アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第8回契約書チェックのポイントその3

ITビジネスの契約実務

ITビジネスの契約実務

1.はじめに
 契約書チェックのポイント第三回で最終回のつもりです。契約書チェックは多くの法務パーソンの皆様が日常的にされていると思いますので、重要性が高く、その結果、大分量が多くなりました。もちろん、実質面に入れば無限に続きそうな位ありますが、この連載の目的とは外れるので、この辺で一区切りとさせて頂きたく存じます。



2.ストーリーパート
「世間ではプレミアムフライデーとかいうものが始まったらしいですが、弊社はどうなんでしょう?」


ある月末の金曜日の昼休み、僕は井上先輩と昼ご飯を一緒に食べていた。


「うちは有給休暇の半日単位取得が可能。今日の午後半日有給を申請すればいい。」


即答する井上先輩。


実質は同じなのだろうが、「有給休暇の半日単位取得」と呼んだ瞬間に、プレミアム感が激減するのはなぜだろうか。


「あ、今日は契約書のレビューをしないといけないので、午後は休めないです。うちの雛形をいじるのは慣れてきましたが、相手のドラフトにコメントを入れながら直すのは大変ですね。」


「今回は二人でレビューするだけだが、大きなプロジェクトでは、法務3人が弁護士先生と営業のコメント・修正を踏まえながら一条一条検討していくという、カオスな状態が出現する。」


「ひえーっ、ワードの修正履歴*1が超複雑になりそうです。」


「ワードの個人情報削除機能で保存時に自動的に同じ色にする方法を取る人もいるが、これだと消されたものが元々どちらが書いたものだったのかが分からなくなる等混乱が発生するので、基本的には、最後に修正履歴をまとめるしかない。ワードの文書の『比較』機能*2を利用して、元のバージョンと最終版と比較するのがよいだろう。その時は、比較元のバージョンをクリーンにすることが前提となるので、『貴社の修正をクリーンにさせて頂きました。』等と説明をするのがよいだろう。」


「確かに、その方法は分かり易いですね。」


「ただ、いくら綺麗なものができても、それで安心はできない。」


「ど、どうしてですか?」


「例えば、コメントには、営業だけに読んで欲しい『内部注』と、先方に見せる『相手方用コメント』の二種類がある。これを1つのファイルに書き込んで営業に送った場合、どういうリスクがある?」


「う〜ん、どういうリスクでしょう?」


営業が内部注を削除せず、そのまま先方に送ってしまう。」


「え!? そんな恐ろしいことが起こるんですか!?


「営業は忙しいから、法務のチェックを単なる『儀式』としか思っていないこともある。その場合、中を見てその中に内部注と相手方用コメントの二種類があることを認識して、内部注を削除するといった手間をかけると思うか?」


「思いません。。。」



「だからこそ、営業がミスをするリスクを十分理解しなければいけない。時間と手間が掛かるので概ね人を見て決めるべきだが、『営業用ドラフト』と『相手方用ドラフト』の2つのバージョンを作成するのが1つの手だな。」


「それはまた面倒ですね。」


「事案によっては、内部注としても読めるし、そのまま相手方に送られても問題がない表現を使うこともできる。


【本契約の趣旨からは、本条は相互的にすることが合理的と思われます。】
【本件のような取引で通例的な表現に修正させて頂きました。】
【事前に包括的に同意するのではなく、個別に承認を申請して頂き、合理的理由がある場合には同意するという対応が原則かと存じます。】



こんな感じの表現であれば、きちんと読む営業は「なるほど、フムフム」と読んで場合によってはフィードバックをもらえる。これに対し、読まない営業はそのまま相手方に投げるが、それでも害はない。」


「そんなテクニックもあったのですね。」


「コメントの内容によってはやはりそういう表現による対応ではうまくいかないこともある。その場合にはメール本文に『なお、添付のコメントは〜を前提としております。』等と書いたりすることもできるが、営業がメール本文を含めて丸ごと相手方に転送することもあるので、安心はできない。」



「恐ろしいですね。。。」



「営業の意見を聞かなくとも一義的に修正できる場合にはこういう中立的コメントで対応できるが、やはり営業の意見によって修正内容が変わる場合には、内線とか会議等によって知りたい情報を入手して、その上で修正するというのが本筋だろう。結局、自分と相手がミスをすることを前提に対応する必要がある、ということだな。」


ミスを前提に対応する、一見簡単そうに見えて実は難しそうな話に、一流法務パーソンへの道の険しさの一端を垣間見た気がした。



3.解説のようなもの
 修正履歴については、特に自社の複数人で修正を入れる場合、自社の修正か先方の修正かがごちゃごちゃにならないように整理する必要がありますが、手作業は面倒です。ここで、最初の修正はとりあえず内部では普通に修正履歴で対応した後、送信時に一度クリーンにして、ワードの比較機能を利用するのがよいでしょう*3。なお、二回目以降では、相手の修正をクリーンにしなければこの手はつかえません*4


 加えて、直接法務同士でやり取りする場合ではなく、営業等事業部門を通じてやり取りをする場合には、「営業がどう対応するか」が問題となることがあります。典型的には、「ここは最後はしょうがないと思いますが、今回は押し戻しましょう」といった内部注が入ったバージョンを何の躊躇もなく相手方に送るというミスがあります。


 これに対する対応としては、営業用と先方送付用の2バージョンを作成するといった方法もありますが、手間がかかります。1つの方法としては、
【本契約の趣旨からは、本条は相互的にすることが合理的と思われます。】
【本件のような取引で通例的な表現に修正させて頂きました。】
【事前に包括的に同意するのではなく、個別に承認を申請して頂き、合理的理由がある場合には同意するという対応が原則かと存じます。】

というように、「営業へのコメントにもなるが、これをそのまま転送しても問題がない、当たり障りのない表現を使う」というものがあり、これで対応できる範囲であれば、2つのバージョンを作る労力を削減できるのですが、修正内容によってはなかなかそういう当たり障りのない表現が使えない場合もない訳ではないので、どう対応するか悩ましいところです*5


 なお、このようなことをする営業の場合、法務の送ったメールそのものを先方に転送していることがありますので、メール本文に書いたコメントが転送される可能性にも留意が必要でしょう。

まとめ
これ以外にも、「重要!」とコメントすることの是非*6や、コメントを書く場合にワードのコメント機能(吹き出し)を使うか、本文に打ち込むか*7等様々な論点がありますし、合意後の製本等*8の問題もありますが、問題提起としてお読み頂ければ幸いです。
なお、この続きとして次回は、「同僚への配慮」をテーマにしようか、と少し考えております。

*1:なお、「最終版」で作業をしていると、クリーンなのか履歴付きなのか分からなくなる。「もらったドラフトが何か重いなと思って良く見たら別の案件の契約書に履歴付きで修正したものだった」とか、実際あります。

*2:バージョンによるが校閲→比較で出て来るはず。

*3:プライバシー機能で全部の修正を同じ色にするという方法がありますが、色が同じになるだけなので、複数人が削除等をしあうと混乱するのと、送られた相手は結局プライバシー機能を解除しなければならないということで、あまりお勧めしません。

*4:その場合「貴社の修正をクリーンにさせて頂きました。」とコメントすしましょう。なお、クリーンにすることで、どこが先方の提案で、どこが既に合意した部分かが分かりにくくなるというデメリットもあるので、万能ではありません。

*5:営業と事前に内線で協議する等が考えられます。

*6:相手がまともなら「重要!」と書いた部分は尊重してもらえるが、それ以外は全部戻して来てもおかしくない、だからといって全部「重要」と書いていたら書く意味はなくなる等。

*7:個人的には本文派だが、コメント機能派も根強い

*8:多分少し端に寄せてホチキスで止めてマスキングテープという「簡易製本」がポピュラーと思われますが、これは人毎にノウハウがあり、「同人作家」の「コピー本作成術」が生かせるところでもあります。