魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (上) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
- 作者: ハノカゲ,Magica Quartet
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2012/10/12
- メディア: コミック
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ここ10日くらい、ツイッター上で、毎日1個、魔法少女まどか☆マギカの法学考察をやらせていただいている。フォロワーさんの中にもまどマギがお好きな方がいらっしゃるため、お陰でいろいろと議論をさせていただけることに感謝している。
今回、その議論を踏まえて次の事例を法的に検討してみたい。
第一話。さやかと一緒にCDショップで物色中、
まどかの頭の中に「助けて」という声が聞こえる。
声のする方へと改装中のフロアを進んでいく、まどか。
そこには、ほむほむに襲われる傷だらけのQBがいた。
全てを理解している今なら、鑑賞しながらまどかに対し、
「そいつの言葉に、耳を貸しちゃダメぇ!!」
と言いたくなりますが、まだ第1話。まどかが何のカラクリも分かっていない段階なのですから、しょうがないだろう。
さて、まどかが改装中のフロアに入っていった行為は、形式的には *1建造物侵入罪に該当する*2。
刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
「改装中」として一般人の立ち入りを禁止するフロアに侵入することは刑法130条違反である*3。
まどかは、このまま有罪になってしまうのか!?
2.正当防衛も、緊急避難もあるんだよ
形式的に犯罪を定める刑法の条文*4に該当しても、その行為が「悪い」(刑法用語で「違法」)といえない限り処罰はできない。それは、刑罰という重大な不利益を科せるのは、国会が犯罪として定めた行為のうち、悪くて(違法で)非難できる(有責の)行為だけだからである。
ところで、国会が刑法において犯罪と定めた行為は通常は悪い行為である。だから、むしろ、「その行為が悪いとはいえない例外的事情(違法性阻却事由)」があるかが問題となる。
(正当防衛)
第36条1項 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
(緊急避難)
第37条1項 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
まず、正当防衛(刑法36条1項)は、自分を襲う等の「悪い相手」に対する防御のために、その相手に対して被害を与える行為は仮に形式的に刑法の条文にあたっていても「悪い」とは言えないよねということである。イメージとしては、気が狂ってほむほむを殺そうとしたマミ先輩からほむほむの生命を守るために、マミ先輩を殺す等である*5。ここでは、悪い*6人(マミ先輩)がいて、その人(マミ先輩)に対する対抗が問題となっている。
まどか建造物侵入事案においては、店の店主の「建物(の改装部分)に勝手に入られたくない」という利益(法益)が侵害されている訳だが、別に店主が何か悪いことをした訳ではない。店主に対する対抗としての店主に対する建造物侵入行為が問題となっていない以上、正当防衛は成立しないのである*7。
次が緊急避難であり、これはまどかの行為について、一見、成立しそうにも見える。
緊急避難が何なのかについては、リクルトスツーさんの新刊漫画、見滝原で「交通安全」の話をしよう
がわかりやすい*8ので、ぜひご参照されたいが、イメージとしては、野犬に襲*9われたので、隣の家に侵入して逃げるといった場合である。確かに、正当防衛と異なり、隣の家の人は何も悪くない。でも、そのままだと犬に噛まれて自分の身体が害されるという場合、それよりもより重要性が低い隣の人の「住居に入られたくない」という利益を犠牲にしてもしょうがない(「悪い」とはいえず無罪)というものである。
緊急避難が認められるためには、[1]生命、身体、財産への現在の危難、[2]避難の意思、[3]それ以外に危難を避ける方法がないこと(補充性)、[4]生じた害が避けようとした害より小さいこと(法益の均衡)が必要である。
ここで、まどかは、QBに現在生じている生命、身体の危難を避けるため、唯一の方法としてQBがいままさに襲撃されている改装中のフロアに侵入しているところ、せいぜい住居侵入程度の害しか生じていないのだから、緊急避難が認められると思われる。
ところが、QBは人間ではない。
そもそも、緊急避難というのは、刑法が守ろうとするより大きい利益(法益)を守るため、より小さい利益は犠牲にしてもしょうがないというものである。ところが愛護動物*10ですらない宇宙人の身体や生命は「法益」ではない。つまり刑法はこのようなものを守ろうとしていないのだ。そこで、QBに対する危難が生じていても、店の経営者の法益*11を犠牲にしていい理由はなく、QBを助けるための緊急避難ができないのである*12。
3.類推解釈の禁止と向き合えますか?
ここで、
確かに、民法において、契約の主体となることを欲するQBを人間と同様に扱うことには合理性がある。しかし、刑法には類推解釈の禁止という大原則がある。
例えば、「巴マミをボッチにした人は死刑」という法律があるとしよう。ここで、志筑仁美(緑の子)が上条君を誘惑して、さやかをボッチにしたとしよう。
「マミ先輩もさやかちゃんも、多感な見滝原中学の生徒で、かつ魔法少女なのであって、ボッチにしたらソウルジェムが真っ黒になって魔女化してしまう。こんな共通点があるんだから、マミ先輩というのはあくまでも例示であって、さやかをボッチにした仁美も死刑だ!」
こういう、似たモノについての規定をそのものとは違うが似ているモノに類推して適用することが「類推解釈」だ。
このような解釈は、民事法では広く認められているが、刑事法では厳禁である。
刑法は、法益という、生命、身体、住居等のとても重要な利益を守るために、「生命を侵害しちゃだめだぞ」といった規定を置いている(法益保護機能)。
しかし、これと同時に、刑法は「人権保障機能」という重要な機能を担っている。刑法*13が刑罰を定めているということは、逆にいうと、犯罪として定められていない限りは、何をやっても罰せられないという意味で、何がやっていいことで何が*14やってはいけないことかを明示し、その範囲において国民の自由を守るという意味がある。
ところが、類推解釈で「この行為は犯罪行為と似てるから、やっぱり犯罪!」とされてしまうと、刑法の人権保障機能が阻害される。人々は安心して活動できなくなるのである。
そこで、QBを刑法上「人」とみなすことは、刑法の類推適用となるのであり、なかなか難しいだろう*15。
4.最後に残った誤想避難
このままでは、まどかは有罪になってしまう!?
そもそも、なぜまどかが改装中の暗いフロアに侵入したのか。それは、「助けて!」「僕を助けて」と、頭の中に声が響き、誰かが助けを呼んでいる!と思ったからである。
確かに、「魔法少女の衣装案」をノートにまとめる等ややメルヘンチックなところはあるが、鹿目まどかは平凡な一中学生。そりゃあ、人間ではない宇宙人が「助けて!」「僕を助けて」というとは思ってないだろう。
そうすると、まどかの主観的には「助けを求めている人を救済するため建造物に侵入した」という緊急避難が成立しているのである。
主観:緊急避難が、成立している、ような!?
客観:(宇宙人を救うことが)緊急避難になんてなる訳ない。
このような、客観的には緊急避難とは言えないが、主観的には緊急避難だと思い込んでいる*16場合が、「誤想避難」の問題である。
そもそも、犯罪が成立するためには「故意」が必要である(故意責任の原則)*17。
故意、それは、非難である。犯罪に対し刑罰という重い制約を課す以上、「今のはマズかったよ、まどか!」と非難できない限り、犯罪とはいえないのである。
その「非難」というのは、わざと悪いことをやる、「自分がそれをやっていると認識しながら悪いことをやる」*18ことに対する非難である。
確かに、条文には悪いことのリスト(犯罪カタログ)が記載されているので、自分が刑法の条文によって「やるな」と言われていることをやっていると分かっていれば*19、通常は非難できる。改装中と書かれて閉鎖されている空間に侵入すること*20自体は、まどかは認識していた。
しかし、緊急避難や正当防衛のように、「悪い」とはいえなくなる事情があると誤って信じていれば*21、「自分がそれをやっていると認識しながら悪いことをやる」とはいえない。
そう、まどかのように、自分が緊急避難をやってる、悪いことではなくなる(違法性が阻却される)と誤解している人は「非難」をすることができず、故意が否定され、無罪なのである(「誤想避難」)! *22
まとめ
まどかは、建造物侵入罪を規定する条文(構成要件)に該当する行為を行い、また、それは悪い(違法)行為である。
しかし、人間の命を守ろうとして行った行為(緊急避難を目的とする行為)であり、実際には助けようとした人がQBという宇宙人であったため、緊急避難にはならないとしても、まどかを「ひどい人だ!」と非難することはできない。そこで、誤想避難として故意が欠けるので無罪となる。なお、本論考を作成する際には、ツイッターで行った、@kokonoyaさん、@pat_R_I_O_T_ さんとの議論を参考にさせていただいた。ここに深く感謝の意を表させていただく。
*1:法律用語でいうと「構成要件的には」
*2:建造物侵入罪の判例としては、出身中学校に侵入して、校庭に机を並べて「9」の字を描いたというリアル笹の葉ラプソディ事件がある。東京地判昭和63年7月7日判例タイムズ676号243頁
*3:少なくとも構成要件レベルでは。
*4:構成要件
*5:実は、この事例には結構細かい論点がたくさんあるが、ここでは割愛し、同人誌に譲る。
*6:違法行為を行う
*7:正当防衛はかなり緩い要件で認められてしまう。自分は何も悪いことをしていない店主が、「正当防衛だから」といって権利を侵害されるのはかわいそうだ。そこで、緊急避難の問題となる。
*8:38頁の力作である
*9:@koudukiyuuki様、ご指摘ありがとうございます!
*10:動物愛護法44条4項2号により「人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの」
*11:管理者の許諾権
*12: 例えば、山口「刑法(第2版)」76頁は、「現在の危難」を「人の生命、身体、自由又は財産の侵害の危険が切迫している状態をいう」とする。
*13:刑法典という意味ではなく、動物愛護法の刑罰規定等を含む。
*14:法律上
*15:なお、QBをマミ先輩の「財物」とみるという方向性もおりますが、所有関係にあるのか、単にQBは「まどかを契約させたい」、マミ先輩は「ボッチから脱したい」ということで相互に協力関係をもっているという程度で、所有関係にはないのではとも思われます。
*16:別に、まどかが「緊急避難」という用語を知ってるかどうかが問題ではない。「人助けをするためだ!」と思っているということが問題である。
*17:過失犯の話もありますが、建造物侵入に過失犯処罰規定はないので。
*18:山口「刑法(第2版)」108頁でいうところの「違法という評価を受ける事実の認識」
*19:構成要件事実の認識・予見があれば
*20:建造物侵入罪の構成要件該当行為
*21:違法性阻却事由該当事実を認識、予見していれば
*22:なお、誤想避難を認めた先例はみつからなかった。誤想過剰避難を認めた事例として、大阪簡判昭60・12・11判時1204号161頁、東京地判平成9年12月12日判例タイムズ976号250頁