アホヲタ元法学部生の日常

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ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第12回「要領」良く仕事をするための「選択と集中」

怪談―小泉八雲怪奇短編集 (偕成社文庫)

怪談―小泉八雲怪奇短編集 (偕成社文庫)


1.はじめに


仕事の「要領」がいい人と悪い人っていますよね。


 私はどちらかというと要領が悪い方でして、色々とうまくいかないことも多かったのですが、●(「禁則事項」です!)年間頑張っていく中で少しずつ自分なりにコツのようなものがつかめてきました。要するに、上司等の「レビュアー」がレビューして評価する訳ですから、そのレビュアーの評価するポイントだけに資源を集中投下し、それ以外は節約モードに入る、ということです。


「仕事が終わらない」「頑張ったのに質が低いと怒られる」等という悩みを持っている方、特に1月から働き始めて既に辛い方や4月から仕事を始める方の参考になればと思います。



2.ストーリーパート
 珍しく井上先輩と二人で残業をすることになった。


 午後8時。全館一時消灯の時間。部屋は暗闇に包まれる。


 電気をつけて仕事を続けようと、スイッチの方に歩き出したら、井上先輩が袖を引っ張って僕を止める。



さあ、怪談の時間だ。


かすかな非常灯の明かりに照らされた井上先輩は、とても怖い顔をしていた。



「か、怪談ですか?」



「そう。怪談。その人は私の同期同クラス、真面目な修習生だった。頭は特にいい訳ではなく、要領も特にいい訳でもないが、毎日遅くまで真面目に予習復習をして、中の上の成績を取っていた。」


「あ、よくいますね、そういうタイプ。同期にもいました。」


「うまく東京の弁護士一人、秘書一人のこじんまりとした事務所に就職が決まり、修習が終わった1月から勤務を始めた。でも、同期の集まりとかになかなか顔を出さない。メッセージを送っても『忙しい』としか返ってこない。これはおかしいと思っていたが、半年位してやっと会えた時『自分は弁護士に向いてなかった』と『死にたい』ばかり言っていた。」


井上先輩の顔が怖い。


「どうしちゃったんですか?ブラック事務所に入ってしまったとか?」


「ある意味ではそうだし、ある意味ではそうではない。」


「なかなか微妙な回答ですね。」


「ボス弁の先生は、器用で要領がいいタイプで、サクサク仕事を進めて細かいことにも気にされる方だった。だいたいボス弁自身が4時間位でできる仕事を、新人だから8時間位かかるだろう、と、1日の仕事としてイソ弁に振って、できた成果物を手直しして裁判所等に提出していた。」


「2対1の割合がどうか、という話はありますが、あり得そうな話ですね。」


「同期は最初の仕事でつまずいたらしい。比較的平易な訴状起案だったのだが、早く終わらせようと焦ったのか、要件事実を1つ落としてしまった。」


「このまま陳述すると、相手が欠席でも、欠席判決で請求を認容してもらえない、ということですから、ミスはミスですね。」


「そのミスに対し、ボス弁から、『最近の修習生はやっぱりレベルが落ちてるのかな、あ、君は弁護士だったね。』と嫌味を言われて、かなり落ち込み、『もうミスは絶対できない』と思い込んだらしい」



「それはトラウマになりますね。」


「それで、慎重に慎重に対応するようになった。毎日遅くまで残って、調べて、考えて、疲労の限界で倒れそうになるまで検討を重ねて、成果物をボス弁に提出するようになった。」


「ボス弁から褒められるようになったんですか?」


その真逆だ。まず、仕事が遅くなった。ボス弁が当然できてると思う時期までに仕事ができていない。次に、深夜まで、そして気力と体力の限界まで作業しているから、ミスが出る。ボス弁は細かいからそういう細かいミスも含めて全部指摘して、『仕事が遅い上、質も低い」と批判する。」



気が狂いそうになりますね。」


「このような負のスパイラルは、他人事ではなく、特に真面目な人程陥り易い。」


自分も真面目だから、当てはまるかも、と思わず背筋が寒くなる。


「どうすればいいのですか?」


選択と集中だ。時間と労力を投下すべきところに集中して投下し、そうでないところへの投下を最小限に抑える。 特に最初に提出したものに低い評価が返って来たトラウマがある場合、慎重になり過ぎ、時間と労力をかけるべき所を間違った「遅く質が低い」人になりやすい。」


「理屈はそうなんでしょうが、問題はどこに時間と労力をかけるべきかが分からないことなんですよ。」


これは僕の実感である。


形式面のカオの部分(目立つところ)と実質面のキモの部分(当該事案の特性に応じた重要部分)にリソースを集中投下すればいい。」


「そういいますと?」


「まず、形式面の「カオ」の部分(目立つところ)としては、固有名詞(前株後株、異体字、肩書き等)、数字、条文、敬称等が重要だ。後は「1頁目」を綺麗に整える。これだけで、よい成果物っぽく見える。」


「なんか印象を操作してる気がするのですが、それ以外は形式を整えなくてもいいんですか?」


「どうやれば少ない労力で形式的に見栄えがするのか、という観点からの優先順位付けだ。もちろん、時間の許す範囲で2頁以降も形式面を綺麗にすべきだが、レビューする人は、最初の方で固有名詞や数字等目立つミスがあると、それだけで『この資料はしっかり作られてない』という印象を持ってしまう。そういう間違った印象を持たれることを防ぐための努力だな。」



人は見た目が9割」と言われるが、「成果物も見た目が9割」なのだろうな、と思う。



「 実質面の「キモ」は、業務の類型別の問題と事案毎の問題の2つがある。例えば契約書チェックであれば、売買契約なら売買契約等当該契約類型でよく問題となる条項(注文・支払方法、瑕疵担保等)がある。また、当該事案で「買主の資力が心配」等の事情があればそれに対応する。」


「どうやってその事案における『キモ』を判断するんですか?」


「類型別は、モノの本の記載を参考にして、後は経験をする中で蓄積していけばいい。事案毎はコミュニケーション。丁寧に事情を聞き取ればいい。その際には、その契約では何をしたいのか、その結果どこでいくらお金が動くかを基本的な手掛かりにすればいい。」


井上先輩の言葉に、先輩がいつも定時に帰れる理由を垣間みた気がした。


3.解説
 さて、1月に仕事始めた方、4月から仕事を始められる方、皆様に申し上げたいことは「仕事よりも自分の人生の方がずっと大事」ということです。気難しい上司、優秀過ぎる上司等の下にいると、その要求に応えなきゃ、応えなきゃと思って精神的に追いつめられる人が多いのですが、精神的に気が詰まる位仕事をさせられる職場は、会社か上司個人のどちらか又は双方がおかしいのです。


 とはいえ、「嫌なら辞めればいいじゃないか」と簡単に申し上げるつもりもありません。やはりできるだけ業務を効率化して、短時間で高評価をもらえる成果をあげるよう努力すべきでしょう。その方法として、これまで私が試行錯誤と失敗を繰り返した結果、現時点でやっているのが上記の「選択と集中」ということです。


 これで全てがうまく行くかは分かりません。例えばお役所の対応をやっている場合、2頁目も詳細にチェックされる可能性もあります。ただ、一般論としてどこをレビュアーが重点的に見るかということですので、その観点を取入れて効率を上げる足しにして頂ければ幸いです。


 なお、上記の内容はツイッター(@ahowota)で呟かせて頂いたが、以下のとおり有益なコメントを頂き、これを取り入れさせて頂いきました。心より感謝させて頂きたい。

まとめ
 不器用な私が経験からまとめた「私見」も多い内容ですので、法務の諸先輩方のご意見をお待ちしております。

[法務]ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第11回コミュニケーションの基礎


1.はじめに
第2回において、法務ではコミュニケーションが大事だと書きました。
ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
ところが、実際にコミュニケーションをするのは難しいのです。
特に私のようないわゆる「コミュ障」にカテゴライズされる人は毎日苦しんでいる訳です。
ただ、苦しいなりに工夫していることを言語化してみました。


2.ストーリーパート


「そういえば、この間は、どうしてメールか電話で謝らずに、直接会いに行って謝ったんですか?」


僕と井上先輩はランチをしていた。「この間」というのは、僕が井上先輩経由で頼まれた仕事の〆切を忘れていて、営業に謝りにいって〆切を伸ばしてもらった件のことである。


ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第10回ミスを最小限にし、犯してしまったミスの影響を最小限に抑える〜ミスの4大原因とは? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常



情報の伝え方の基本だ。まさか、そんなことも知らないのか?」


「す、すみません。」


井上先輩は、「本当にしょうがない奴だな」という顔をしながら、語り始めた。


「情報はその場面場面に応じて最適な伝達方法を選択して伝える。今では、SNS等色々な伝達方法があるが、基本はメール、電話、対面の3つだ。この3つの方法のメリットとデメリットを知ってを適切に選択しなければならない。メールのメリットは何だ?」


「えっと、メールだと、いつでも、相手がどこにいても送れること、ですかね?」


「確かに受信者側との時間調整が不要であることはメールのメリットだな。後は、録音等の追加の措置を講じることなく記録に残せること、資料を添付できることか。デメリットは、添付ファイル等は見てもらえないこともあるし、そもそもSPAM分類される等で受信者の目に届かないことさえある。そして、電話や対面と比較しかなり情報が抜け落ち、ニュアンスが十分に伝わらないことと受信者がいつリスポンスするか分からないこと等がある。この意味は分かるか?」


「えっと、どういうことでしょうか?」


ネガティブな事項、そして、相手に早期の決断を迫るべき事項を伝える場合には、一般にメールは向かないということだ。ニュアンスを正確に伝えられず、過度にネガティブないし過度にポジティブに受け取られる可能性があるし、いつ決断してもらえるか分からない。」


「なるほど、だから、謝罪の時にメールを使わなかったんですね。」


「そうだ。ネガティブでかつ、早期にリスケジュールの決断を迫る必要があったからな。次は電話だ。特に内線電話は未だに頻繁に使う企業が多いだろう。電話のメリットはその場で(声色を含む)反応が聞けて、反応を踏まえながらニュアンスを調整できることだ。電話のデメリットは、日程調整が必要なこと、相手の顔が見えないこと、お願いや謝罪の場合にニュアンスが十分に出ないことがあること、資料を見せづらいこと、記録したければ録音が必要なことだろう。」


「確かに、謝りに行けば、すみませんという謝罪の気持ちが伝わりやすいのに対し、電話で簡単に済ませたと思われると、こじれてしまうかもしれませんね。」


「そこで対面でのコミュニケーションだ。対面でのコミュニケーションは、顔色・声色といった反応を五感(多分味覚を除く)で感じられて、反応を踏まえながらニュアンスを調整できること、お願いや謝罪のニュアンスを出せること、その場で資料を見せられること等メリットは大きい。ただし、デメリットは、電話とほぼ同じ(ただし顔については除く)ものに加えて、相手と自分の間に物理的距離がある場合には移動が必要なことだ。」


「そうすると、対面でのコミュニケーションはメリットも大きいものの、移動等のコストも大きいので、うまく使い分けるということですか。」


「大分分かって来たじゃないか。概ね「順調であればメール、それ以外の場合には、電話と対面を使い分ける」というのが1つの重要な判断基準だ。なお、交渉(特にクレーマー対応等)の場合は録音という方法もあり得るが、通常の社内の電話や会話においては、録音をしないのが通常だ。そうすると、電話や対面での協議をした後、すぐにメールで電話や対面での協議内容の要約(こちらが残しておきたい部分、例えば相手にお願いしたことのリマインド及び期限等)を送付するということで、記録に残すといった複数の手法のハイブリッドも含め、柔軟に試みることだな。」


井上先輩の口から紡ぎ出されるコミュニケーションに関する自由自在なアイディアに、やはりコミュニケーションを重要な職務とする法務はすごい、と感じた。


3.解説のようなもの
 コミュニケーションの方法というのは人によって色々なものがあると思いますし、そのコツを細かくいうと色々になるのでしょうが、私が普段心がけているものを簡単にまとめました。


 これはあくまで「原則」であり、例外的な場合はこれと異なることも多いのですが、少しでも参考になれば幸いです。

まとめ
 いつものことながら、法務パーソンの先輩の皆様から、他にコミュニケーションで心がけられていること等ございましたらぜひご指摘頂ければ幸いです。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第10回ミスを最小限にし、犯してしまったミスの影響を最小限に抑える〜ミスの4大原因とは?

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

1.はじめに
 私はミスをしてしまう方ですが、皆様はいかがでしょうか?


「私、失敗しないので」というキャラの人もいますが、実際には少数派でしょう。


 そうすると、大事なのは、致命的なミスをしない(ミスの数と大きさを最小限にする)ことと、その後のリカバリーで犯してしまったミスの影響を最小限に抑えるということだと思われます。

 なんと、行き当たりばったり連載もあっという間に10回目で、私自身が驚き、戸惑っているのですが、これも全て皆様のご支援のお陰です。ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します。


2.ストーリーパート
「今日〆切のCDE社の件、進捗はどうだ?」


「あっ。。。」



僕は、言葉を失った。確か今日は朝からVWX社の件で「大至急」だと言われて営業から色々と電話で聞かれて、それに対応していたら、もう夕方になっていた。



「すみません、忘れてました。」


「営業に謝りに行くしかないな。明日まで〆切を延ばしてもらおう。」


二人で営業に謝まりにいき、無事〆切を伸ばしてもらった後、僕は素朴な疑問を聞いてみた。


先輩は失敗しないですよね。どうすればミスがなくなるんですか?


失敗くらい、人並みにしてるさ。ミスを最小限にし、犯してしまったミスの影響を最小限に抑えるための対応をする、それだけだ。


「へー、先輩もミスするんですか? でも、具体的にどうやってミスを最小限に抑えるんですか?」


「人は失敗する生き物だ。だから、自分と相手が必ずミスをすることを前提に行動する。知らない、誤解、忘れる、十分な時間が取れないがミスの四大原因だ。例えば知らない。多数の参加者がいる会議の日程を調整する際に先に誰の日程から調整するのかとか、色々な肩書きの人にメールを出す際に、誰を先にして誰を後にするか。こういうのは知らなければ正しく対応はできないだろう。」


確かに、似ている役職が並んでいる場合の序列は、「知っている」か「知らないか」だ。


誤解は、本当は知っているのにミスをする場合の2大原因の1つで、何かを誤解したり、何かを勘違いしてしまう。誤解は広い意味で、ミスコミュニケーション、例えば自分はAという意味で言ったつもりが、相手がBと捉えたという場合も含めている。」


確かにそういう場合はよく生じる。


忘れるは、さっきのキミだな。忙しかったりすると、ついうっかり忘れてしまう。」



すみません。。。


「最後は十分な時間が取れない。例えば、契約書チェックをものすごい短時間でやるとすると、いくら優秀でもミスが出る。この他にも、心身の調子が悪い等他の原因もあるが、とりあえずこの4つを考えてみよう。」


確かにこの4つは重要そうだ。


「こういう原因が分かれば、予防策もそれぞれに対応したものを講じることができる。」


「なるほど、原因毎に対策がある訳ですね。」


「知らないについては自分自身の場合は、知ったかぶりをしないで調べたり聞いたりすること、他人の場合には適切な人を選んだり教えることだ。質問しやすい雰囲気を作っておくと、こちらが当然知っているだろうと思って言わなかったことについて後で『知らなかった』というミスが出て来ることが減る。」


井上先輩は必ずしも質問しやすい雰囲気ではない気がするが。。。


「誤解と忘れるは似ている。どちらも、本来はできるはずなのに、何かの原因でその本来どおりにいかない。そのためには、フォローアップ・リマインドが重要だ。つまり、リマインダーツールの活用、他の人にリマインドを頼む、自分でリマインドする等を通じて、再確認によって誤解を解き、忘れないように思い出させる。後は自分の場合にはできるだけすぐにレスポンスをすることで、忘れる前にボールを他人に渡してしまってしまう、他人の場合には誤解がないように丁寧に説明するという辺りだなな。」


即レスでボールを持たないというのは、前に井上先輩が話してくれた。


ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第5回ボールを持たない - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


「最後の時間がないというのは、スケジューリングだ。自分と相手のスケジュールを把握した上で、途中で突発的に『何か』が起こることを想定して、それでも大丈夫なくらいに余裕をもったスケジュールにすること。逆に余裕がないスケジュールの場合には、きちんと営業等にそのことを話して、そのスケジュールを延ばせないかと交渉し、例えば『可能なら●日までにやるが、状況によってはその翌日になるかもしれない』といったバッファーをもらっておくこと。特に自分自身で全てやる訳ではなく、他の人と協力してやる場合には、何がボトルネックになるか分からないから、余裕をもらっておくことは必須だ。」


「確かに、余裕って大事ですよね。時間の余裕は気持ちの余裕にもつながります。」


「更にダブルチェックないしセルフチェックを日程に組み込んでおけば、例えば契約書の内容にミスがあっても、相手のミスなら自分のところでのダブルチェック、自分のミスでも例えば一晩寝かせてのセルフチェックをする過程でミスをなくせる。そういう意味では、自分や相手がミスをすることを想定して、チェック工程を組み込んでおくのは重要だ。」



「確かに、相手の進捗が遅ければ、チェック工程を組み替えて自分で仕事を全部ないし一部肩代わりといったこともできますから、チェック工程をバッファとして使えるようにスケジューリングをして、早め早めのフォローアップ・リマインドで状況を把握し、必要に応じて緊急事態対応を発動させるというのがいいですね。」



「そうやってできるだけ、失敗を避けるような打ち手を講じる訳だが、それでもミスはゼロにはならない。その場合、ミスしたらすぐ謝る、誤魔化さないというのが大事だ。ミスを誤摩化そうとするとミスにミスを重ねることになる。それが大きな失敗につながる。単なるミスなら、できるだけ早くそれを伝えればよい。例えば、契約書のチェックで重要な点を直すのを忘れていた場合、既に契約書を相手に送った後でも、「ごめんなさい、差し替えをお願いします」といって差し替えをお願いすればよい。営業には『困りますよ』とか嫌みを言われるかもしれないが、普通はそれだけで終わる。それに対し、何も言わずに契約が締結された後、実際にトラブルになって「この条項がおかしい、誰がチェックした!」となったら大事だ。まあ、普段からできるだけ謝りやすいよう信頼関係を作っておくべきだが、全ての人と信頼関係を作るのは簡単ではないので、信頼関係がなくてもとにかく謝るしかない場合もある。これも法務パーソンの辛いところだが。。。」



井上先輩も失敗するけれども、ミスの原因を把握した上で、ミスを最小限にし、犯してしまったミスの影響を最小限に抑えるための打ち手を講じているから「失敗しない人」のように見える。水上でスイスイ泳いでいるアヒルが水面下で水を掻いている姿を見るような、新鮮な驚きを感じると共に自分も明日からこれを取入れて行こうと思った。


3.解説のようなもの
 失敗の原因の類型化というのは、人によって色々なものがあると思いますし、細かく言い出すと10とか20とかにすぐなってしまうのですが、比較的わかりやすく、かつ対策を立てることにつながるという意味で4つに絞って説明してみました。

 ここでご紹介しているのは、大体私が「これをやらなきゃ」とは思いながら必ずしも完璧にできている訳ではないことです。

 少しでも参考になれば幸いです。

まとめ
 失敗の原因を類型化して対策を検討するといったかなり挑戦的な記事になりましたが、法務パーソンの先輩の皆様から、他の有効な対策方法等ございましたらぜひご指摘頂ければ幸いです。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第9回契約書チェックのポイントその4

株主提案と委任状勧誘〔第2版〕

株主提案と委任状勧誘〔第2版〕

1.はじめに


 本当は契約書回は前回で終わりのはずだったのですが「大人の事情」でまだ続きます。2017年3月6日のある会社での出来事。。。



2.ストーリーパート


「今日は代理権・代表権について解説する!」


月曜日の朝、朝一で井上先輩に呼び出され、会議室に連れ込まれた。何かと思ったら、契約書の話の続きのようだ。井上先輩は先週の金曜日に午後一杯休暇を取っていたけれども、それと関係があるのかどうかは分からない



「会社の場合、誰か個人が会社を代表または代理して契約を締結することになる。いわゆる『サイナー』『署名者』だ。さて、会社を代表または代理できるのは誰かな?」


この程度なら、ロースクールで勉強した。


代表取締役です。会社法349条4項は『代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。』と定めていますから。」


「ということは、代表取締役以外の事業部長とか部長とかは会社を代表または代理できないということか。」


「えっと、そうだ、委任状です。代表取締役の発行した委任状があれば、事業部長でも部長でも会社を代理できます!」



「確かに有効に作成され、変造・偽造されていない委任状があれば、当該代理人に行為能力がある限りは有効に会社に効果を帰属させることができる。でも、契約実務で、社内の人間が判子を押す時、委任状を取っているか?」


「取ってません。。。」


「すると、契約は無効と?」


「いや、そうではないと思いますが。。。」


会社は代表取締役以外の使用人、日常語だと『従業員』ないしは『役職員』に対し、契約締結権限その他の権限を与えることができる会社法14条1項*1はその表れだ。そうすると、社内で契約締結権限が与えられていれば、例えば部長や事業部長でもよい。特に相手が大企業で、しかも新規取引先ではなく、既存取引先の場合には、部長クラス以上で、かつ、当該部門に関係する契約であればその人をサイナーとして認めることが実務では多い*2。」


「なるほど、そうすると、契約締結権限を持っている人と契約すれば安心、ということですね。」



「そこまで即断はできない。例えば、部長がサイナーだが、事業部長の決裁がないと契約が締結できないとか、事業部長がサイナーだが、社長の決裁がないと契約が締結できないという場合がある*3決裁等権限に対する制約・制限が存在することは稀ではない。」


「確か、ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人の代理権に加えた制限は善意の第三者に対抗できない会社法14条2項)のではないですか? 取引の相手方がその制限を知らなければ、大丈夫なのではないでしょうか。」


「いい発想だ。ただ、大企業なら決裁制度があることは普通だろうし、決裁について相手から告げられることもある。その意味では、決裁が下りていることを確認するがよいだろう。実務ではそもそも決裁の有無を確認しないこともあるが、『決裁下りましたか?』と聞いて『下りました。』と回答してもらう程度はやるべきだと思う*4。」


「なるほど、代理権・代表権についてはあまり意識しないできましたが、実はとても重要だということが分かりました。誰に代理してもらうのか、そのような権限の付与が適正な手続で行われた真意に基づくものなのかといった点は決しておろそかにしては行けませんね。


「そうだな。特に法律を仕事にしている人にとって、これをおろそかにすることは自殺行為に近い。」


井上先輩は、一見目の前にいる僕の方を見ているようで、実は別のところをはっきりと見据えているような気がした



3.解説のようなもの


実務ではあまり「このサイナーに代表権・代理権があるのか」がギリギリ問われる事案は多くないと思われます。当事者がお互いにある程度地位の高い人をサイナーとして指定し、その肩書き上普通は当該事項について契約締結権限がある位の地位にあれば、それ以上に「委任状を出せ」「権限規程を出せ」等とは言わないのが普通と思われます*5


このような実務の背景としては、会社法14条1項、会社法14条2項があるので、「ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人」といえるくらいの地位を与えられている人と契約すれば保護される可能性が高いこと、及び特に決裁が済んでいれば、会社としての法律行為を行う効果意思は存在し、後はそれを表示した人が「使者」に過ぎなくとも契約は成立したと考えられること(特にその後会社がその履行に向けて行為した場合には「承諾の意思表示と認めるべき事実」(民法526条)と言える場合も多いだろう)等が考えられます*6


 これに対し、新規取引先等の場合には、代表権・代理権の有無は大変重要な問題です(この確認をおろそかにすると有名な会社を騙った取り込み詐欺的な被害にあったりしかねません)。まあ、この調査をどこまでやるかは1つの問題ですが、登記を取ったり、調査会社を利用するのは、(後者の場合、信用・債務履行能力の側面が強いと思われますが)このような点の確認という面もあるでしょう。


 いずれにせよ、代理・代表というのは、実務では頻繁に行われ、あまり深く考えられないことも多いのですが、このような点は決しておろそかにしてはいけない基本だなぁ、と思うところです。

まとめ
 以上で契約書関係の4回の連載は終わり、来週からは別のテーマに移行します!
 なお、特に上記の実務の背景たる法律論については、まだ十分に詰められておりませんので、皆様のご意見をお待ちしております。

*1:事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、当該事項に関する一切の裁判外の行為をする権限を有する。

*2:職務権限規程を出して下さいというと実務では変な人だと思われるでしょう。

*3:場合によっては代表取締役社長がサイナーだが、取締役の決議がないと契約が締結できないという場合があるが、今回は割愛します

*4:「決裁権限規程と稟議書を出して下さい」とかいうと、実務ではおかしな人だと思われるだろう。

*5:怪しい場合にはこちらの地位を上げて「こちらの都合で申し訳ないのですが、もう少し格が高い方をお願いします」等という感じでしょうか。ご参考

*6:この辺りは詰めて考えていないので、詳しい方はぜひ教えて下さい。なお、最悪の場合使用者責任民法715条)を追及することになるでしょう。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第8回契約書チェックのポイントその3

ITビジネスの契約実務

ITビジネスの契約実務

1.はじめに
 契約書チェックのポイント第三回で最終回のつもりです。契約書チェックは多くの法務パーソンの皆様が日常的にされていると思いますので、重要性が高く、その結果、大分量が多くなりました。もちろん、実質面に入れば無限に続きそうな位ありますが、この連載の目的とは外れるので、この辺で一区切りとさせて頂きたく存じます。



2.ストーリーパート
「世間ではプレミアムフライデーとかいうものが始まったらしいですが、弊社はどうなんでしょう?」


ある月末の金曜日の昼休み、僕は井上先輩と昼ご飯を一緒に食べていた。


「うちは有給休暇の半日単位取得が可能。今日の午後半日有給を申請すればいい。」


即答する井上先輩。


実質は同じなのだろうが、「有給休暇の半日単位取得」と呼んだ瞬間に、プレミアム感が激減するのはなぜだろうか。


「あ、今日は契約書のレビューをしないといけないので、午後は休めないです。うちの雛形をいじるのは慣れてきましたが、相手のドラフトにコメントを入れながら直すのは大変ですね。」


「今回は二人でレビューするだけだが、大きなプロジェクトでは、法務3人が弁護士先生と営業のコメント・修正を踏まえながら一条一条検討していくという、カオスな状態が出現する。」


「ひえーっ、ワードの修正履歴*1が超複雑になりそうです。」


「ワードの個人情報削除機能で保存時に自動的に同じ色にする方法を取る人もいるが、これだと消されたものが元々どちらが書いたものだったのかが分からなくなる等混乱が発生するので、基本的には、最後に修正履歴をまとめるしかない。ワードの文書の『比較』機能*2を利用して、元のバージョンと最終版と比較するのがよいだろう。その時は、比較元のバージョンをクリーンにすることが前提となるので、『貴社の修正をクリーンにさせて頂きました。』等と説明をするのがよいだろう。」


「確かに、その方法は分かり易いですね。」


「ただ、いくら綺麗なものができても、それで安心はできない。」


「ど、どうしてですか?」


「例えば、コメントには、営業だけに読んで欲しい『内部注』と、先方に見せる『相手方用コメント』の二種類がある。これを1つのファイルに書き込んで営業に送った場合、どういうリスクがある?」


「う〜ん、どういうリスクでしょう?」


営業が内部注を削除せず、そのまま先方に送ってしまう。」


「え!? そんな恐ろしいことが起こるんですか!?


「営業は忙しいから、法務のチェックを単なる『儀式』としか思っていないこともある。その場合、中を見てその中に内部注と相手方用コメントの二種類があることを認識して、内部注を削除するといった手間をかけると思うか?」


「思いません。。。」



「だからこそ、営業がミスをするリスクを十分理解しなければいけない。時間と手間が掛かるので概ね人を見て決めるべきだが、『営業用ドラフト』と『相手方用ドラフト』の2つのバージョンを作成するのが1つの手だな。」


「それはまた面倒ですね。」


「事案によっては、内部注としても読めるし、そのまま相手方に送られても問題がない表現を使うこともできる。


【本契約の趣旨からは、本条は相互的にすることが合理的と思われます。】
【本件のような取引で通例的な表現に修正させて頂きました。】
【事前に包括的に同意するのではなく、個別に承認を申請して頂き、合理的理由がある場合には同意するという対応が原則かと存じます。】



こんな感じの表現であれば、きちんと読む営業は「なるほど、フムフム」と読んで場合によってはフィードバックをもらえる。これに対し、読まない営業はそのまま相手方に投げるが、それでも害はない。」


「そんなテクニックもあったのですね。」


「コメントの内容によってはやはりそういう表現による対応ではうまくいかないこともある。その場合にはメール本文に『なお、添付のコメントは〜を前提としております。』等と書いたりすることもできるが、営業がメール本文を含めて丸ごと相手方に転送することもあるので、安心はできない。」



「恐ろしいですね。。。」



「営業の意見を聞かなくとも一義的に修正できる場合にはこういう中立的コメントで対応できるが、やはり営業の意見によって修正内容が変わる場合には、内線とか会議等によって知りたい情報を入手して、その上で修正するというのが本筋だろう。結局、自分と相手がミスをすることを前提に対応する必要がある、ということだな。」


ミスを前提に対応する、一見簡単そうに見えて実は難しそうな話に、一流法務パーソンへの道の険しさの一端を垣間見た気がした。



3.解説のようなもの
 修正履歴については、特に自社の複数人で修正を入れる場合、自社の修正か先方の修正かがごちゃごちゃにならないように整理する必要がありますが、手作業は面倒です。ここで、最初の修正はとりあえず内部では普通に修正履歴で対応した後、送信時に一度クリーンにして、ワードの比較機能を利用するのがよいでしょう*3。なお、二回目以降では、相手の修正をクリーンにしなければこの手はつかえません*4


 加えて、直接法務同士でやり取りする場合ではなく、営業等事業部門を通じてやり取りをする場合には、「営業がどう対応するか」が問題となることがあります。典型的には、「ここは最後はしょうがないと思いますが、今回は押し戻しましょう」といった内部注が入ったバージョンを何の躊躇もなく相手方に送るというミスがあります。


 これに対する対応としては、営業用と先方送付用の2バージョンを作成するといった方法もありますが、手間がかかります。1つの方法としては、
【本契約の趣旨からは、本条は相互的にすることが合理的と思われます。】
【本件のような取引で通例的な表現に修正させて頂きました。】
【事前に包括的に同意するのではなく、個別に承認を申請して頂き、合理的理由がある場合には同意するという対応が原則かと存じます。】

というように、「営業へのコメントにもなるが、これをそのまま転送しても問題がない、当たり障りのない表現を使う」というものがあり、これで対応できる範囲であれば、2つのバージョンを作る労力を削減できるのですが、修正内容によってはなかなかそういう当たり障りのない表現が使えない場合もない訳ではないので、どう対応するか悩ましいところです*5


 なお、このようなことをする営業の場合、法務の送ったメールそのものを先方に転送していることがありますので、メール本文に書いたコメントが転送される可能性にも留意が必要でしょう。

まとめ
これ以外にも、「重要!」とコメントすることの是非*6や、コメントを書く場合にワードのコメント機能(吹き出し)を使うか、本文に打ち込むか*7等様々な論点がありますし、合意後の製本等*8の問題もありますが、問題提起としてお読み頂ければ幸いです。
なお、この続きとして次回は、「同僚への配慮」をテーマにしようか、と少し考えております。

*1:なお、「最終版」で作業をしていると、クリーンなのか履歴付きなのか分からなくなる。「もらったドラフトが何か重いなと思って良く見たら別の案件の契約書に履歴付きで修正したものだった」とか、実際あります。

*2:バージョンによるが校閲→比較で出て来るはず。

*3:プライバシー機能で全部の修正を同じ色にするという方法がありますが、色が同じになるだけなので、複数人が削除等をしあうと混乱するのと、送られた相手は結局プライバシー機能を解除しなければならないということで、あまりお勧めしません。

*4:その場合「貴社の修正をクリーンにさせて頂きました。」とコメントすしましょう。なお、クリーンにすることで、どこが先方の提案で、どこが既に合意した部分かが分かりにくくなるというデメリットもあるので、万能ではありません。

*5:営業と事前に内線で協議する等が考えられます。

*6:相手がまともなら「重要!」と書いた部分は尊重してもらえるが、それ以外は全部戻して来てもおかしくない、だからといって全部「重要」と書いていたら書く意味はなくなる等。

*7:個人的には本文派だが、コメント機能派も根強い

*8:多分少し端に寄せてホチキスで止めてマスキングテープという「簡易製本」がポピュラーと思われますが、これは人毎にノウハウがあり、「同人作家」の「コピー本作成術」が生かせるところでもあります。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第7回契約書チェックのポイントその2

契約書式実務全書(第2版) 第1巻

契約書式実務全書(第2版) 第1巻

1.はじめに
 この連載、先週は残念ながら考えがまとまらないまま時間切れとなってしまったのですが、なんとかツイッターで考えをまとめ、今回公表に至りました。2月14日にツイッターでご反応頂いた皆様、ありがとうございました。


2/23追記:dtk様に
dtk's blog (ver.3):契約書の内容確認について(リアクション芸人風)
で補足していただきました。ありがとうございます!


2.ストーリー

「お疲れ!」

定時に帰ろうとすると、井上先輩もちょうど帰り支度をしていた。見ると30分前に井上先輩にレビューをお願いした契約書は、先ほど僕をCCにして営業に送付されている。


「井上先輩ってレビュー速いですよね。」


独り言のように呟くと、井上先輩が食いついてきた。


「君は4時30分にドラフトを送った。営業は今日まで欲しいという。逆算すると、レビューに使えるのは30分。」


まあ、ロジカルに考えるとそうなる。


「ドラフトが遅くなったのは悪かったと思ってます。でも、レビューのときにどういう風に契約書を見るんですか? 僕は最初から最後までベターっと見て行くので、一読するだけで1時間とか掛かってしまい、その後修正を入れていくとかなりの時間が掛かってしまいます。」


「契約の実質面のレビューのポイントは、各契約類型毎に変わってくる。要するに、各契約類型毎に適用される任意規定の内容を前提に、当該契約書によって明確にしたい事項、特にその具体的な取引における事情を元に、事前に処理しておきたいリスクの処理が明確にされており、行為規範、つまり事業部門が取引をする際に疑義がないようになっているか、そして裁判規範、つまりトラブルが裁判所に持ち込まれたときに裁判官がきちんと我々の意図どおりに解釈してもらえるのかを重視する必要がある。」


「なるほど。これは一朝一夕には身に付かないなぁ。」


「より汎用性が高いのは、形式面のレビューのポイント。例えば表題、頭書・前文、本文、後文、日付、署名欄(記名押印欄)が揃っているか、条文が1から順番に抜け・ダブりなく並んでいるか、「前条」とかも含めた引用条文が矛盾なく引用できているか、といったことはかなり基本的な部分だが、できていないとそれこそ『ダメ契約の推定』が働く。」


確かに、形式面がしっかりしていないことが、実質面も含めてしっかりしていないことを推定させるという面はあるだろう。


「この辺りは、僕でも注意すればできそうですね。」


「この程度は、契約書を扱う以上は必須だ。後は定義。『本件』なのか『本』なのか、一度定義したら契約書の末尾まで全て同じ表現を続けて表記揺れをなくす。雛形をいじっていると、定義している条文を削除してしまって、定義なく『本件●●』を多用している例とか、定義を活用している条文を削除してしまって、上で『本○○』と定義した後、一度もその『本○○』が使われないこともある。さっきの契約書でも、いくつかあったから、今後注意するように*1。」


帰宅時の軽い雑談のはずなのに、カジュアルにディスられてしまった。

「すみません。定義はあまり注意していませんでした。」


「英文契約では、『大文字のA(で始まる単語)と小文字のa(で始まる単語)の意味は天と地ほど違う』というくらい重要*2だが、和文契約だとそこまでトリッキーなことをすることも多くないから、楽な方に流れがちな傾向にある。ただ、例えば、NDA(秘密保持契約)で、『秘密情報』を『甲が乙に開示した甲の経営情報、技術情報その他の秘密情報』と定義してしまうと、その後『当事者は秘密情報を厳重に保管し、第三者に漏洩、開示してはならない。』という一見平等な規定が入っていても、その意味は直感的な意味と大きく異なるだろう。」


「乙だけが一方的に秘密保持義務を負い、甲は秘密保持義務を負わないということですね。」


「そのとおり。その意味では、やはり定義の部分は力を入れてレビューする必要があるな。後は、甲乙を逆にしてしまう例。賃貸人が甲のはずなのに『甲は乙に対し毎月末日まで翌月分の賃料を支払わなければならない。』と書いているとか、そういうミスは結構見るので、気をつけるように*3。」


「当たり前のことだけれども、それを『当たり前じゃないか』で済ませず、頻出のミスを知った上で『そういうミスがあり得るから気をつけてレビューしよう』、ということを心がけると、契約書のレビューが意識的なものになり、効率も上がりそうですね。」


「少しずつ、コツが分かってきたみたいだな。じゃあ、また明日。」


話に夢中になっているうちに、駅まで着いてしまった。流石に明日突然30分でレビューできるようにはならないけれど、少しずつ効率を上げて行くコツのようなものを何か掴めた気がした。



3.解説のようなもの

 ということで、契約書チェックのポイントのうち、純粋に形式面でもないけど、内容面でもない中間的なものをまとめてみました。

 やはり、形式がしっかりしていることが、内容・実質の充実を推定させるという面があります。法務パーソンは自社の雛形を修正したり、相手方雛形をレビューするということが多いと思われますが、その過程で、雛形ないしは相手送付バージョンにはなかったミス(例えば条文を削除した場合に適切な処理を怠る等)を生じさせてしまうことがあります。そう言う意味で、常に契約書の全体を見ながら「この条文を削除したらどういう影響が出るのか」を、形式面と実質面の両面で考える必要があります。最低でも形式面をきちんと対応するように心がけると、その過程で実質面に気付くという面もあります。

 そこで、実質面は類型毎に契約の実質面を詳説する他の本を参照していただきたいものの、どのような契約書をレビューする場合でも、このような形式面をきちんとチェックし、一貫性のある、整った契約書となるよう心がけ、その過程で実質面にも気付くという付随的効果を狙うというのが良いと思われます。

 なお、このようなチェックのためには(会社によっては資源の節約等の観点から印刷が制限されているところもありますが)パソコンのモニタ上で見てチェックした後、印刷して紙でもチェックすると言う二重チェックが効果的です。モニタ上で見つからないミスが、印刷た紙を見るとゾロゾロ出て来るという効果があります。また、今回の事例のような、当日中に営業に送付しなければならないという事案では使えない訳ですが、「1晩寝かせる」、つまり、一度修正した後、夜ぐっすり眠って、翌朝再度チェックするという方法も有効です*4

まとめ
 簡単に契約書チェックのポイントのうち、純粋に形式面でもないけど、内容面でもない中間的なものをまとめてみましたが、足りない部分も多々あろうかと存じます。法務の諸先輩からの忌憚なきご意見をお待ちしております。

*1:ただ、定義条項がどのような意味を持っているかは、定義条項が具体的に本文でどのように使われるかとも関係するので、定義条項に触れられているところとの連関で理解すべきだろう。

*2:特に、定義条項に当事者の義務を入れる等、定義をいじって当事者の権利関係を変えようという試みをすることがある。このようなやり方は、契約書が読みにくなるのでこちらからは積極的にやるべきでないというのが一般論ではあるが、相手がやって来ることがあるので気をつけるべきである。

*3:そもそも、可能であれば「甲」を「賃貸人」、「乙」を「賃借人」としてしまうのがよい。

*4:なお、dtk様の「押印名義(サイナー)となる方の異動がある場合に、締結日との関係で整合性が取れているか、何らかの事情でバックデートになるときに、締結時点の適切な押印(サイン)権限者になっているか、という点も気を付けた方がいいように思う。なお、バックデートのときは、会計・税務上問題となる可能性があることも要確認。」というのは今回は扱いませんでしたが重要です。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第6回契約書チェックのポイント

契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説

契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説

1.はじめに
さて、連載6回になります。
毎日かなり忙しいながらも、こうやって6週間連載続いているという奇跡的なことが起こっているのは、読者の皆様にご愛顧頂いているお陰であり、大変感謝しております。
さて、何回シリーズか、どのようなテーマにするのかは事前に全く考えておらず、毎回泥縄式に動いているのですが、とりあえず、今回のテーマは、「契約書チェック(実質面以外)」の前編といたします。


ここで「実質面以外」としたのはどういうことかと申しますと、
法令・判例・通説等を踏まえて行為規範として平時に事業部門が当該契約に基づきしっかりと契約を履行でき、実務上迷いが出るシチュエーションが最小限ととなり、裁判規範として有事でも裁判官に自社を守ってくれる契約解釈をしてもらう可能性をあげるため*1
・売買契約の起案・修正のポイント
・一般条項の起案・修正のポイント
・英文契約の起案・修正のポイント
等のいわゆる実質面については、様々な良書もありますので、この連載では基本的には入らないことを想定しておりますので、それ以外のポイントとして気付いたことの解説のみを行うことになります。1回で書き切るつもりが、長くなってしまったので、2回に分けます。


2/7追記:いわき ‏@s_1wk 様に貴重なコメントを頂き、加筆修正致しました。ありがとうございました。


2.ストーリー


「これ、いったいなんなんすか?」


XYZ社から送られた契約書のチェックをして欲しいと依頼されて転送されたメールの添付ファイルに、正直戸惑った。


現在の日本の企業法務実務においては、Microsoft Wordによって作成された.docxまたは.docという拡張子によるファイルをやりとりし、修正履歴機能を利用して修正を積み重ねる、というのが一般的な対応と思われる。


しかし、今回のXYZ社はPDFファイルを送付してきたのである。


「またXYZ社か。とりあえずReaderじゃない方のAcrobat立ち上げて、名前を付けて保存でワードにしてみたら?」


井上先輩は飄々としてこう答える。


「ダメです、完全な画像ファイルです。」


どうも一度打ち出したものをご丁寧にもスキャンしてきたらしい。ワード形式で保存しても画像が表示されるだけで、テキストにならない。


OCRを掛けて、できたテキストを画像と照らし合わせて修正する。幸いにも、この画像はかなり綺麗だから、修正にそう時間はかからない。」


井上先輩が素早く指示する。


「えっと先輩、メール本文を見ると、内規により契約の文言を変更できないので、そのままプリントアウトして、押印して返送してくださいとあるんですが、まず契約ドラフトの内容を見て、それから受け入れるか、修正提案をするか決めてはどうでしょう?」


「無駄だと思うけど、やってみれば?」


ぶっきらぼうにそう言われて、契約書を読んでみる。全部の条文が一方的で、自社だけが一方的に義務を負い、XYZ社だけが一方的に権利を持つ形になっている。


「確かにこれはダメですね。先輩、契約の内容読んでないのに、よく分かりましたね。」


「結構合理的な内容のドラフトを送って来る取引先もあるのは事実。その場合はミニマムな修正で終わる。でも、そもそも画像PDFを送りつけるような会社が、合理的な内容のドラフトを送って来るか、という問題*2。」


井上先輩のおっしゃることは大変ロジカルだ。


「そうすると、ワードに落としていつも通り修正履歴付きで修正することになると思いますが、『内規により契約の文言を変更できない』って言っているので、修正を提案してもどうせ断られるんじゃないですか?」


「こういうのはブラフの場合と、本当にダメな場合の2つがある。ブラフの可能性がある限り修正して送るのが基本。ただ、こっちの交渉力が弱く、先方の意向として本当に修正ができない場合には、特約事項、サイドレター、場合によっては議事録等、うまく先方の「内規」等を回避しながら最低限の内容を確保できるような方法を考えるしかない。」



色々な状況に応じて、それを克服するための色々な方法があるんですね。なんか、井上先輩と話していると、もしかして法務ってクリエイティブな仕事なんじゃないか、と思ってしまいます。」



クリエイティブな法務パーソンが生き残り、クリエイティブではない法務パーソンが淘汰される、ってことじゃないのか?」


井上先輩の棘のあるフレーズが、僕の心に突き刺さった。



3.解説のようなもの
 まず、契約はお互いに合意の上で結ぶので、一方的にPDFファイルを送って、「これを打ち出して押印をして2部返送するように」といった態度は、かなり高圧的で高慢な印象を与えると言えます。それでも、こういう事態はまま出現します*3が、そういう高圧的な相手方だと、公平な内容のドラフトが送られてきている可能性はほぼゼロです。そこで、これに対しては、ストーリーにあるとおり、Acrobatの「名前を付けて保存」機能でワードに戻すか*4OCRかけて誤変換を修正する等して、ガッツリ直すしかないと思われます。


 とはいえ、このような対応をする趣旨は「直されると面倒なので、直さないでそのまま契約して欲しい」ということなのでしょう。特に自社の交渉力がない場合には、その要請をかなり大幅に飲まなければならない場合もあります。その場合どうするかですが、特約事項にしたりサイドアグリーメントを結ぶ。了解事項を記載した議事録に押印してもらうといった奥の手もあります*5


まとめ
 とりあえず、前編となりますが、法務の諸先輩方の御意見を参考に後編も頑張りたいと思います。
 どうぞよろしくお願い致します。

*1:なおこの2つの両立は必ずしも容易ではない

*2:なお、ヘッダに入った企業ロゴ等をポリシー上ワードのような転用可能な形で送付できないので、PDFで送らざるを得ないといった事情がある場合、PDFを送ることそのものが著しく不合理とはいえない。しかし、それでもテキストを読み取れるpdfで送るのが通常と思われる。

*3:なお、似ていて異なるものに、「手書きで修正・コメントを入れ、PDF化」というのがあります。多分ワードを使いこなせない方なのでしょうが、こちらで反映する手間が増えるので大変困ります。

*4:なお、契約実務ではあまり見かけない気がするが、いわゆる社内説明資料の場合、ワードに「戻す」とかなり変になるパターンは、いわゆる「神エクセル」で作っている事例が多い気がするところ。

*5:ただし、サイドアグリーメントの合意時期(本契約締結直前に結ぶと、完全合意で飛ばされる危険)や契約修正のために契約上どのような手続が必要か(両当事者の権限ある者による記名押印等が要求されていることがある)等を踏まえた配慮が必要です