全権的地位にたち、あらゆる権限を統一的に行使し、行政機関、裁判機関、検察機関を選出する(憲法3条3項)。(中略)国家権力は一体不可分であり、[一府両院(注:人民政府、人民法院、人民検察院)]は相互間の業務を行うが、いわゆる三権分立とは根本的に異質の論理が貫かれている。このため、司法権も独立も論理的に否定される*6。
俗に全国人代を「日本の国会にあたる」などと説明することがあるが、原理的理解を欠いたものといわざるをえない。
本間正道他「現代中国法入門」72頁
といった記述は、中国司法の位置づけの理解を促進する。憲法でいえば、他にも、「全国人代の代表はなお(注:地区クラス、省クラスという)二重の間接選挙により選出されているわけで、しかも、直接選挙を実施するための条件整備に力を注いでいる様子も窺えない。もっとも、13億の人口を抱える超大国で統一的な国政選挙を実施するというのはたしかに人類が経験したことのない大事業であり、その意味では中国すでに民主的な選挙を行いうる国民国家のサイズを超えてしまっているのかもしれない*7」といった言及は興味深い。
民事法でも、民法と経済法*8の間で、どちらが広い範囲を規制すべきかの綱引きがあったとか*9、契約自由の原則を契約法に書こうとしたら、当局に「自由」というタームに対するアレルギーがあった*10とか、台湾との紛争を念頭に置いて人民法院に時効期間延長が認められる*11等、今まで不勉強だけだったのかもしれないが、法制度の趣旨や裏が良くわかった。
また、「旧時代の当事者の意思を無視した売買婚や童养媳(幼女を買い受け、将来息子の嫁とする風習)」について、「近時、いったんは消失したこうした現象が復活している*12」というのには驚いた。「現役軍人に限っては軍人側が同意しないかぎり離婚を認めない*13」等は、社会文化が反映されていると言えるだろう。
労働法では、さぞかし労働者に手厚い法制度だろうと思ったら中華全国総工会という全国的労組組織があり、「中華全国総工会の傘下に属さない第二組合を結成する権利は認められない」そうである*14。
生活保護受給者世帯の名前が公表*15というのは、古代ローマを思い出した。
訴訟法は、改善は見られるが職権主義的で、いってみれば遠山の金さんである。その背景事情は、「馬錫五の裁判方式」といって、裁判官自ら現地に赴き大衆の中に深く入って調査・研究し、大衆の発言に耳を傾ける*16ことが望ましいとされていたからだそうである。
当事者主義的な証明責任等もかつては否定されていた。「もし事実が証明できなければ、どのように判断すべきか」という事態はあってはならないことで、客観的真理としての事実は必ず見つかるという前提もため、「事実が証明できないので、被疑者・被告人を無罪とすることは政権の存立ともかかわることであった*17」等、独自の考え方が説明される。
「かつてはおよそ関係のない条文が引用されている判決書も散見された。今日その水準は向上しているものの、細かな事実認定や解釈論が展開されている判決書は総じて少ない*18」との点も忘れずにコメントする。
有斐閣双書だし、共著だということで、著者の個人的な意見を廃した通説的記述がされると思ったら、いい意味で大幅に期待を裏切られた*19。
上記で上げた他にも、 民法の中に、民事上の権利侵害において人民法院が過料、拘留に処すとしているのを「私法の中に公法的責任をすべり込ませるもので、私法の自律性の弱さを示唆している*20」とするとか、憲法上の権利を具体化する法律の制定ラッシュを評して、「法律が次々と制定されていることの一事だけをもって、単純に法治国家への道を歩んでいると考えるのは短絡に過ぎる。当然ながら問題は制定された法律の内容いかんである。*21」とか、
(香港とマカオの)特別行政区の設置は、従来の[単一制]の枠を大きく踏み越えるもので、なぜ少数民族には[区域自治]という名の強い中央統制をしきながら、旧植民地だけを特別扱いするのかを説明するのは困難である。
本間正道他「現代中国法入門」78頁
等、センシティブな問題であっても、臆せず著者の見解をつまびらかにするという姿勢で本書は貫かれている。
まとめ
本書は、法律を解説する本ではあるが、中国社会の縮図が、間違いなくここにある。
ただ、本書の特徴は歯に衣着せぬ物言いであり、中国で出版したら「和谐」されないかというのが心配である。
*1:これができるまでは全契約も10%〜15%が無効だった(本書159頁)とか聞くとすごいなぁと思うが。
*2:質を問わなければ
*3:本書267頁
*4:部分改正を経た
*5:「辞書」として使うなら全部厚い記述が望ましいんですが、「入門書」ですから。
*6:国家の違憲行為にはなお司法審査が及んでいない、本書98頁
*7:本書75頁
*9:本書132頁
*10:本書139頁。「自願」とされた
*11:本書145頁
*12:本書198頁
*13:本書207頁
*14:本書226頁
*15:本書244頁
*16:本書247頁
*17:本書285頁
*18:本書255頁
*19:なお、日本の中国法学会ではこれが通説という考え方も。
*20:本書157頁
*21:本書92頁