もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
- 作者: 岩崎夏海
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2009/12/04
- メディア: 単行本
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1.もしドラとは
もしドラとは、岩崎夏海氏の、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 」の略称である。
高校野球の女子マネージャーであるみなみは、万年地区予選敗退の野球部を、どうしても甲子園に連れて行きたかった。マネージャー「は」初めてのみなみは、マネージャーについて知るために、書店に行く。すると、マネージャーやマネジメントについての名著だと言われ、ドラッカーの「マネジメント」を手にする。これを読み進めると…。
というストーリーである。非常に面白いストーリーを読む中でマネジメントのエッセンスを実感できる名著であり、書籍は百万部を突破、アニメ化も決まった。
2.法的考察
細かいことを言い出すといろいろあるが、法学徒がもしドラについて気になるのは、女子高生に「マネージャーの本」と言われてドラッカーを勧めた書店員の責任*1であろう。
このような誤った本の推奨者はいかなる責任を負うのか。
3.適合性の原則
相手方個人の性質に着目して、「 勧めてはいけない」ものを勧めたら責任を負うというのが、「適合性の原則」という概念である。
頻繁に適合性の原則が論じられるのは、「(広義の)証券」分野である。
年金暮らしでこれまで銀行預金しかしておらず、安全な運用を志向していたおばあちゃんを勧誘して、虎の子のへそくりで、外国の会社の転換社債を買わせる
外国の会社の転換社債だからって、「誰にも売ってはいけない」とは言えない。しかし、為替リスク、信用リスク、株価下落リスク、カントリーリスク等、極めてリスクの高い商品であり、これを銀行預金しか知らないおばあちゃんに買わせるのは、顧客の意向と実情に適合しないのであって、そのような取引は違法となる*2。
判例でも、専業主婦をしてきた65歳の寡婦につき、証券会社の勧誘によって短期間で安全な資産が売却され、ハイリスク商品に投資させられた事案につき、適合性原則違反を認めたものがある(大阪地判平成18年4月26日判例タイムズ1220号217頁)。
もっとも、*3適合性原則違反で勧誘すら認められないというのは相当の場合であって、本人の真の意向と相当かけ離れた場合でなければならない。勧誘の仕方が「どうよ」と思われるような事案でも、*4適合性原則違反までは認められないというのが大多数の裁判例の傾向であり、本件でも、適合性原則違反(換言すれば、「マネジメント」を勧めること自体が許されない)というのは困難であろう。
4.説明義務違反
説明義務とは、相手に対して情報を与える義務である。かかる義務が認められるのは、契約上の信義則によると説明される(長野県弁護士会「説明責任 その理論と実務」3頁)。
要するに、当事者の力関係、知識、能力等において差がある場合には、その差を埋めるために、(主に)業者側が消費者側に説明を行うべき義務があるとされている。つまり、消費者が自己決定、自分の真にやりたいこと(この場合は、本当に欲しい本)を実現する上で、情報格差等から、「お互い勝手に調べてね、後は自己責任」というのでは実質的な公平が達成できず、結局は真にやりたいことができなくなってしまう。そこで、信義誠実の原則(民法1条2項)から、業者側が消費者にきちんと情報を提供し説明をする義務が生じるとかんがえられている。
もっとも、その内容や程度は、格差の程度によるだろう。本であれば、ビニールで包まれていない限り、中身を立ち読みすればよい。逆に、「この本の結末はこうでああで…」と説明する方が有害かもしれない*5。そこで、書物については、説明義務の程度は低く、顧客が望まなければ説明しなくともよい(通常は積極的に情報を提供する義務は負わない)し、顧客の要求に答えて説明する場合でもその説明の程度も比較的大雑把なもので足りると言えよう*6。
5.書籍についての説明が違法性を帯びる時
書籍についての説明義務違反が生じるのは、まず、事実と異なる説明をする場合である。
「マリア様がみてる」シリーズに入門するには何巻まで買えばよいかと聞かれ、「お客様、とりあえず10巻までまとめて買うのがよいですよ。値段も5000円程度ですし」と答える
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EC%A5%A4%A5%CB%A1%BC%BB%DF%A4%E1
ここで、説明義務違反が、詐欺*7と異なるのは、店員側に「騙して利益を上げよう」という意図がなくとも説明義務違反なら違法となり得ることである。店員は、ただ単に、レイニー止めを通じてマリみてへの愛を深めて欲しいだけかもしれない。それでも、事実と異なる情報を提供して損害が生じれば、責任を負う*8。
問題は、本件を含む、「事実と異なる」 までいかない事案である。この点は、確固たる判例がある訳ではないが、「先行行為による情報提供義務」という構成があり得る。つまり、「マネージャーの本であれば、ドラッカーがお薦めです」と言った(先行行為)以上は、その趣旨が、会社等の組織体の運営をどうするかという問題意識に応える本という意味であり、スポーツチームのマネージャーではない旨を積極的に説明する義務が生じると考えることができよう。実際、女子高生がマネージャーの本を読むという場合、*9マジョリティはスポーツチームのマネージャーであろう。マイノリティーたるドラッカーを勧めるという先行行為を行った以上は、やはり、あり得る誤解を解かなければならないだろう。それを怠れば説明義務違反の不法行為ないし債務不履行となる。
6.過失相殺
もっとも、本の中身をきちんと確認せずに購入したみなみの落ち度は大きい。このような落ち度は、過失相殺という形で斟酌(考慮)される。
まとめ
みなみは、ドラッカーの「マネジメント」を勧めた書店員に、説明義務違反により損害の賠償を求めることができる。
これは、「マネジメント」を勧めてはいけないということではない。顧客が真に読みたい本に到達できるよう、誤解を招かないように説明せよということである。
いずれにせよ、ドラッカーの「マネジメント」ともしドラは名著である。アニメ化をきっかけにより多くの人が手にすることをお薦めします。なお、「組織の運営をどうするか」というテーマの本ですので、悪しからず。
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*1:民法715条により、実際には書店の経営主体に対して使用者責任を追及することになるが、この点は深入りしない。
*3:狭義の
*4:以下で述べる説明義務違反等で結果として責任は認めるものの
*5:投資の説明義務であれば、当然「失敗すると今投資したお金がなくなります」「加えて借金を負うこともあります」等結末を言う必要があるのが通常である。
*6:もちろん、顧客サービスとして詳細に説明すること自体は差し支えない。あくまでも、説明をどこまでしないと不法行為ないし債務不履行の法的責任を負うかである。
*7:民法96条の詐欺取り消しや民法709条の不法行為の一環としての「詐欺」
*8:まあ、何が損害かという問題はあります。もしドラでも、実はここが最大の問題かもしれず、未成年取消をしてもなお残る損害の有無が問題になります。