アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

リーガルマインドとは何か?ー「素人が法律を一つ学ぶなら何か」論争からの示唆


1.素人が法律を一つ学ぶなら何か
 先日、「素人が法律を一つ学ぶなら何か」という質問がツイッター上で議論された。色々な方が、ご自身が重要と思われる法律を挙げられていたが、私は納得できなかった。



 そこで、要旨「どうしても1つ挙げなければいけないなら憲法である。憲法を学ぶ中で、民事法の入門、刑事法の入門、行政法の入門、手続法の入門をすることができ、このようにして六法(行政法を加え、商法を除いたもの)の基礎的知識を学んで初めて、直面する問題を法律を活用して適切に解決できる*1」という趣旨のことをつぶやいたが、表現等に十分ではないところがあり、色々な方からご指摘を受けた。この点については反省しているものの、逆に言えば、この過程で色々と教わることができ、理解が深まった。そこで、この過程でより自分の中で明確となったリーガルマインドとは何か、法学教育とは何かについて、私の理解をまとめたい。本稿にあたっては、特にやっしー様(@yassi___)と、松中学先生(@mana613)のお二人と議論させて頂いた内容を参考にさせて頂いているが、本稿中の誤りは全て私の責任である。



2.質問そのものに内在する問題
 「素人が法律を一つ学ぶなら何か」という質問はその質問そのものに大きな問題を内包している。すなわち、その質問から、素人がその1つだけを学んで、役に立つような法律が存在するという前提が透けて見えるのである。もう少し言うと、六法の基礎的理解がない素人であっても、個別法をどれかを選択してそれだけを勉強するとその人にとって役に立つという前提が、「素人が法律を一つ学ぶなら何か」という質問に必然的に内包されている。


 しかし、私はこの前提が本当なのかという点についてかなり懐疑的である。もちろん、どれか1つの法律を学ぶ中で今まで知らなかった知識を得ることはできるだろう。そのような点に鑑みると、素人が1つ法律を学ぶこと自体を無意味と切り捨てることは必ずしも適切ではない


 しかし、本当に1つだけ法律を学んで「役に立つ」のだろうか? これが私の疑問であり、本稿においてこの点を少し検討してみたい。



3.「玄人」が学んできたリーガルマインド
 「素人」という言葉の対義語としては、法学部やロースクールを卒業した人が「玄人」として想定されているのだろう*2。法学部・ロースクールで勉強する6年(ないしは7年)の期間に我々は何を勉強してきたのだろうか


 頻繁に、法学部・ロースクールではリーガルマインドを学ぶと言われる。リーガルマインドの意義については様々な議論があるが、本稿は論文ではないので、いちいち過去の議論を引く事はしない*3が、様々な人が様々な定義を述べている。
 私の理解するところによれば、「リーガルマインド」という言葉ははっきり言って、ふわふわした「バズワード」として利用されてきている。


 人々がこれまでどれだけ多くのものを「リーガルマインド」と言う言葉に込めてきたかを象徴するものとして、Z会法科大学院対策教材においてまとめられた内容が参考になる。

(1)具体的な社会的事実や問題から、法的に重要である事実を選び出し、 法律問題として把握し、分析すること。
(2)関係者の言い分を公平に聞くこと。
(3)各問題について、法原則や条文を根拠とする合理的な推論によって論理的に考え、きちんとした法的理論構成を行うこと。
(4)自分の結論が社会の常識や良識からかけ離れていないか、またその結 論をとった場合に社会的に不都合が生じないか、生じるとしても許容 範囲といえるかどうかをチェックすること。また、その際、正義・人権・自由・平等などの法的な価値を重視すること。
(5)各問題から導き出した結論を、条文によって根拠づけ、思考の過程とともに関係者へ示し、説得すること
http://www.zkai.co.jp/ca/g/kyozai/pdf/GL11.pdfより


 これを読んだ私の感想は、法学部・ロースクールで教えたい内容(習得すべき内容)の総体について包括的に「リーガルマインド」という言葉で総称しているというものである。



4.私の理解するところの「リーガルマインド
 リーガルマインドという言葉を使った一番初期の文献の1つに、1933年に公刊された、Sir Maurice Amosの「リーガルマインド(The Legal Mind)」*4が挙げられる。Amosの理解するところのリーガルマインドとは、具体的事件から法的な抽象化をなして法的結論を導く論理を駆使できる、法律家集団の集団精神(the group-mind)である*5


 私は、このAmosの理解を参考に、リーガルマインド



「法律を使って適切に問題を解決する能力」



だと理解している。上記のようにリーガルマインドの内容だとして言われている様々な内容は、「適切に」問題を解決するために必要な「各論的」話であろう。


 法学部・ロースクールは、6年(又は7年)かけて色々な事を教えてくれる。そしてその内容は、個別の法律の個別の条項の解釈・適用を学ぶことであるとの誤解がされることがある。しかし、そのような個別的な知識は本質ではない。個別の事案を通じて、どんな問題に直面しても法律を使って適切に解決できる力を涵養しているのである。


 その基礎になるのが、六法の基礎的な理解である*6。ここでいう六法は私は商法を外し、行政法を入れた憲法民法・刑法・民事訴訟法・刑事訴訟法行政法という意味で使っている*7


5.六法の基礎的理解と個別法の関係
 六法の基礎的理解が重要なのは、全く見知らぬ法律の見知らぬ条項を見た時にそれを理解するガイドラインを与えてくれるからである。


 知らない法律であっても、六法の基礎的理解があれば、例えば、刑法の基礎的な理解に基づき、「この規定は刑罰法規なので、類推適用が禁止されるな」と考えることができる。また、例えば、民法の理解に基づき、「この規定は民事規定で、強行規定ではないから、任意規定であり、当事者が合意すればこの規定と異なる定めをすることができるな」と考えることができる。


 こういう理解がないまま、個別法を学んだとしても、せいぜいこういう条項があるというクイズ的知識を蓄積できるに過ぎない。もちろん、そういう知識であってもないよりはある方がいいので、無意味ではないものの、六法の基礎的理解がない人が個別法を学んだことで「自分はこの分野の問題を法律を使って解決できる」と誤解することは危険であり、時には有害ですらある


 例えば、交通事故なんていう事案は比較的分かり易いだろう。たった1つの交通事故事案であっても、その中には、
・民事(不法行為責任、保険)
・刑事(自動車運転過失致死傷罪等)
・行政(免許取消等)
・訴訟(民事訴訟法、刑事訴訟、行政訴訟
等の様々な法律分野の問題が複雑にからみあっている。ある1つの法律を勉強したからといって、交通事故事案を適切に解決できると思ったらそれは大間違いであり、明後日の方向に向かってしまう可能性すらある。だからこそ、そのような問題解決の基礎となる六法の基礎的な理解が必要なのである。


6.「データベースは結論を出せない」
 この問題についての私の理解を一言で述べた言葉を氷菓米澤穂信著『古典部』シリーズ)の登場人物である福部里志が述べている*8


「データベースは結論を出せない」


 である。


 六法の基礎的理解がないまま1つの法律を一生懸命勉強しても、その法律の知識が「データベース」にたまるだけであって、その法的知識を使って適切に問題を解決することはできない。きちんと六法の基礎的理解を習得してはじめて、データベースから、問題解決者へと変わることができるのである。

まとめ
 法学部・ロースクールで6年ないし7年の長期間に渡ってやっていることは個別法の知識の暗記ではない。
 やっているのは、リーガルマインドの育成、もう少し具体的に言えば、六法の基礎知識を元に法律を使って適切に問題を解決する能力を涵養するということである。
 逆に言うと、この能力を習得しないまま法律を勉強するのは、「データベース」としてクイズ的知識を蓄積するだけであって、「データベースは結論を出せない」というとおり、問題を適切に解決できるようにはならない。
 その意味で、「素人が法律を一つ学ぶなら何か」という質問そのものには根本的な欠陥があるのだ*9

*1:つまり、「憲法」だけを学べば十分ということではなく、「憲法を通じて六法の基礎的知識をきちんと習得してください」という趣旨である。そもそも憲法を最初に勉強することは思想や歴史が好きな人以外はあまり適切ではなく、民法や刑法の具体的な事例を知ってから憲法を勉強した方が順番としては適切であろう。

*2:なお、自分自身が「玄人」だというつもりはない。私は永遠の「学習者」に過ぎない。そもそも、憲法・刑法・民法もまだ熟知という領域に達しておらず、少年法なんて基礎知識も怪しい位である。ね、前田先生?

*3:主な文献として、加藤一郎「リーガルマインドについて」法教133号6頁、竜崎喜助「法学部というところ(2)」白鴎法学2号311頁、駒村圭吾リーガルマインドをめぐって」白鴎法学2号197頁、石井幸三「いわゆる『リーガルマインド』という日本語について」龍法45巻1号103頁等参照

*4:Amos,’The Legal Mind’,LQR 49

*5:上記石井論文111頁も参照のこと

*6:加藤一郎他『法律学をどう学ぶべきか』41頁の「そういう場合も、やはり基本的な法律科目が非常に重要だと思う」「基礎的な考え方なり、知識なり(略)を身につけていれば(略)一応の解決は自分で見出せるのではないか」も参照

*7:商法も確かに大事であるが、行政法は約2000ある日本の法律の大部分を占めることから、行政法総論により行政法の基礎理論を学ぶことはもっと大事である。

*8:アニメ版の千反田えるたんが超可愛いので、アニメ未見の人は必ず見るべきである!!! 後、漫研の河内亜也子ちゃんもなかなかいい味出してますよね(私も同人作家の端くれなので。。。)。

*9:そもそも、素人が個別法の本を読んでそれですぐに問題を適切に解決するようになるのであれば、我々は法学部・ロースクールで6年ないし7年の長期間に渡って何をしてきたのかということになるだろう。