アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

マミ先輩の家に侵入した鹿目まどかの罪責?ー映画公開記念

1.はじめに
魔法少女まどか☆マギカの映画が公開され、本日から後編の公開である。
映画公開を祝して、法律的に気になった点で未だに検討していない点*1について、やや検討を深めてみようと思う。

マミ先輩がマミられた後の第4話。さやかと話をした後、まどかは、マミ先輩の家に行く。その手には、あの魔法少女の姿を*2描いたノートが握られていた。
いつも通りの部屋の様子。でも、マミ先輩はいない。
もう、三人で過ごしたあの楽しいお茶の時間は返ってこない。
そっと、ノートを返すまどか。
「ごめんなさい…。私、弱い子で…ごめんなさい」
こみ上げる嗚咽。

大体こんな感じのシーンである。
とても重要なシーンであるが、法律家に感傷に浸っている間はない*3


このシーンには、1つ、法律的にいって、怪しい点がある。


それは、まどかが他人(マミ先輩)の家に侵入したことである。


まどかの行為につき、住居侵入罪は成立してしまわないか!?


2.住居侵入罪とは

刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。


 住居侵入罪は、他人の住居に侵入する罪である。「そりゃあ、他人の家に入っちゃだめだろう」という素朴な感覚はわかりやすいが、この犯罪がなにを保護しようとしているのかは長らく論争となっていた。


 国家が刑罰を科すというのはよっぽどのことであり、人を犯罪者にしてまで守るべき「何か」(法律用語で「法益」)が必要である。


 この、住居侵入罪が守ろうとしているのが何かについては、「夫が誰の立ち入りを認めるか(住居権説)」→「住居が平穏であること(平穏説)」→「(夫に限らない)管理者が誰の立ち入りを認めるか(新住居権説)」と議論が錯綜してきた*4


 伝統的には、家長たる夫が、家にいつ誰を入れるか決めるのだという考えから、夫が認めない立ち入りが刑法130条の禁止する住居侵入行為であるとされた(住居権説)。
 この議論は、要するに、夫の不在中に妻の承諾を得て住居に立ち入る行為は住居侵入罪だということであり、いわゆる姦通事例が住居侵入罪で有罪となっていた*5


 ところが、戦後、姦通罪(刑法183条)が削除される等の時代の流れに伴い、「姦通事例を住居侵入罪で処罰するのはやっぱりよくないんじゃない?」という発想が出てきた。
 そこで、学説上、平穏説、つまり「住居の平穏を害するから住居侵入罪で罰するんだ」という考えが有力になった。いわゆる姦通事例では、当然「こそっと」家に入るわけなので、平穏は害されず住居侵入罪にはならないということである。最高裁も、昭和40年代末から昭和50年代前半にかけて平穏説を採用した*6


 ところが、そもそも平穏説は、「住んでいる人の意思に反する立ち入りであっても、平穏な態様であれば処罰をしない」という意味を持つ。姦通事例はこれでよいとして、居住者が拒否しているにもかかわらず立ち入るという場合、その立ち入りが平穏である限り処罰できなくていいのか。この点は学説上も強く批判されている*7


 住居権説のおかしさは「誰の立入りを認めるか」という点にあるのではなく、誰の立入りを認めるのかという点を決定する権限が「夫」だけにあると判断した点にある。そうであれば、「夫に限らず居住者全員*8に許諾権を与え、許諾権者のうちの1人以上の許諾があれば住居侵入罪にはならないが、誰の許諾もなければ住居侵入罪になる」という立場(新住居権説)が有力に主張されるようになってきた*9


 そこで、判例も、最判昭和58年4月8日刑集37巻3号215頁において、管理権者の意思に反して立ち入ることが住居侵入罪(でいうところの「侵入」)であるという新住居権説を採るにいたった


3.個別の要件
 さて、個別の要件としては、「人の住居」に「侵入」すること、そして、*10「正当な理由」のないことである。


 このうち、「住居」は、人の起臥寝食に用いる場所なのか日常生活に利用する場所全般なのかという学説が対立しているが、マンションの個室が「住居」であること自体に争いがない*11


 しかし、「人の」という点は注意が必要である。刑法で「人」というのは他人を指す*12。もう少し正確には、死者はもはや「人」ではなく、生存している他人のはずである。

死者は人ではないから、居住者全員を殺害した後に侵入しても住居侵入罪は成立しないと解すべき
山口厚「刑法(第2版)」254頁

という指摘もある。


おお、この議論を使えば、マミ先輩の死後の立ち入りは、「人」の住居に入った訳ではないとして、不可罰となるのではないか!


 ところが、法律実務家は、判例をベースに議論しなければならない。学説だけを元に議論をしても、「実務ではその見解は取られていない」等として、一蹴されるのが落ちである。


 すると、東京高判昭和57年1月21日刑月14巻1=2号1頁という非常に困った判例*13がある。これは、被告人がかなりひどいことをやった事案であり、被害者を殺してその後無人の家に侵入して財産を奪ってやろうと考え、松山市内で殺害して財物を奪い、その25時間後に東京の被害者宅に侵入し、更に被害者の財物を奪ったという事案である。


 東京高裁は、

被告人らは、〔被害者〕を殺害する前から、〔被害者〕を殺害した後〔被害者〕方に侵入することを企図していたものであり、その実行に及んだものであること、
殺害現場と〔被害者〕方住居との距離や時間的経過の点は、前述のように航空路線の発達からしてそれほど大きいものではないと考えられること、
〔被害者〕の死亡の事実は被告人らだけが知つていたものであること、
〔被害者〕方住居は施錠され、〔被害者〕の生前と同じ状況下にあつたことなどの諸点からすれば、
〔被害者〕方の住居の平穏は、被告人らの侵入の時点においても、〔被害者〕の生前と同様に保護されるべきものであり、被告人らはその法益を侵害したものと解されるから、原判決が住居侵入罪の成立を認めたことに誤りはな〔い〕
東京高判昭和57年1月21日刑月14巻1=2号1頁

 という判断をして、居住者の死後に侵入した事例について住居侵入を認めたのである。


4.実務家の戦い方
 実務家が、死人の住居は「人の住居」ではないという学説を説得的に主張するためには、この判例を克服しなければならない。


 その方法の1つは、批判することである。
この東京高判への最も説得的な批判は、前提がおかしい だろう。


思い出してもらいたい、この判例が出された時期を*14。昭和57年である。その翌年に、重大な状況の変化が起こった。そう、平穏説から新住居権説への判例変更である。


昭和57年判決が「〔被害者〕方の住居の平穏は、被告人らの侵入の時点においても、〔被害者〕の生前と同様に保護されるべき」として、明らかに平穏説を前提としているところ、昭和58年判決以降、最高裁はもはや平穏説を取っておらず、住居の平穏を前提とした昭和57年判決は翌年の判例変更により死んだという議論が可能である。


 もう1つは区別することである。
昭和57年判決が重視している点のうち「〔被害者〕を殺害する前から、〔被害者〕を殺害した後〔被害者〕方に侵入することを企図していた」という点は明らかにまどかの事例にはあてはまらない。


昭和57年判決は、いわゆる「死者の占有」、つまり、「加害者が、被害者を殺した後で被害者の財物を奪う場合、その財物を奪う行為について、強盗や窃盗といった、被害者が物を持っている(占有してる)場合の犯罪を成立させていいのかという点とのアナロジーを採用していると評価できる。判例は、殺した人が被害者のものを奪うのであれば、その財物を奪った行為について、落とし物のネコババと同じ軽い犯罪(占有離脱物横領罪)を成立させてはいけないとして、加害者(殺人者)との関係で、死者の占有を認めている*15。 昭和57年判決もまた、加害者との関係で死者宅への住居侵入を認めた事例と読める。


マミ先輩をマミったのは、ご存知シャルロッテであり、QBならまだしも*16、まどかは加害者でもなんでもない。そう、昭和57年判決はまどかの事例には事案を異にするのであって適用されないと言える。

まとめ
まどかがマミ先輩の家にノートを返しにいったら住居侵入罪で逮捕!?
そんなの絶対おかしいよ!という判例が、実務ではあったりもする
実務家(及び司法試験受験生)は、判例を批判する、又は判例と本件の事案を区別することにより、まどかは無罪という妥当な結論を導くことができるのである。
いずれにせよ、映画魔法少女まどか☆マギカは大変オススメの作品ですので、ぜひご覧下さい!

 

*1:まだあったのです。

*2:声優の悠木碧さんの手による絵らしい

*3:クールヘッド、 ウォームハートってことですかね?

*4:簡潔にまとめたものとして山口厚「刑法(第2版)」253頁

*5:大判昭和14年12月22日刑集18巻565頁

*6:最判昭和49年5月31日裁集刑192号571頁、最判昭和51年3月4日刑集30巻2号79頁

*7:たとえば、山口前掲書255頁「居住者の立入り許諾に関する利益を無視し、居住者の意思に反する立入りを住居の平穏を害しないとして処罰の対象としないことは明らかに妥当でない」とする。

*8:細かい話をすれば、「年少者による許諾」については問題が生じる可能性がある。たとえば、まどかが間違ってQBを家に連れてきてしまった場合、もちろんパパママにはQBは見えないので許諾している訳がないものの、これは許諾されていると解すべきなのかといった問題である。

*9:なお、細かなことをいえば、許諾権者間の対立がある場合についてどのように解決するかは学説が分かれている。たとえば山口前掲書256頁参照

*10:例えば隣の家が火事だから消火してあげるために侵入するといったイメージ

*11:なお、今回は、マミ先輩の部屋に立ち入っている点を問題にしているが、厳密にいうと、それ以前の共用部分への立ち入りも問題になる。最判平成21年11月30日刑集63巻9号1765頁はこの場合管理組合の意思に反する立ち入りが禁止されると解している点に留意されたい。

*12:自傷等の自分の法益自らを害すること自体が一般には禁止されておらず、禁止する場合には特別の規定が必要。

*13:高裁レベルであるものの、刑事訴訟法405条3号が「最高裁判所判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所判例と相反する判断をしたこと。」として、高裁の判断と異なる判決は上告審で是正され得るとしていることに留意。

*14:この「時期」というのは大事であり、判例の射程を考える場合でも常に検討しておきたいところ

*15:逆にいうと、第三者との関係では占有離脱物横領罪である。大判大正13年3月28日新聞2247号22頁。

*16:ここの議論は弊弁護団の同人誌「これからの契約の話をしよう」をご参照のこと