アホヲタ元法学部生の日常

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ムシウタと新司法試験

ムシウタ 00.夢の始まり (角川スニーカー文庫 163-30)

ムシウタ 00.夢の始まり (角川スニーカー文庫 163-30)

0.問題の所在
 昨日、新司法試験の合格が発表された。合格率は前年度の48%を下回る、約40%となった*1。今後も徐々に難しくなっていくと言われる新司法試験の傾向と対策をアホヲタ的に探る。

1.問題
 人に寄生し、その人(宿主、いわゆる「虫憑き」)の夢を食べる代わりに宿主に異能の力を与えるが、宿主の夢を食べつくすと「成虫化」して宿主を殺してしまい、凶暴化して周りの人の生命身体に危害を与える”虫”が、10年ほど前に発見された。
 宿主の得る異能の力は、わが国が銃刀法により厳格に規制している銃刀類よりもはるかに危険であり、規制が必要であるところ、虫の数が加速度的に増加し、収束の見込みがないという危機的な状態になった。
 虫憑きの”虫”を強制的に殺す。これにより”欠落者”になった元虫憑きは、意欲が著しく乏しくなり、外界のできごとに対して無関心、無頓着となり、他人の命令に素直に従うが、他人が命令しないと死亡してしまう状態になる。政府は、虫憑きを発見したら、その虫を殺し、その上で意欲が乏しくなった宿主を隔離施設に一生収容するという政策により、”虫”による公衆への危険を防止しようとした。そこで、資料1のような「特定特異生物被寄生者の処遇に関する法律」を制定し、虫を殺した上での隔離政策を推し進めた。
 ”虫”憑きの利益を守るための団体である「むしばね」の代表者レイディー・バードは、このような法律により、”虫憑き”は居場所をなくし人権を侵害されたとして争いたい。

[設問]
1 あなたが、レイディー・バードから依頼を受けた訴訟代理人であった場合に、どのような訴えを起しますか。2つの訴えを挙げなさい。そして、訴訟代理人として憲法にもとづいてどのような主張を行うか、述べなさい。
2 設問1で提起された憲法上の争点について、あなた自身はどう考えますか。あなたと異なる考え方を批判しつつ、あなたの結論とその論拠を述べなさい。

[資料]:特定特異生物被寄生者の処遇に関する法律
 第一章 総則(この法律の目的)
第一条 この法律は、特定特異生物による寄生(以下、「寄生」という)を予防するとともに、特定特異生物被寄生者(以下「被寄生者」という)の医療を行い、あわせてその福祉を図り、もって公共の福祉増進を図ることを目的とする。
(国及び地方公共団体の義務)
第二条 国及び地方公共団体は、つねに、寄生の予防及び被寄生者の医療につとめ、被寄生者の福祉を図るとともに、特定特異生物に関する正しい知識の普及を図らなければならない。
(差別的取り扱いの禁止)
第三条 何人も、被寄生者又は被寄生者と親族関係にある物に対して、そのゆえをもって不当な差別的取扱をしてはならない。
第二章 予防
(特別環境保全事務局)
第四条 被寄生者の福利を増進するための機関として厚生労働省の下に特別環境保全事務局(以下「特環」という)を置く。
(国立療養所への入所)
第五条 特環は、他人の福利を妨げ、又は自己を傷つけるおそれのある被寄生者について、公共の福祉の観点から必要があると認めるときは、当該患者又はその保護者に対し、国が設置するらい療養所(以下「国立療養所」という)に入所し、又は入所させるように勧奨することができる。
(2) 特環は、前項の勧奨を受けたものがその勧奨に応じないときは、被寄生者又はその保護者に対し期限を定めて、国立療養所に入所し、又は入所させることを命ずることができる。
(3)特環は、前項の命令を受けたものがその命令に従わないとき、又は公衆の安全及び被寄生者自身の安全確保上ら国立療養所に入所させることが必要であると認める被寄生者について第二項の手続きをとるいとまがないときは、その被寄生者を国立療養所に入所させることができる。
(4) 前2項の入所の際には、特環は被寄生者に寄生する特定特異生物の除去を行うことができる。
(調査及び保護)
第六条 特環は、前条の規定を実施するため必要があるときは、当該職員をして、被寄生者の居所、その他の場所に立ち入り、必要な調査をし、特定特異生物を駆除し、又は被寄生者の身柄を拘束することができる。
(2) 前項の権限は、公衆の安全及び被寄生者自身の保護のために認められたものであり、濫用してはならない。
第三章 国立療養所(国立療養所)
第七条 国は、国立療養所を設置し、患者に対し、必要な療養を行う。
(福利増進)
第八条 国は、国立療養所に入所している被寄生者(以下「入所者」という)の教養を高め、その福利を増進するようにつとめるものとする。
(外出の制限)
第九条 入所患者は、左の各号に掲げる場合を除いては、国立療養所から外出してはならない。
一、親族の危篤、死亡、り災その他特別の事情がある場合であって、所長が、公衆の安全上重大な支障を来たすおそれがないと認めて許可したとき。
二、法令により、国立療養所外に出頭を要する場合であって、所長が公衆の安全上重大な支障を来たすおそれがないと認めたとき。
(2) 所長は前第一号の許可をする場合には、外出の期間を定めなければならない。
(国立療養所の管理)
第十条 国立療養所の管理に関する事項で前条までに記載のないものは政令で定める。
第四章 雑則
(罰則)
第二十六条 医師、保健婦、看護婦若しくは特環又はこれらの職にあった者が、正当の理由がなく、その業務上知得した左の各号に掲げる他人の秘密を漏らしたときは、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
一、被寄生者若しくはその親族であること、又はあったこと。
二、被寄生者であった者の親族であること、又はあったこと。
第二十七条 左の各号の一に該当する者は、一万円以下の罰金に処する。
一、第五条第二項による当該職員の執行を拒み、妨げ、又は忌避した者
二、第九条第一項の規定に違反して国立療養所から外出した者
三、第九条第一項第一号の規定により国立療養所から外出して、正当な理由がなく許可の期間内に帰所しなかった者
四、第九条第一項第二号の規定により国立療養所から外出して、正当な理由がなく、通常帰所すべき時間内に帰所しなかった者
参考:らい予防法[Mognet] らい予防法

資料2:隔離施設に収容され、脱走した元欠落者で、レイディー・バードと同居し、レイディー・バードと共に規制に反対している杏本詩歌の供述
私は、それに触れると破壊されるという”雪”を降らせる”虫”である”ふゆほたる”に寄生されました。昨年、特環のカッコウによって虫を破壊され、欠落者になった私は、それ以降は何もやる気がなくなりました。葉芝市にある国立療養施設、通称ガーデンに隔離されました。そこでは、町ごと1つの国立療養所になっていて、生気を抜かれたような目をした元”虫憑き”達が、特環の命令により家族のふり、学校に通っているふり、仕事をしているふり等、人間のような暮らしをする”ふり”をさせられていました。
私はどうやって葉芝市から逃げ出したか覚えていません。しかし、ある男の子の目を見た瞬間、魔法が解けたように、欠落者から元に戻ったのでした。私の”ふゆほたる”は復活し、私の意識・意欲も回復しました。どうすればいいのか方法は確立はしていないものの、欠落者は元に戻ることができます。一生”療養施設”という名の隔離施設で隔離するのはおかしいのではないでしょうか。
 私は、特環から隔離施設に行けと命令されていますが、それが嫌でレイディー・バードの下に身を寄せています。私は、捕まって、また非人間的生活を送らないといけないのでしょうか。

2.考え方
(1)はじめに

 新司法試験公法系第1問(憲法)においては、例年、架空の法令に基づき、憲法上の問題点を論じさせる問題が出題されている。プレテスト(公式模擬試験)では、テロ対策立法が、第一回試験ではタバコ規制立法が、第二回試験では宗教団体締め出し条例*2が問われている。

 さて、本架空設例・架空法律において何が問題となるか。

(2)人身の自由・令状主義
  ア 基本的な考え方

 歴史的に権力者が反対派の身体を拘束し、追放するというのは非民主的な権力維持手段として使われてきた*3。権力から、人々の人身を守るため、憲法31条は

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

として、身柄を拘束する等の自由を奪う際には、きちんと適正な手続*4を法律で定めることを要求している。

また、憲法33条は

何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

と規定し、裁判官に本当に身柄を拘束していいのかをチェックさせ、人身の自由を図ろうとしている(令状主義)。

 すると、本件法律は、特環が「他人の福利を妨げ、ないし自己を傷つけるおそれのある被寄生者について、特定特異生物による寄生予防上必要がある」と認め、「隔離施設に行け!」といっても言うことを聞かない場合には、令状なんてなくとも強制的に隔離施設に収容できる(5条)。令状不要ということ自体が令状主義・憲法33条違反である。また、「他人の福利を妨げる」程度や「自己を傷つける」ことの程度を問わず一律に隔離施設収容を認めるのは不合理であるし、「俺が虫憑きなんじゃなくて、この虫は隣のアイツの虫だ!」というような弁解の機会を与えなくても収容できるというのも不合理であり、適正手続憲法31条)違反であろう。

  イ 適正手続・令状主義は行政事件にも適用されるか
 このように考えるのが、方向性としては正しい。しかし、憲法31、33条は刑事事件を想定していて、行政事件を想定してないのではないか。
 この問題意識は、以下のような例を考えると分かる。

Aさんが伝染病にかかってしまった。Aを早急に隔離しないと周囲に伝染病が蔓延する。

こんな場合に、いちいち令状を請求し、令状を受け取って、Aに令状を呈示して...とやっているとその間に伝染病が蔓延してしまうだろう。
 こんな問題意識にはどう答えるべきか。最高裁判例*5は「行政手続(中略)のすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」が、「行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきもの」として、行政処分の内容に応じて決定するとしている。
 本件の行政目的は、虫憑きが一般国民を傷つけたりすることを防ぐとともに、虫憑きが虫に食われて死亡することを防ぐという目的であろう。そしてポイントは入所命令を聞かない場合、緊急性がなくとも、弁解を聞くことなしに強制入所できるというところにある。例えば、「広場の階段から落ちそうになった母親を助けるために、自分の”虫”を使った幼女*6」については、成虫化の危険はなく、自分を害する危険はないし、虫を、母親を救うという平和的目的に使っているだけであり、他人に危害を与える可能性もない。こんな入所の緊急性のない場合でも、「他人の福利を妨げ」る「おそれ」があれば、入所命令をし、これを聞かなければ、強制入所させられる。また、”虫”を殺されることで、人間的な暮らしができなくなるのだから、制限を受ける権利は重大である。すると、上記判例の趣旨からは、適正手続が要求される事案とされるだろう
 よって、なお、33、31条違反の問題は生じると言えるだろう。
 
(3)人格権侵害(13条)
 さて、もう1つの問題は虫を殺された欠落者は、意欲が全くなくなってしまうというものである。その程度は、人権侵害として施術が中止されたロボトミーなんかの比ではない*7
 虫を殺された虫憑きは、人間的な生活ができなくなってしまう。虫を殺すことは、個人がその個性を発揮することを最大限尊重すべきとした憲法13条が保障する人格権*8を侵害する行為ではないか。

 とはいえ、人格権といっても、無制限ではない。他の人だって人権があるのであり、他の人の人権を守るため、人格権をある程度制限することはやむを得ない(公共の福祉による制限)。問題は「どの程度」の制限ができるかである。

 この点は、「人格権」といっても、プライバシー権、環境権等様々な権利が含まれている点に注意が必要だろう。そして、自分自身で自分が何をするかを決めるというのは、人格の核心部分であり、人に命令されないと何もできなくなるというのは、死刑にも匹敵するような重大な人格権侵害である。いちど欠落者になると、例外事例はあっても、基本的には一生そのままというのだから、何十年と生きた屍状態を続けることになり、これはある意味では死刑にするよりも残酷と言える。
 このような重要で基本的な人格権の核心に対する強度な侵害が許容されるには、必要不可欠な他人の権利を守るという目的*9のための最小限の手段である必要があるだろう。

 すると、他人の生命の危機がある場合には、この生命を守るために人格権を制約することは必要やむを得ないと言えよう。問題は、身体であるが、生命への危険も発生させかなえない重大な身体への危害であれば人格権の核心の侵害はやむを得ないが、軽微な傷害回避のためというのであれば、そもそも人格権の核心を侵せるだけの必要不可欠な目的といえるかはおおいに疑問である。そしてこの法律の枠組みでは他人の福利を害するだけで規制が可能なのであり、こんな軽いもののために人格権を侵害されてはたまらない。
 また、人の命を救うのに必要だからといって、虫を殺すという手段まで必要か。仮に人の生命に危機が生じていても、虫を傷付け、戦闘能力を奪う等より人権制限の度合いが低い他の手段でも目的を達成しうる。にもかかわらず、虫の「駆除」を特に要件を限定せずに認めており、これは違憲といってよいだろう。

(4)その他
 なお、適用違憲、つまり法律上はきちんと治療することになっているのに、隔離施設・ガーデンでは隔離しているだけで治療をしていないという問題があるが、本問は「法律」「により人権を侵害された」とあるので、基本的には書かなくてもよいのではないか。

 更に、レイディー・バード自身が隔離施設に入れられたわけでもないのに、違憲を主張できるかという問題もある。この点は、普通は難しいとして、被害者詩歌を原告として、訴訟を起こし、その中で、違憲を争うべきだろう。

 なお、具体的に違憲として、国に対して何を言えるかは問題として残る*10

3.新司法試験について
 新司法試験では、事実の把握判例法理を含めた法令の適用の2つが問われている。これは、実務で必要となる力だからに他ならない。
 実務法曹は、当事者の主張する事実を正確に把握し、法律の適用に備えてうまく切り出し・加工できなければならない。この中には、初歩的な事実認定能力も含まれる。果たして条文の要件に問題となっている事実があてはまるかについて、大量に与えられる情報*11から抽出・分析が必要なのである。
 更に、事実から法律的にはどんな効果・結果なのかを、判例を踏まえて結論づけなければならない。特に判例の趣旨の正確な理解が必要である。似ている判例の事案の、本件の似ている点と違う点を分析し、判例が本当に本件にあてはまるかを分析しなければいけない*12

 今回は、新司法試験公法系第1問風の問題を使ってみたが、ポイントはハンセン病事件判決*13だろう。一応、法律の違憲と国賠法の違法の関係といった問題点は被っているが、判決で問題となった隔離政策の違憲は本件では論じるのは非常に困難である。詩歌という具体的な「治癒」例はあっても、結局虫憑きに逆戻りな訳だし、これをどこまで一般化できるか困難である。しかも、判例は立法不作為の問題なのに、本件は立法作為である。これらの点を考えると、ハンセン病事件判決をそのまま適用すると、本件では明後日の方向に議論が進んでしまうといえる。
 第二回試験でも、刑事系第1問小問1においては「添付の判例を踏まえろ」とあるが、松宮教授によると<本問(中略)と「事案を異にする」*14とのことであり、「判例がある事案に適用できるかどうか」という点は今後も新司法試験で問われる重要な能力の1つとなろう。

4.解答例
第1 設問1について
1 (1)まず、詩歌を原告として、詩歌に対する入所命令が憲法13条、31、33条違反であり、詩歌には入所義務がないことを確認する訴えを起す(行政訴訟法4条後段)ことが考えられる。
(2)また、詩歌らが被った損害を回復するための訴訟として、詩歌を原告とした、憲法13条、31、33条違反を理由とする国家賠償請求が考えられる。
2 訴訟(1)について
(1)まず、前提と詩歌に確認の利益があることが必要であるが、侵害を受けた後に争うことによっては権利の実質を回復することができない場合、権利が重要性であれば、それが有効適切な手段であると認められる限り確認の利益を有するところ、本件においては、人格権・人身の自由という重大な権利侵害が問題となっており、欠落者になればもはや権利の実質を回復できないのだから、確認の利益はある。
(2)そして、憲法31条ないし33条は行政処分にも適用されるところ、令状なしの身柄拘束を認め、告知・聴聞の機会を与えない同法は31、33条違反で違憲である。
(3)更に、憲法13条は個人の尊厳を定めており、その実現に欠かせない権利として人格権を保障しているが、欠落者にすることで自己決定を一切できなくすることは、人格権を根こそぎ奪うことであり、違憲である。
3 訴訟(2)について
(1)前記の通り、同法は違憲である。
(2)そして、本件は立法内容が違憲な場合であるが、かかる場合は国会全体の過失により違法な立法行為があると解することができるので、国家賠償法1条1項による請求が可能である。
第2 設問2について
1 訴訟(1)について
(1)侵害を受けた後に争うことによっては権利の実質を回復することができない場合、権利が重要性であれば、それが有効適切な手段であると認められる限り確認の利益を有するというのが判例(在外邦人選挙権制限違憲判決最判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁)の趣旨であり、このように解さなければ、侵害前に人権侵害を避けるための方法がなくなってしまうのだから、かかる判例の考えは正当である。
 そして、本件で問題となっている人格権・人身の自由は個人の尊厳の中心的内容をなしており、非常に重要な人権である。さらに、一度欠落者になれば、例外的な場合を除き一生欠落者であり続けるのだから、一度権利が侵害されると回復不能ともいえる。
 そこで、本件においては、確認の利益が認められる。
(2)本件法律によると令状なく、告知聴聞の手続きもなく虫憑きを欠落者にして隔離施設に送り込めるが、憲法31、33条に反しないか。
 まず、31,33条は刑事手続についての規定であり、行政手続への適用が問題となる。
 私は、行政国家において行政処分によっても人権侵害の危険が高い以上、行政手続のすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではないと考えるが、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきと考える。
 すると、本件の行政目的は、虫憑きが一般国民を傷つけたりすることを防ぐとともに、虫憑きが虫に食われて死亡することを防ぐという目的といえ、ある程度重要な公益目的達成のための手続きではある。
 しかし、入所命令を聞かない場合、緊急性がなくとも、弁解を聞くことなしに強制入所できるのが本件法律である。例えば、「広場の階段から落ちそうになった母親を助けるために、自分の”虫”を使った幼女」がいた場合、成虫化の危険はなく、自分を害する危険はないし、虫を、母親を救うという平和的目的に使っているだけであり、他人に危害を与える可能性もない。こんな入所の緊急性のない場合でも、「他人の福利を妨げ」る「おそれ」があれば、入所命令をし、これを聞かなければ、強制入所させられる。また、”虫”を殺されることで、人間的な暮らしができなくなるのだから、制限を受ける権利は重大である。
 そこで、なお33、31条が適用され、令状なく、しかも告知・聴聞手続もなく収容が可能な本件法律は33,31条違反の違憲なものである。
(3)虫を殺された欠落者は、意欲が全くなくなってしまい、人間的な生活ができなくなってしまうが、虫を殺すことを認める本件法律は、個人がその個性を発揮することを最大限尊重すべきとした憲法13条が保障する人格権を侵害する違憲なものではないか。
 人格権といっても、無制限ではなく、公共の福祉による制限(13条)に服する。そして、「人格権」といっても、プライバシー権、環境権等様々な権利が含まれているところ、自分自身で自分が何をするかを決めるというのは、人格の核心部分である。
 そこで、このような重要で基本的な人格権の核心に対する侵害が許容されるには、必要不可欠な他人の権利を守るという目的のための最小限の手段であることを国家側が証明する必要があると考える。
 他人の生命の現実的危険ないしそれに準じる重度の身体への危険がある場合には、人格権を制約することは必要やむを得ないと言えよう。しかし、軽微な傷害回避のためというのであれば、そもそも人格権の核心を侵せるだけの必要不可欠な目的といえない。そしてこの法律の枠組みでは他人の福利を害するだけで規制が可能であり、この点目的自体が違憲である。
 また、人の命を救うのに必要だからといって、虫を殺すという手段まで必要か。人の生命に危機が生じていても、虫を傷付け、戦闘能力を奪う等より人権制限の度合いが低い他の手段でも目的を達成しうる。にもかかわらず、本件法律は、虫の「駆除」を特に要件を限定せずに認めている。そこで、手段もまた違憲である。
 以上より、本件法律は13条に違反する違憲なものである。
(4)よって、詩歌の入所義務は違憲な法律に基づく無効なものであり、(1)の訴訟では、詩歌の請求は認められる。
2 (2)の訴訟について
(1)前記のとおり、本件法律は違憲であるが、この立法が違法となるか。
(2) 思うに、立法の違法性は、当該立法の内容の違憲性の問題とは別の問題である。
 そして、国会には立法裁量があり、結果的に違憲な立法であっても、それが国会(議員)の過失と評価されるためには、その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合であることが必要である 。
 本問法律は憲法上保障されている人格権・人身の自由を侵害しているところ、人格権侵害については目的も手段も両方とも違憲であり、その程度ははなはだしい。そこで、これは違憲なことが明白といえ、国賠法上違法といえる。
(3)そこで、(2)の訴訟でも詩歌の請求は認められる。
以上

*1:http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h19kekka01-4.pdf

*2:意訳

*3:最近も、某国のシャリフ元首相が追放されたりしています。

*4:手続の法定のみならず、手続・要件の適正も求められると考えるのが通説

*5:最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁)

*6:岩井恭平ムシウタ01.夢見る蛍」p101参照

*7:http://homepage3.nifty.com/kazano/lobotomy.html参照

*8:人格価値の発言とともに生ずる根源的・統一的な権利、佐藤幸治憲法」p406青林書院参照

*9:なお、深く考えれば、自己加害を防止するための「パターナリスティックな制約」として制約できないか、特に詩歌のような未成年者の場合には制約が可能という論じ方もあろうが、これはなかなか難しい問題。一つの筋道としては「人格を尊重するための制約の結果、欠落者にするのはむしろ不合理」辺りか。とはいえ、成虫化等「死亡か欠落者か」という究極の選択の局面でどうなるかは、筆者には未だに理想的な答えが思いつかないところである。なお、難しい問題であることもあってあえて詩歌の年齢を記載していない。

*10:ここは解答例に委ねます。

*11:新司法試験問題など、実務の量に比べれば圧倒的に少ない

*12:当事者は、自分にとって有利な判例について「この事件にも使える」と主張し、逆に不利な判例について「事案が違うから関係ない」と主張する

*13:ハンセン病国賠訴訟 | 福岡の弁護士 古賀克重法律事務所参照

*14:法学セミナー編集部「新司法試験の問題と解説2007」日本評論者p89