すべてが文書偽造罪になる??
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/01/12
- メディア: 新書
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事例:出版社X社は、著者Yの本Zを2006年12月に重版した。しかし、その明細書が行方不明になってしまったため、「X社はZを2007年3月に重版した。」という内容の明細書を作成して、Yに送りつけた。
http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2007/03/post_1034.php参照
この場合、X社に私文書偽造罪(刑法159条*1)が成立するか問題となるが、
「成立しない」
というのが結論となる。
そもそも、文書偽造罪というのは文書に対する関係者の信用を守ることを目的としている*2。
文書というのは、名義人が一定の意思等を表示をしたことを証明する証拠の意味がある。典型は契約書であり、例えば「売主甲と買主乙は○○を××円で売る売買契約を締結した。甲(サイン)乙(サイン)」という契約書を考えると、*3名義人である甲乙が、売買契約の意思表示*4をしたということを証明する、証拠となっている。そして、だからこそ、人々は、文書があれば、「あ、名義人*5が、文書に書いている通りの意思表示をしたんだな!」と思うわけである。この「文書があれば名義人の意思表示の存在あり」という信頼を保護するため、文書偽造罪が規定されたわけである。
そして、だからこそ、文書偽造罪は原則として文書の名義人と実際に文書を作った人(作成者)が違う場合(有形偽造)にのみ処罰される。例えば、
Aが
「Aから100万円を借りました B」
という、B名義の偽造の借用書を作り、これ*6を担保にCからお金を借りた
という事案を考える。この場合、Cとしては「この借用書があるから、Bは100万円を借りてるんだな」という信頼をしている。ところが、この借用書は名義人であるBが作ったのではなく、Aが作ったものである。そこで、Bに対してこの借用書を突きつけて、「おい、Aに100万円借りてるよな!」と言ってみても、全く無意味なものになってしまっている*7。そこで、このように、名義人(B)と作成者(A)が違う文書が作られたことにより、Cさんの文書への信頼が裏切られてしまう。そこで、このような、名義人(B)と作成者(A)が違っている場合には、文書偽造罪が成立*8し、これを処罰するのである。
これに対し、本事例のような、「名義人(X)と作成者(X)は一致しているが、内容が虚偽」の場合は、無形偽造といわれる。このような場合、内容は虚偽(重版の時期が嘘)であるが、名義人と作成者が一致している。そのため、この文書の証拠機能への信頼は全く失われてないとはいえないが、刑罰をもって罰するほど失われたとはいえない。
上記事例と違って、Yは、この明細書をXにつきつけ、「お前がこの文書作ったんだろ! 責任を取れ!」といって、なおも責任を追求できるからである。そこで、本件のXの行為は道徳的・社会的に非難され、かつ私法上の責任を負うものであるが、刑法上は問題がないのである。
ちなみに、公文書については、一般に「公務員が作るんだから、その内容も正しいんだろう」という信頼があり、この信頼をも保護するため、*9公文書偽造罪(155条)に加え、「虚偽公文書作成罪(156条)」により、間違った内容の文書を作成することが刑法上禁止されている*10。
まとめ
「偽造」という日本語の意味を、法律家は、「名義人と作成者の同一性を偽ること」等と難しく表現している。
ただ、このような難解な表現も、必ず「刑法規定の趣旨(保護法益・自由保護機能等)」を考えれば「意味のある限定」*11がされているのである。
追記:本エントリは、三軒茶屋様のエントリに触発されてできたものです。どうも、ありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。
*1:及び同行使罪
*3:共同
*4:○○を××円で売ります、買います
*5:文書を見れば、この人が意思を表示したんだ!とわかる「その人」。例えば末尾にサインがあったりすると、「あ、この人が意思を表示したんだ!」と分かるので、その人が名義人になるのが通常
*6:AのBに対する貸金債権
*7:「いや、借りてませんよ。ほら、文末のBという署名は僕の字とは明らかに違いますね。」と言われれば終わり
*8:権利、義務若しくは事実証明に関する文書であることが前提ですが
*9:有形偽造を罰する
*10:なお、公務所に提出する診断書等については、例外的に私文書でありながら、無形偽造が処罰されている、刑法160条
*11:稀に意味のある拡張もある