アホヲタ元法学部生の日常

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魔王が家賃を払ってくれない場合の法的対応〜どこまで家賃を滞納すれば追い出せるのか?

魔王が家賃を払ってくれない (ガガガ文庫)

魔王が家賃を払ってくれない (ガガガ文庫)

本エントリには、「魔王が家賃を払ってくれない」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください


1.「魔王が家賃を払ってくれない」とは
伝説の勇者により魔王アーザ十四世が倒され、平和が訪れた。そんな世界。
その魔王は美少女で、なぜか勇者(当時女子短大生)の実家が経営するボロアパート(四畳半)に住んでいた。
主人公高良田義経(ヨシツネ)は、勇者の弟。毎日のように魔王の部屋を訪れる。


その目的は「集金」
魔王は家賃を滞納していたのだ!


2.家賃滞納の法的分析
 法律的にいうと、家賃滞納は債務不履行(正確にはその一類型である「履行遅滞」)と定義される。債務不履行は、簡単にいえば、契約によって負った義務(債務)をきちんと果たさないこと
家(アパート)を借りる時、賃貸借契約書にサインをする。これが「契約」(賃貸借契約)である。この契約によって、大家さん(貸主)は家を貸す、つまり、家を使える状態にする義務を負い、反対に借主は賃料(家賃)を支払う義務を負う。
契約で決めた期限までに賃料が支払われないということは、この借主の契約上の義務を果たしていないということであり、これが債務不履行である。


債務不履行をされた側(大家、債権者)の対応については、一般的には、民法414条と541条が規定する。

民法第414条1項  債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、その強制履行を裁判所に請求することができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

民法第541条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

要するに、民法414条1項というのは、家賃を払わなければ、裁判所に行って家賃の支払いを強制 できるということ。
民法541条というのは、家賃を払わなければ「いついつまで家賃を払え」と通告し、それでも払わなければ契約を解除できるということである。


民法414条によって裁判所に申し立てれば、例えば魔王のパンツを競売にかける等の方法で確かに当座の家賃の支払いを確保できるかもしれない。
しかし、魔王は部下が必死で働いて送金をしたお金をアニメ、ゲーム等に費やしてしまっており、自発的に家賃を支払う意欲を持たず、督促に来たヨシツネをパンモロ等でごまかそうとしている。これでは何回裁判所に申し立てなければならないか、気が遠くなる話である。


 そこで、民法541条は、契約の解除を認めた。つまり、最後通告をしてそれでも払わない奴とは契約を打ち切ってもよい、そういう制度である。


3.賃借人の保護
ところが、不動産賃貸借契約、家等の貸し借りを内容とする契約については、この民法541条が定める解除についての原則について、裁判所が変更を加える

確かに、「本を買ったが引き渡されない」といった場合には、民法541条にもとづき契約を解除して他の書店で購入するというのは自然であり、問題もないだろう。


しかし、建物を借りる契約(賃貸借契約)には、継続的契約の性質がある。「本を渡してお金を払って終わり」という契約(一回的契約)と異なり、建物は借りたらずっと住み続ける訳で、その間賃料を払い続けることになる。
ここで出てくる問題意識は、借り主にとってその生活基盤である借家。確かに期限までに払わないのは借り主が悪いが、軽微な家賃不払い程度で解除を認めて、その生活基盤を破壊してもいいのか、ということである*1。そもそも、継続的な関係の中で重要なのは信頼関係である。その信頼関係を破壊するような行為を一方がすれば、他方が解除をすることはやむを得ないだろう。でも、軽微な滞納等、信頼関係を今だ破壊するに至らない場合には、形式的に民法の要件を満たしていても解除を認めるのは酷だ。最高裁判所の先例(判例)は、単に形式的に不払い等の債務不履行があれば解除を認めるということではなく、それが大家と借り主の間の信頼関係を破壊する程度の不誠実性であるとはいえないのであれば、解除をすることはできないとする(最判昭和39年7月28日民集18巻7号1220頁)。



 このような信頼関係の破壊の有無の判断においては、確かに滞納の回数(期間)が重要である。一般的な目安は、土地を貸す場合(借地)には、6ヶ月〜1年程度、建物を貸す場合(借家)には3ヶ月程度で解除が認められる(信頼関係破壊アリ)とされる*2


 しかし、回数だけではなく、不払いに至った事情等を総合的に考慮して判断される。例えば古典的な事例として、昭和25年12月〜昭和26年7月末までの8ヶ月分の家賃を延滞し、その後最後通告を受けたのに、支払うべきとされた期間内に家賃を支払うことができなかったという事案がある(神戸地判昭和30年1月26日下民集6巻1号116頁)。滞納期間だけを見ると解除されてもおかしくないだろう。しかし、裁判所は、契約の解除を認めなかった
 裁判所は、借主が、戦争により経営不振に陥り、12人の子供を抱え貯蓄を取り崩して生活している状態であつたところ、たまたま長男が肺結核を患い、入院し、これに多額の治療費を支払わねばならなかつたため、賃料を延滞するに至つたものであり、大家からの催告書到達以来、借主は、その調達に奔走したが催告期限に間に合わず、4、5日後に支払いを申し入れたが大家に拒絶され、やむなく法務局に供託をしたという事情を認定し、このような不払いに至った理由を考慮すると、そこにはやむを得ないものがあり、相互の信頼関係を破壊したとは言えないので、契約を解除できないとしたものである。


4.魔王との契約は解除できるか?
 当初、勇者が集金をしていたことから魔王は家賃を支払っていたが、ヨシツネが集金を始めてから3ヶ月*3魔王は家賃を払っていない。


 その理由が、「病気で治療費がかさんでしまって…。」等であれば、事情によっては、上記の裁判例のように、信頼関係を破壊しないという結論にもなるだろう。
 しかし、今回は、ネット、アニメ、ゲームにはまってニート生活を繰り広げ、支出が収入を上回ってしまったから という、裁判所的にはなかなか同情されにくい理由である。


 そこで、ヨシツネは、期限を切って支払いを請求をし(催告)、それまでに支払いがなければ、契約を解除することができる。契約解除後も魔王が居座るのであれば、裁判所に行って明け渡しを求めることも可能である。


まとめ
法律の力を借りれば、既に魔王との契約を解除し、明け渡しを求めることができる。
ヨシツネは、毎日魔王の部屋に行って「督促」名目でパンチラ(?)を鑑賞する暇があったら、弁護士に相談すべきである。

追記:著者の伊藤先生ご本人にツイッターで取り上げていただきました!!

暖かいお言葉、本当にありがとうございます。

*1:我妻有泉コンメンタール民法1018頁

*2:野辺博「借地借家の法律相談」(第一次改訂版)88頁

*3:伊藤ヒロ魔王が家賃を払ってくれない」19頁